緒方宗次郎×進路指導≒川端烝及び福井敬祐の受難
開け放した窓から、心地よい風が入る。
すごし易い春のある日、とある進学校の生徒指導室で、教師と生徒が顔をつき合わせていた。
「緒方、これは本気か?」
スッと、机を滑らされる紙。進路志望調査と書かれたそれを見て、緒方と呼ばれた青年は、瞳を瞬かせ、さも不思議そうに口を開く。
「本気ですが、どこか妙ですか?」
紙と教師を見比べ、怪訝そうに眉間を寄せる。どこにもおかしい箇所など、無い。むしろ、教師の頭は大丈夫だろうか?
言って良いものか思案する。しかし、純粋に心配している事柄は聞いても失礼ではない。そう思い、緒方は意を決して問いかけた。
「先生、熱など無いですか? もしかすると、病院に行かれる方が――」
「俺は、大丈夫だ。それよりも、本当に、本気なのか?」
更に近づけられる進路志望調査。緒方 宗次郎はそれを手に取り確認する。やはり、おかしな回答とは思わない。自分が書いたものだ。
「本気ですよ。進路志望を冗談では出しません」
「そう思うなら――読んでみろ。まず、第一志望」
「第一志望ですか? 超古代の力を手に入れ人類制圧を始めた未知の敵に、科学の力で挑む科学戦隊系ヒーロー、です」
「――おかしいと思う箇所は?」
「無いですね」
「じゃあ聞くが、超古代の力は、どこで手に入れる? 人類制圧は、いつ始まる? 未知の敵って何だ? それ以前に現在の科学力はそこまで進んでいない!」
「超古代の力は、敵方の力なので僕には、どこで手に入るのかはわかりません。人類制圧は――先生、始まってからでは遅いのです。未知の敵は、もうそこまで来ています。そして科学力ですが、本部がどうにかしてくれます」
本部ってどこだよ?
「もう良い」
少しげんなりとしつつも、教師は第二志望をたずねた。
「第二志望は、人類征服を目論む悪の組織から、人々を救うために奔走する一匹狼系ヒーロー、です」
あぁ、一匹狼でも仲間は必要でしょうか? 一匹狼系のヒーローにツンデレは標準装備ですよね?
「そんな標準装備は知らん! 次は、人類征服を目論む悪の組織か――グローバルなことだ」
教師は第三志望を聞きたくなかった。しかし聞かないと先に進めない。胃を押さえながらも、ここは進路指導室。その思いで、第三志望をたずねた。
「秘密の力に目覚めた僕は、来たるべき日に備え、自らヒーローとなるため、今は引退した勇者に弟子入りすることにしました」
どうしよう立ち向かいたくない、胃が痛い。帰っていいだろうか?
「一応聞くが、緒方はいつ、秘密の力に目覚めた? そして、引退した勇者は何と戦った勇者だ?」
「それは言えません。彼との約束を破ることになりますので」
ちょっとまて、今のが第三志望だよな? 仮にそうだったとして、緒方は既に勇者と知り合ってるのか?
「緒方、お前が居るのは進学コースだ。しかも――今の会話で疑いたくなるが、模試も全国1位だ。国立大の現役合格も余裕だろう? いい加減に冗談を言うのはやめなさい!」
バンッと机を叩いて立ち上がり、ぜぇぜぇと肩で息をする教師に、それでも緒方は冷静だ。
「先生――川端先生、大丈夫ですか? 何か飲み物は――」
ここは進路指導室で、何もないだろうと思いながらも、緒方は視線を辺りに走らせる。が、その最中。自力で落ち着いたようで教師――川端は腰を下ろした。
「いや良い、大丈夫だ。それより緒方――本当の本当に、その、何だ? 今の三つを志望するのか?」
「はい。昔からの夢ですし、両親や兄も賛成してくれています」
ヒーロー願望に賛成するって、どう言う家庭?
「ちょっとまて、お前の兄さん――肇の賛成は冗談だろう。あいつは昔から、真顔で冗談を言う奴だ」
「先生。先生と兄が同級生だったとは、僕も兄から聞いて知っていますが――兄は昔から冗談なんかまったく言いませんよ? むしろ、何時でも本気です」
「お前こそ、何言ってるんだ? あいつは昔からしょっちゅう冗談ばかり、言ってたぞ? 挙句、行き成りアメリカ行きを決めて留学したが、あれは、反論されてムキになったからだろ?」
「? それこそ、本気ですよ。兄は小さい僕に毎日、宇宙がいかに素晴らしいかを語っていましたから。兄がアメリカに行った理由は、ある大学で、兄の尊敬するトーマス・グレー博士が客員教授についたからです」
「――ぇ?」
「先生も、大学に出入りしたり、天文物理学の論文を発表しているから知っているでしょう?」
あぁ、川端先生の最新論文も素晴らしかったです、否定意見が大半らしいですが、どうしてなんでしょう? あっ! 兄と二人で先生に質問しようと抜粋を――
「ちょっ、ちょっとまて、緒方。グレー博士は知っているし、論文を読んでくれたのもありがたいが、今は、お前の進路の話だ!」
ちょっと――いな、かなり気になる友人の裏側をサラッと暴露られた気がしないでもないが、今は何より進路! ここは進路指導室だ!
