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第4話 貴方が勇者!? 告げられた秘密。

 何とか4話目です。

 ちと、エロスっぽい要素はありますが、助平な描写はないのでR-15で納まっているはずです。

 でも苦手な人はご注意を。

 22時に改稿。戦闘シーン有り。

 異空戦騎 パラレルワールド大競争


 第4話 貴方が勇者!? 告げられた秘密。


 意に染まぬ冒険から無事帰還して数日、陽介は自分の部屋でスライムのゲル状の身体を乾燥させて作った乾燥剤を、荒い布を縫って作った小袋に小分けしていた。

 最初は標本の雑草に直接まぶしてみたのだが、乾燥したは良いが乾燥剤が貼り付いて取れなくなってしまったので元の世界のやり方を踏襲してみたらしい。

 裁縫は苦手だったが、小学生の頃に家庭科で習った程度の出来映えにはなった。

 数個ばかり乾燥剤入りの小袋を作り上げると、造りのしっかりした木の小箱に詰め込んだ。

 細かい仕事に疲れたのか、うーん、と呻きながら背を伸ばす。

 窓から外を眺めてみると、何やら街の外壁にある門の辺りからガヤガヤした空気が流れてきた。

 --お祭りでもない筈なのに何かあったのかな? と陽介が思い浮かべていると、階下からゾハラの声が聞こえてくる。


『ヨースケ! 早くしないと良い場所取られちゃうよー。早く行こうよー』

「何かあるんですか?!」

『聞いてないのー? 勇者様のパーティーが魔人討伐任務から帰還して来るって先触れがあったんだよ! 一緒に見に行こうよー』

「へぇー、うん、分かった。行きましょうか」

『待ってるから、急いでねー』


 陽介が外套を纏い、日除けの迷彩柄のマリンハットを被っている間にも窓の外からはゾハラが足踏みをする『カッポカッポ』と云う音が聞こえてくる。

 どうやら今にも駆け出しそうな雰囲気であったので、苦笑しながらも陽介はデジカメを入れた鞄を肩に掛けた。

 人が通るには問題ないけれどもセントール族には些か狭い階段を降りて玄関から外に出る。

 既にスタンバっていたゾハラは陽介の手を取って走り出す。

 いきなりの事に陽介は引きずられる様にして門の所へと連れて行かれる。

 彼らが門から続く街の中心を通る通りに着いた頃には既に勇者一行は街の中に入って来ていた。

 道の脇には街の住民たちが列を成して勇者見物と洒落込んでいた。

 娯楽が少ない故に仕方がないのだが、仕事中であるはずのドワーフ鍛冶のギム親方迄もがここにいるのは問題がある。


「あーん、人がいっぱいで良く見えないじゃん、もー」

「悪い、出遅れたな」

「肩貸して」

「え?」

「肩車するから肩貸して」

「……オレ、潰れちゃうよ?」

「前脚だけだから大丈夫、そ・ん・な・に・重くないしね」

「ハイハイ、どうぞ」


 陽介は溜め息を吐いて両足を踏ん張る。

 それを見てゾハラは前脚を持ち上げて陽介の肩の上に載せる。


「グエ」

「失礼ね」


 肩に掛かった重量に陽介は呻きを上げるがゾハラは気にもせずに通りの中央を進んでいる隊列を眺める。

 彼女の目に映ったのは体長3メートル程のゴーレムを載せた荷馬車が一台とパレード用に幌を外した幌馬車が一台である。

 彼女のお目当ての勇者は幌馬車の方に座っており、お付きの一行と共に沿道に手を振って愛嬌を振りまいていた。

 まるで選挙カーに乗って手を振るかの如く、実に堂に入ったものだ。

 その姿は堂々と飾りたてられ、勇者は当然の如く聖別された蒼いメタリックカラーの勇者の鎧を身につけ勇者の兜は脇に抱えていた、隣にいる聖女は白銀の刺繍が成された聖衣にメイスを装備、白き魔女はジャイアント・モスの絹糸で編んだ純白のローブに身を包み、白騎士はオリハルコン等の魔法金属をふんだんに使用した全身鎧フルプレートを装備している。

 一見して分かる通りの正統派の勇者のパーティーである。


「きゃー、勇者様だわ、ロマンスグレーの御髪おぐしが渋いわっ!」

「えっ? 勇者って若者じゃないの?」

「何言っているのよ、召還の儀式で異世界から呼び出された勇者様と言えば熟練の戦士って話じゃないの」

「ふーん、すまないけどこれで写真撮ってくれませんか、俺の場所からだと全然見えないから」

「あ、デジカメね。この前と同じ使い方で良いんだよね」

「そうそう、上のボタンを軽く押して、絵がシャキッとなったら押し込んで貰えれば」

「はーい、えーと、丸いガラスの付いた方を前にして、四角いガラスを手前にして、釦を軽く押して、シャキッとしたら押し込むっと。うん、かーんたん簡単」


 パシャッと撮影音が響いてデジタルカメラが幌馬車の上の勇者の姿を撮影する。

 ゾハラは二、三枚ほど撮影すると陽介にデジカメを返す。

 受け取った陽介がデジカメを再生モードにすると一枚目は壮年の男性が普通に写っていたが、二枚目でこちらに向き、三枚目で御者に話しかけている様子が写し出されていた。

 陽介はズームがされていない所為で小さすぎる画像ではあったが、その男性を何処かで見た事があるような気がした。

 --確かテレビやネットで現代の神隠しとか騒がれていた……、そうっ!