「お前なら、先生の立場もわかるだろ? 初の三年担任なんだ、今後がかかってるんだ。副担の菊池先生なんか、お前の進路志望を見て――くっ」
「まさか、昼に来ていた救急車はそれですか?」
「――言いたくないが、そうだ。驚いて立ち上がった拍子に、持病のぎっくり腰がでた。歳もあって一週間入院だそうだ」
「そうですか――ですが、何をそんなに驚いたのでしょう?」
「お前の進路だ、進路! 頼むから、大学に行ってくれ! この通り」
机に手をつき、頭を下げる川端の旋毛を見下ろし、緒方は途方にくれる。ここで、大学に行くといったら、嘘をつくことになってしまう。嘘は駄目だ。兄も言っていたではないか。
「ですが、僕に進学は向かないと――」
「お前に進学が向かないなら、他に向く奴がいるか? 全国一位だぞ? ――そうだ、何か趣味とか、興味のあることはないのか?」
情けない顔を上げ、川端は、一縷の望みをかけて、問いかける。ここから、活路を見出せないか? と。
「はぁ。趣味は将来に関係ありそうな怪しい工場や病院等、そういった場所を見学する小旅行で、興味のあることは、それらに潜入するための方法探しです」
どうしよう。友人の弟は犯罪者一歩手前だった。気まずい雰囲気が、川端一人だけに流れる。
「そっ、そうか。じゃあ、将来は肇みたいに宇宙を目指すとか、お父さんみたいに官僚になるとか、そう言うのはどうだ?」
何が、じゃあ。か、わからないが、川端は強引に話を元に戻す。
「兄の用に、宇宙人と宇宙船にロマンを求めて、火星や月の土地を買い漁り、アマチュア人工衛星を上げる……宇宙、宇宙ですか」
聞きたくない台詞が大半を占めたが、どうやら緒方は宇宙に何かを見出したのか、聞き取れない言葉をぶつぶつと零す。これは――今までに比べればいい傾向なのか?
すると、ハッとした表情で何やら衝撃を受けた様な緒方。これは、やはり成功か?
「もう一度良く考えてみると良い。次、GW明けに聞くから、それまでに決めておくように」
鍵は帰りに閉めるから、開けたままで良い。そう言いおいて、川端は未だ何かを考えている緒方を残し席を立った。
「兄さんの様に宇宙――父さんのように防衛省の官僚――宇宙、防衛――そうか、侵略者ですね、わかりました、先生」
緒方はにこやかに席を立ち、機嫌良く進路指導室を後にする。
こうして、話し合いは緒方に天啓を齎せる。と言う、後々二人の人物に、多大なる迷惑をこうむる結果を残し幕を閉じた。2960
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SHRのチャイムが鳴り響き、教室内は僅かばかりに、ざわめきが収まる。
「なぁ、知ってるか? 宗次郎」
「知らない」
前の席から椅子を反らせ、宗次郎の机に垂れながら、福井 敬祐は発言を一瞥も貰うことなくぶった切られた。が、全く気にせず話を続ける。
「今日、うちのクラスに留学生来るらしいぜ? 三年のこの時期に珍しいよなぁ。男と女、どっちだと思う?」
対する宗次郎は、読んでいる本から視線を上げることなく、また、会話をする気もなさそうだ。
「俺的には、かっわいい女の子がいいなぁ」
「おはよう、皆。これより、HRを始める」
ガラガラと教室の扉を開き、川端が入ってきた。しかし、誰も川端を見てはいなかった。次いで入ってきた女生徒に、幾つもの視線が注がれ、そして、僅かとは言えないどよめきが走る。
「あー……静かにと言っても無理だろうし、耳の早い者には聞こえていたと思うが、今日からクラスに留学生が加わることとなった。フランスから来たジャンヌ・カルヴァンさんだ」
「ジャンヌ、と言ます」
言いながら、ジャンヌはスカートの裾を掴み軽く持ち上げ、僅かに膝を曲げる。それだけの仕草に、感嘆の声が漏れた。一種、異様な光景だ。
「彼女は、日本語を聞き取るのは、ほぼ大丈夫だそうだ。が、なるべくゆっくりと話すように。カルヴァン、席は緒方の後ろだ。緒方、手を上げてやれ」
「はい」
何時の間にか本を直した宗次郎は、軽く手を上げ、ジャンヌは川端の言葉に従い、移動する。が、その時。宗次郎の席の前。敬祐の隣辺りで、明らかに宗次郎に向けてであろう笑みを見せ、控えめに手を振った。
それによって、再び起きるざわめきは、川端が上げた声で幾ばくかのおさまりを見せる。
「因みに、カルヴァンは緒方の家でホームステイしている」
ガバっと音がしそうなほど、勢いづけて後ろを振り向く敬祐。しかし宗次郎は、そんな敬祐に鬱陶しそうな視線を投げただけで、直ぐに視線を教壇へと向けるのだった。
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放課後の生徒指導室。ジャンヌを待たせているため、出来れば早く終わらせてほしい。宗次郎は、そう川端に声をかけ席に着いた。
「では、単刀直入に言おう。結論は出たか?」
精一杯の虚勢を張りつつ、内心ビクビクと、川端は宗次郎を見る。手元にはあまり見たくない、進路志望調査。
「はい。ご迷惑をおかけしてすみません。僕、先生の言葉で目が覚めました……父の意志を継ごうと思います」
固唾をのんで見守っていた川端は、その台詞に身体に入っていた力を抜き、安堵の息を漏らす。
「僕、先生の言葉に天啓を得ました。先生はやはり、素晴らしい方ですね。兄の親友と言うだけあります。僕、先生の生徒になれたことを誇りに思います」
対する宗次郎は、頬を僅かに赤く染め、神々しいまでの笑みを浮かべ、川端を褒め称える……いっそ、胡散臭いまでに。
しかし、川端は気づかない。宗次郎がまともな進路を選んでくれた。その真実に浸っているのか、目に涙まで浮かべている。
「そっ、そうか! じゃあ、大学進学で良いんだよな? 官僚になるにはどの大学が良い? お前なら、どの大学でも全く問題ないが……」
やはりここは、学校の為に最難関国立大学に。そう続けようとした川端の声は、続く宗次郎の発言で、うめき声へと変化を遂げた。
「僕、来たる宇宙人との対話に備えて、NPO団体を設立することにしました」
清々しいまでの笑顔と声で、宗次郎は断言し、新たな進路志望調査を川端に提出する。書かれているのは第一志望のみ。
「NPO団体『青丸びいどろ防衛軍』を設立し、地球隷属化を目論む宇宙人に立ち向かえと、先生……いえ、もうこう呼びましょう! 偉大なる預言者に言われました、と」
卒業後は、見聞を広めるために数年間、世界中を旅しようと思っています。大丈夫です、団体の設立準備は既に整いましたので、数年は敬祐……福井 敬祐に任せます。彼は幹部ですから。
えっ?先生も幹部として在籍してくれるんですか? 先生ならそう言ってくれると信じてました、流石兄の親友ですね。
僕のほうは大丈夫です。両親の許可はもらっていますし、ジャンヌが付いて来てくれますから。ここだけの話ですが、彼女、超古代文明最後の生き残りなんです。
もう話は終わりですよね? 僕、ジャンヌが待っているのでそろそろ失礼します。 先生、さようなら。
固まっている川端を置き去りに、何も言っていないにも拘らず、電波と言う川端と会話を交わした宗次郎は、満足気に進路指導室を後にした。
残された川端がその後、とある理由により、横に倒れ側頭部を強打し、救急車で運ばれる。そんなことになるとも知らずに……1866
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翌日、川端が生徒指導室で倒れ、救急車で運ばれたと副担任の菊池先生より通達があり、生徒間に緊張が走った。
それにより、公的に最後まで一緒に居た事となっている宗次郎が呼び出しを受けるが、事実を正直に話し、また、普段の生活態度などを考慮に入れ、早々に開放される。
「おい、宗次郎、何でお前呼ばれたんだ? 先生は何て? 話し聞けたか?」
「敬祐、うるさいし邪魔だ。少し黙れ」
唾を呼ばす距離と勢いで詰め寄る敬祐をすっと交わし席に着く宗次郎は、落ち着いて、教室に響く声で説明をする。
「昨日の放課後。僕が生活指導室に呼ばれたのは、何人か知っていると思うし、見てもいるだろう。その後、話自体は数十分で終わり、僕だけが先に進路指導室を出た」
帰りは、敬祐とジャンヌが知っている。二人は……と言うか、僕を待っていたジャンヌに敬祐が引っ付いていたからな。
「その後、ボールを飛ばしすぎた野球部の生徒が、開け放たれた窓の前で、意識を失っている先生を発見したそうだ」
何処からか取り出したティカップに、これまた紅茶を注ぎ、ジャンヌがそっと、宗次郎の前に差し出す。それに礼を返し、お礼と共に喉を潤した。
「僕が聞かれたのは、大体の時間と、話の内容。因みに、先生は一週間ほど入院するらしい。頭を打っているため、精密検査が必要だとか。お見舞いは、大事になるから遠慮して欲しいとの事だ」
一息つき、宗次郎は菊池先生から言付けられた事を言い、話は終わりだとばかりに、授業の用意を取り出し、残っていたお茶を含む。
「あぁ、そうだ。兄さんに連絡を入れておかないと」
ぽつりと、聞き取れないくらいにつぶやく。兄を心配させるのはどうかと思うが、親友だと言うし、知らせておこう。
「なー、宗次郎。結局、お前の進路ってどうなったんだ?」
ちらちらとジャンヌに視線を走らせながら、しかし相変わらず机に垂れた敬祐が、宗次郎を伺う。
「決まった。先生のOKも貰っている。そう言うお前は如何なんだ? 変更はないのか?」
自身の進路は具体的に言わず、しかし宗次郎は、敬祐の進路に変更がないかを確認する。
「おう! 進学先にも変更ないし、今の成績なら推薦枠貰えっから、語学がんばんなきゃなー」
「確か、院は行かないんだったよな?」
「それは悩んでる。最悪、進むかもしんない」
「そうか、最長六年か」
公務員の副業は原則禁止のはずだが、ボランティア活動は大丈夫なはずだ。
「それがどうかしたのか? ってか、進路俺と同じじゃないよな? お前が一緒だと推薦ヤバイし」
「違うから、大丈夫だ」
適当に返答をし、宗次郎は考える。
宇宙人が攻めてくるまで、どれくらいの猶予があるだろうか? これは、少し調整が必要かもしれない。
「今、13時だから向こうは深夜。兄さん、寝てたらごめんなさい」
宗次郎は、聞こえるはずのない謝罪と共に、素早く用件を纏めたメールを送信する。『至急、連絡取ラレタシ』と。
「これで大丈夫。なるべく早く連絡くれると良いんだけど」
未だ後ろでBGMのごとく流れる敬祐の声は、完全シャットアウトし、宗次郎は遠く異国の地にいる兄に思いを馳せた。1263
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急いで時間を作ってくれた肇との連絡は、当日の夕方についた。
「兄さん、そっちは早朝だけど大丈夫? ごめんね、忙しいのに」
「大丈夫だ、問題ない」
相変わらず、口数が少なく、そして無表情。しかし、宗次郎にはわかる。かなり眠いのだと言う事に。
出勤時間は遅かったはず。せめて、二度寝の時間をあげよう。そう考えながら、口を開いた。
「じゃあ、手短に用件だけ。川端先生が理由不明で倒れたんだ。大事になるからお見舞いとかは不要って言われたけど、兄さんには知らせておく方が良いかなって」
「そうか」
「それとね、先生と敬祐が『青丸びいどろ防衛軍』の幹部になることを了承してくれたんだ」
川端は了解していないし、敬祐にいたっては話を通してもいない。しかし、宗次郎の中では、既に快く了承してくれた……否、むしろ志願してくれてとなっている。
「素晴らしい。烝……お前の言う川端先生も、やっと宇宙人を信じたのだな」
僅かに口角を上げ、分かりにくいが微笑む肇は、親友の決断に賛同し、頷く。
「先生は預言者としての才能があったようなんだ。そうだ! それで急ぎの連絡が必要だったんだ」
それまでの傍目には首を傾げたくなる雑談をやめ、宗次郎は連絡の本題を思い出す。
「どうも、宇宙人の侵略が早くなるかもしれない。多分、兄さんは信じてくれると思うんだけど、先生が倒れたのは宇宙人の仕業じゃないかって思うんだ」
発見者は野球部員でボールが落ちていた。学校では確かにそう聞いた。しかし、それは果たして本当だろうか?
もしかすると、宇宙人に襲われたのではないだろうか? 預言者である川端を狙って。むしろ、野球部員はそれを阻止しようと無意識に動いたのだ。そうに違いない。
「確かに……烝が預言者だったのならば考えられることだ。わかった、宇宙ステーションの開発を急ごう」
「ありがとう。何時になるかわかならいからこそ、前線基地は早く準備したいしね」
「そう言えば、烝が宇宙人の襲撃を受けたと言うことで思いついたのだが、意思表示をしてみては?」
「意思表示?」
疑問符を浮かべる宗次郎に、肇は一般的には見当違いもいい所な助言をする。
「烝と敬祐が幹部になると言うことだし、お揃いのユニホームを作っては如何だろうか」
「あぁ。組織の旗揚げを大々的にすると言うこと?」
「そうだ。宇宙人もそれで、烝に手を出したのがミスだと気付くだろう。そして、敵対者が居るということにも」
この兄にして弟あり。ベクトルは違えど、二人は確実に兄弟だろう。電波なところなどそっくりだ。
「確かに……牽制には良いのかもしれない。ありがとう兄さん。早速、デザインを考えてみるよ。流石は兄さんだ」
にっこりと、こちらは傍目にもわかる笑みを浮かべた宗次郎は、早速とメモを起こし、素案をまとめて行く。
「いや、お前も直ぐに思い至ったことだろう」
お互いが謙遜をし、そして同時に頷きあう。見た目は凄く仲の良い兄弟だろう。
「一応、兄さんの分も作る?」
「そうだな……いつかは出向で其方に出向く予定だし、必要だろう。あぁ、グレー博士の分も頼む」
「兄さんの先生の? どんなデザインでも良い?」
「お前の趣味に間違いはないだろうが……一応、最近の博士の写真を送っておこう」
「ありがとう。じゃあ、僕とジャンヌ、敬祐に先生。兄さんにグレー博士の分を幹部用として発注するよ」
人数とテーマカラー、そしてなぜか打ち込まれているグレー博士を除いた全員の身長、体重及びスリーサイズ。
「あぁ、よろしく頼む」
「うん、早速取り掛かるね。それじゃあ、朝早くからごめんね、兄さん」
「いや、かまわない」
「じゃあ……もう一眠りするのかな? お休みなさい」
言葉の最後にかかるころには、旋毛が見えた気がしたが気のせいだろう。鈍い打撲音も、兄だし問題ないだろう。それよりも、今はカラーを決めるのに忙しい。時間は有限なのだ。
「兄さんは赤で決定……とすると、僕は黒かな」
兄である肇は、宗次郎にとってはいつでもヒーローであるため、赤は譲れない。色としては青が好きだが、青はダメだ。赤とはライバル関係になってしまう。
「あぁ、先生を青にしよう。サブリーダーも任せられるし……先生は科学者兼預言者だから、白衣も用意しよう。兄さんと、グレー博士用も数に入れておこう」
聞かなかったが、学者といえば古今東西、白衣を纏うと相場は決まっている。
「敬祐は……うん、緑以外に考えられないね。ついでにマントもプラスしてあげようかな。デザインは、そこはかとなく野暮ったくて……いかにも敬祐って感じにしよう」
一人だけ文章中に、やけに名前が出ている。おそらく、緑の人の合言葉は『敬祐っぽく』だろう。むしろ、キャッチコピーにしてしまえ。
「ジャンヌは、ピンクか白。最近は女性キャラクターが水色や黄色を纏うことも有るけど、お約束は外せないよ。あぁでも……巫女だから白しかいいかな? ピンクはアクセントくらいで……」
物々と呟きながら、宗次郎は子機へと手を伸ばし、ジャンヌへと連絡をとることにした。その際、片手で子機を、もう一方でノートパソコンを素早く畳んで立ち上がる。
「ジャンヌ? 悪いんだけどリビングにお茶頼めるかな。あと、相談したいことがあるんだ」
一応の筆記用具もまとめ、要件だけを手短に告げた宗次郎は、子機を戻し部屋を後にする。
パタンと閉じられ、密室となった部屋のパソコンデスクの上に残されたメモ。そこに走り書きされた言葉は何故か『緑と敬祐の類似性について』だった。2218
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川端が学校に帰ってきたのは、事故から一週間たった月曜日だった。
すれ違う生徒の心配の声には笑顔を返し、からかいには苦笑と少しの苦言を呈す、ごく一般的な日常がそこには在った。
そんな川端が、敬祐を見かけて今までとは違い、こちらから声をかけた。
「福井」
「あっ、川端せんせー! もう、学校出てきて大丈夫なんすか?」
目を驚きで少し見開き、けれど挨拶とともに敬祐は気安い声をかける。川端自身、まだ年若いこともありこう言う生徒は多い。
「あぁ。ちょっと脳震盪で倒れただけだからな。少し大事になってしまったが、問題はないんだ」
それよりも。っと、少し言いよどみながら川端は言葉を捜しながら口を開く。どうしても、聞いておかなくてはいけない事がある。敬祐は直接関係ないが、宗次郎がらみで。
「福井、恐らく違うと思うが……お前、進路なんか変えてないよな?」
一週間前、倒れる直前に交わした会話。その中で、宗次郎は言っていた。自身は高校卒業後に旅に出るため、団体を数年、敬祐に任せると。
その際、川端自身の幹部就任等も言っていた気がするが、それは無視だ。むしろ、そんな言葉は聴いていない。
「……えっ?」
「ありがとう、お前の返答はわかった」
やはり、宗次郎の妄想と言うか、勝手に言っただけだったようだ。宗次郎と敬祐は大体の教師に友人だと思われている。しかし、川端は違うのではないかと常々思っていた。何故かはわからないが、どこか違う、と。
現に、今現在の敬祐の顔色は、青を通り越して真っ白だ。
「ちなみに、今日の放課後にもう一度。緒方を進路指導室に呼ぶのだが……」
この先は、皆まで言わずとも理解したのだろう。敬祐は、川端を瞳を見つめ、白い顔のまま、けれど真剣な瞳で、コクリと頷いた。
「俺も、同席させて下さい」
それに、川端も頷き一つで答える。そして、二人は朝の……学校の廊下と言う人通りの多い場所で、ガッチリと熱い握手を交わす。
背後でえっ? あの二人ってどういう関係? なんて声が聞こえ、音速に匹敵する速度で噂が尾びれ背びれじゃ足りず、妙なフィルター付きで広がるなんて、気づきもせずに別れ、
「これは、宗様にお知らせしなくてはいけませんわ」
等と言う、妙な雰囲気の中に零れる、ミスマッチなお嬢様言葉の主にも、気づかずに。
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「二人が僕に?」
「はい、そうですわ。ワタクシ、この耳できちんと聞きましたの。噂とは、余りにも違う内容でしたわ」
朝の噂に拍車をかけるかのごとく、朝のHRの後、敬祐は川端と一緒に教室を出て行った。真剣な表情に、わずかに硬い声音。これで、邪推しない人間はいないのではないか? そう思わせる雰囲気を漂わせて。
「もしかして……『青丸びいどろ防衛軍』結成に関する会合、二人はそれを内緒で準備しいるんじゃ」
話を聞いて吟味して、宗次郎は一つの結論に達する。すなわち、二人は宗次郎に対するサプライズを狙って、密かに準備をしているのではないか? と。
「まぁ、恐らくそうに違いありませんわ! 流石は宗様です。……ですが、それならばワタクシにも声がかかるのではなくって?」
「そうだな、一応川端先生には言っているのだが……もしかしたら記憶が抜け落ちているのかもしれない」
川端は宇宙人に襲われたのだ、記憶の欠落が起こっても、なんら不思議はない。
「ですが、会合ならばワタクシも参加させていただきたいですわ」
「それなら……確か、幹部服が届くのは今日だったはず。放課後、一度家に戻ってとってきてもらえる? それと、資料も僕の机の上にあるから、持ってきてほしい」
「わかりましたわ、宗様」
頷きあう二人は、そのまま違う意味で怪しい会話へと入っていくが、それを気にするクラスメイトは居なかった。
二人の会話の題材は『緑と敬祐の類似性について』。一体、これにどのような意味があるのだろうか?
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「失礼します。川端先生、進路指導室ではなく、物理教科室に呼び出しとは、何かありましたか?」
ノックの後の返答に、扉を開けたそこは、この一ヶ月で数回通った進路指導室ではなく、川端の個人部屋と言っても過言ではない教科室。ココに来ることを、教室で止められた。なんてことは、秘密にするほうが良いだろう。
その時、うっかりと敬祐も既に呼ばれていると言った時のクラスメイトの顔は、なかなかに傑作だった。
「来たか、緒方。とりあえず、そこに座ってくれ」
「? はい」
川端とその隣に敬祐。机をはさんで一人席に着いた宗次郎は部屋に視線を走らせ、そして、腕に目線を下げる。まだ、約束の時間ではない。
「あー……緒方、言いたいことは色々あるのだが、先ずは福井の進路の話から……」
「あっ、すみませんが川端先生。まだ、ジャンヌが来ていませんので少し待ってもらえますか? やはり、一度家に帰ってもらったので時間がかかっていけませんね」
腕時計で時間を確認し、宗次郎は川端の話に待ったをかける。会合に、出席できる幹部が揃わないのはいただけない。
「はっ?」
「って、宗次郎! 何でジャンヌちゃんが関係すんだよ!? そりゃ、カワイイ子がいるのは嬉しいけど、今日は関係ないじゃん!!」
「黙れ敬祐、うるさい……あぁ、ちょうど良いからお茶でも入れてくれる? 先生、お茶頂きますね」
敬祐を顎で使いつつ、のらくらと二人の視線や言及を交わしつつ、宗次郎は一向に話を進めさせようとしない。本気でジャンヌの来訪を待っているようだ。
「そう言えば、川端先生。先生の事故の事を兄に話たのですが、心配していた様なので、連絡を入れていただけると助かります」
なんて、川端に話のは関係のないことばかり。そして、敬祐には相変わらず当たりが強い。
そんな中『コンコン』と、控えめだが確りとしたノックの音が部屋に響き渡る。
「? この部屋は使用中と出しているはずだが、誰か先生か?」
「あぁ、違いますよ先生。ジャンヌ、開いてるから入ってきて」
怪訝な顔をする川端を止め、代わりに宗次郎が声を掛ける。そう言えば、理由は言わないが、何故かジャンヌが来ると言っていたと、今更ながらに二人は理解した。
「失礼いたしますわ。川端先生、福井さん。宗様、ご所望の幹部服と資料をお持ちしましたの」
「流石ジャンヌ、時間ぴったりだね。じゃあ、二人に資料をお配りして。後、やっぱりジャンヌ用は巫女服にして良かったね」
宗次郎の言葉にハニカミながら笑うジャンヌ。その身に纏うは、一歩間違えると何処のギャルゲ? と聞きたくなりたい改造巫女服。しかし、二人はいたって普通だ。
寧ろ、ポカンと口を空けて間抜け面をさらしたのは、川端と敬祐の二人だ。しかし、そんな二人を置き去りにジャンヌは自身の分のお茶を新たに入れ、宗次郎にはお変わりを。
そして、何処からかホワイトボードを持ち出し、アンダーリムの眼鏡を装着する。
「では、少し遅くなりましたが……これから、『青丸びろうど防衛軍』の設立に関する総会を始めたいと思います」
「議長は宗様が、秘書役は不肖ながらワタクシ、ジャンヌが勤めさせて頂きますわ」
「まず、川端先生。部屋の提供を有難う御座います。出来るだけ早く、本拠地は用意しますが、候補地選びが難しくて……」
一応、候補地を挙げているので、冊子の一頁目をご覧ください。等と、宗次郎が話し、ジャンヌがテキパキと必要事項を書き出していく。
「設立の為の書類は既に用意が済んでいます。代表は僕、緒方宗次郎が勤めます。先程言ったように、ジャンヌは秘書を。後、広報を担当します」
詳しくは冊子の最終頁に記載しています。
等など、未だ復活しない二人を全く気にせず、宗次郎は止まらない。
「顧問には兄経由でグレー博士が。非正規職員として兄の緒方肇が入ります。そこで、川端先生と敬祐には了解を頂いている通り、幹部を勤めていただきます」
そう言いながら、宗次郎はジャンヌに目配せをする。すると、心得たように、ジャンヌは持ってきた袋から川端と敬祐。それぞれの前に、悪の秘密結社的に見えないこともないコスチュームをソッと置いた。
「とりあえず、女性用は巫女服を先に。そして、デザインは暫定ですが、二人の分を作ってみました」
川端の前には青を基調とした……某構成員っぽいタイツと、白衣。覆面がないのは果たして優しさなのだろうか? を置き、敬祐の前には同じデザインで緑を基調としたものを置く。
「実は、白いスーツと黒いマント……何て言う案もジャンヌから出たのですが、統一性を出すために、こちらにさせて頂きました」
「幹部とは、そう言った格好だとワタクシは思うのですの。けれど、宗様は一部だけだとおっしゃるのですわ」
「そして、敬祐。お前にはこれをつけよう。僕は高校卒業後は数年、諸国漫遊をすると決めたから、代理指揮官用のマントだ」
「って、何だよ! この悪役っぽい服とマントは!! 以前に、オレは了承なんかしてねーぞ!!」
「そっ、そうだぞ! 緒方。お前の中では預言者だとか言っていたが、俺は一言もなるとは言っていない」
ようやく復活した敬祐、そしてその言葉に反応して、戻ってきたのだろう川端は慌てた様子で、なにやら幹部就任を拒否する。何故だろう、幹部はエリートなのに。
「先生、先生は僕の理念に賛成してくれたのではなかったのですか? 前はあんなに喜んでくれたのに……まさか! 宇宙人はこれが狙いだったのか?」
まともなのは明らかに川端と敬祐である。しかし、基本電波に言葉は通じない。受信状態に入っているときは特に。
「大丈夫ですわ、宗様。おそらく、記憶の混乱というものですの。先生は宗様が認めた預言者様ですのよ? 宇宙人の謀略ごときに、屈するはずありませんわ」
そして、ジャンヌがあらぬ方向に慰めたことにより、都合のよいことのみ聞こえる状態の宗次郎は、大きく頷き、息をひとつ吐いた。
「そうだね。ごめん、ジャンヌ。つい取り乱してしまったよ。大丈夫です先生、すぐに以前の先生に戻れます」
「いや、だから俺は言ってないって」
「そうだぜ! ちゃんとオレ等の言葉聴けよ」
疲れたように返す川端に、しかし未だ元気な敬祐は、これでもかと食って掛かる。将来がかかっているのだ。誰でも必死になるだろう。
「敬祐……お前に拒否権なんかあるわけないだろ? 安心しろ、大学にはちゃんと通わせてやるし、院に進むところまで計算に入っている。正式就任はその後だ」
「そうですわ……ぇと、緑の方。何も、大学にも行かせずに、監禁するなどとは、宗様もワタクシも、考えてはおりませんわ」
しかし、宗次郎は敬祐に対してなぜか強気を崩さず、ジャンヌに名前を覚えていないのか緑の人。何て呼ぶ始末。
「心配するな、叔父さんの了解は既に頂いている。快く、お前は『青丸びろうど防衛軍』に専念して言いそうだ。良かったな、次男」
その上、珍しく満面の笑みで敬祐に笑いかける宗次郎。しかし、笑いかけられた敬祐は目に見えて絶望を背負う。何だか涙目だ。
「まぁ、将来的に宇宙人が侵略してくるのは確定だしな、叔父さんのこの決断は英断だと僕は思うよ」
「……」
そこまで聞き、敬祐は机に突っ伏した。肩が震えているのは、間違っても喜びからではないだろう。だが、電波二人には通じない。
「みろ、ジャンヌ。敬祐はよほど嬉しかったのだろう、感動で打ちひしがれる。とは、こういう事を言うんだ」
「勉強になりますわ、宗様」
「それは、嬉しさではなく悲しみだ。実の父親に売られるとは……そう言えば、緒方と福井は従兄弟同士だったな」
二人を諭すために言葉を発するが、当然のごとく届いていないだろう。けれど、川端は言わずにいられなかった。あまりにも敬祐が不憫すぎて。
「はい、そうです。川端先生。僕も敬祐も兄と歳が離れていたこともあり、生まれた時から一緒に育ちました」
「……そうか」
どうしよう、小さい頃の宗次郎と敬祐の姿が、何故だかありありと思い浮かぶ。二人の力関係が如実に物語っている。
「先生、敬祐があまりにも嬉しすぎたのか復活しないので、本日はこれで失礼してよろしいでしょうか? 本当はもっと説明したいことがあるのですが……一人がこれでは」
「そう、だな。とりあえず、今日はもう遅いことだし帰っても良いだろう。また今度詳しく話をしよう」
主に、出来なかった進路の軌道修正とか、電波の遮断方法とか、敬祐に関する理不尽なまでの扱いとか。
彼は同士だ。対宗次郎に必要不可欠だ。もう一人、ジャンヌはもう駄目だろう。彼女は染 ま り き っ て い る。
現に今も、敬祐の首根っこを掴み引きずっていく宗次郎に何も言わない。むしろいい笑顔で付き従っている。
「以前に、一週間で何があった? 前は片言だったよな?」
もう、どこから突っ込んでいいのかわからない。どうしよう、もう一度倒れたらダメだろうか?
「……そうだ、肇だ! 緒方も兄の言葉くらい聞くだろう!! あいつの連絡先どこにやった? 時差を調べて、すぐに連絡を取らないと」
他力本願と言われてもかまわない。それで、緒方の軌道修正が出来るのならば、喜んで汚名をかぶろう。
この時、彼は忘れていた。GW前に宗次郎が暴露った肇の正体に。兄弟とは似るものである、と。
数時間後、川端は身をもって痛感することとなった。
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――数年後、人類は未曾有の危機に直面していた。
二年前。それが、宇宙人が最初に地球にコンタクトを取った年だと公式文書には記載されている。しかし、それは事実とは異なった。
『青丸びいどろ防衛軍』が、最初のコンタクトを確認したのは五年前、地球側指揮官である敬祐が大学二年に差し掛かった年である。
諸国漫遊からいきなり帰国し、大学に突撃してきた宗次郎は、そのまま敬祐を拉致し、その足で母校の高校へ向かい、そこで川端をも連れ出した。
二人をそのまま車に乗せ、真新しい研究施設の様な建物へと案内する。宗次郎曰く、以前に行っていた本拠地という事だ。
「先生に来てもらったのは他でもありません。先生は、三日前に世界各国で起こった、謎の停電に付いて、調べていらっしゃいますよね?」
「あっ、あぁ、と言っても誰も不思議に思っていないようだが……」
どうぞ。と、二人に席を勧めながら、自らも着席し、テーブルの上に世界地図を展開する。
「世界各国で、三日前に停電が起こったのは、僕が調べた限りですが、大小あわせて165箇所になります」
「165箇所か……公式発表より大分多いな……」
「それで、先生が二ヶ月前に兄さんとの会話で隕石がって言ってましたよね? どうも、今回の停電はそれと関係があるのではないかと」
テーブルの上を指でスライドし、宗次郎は二ヶ月前に落ちた、正体不明の隕石についての記事を表示する。どうやら、このテーブルは巨大なタブレットPCのような物らしい。
「って、ちょっと待てよ宗次郎。飛躍しすぎじゃね?」
以前は味方だった川端が、何故か宗次郎側に移っている気がして、敬祐は声を上げる。しかも、隕石と停電を関連付けるなんて馬鹿げている。
「……飛躍しすぎじゃないから言ってるんだ、敬祐。僕は兄さんと一緒に隕石の落下現場を訪れているんだ。そして、これを見つけた……ジャンヌ」
「はい、宗様。こちらですわね」
声をかけられたジャンヌが持ってきたのは、台座に乗せられた、小さな金属片。
「緒方、これは?」
「これは、落下現場から私とグレー博士が持ち出した物だ」
「肇(兄さん)(肇兄さん)!」
コツコツと、足音を響かせて登場したのは、何時かの幹部服に似ているが、それよりも数段落ち着き、さらに洗練されたデザインの幹部服(らしき物)に白衣を纏った肇だった。
「この金属片は、宇宙人の記録装置らしい。中から、始めて見る言語を発見した。解析は現在進行中だ」
「兄さん、もう起きて大丈夫なの?」
「あぁ、問題ない。二人が来ているのに私が起きてこない訳に行かないだろう」
「何かあったのか?」
空いていた宗次郎の隣に腰掛けながら、適当な職員に珈琲を所望した肇は、チラッと川端を一瞥し、金属片に視線を移した。
「この記録装置は、脳に直接映像を送り込む形でな。確認には激しい頭痛と吐き気をもよおす」
「それがわかってから、兄さんは確認をほぼ一手に担っています。言語自体は現在約六割が書き出されていますが……そういう事情から、進んでいるとは言えません」
「その過程でわかったのが、どうやら宇宙人はこちらが約束を違えたと思っていることだ。その報復の一環が停電」
今度は肇が、トントンとテーブルを叩き、恐らく書き出したという言語を映し出す。一見、象形文字のような、筆記体のような、変わった文字らしきもの。
「これが、宇宙人の言語か……」
「って、川端せんせー! 先生まで何乗せられてんだよ?!」
「敬祐うるさい」
「一応、衛星で分かる限りの言語で解析が進んでいないと言うことは教えたのだが、急ぐに越したことはない……烝、私の傍で、手伝ってくれないか?」
「肇……」
ジッと、川端を見つめる肇。その瞳には何も移っていないように見えて、しかし静かな闘志を感じる。
「今すぐ、は……俺も無理だ、けれど、何とかしてみる」
「先生?!」
この瞬間、宇宙人の侵略は『青丸びいどろ防衛軍』では真実となり、川端 烝が正式に加入した瞬間であった。
そして、同時に。敬祐は唯一の仲間を失った。
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上記から三年後。政府の正式発表の時、『青丸びいどろ防衛軍』本拠地には、三人の幹部しか居なかった。
敬祐、烝、そして、ジャンヌである。
「無事、打ち上げは成功しましたわね、烝様」
「宇宙ステーションに着くまでは、まだ少しの時間がかかる。それまでに、こちらで出来るだけのことをしないとな」
「政府との連絡回線は既に準備していますわ。……外のマスコミを如何にかする方が良いと思いますの」
「そうだな、外野が何時、宇宙人の不況を買うかわからないしな。と言うことで、敬祐、言ってきてくれ」
「って! 何で先生はそうも平然と幹部服着て、ちゃっかり馴染んでるんだよ! 俺と同じ立場だったじゃん」
テーブルに重要案件を移し、書類を持ちながらジャンヌとこれからに付いて話す烝は、何処から如何見ても、幹部以外の何者にも見えなくて。
ジャンヌの呼び方もいつの間にか宗次郎、肇に並び様付けへとシフトしていた。
「緑の方、うるさいですわ。早く、マスコミを如何にかしてくださいませ」
しかし、敬祐の呼び方は、緑の方のままだった。理由を聞いても、緑だから仕方がない。等と返ってきた。理不尽だ。
「……いってきます」
そして、間違いなく。幹部なんて肩書きだけの敬祐は、この本拠地での順位が一番低い。一般職員以下に泣きそうになる。
それでも出て行かないのは、本人も気付かぬうちに、バッチリと毒されているから、その事実に何時気付くのだろうか?
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「ですから、地球は貴方たちと対等の地位を希望します。従属化など、出来ると本当にお思いですか?」
そして、宇宙に居る宗次郎、肇、グレー博士はと言うと……何と本当に地球従属化を進める宇宙人と最前線で交渉を進めていた。国連公認で。
五年前、『青丸びいどろ防衛軍』に出向してきた肇とグレー博士は、解析と同時に、多機能宇宙ステーションの建設を進め、何処を如何したのか、現在の科学以上の技術としか考えられない物を作り上げていた。
『青丸びいどろ防衛軍』は、最初は活動理念を世界に向けて発表したとき、馬鹿にされ、何処からも相手にされなかった。
しかし、現在は打って変わって、地球の救世主として、また世界の代理人として、全面戦争も辞さない形で、宇宙人と対峙している。
「僕に、地球の危機を教えてくれたのは、偉大な預言者です。先生が居なければ、僕はここには立っていなかったでしょう」
後にそう語った宗次郎。
そして、そんな宗次郎が高校時代に提出した進路志望は、救世主の遺産として母校の正面玄関に、額入りで写真と共に飾られている。
人は言う。緒方 宗次郎は勇者である。そして、馬鹿と天才は紙一重とは、宗次郎のためにある言葉だと。
12日に間に合わなかった……