「前田前総理大臣っ!」

「私の事を知っている君は矢張り日本人か」

「えっ?!」


 考え事に集中していて周りの状況が掴めていなかった陽介であったが、いつの間にか立ちはだかっていた見物客は横に避けていて目の前には幌馬車から降りて来た勇者が立っていた。

 ロマンスグレーの髪をオールバックにして多少皺の目立つ顔をしているが、精悍な眼が古武士の様な引き締まった雰囲気を漂わせている。

 ただ、勇者の装備は余り似合っているとは言えない。

 対する陽介はこちらで買った古着の上着にジーパン姿、外套を羽織り迷彩柄のマリンハットを被っている、実に冴えないひ弱な一般人の雰囲気が情けない。

 その上にセントール族の少女を肩車しているのだ、全くを以て訳が分からない。


「え、あ、はい、大体一年前にこの世界に来ました」

「そうか、君も召還されたのかね?」

「いえ、分かりません、いつの間にかこの街に立っていて」

「ふむ、そうか。とにかく立ち話も何だな、私達の泊まる宿まで一緒に来くれないかな? 詳しい話がしたい」

「え、あ、はい、大丈夫です」


 この異世界で、突然テレビでしか見た事のない様な人物に話し掛けられてパニクってしまったのか、ドモリながらであったが受け答えは出来ていた。

 取り敢えず通りの方へとカッポカッポと歩いて行くと勇者・マエダは冗談混じりに陽介に口を開く。


「しかし、私もこの世界に来てから暫く経つがね。馬やケンタウロスに跨がった者は見掛けるが、ケンタウロスに跨がられたのは初めて見るよ」

「え? あ、ゾハラ、いつまで肩車をしているんですか!」

「え、えへへ。えと、下りますね」

「何でそんなに丁寧に・・・ミーハーか」

「ミーハーじゃないよ」


 勇者・マエダは馬車に戻るが、流石に沿道に詰めかけている見物人の前を勇者と一緒に移動するのは目立ち過ぎて嫌であったので陽介は大分後ろを歩いて付いて行く事にした。

 パレードは警備員によって規制されている訳ではないので、勇者が通り過ぎると同時に列はバラケてお祭りで山車だしの後ろを付いて行く様にぞろぞろと付いて行く人たちが多いのだ。

 それに紛れて道を行くと、街の中でもっとも高級な宿屋の前で勇者たちの馬車は立ち止まり、そのまま店の中に入って行く。

 おぉー、と観衆は声を上げて勇者達を見送った。

 次第に疎らになって行くのを見計らい、宿屋の中に入ろうとすると宿屋の店員がそれを阻む。


「本日は勇者様達によって貸し切りになっています」


 貧乏人が用もないのに近寄るな、言っているように思えたのは陽介の被害妄想ではないだろう。

 陽介は困ったように口を開け閉めしていたが、後ろにいたゾハラが堂々と言い放つ。


「私達は勇者様に呼ばれて来たの、さっさと通して頂戴」

「あれ、ゾハラも呼ばれてたっけ?」

「ヒドい、あの時一緒にいたでしょ、と云う事は一緒に呼ばれたも同然」

「いや、同然じゃないから」

「……少々お待ちください。お名前は?」

「ゾハラで」

「いや、君じゃないから。長田陽介です」


 胡散臭そうに二人を見ていた宿屋の店員だったが、市井の者にも気易く口を利くのが今代の勇者であったと思い直し、取り敢えず本当の事かどうかを確認しに店内に入る。

 すると直ぐに出てきた、勇者と一緒に。


「おいおい、遅かったじゃないか。一緒に着いて来ているかと思っていたよ」

「いえ、流石に勇者と一緒にいるアイツは誰ものだ、なんて事になったら……また冒険者ギルドでイジメられて……」

「あー、それは済まなかったね。取り敢えず入り給え。キミ、食堂に個室は用意できるかね」

「直ぐにご用意いたします勇者様。お茶の用意は致しますか? お酒の方もご用意させておりますが」

「ふむ、私は酒でも良いのだが」

「えっとその、自分は酒に弱く、お話を聞く以前に気分が悪くなってしまいますので、お茶でお願いします」

「だな、キミ、お茶の方を頼む」

「畏まりました、ご案内いたします」


 店員は勇者を先導して店の中にある食堂の個室へと案内した。

 心の内ではこのセントール族と云う気難しい種族を連れた若者は何者なのだろうか、と詮索していたが表に出すような事はなかった。

 彼らが個室に着く前に「勇者様?」と声を掛けてきた女性がいた。

 既に部屋にて着替えて来たのか、白い聖衣はゆったりとした着物に着替えられていたのだが、彼女は間違いなく聖女その人であった。

 この国の宗教は多神教であり、未だ一神教の影響を受けていない自然発生的な習俗を引き継いでいる。

 よって、神官はともかく、巫女と言えば春を売る女的な役割を担っているのだが、それとは別に一切のケガレに関わらず一生を独身で過ごす聖別された巫女も存在する。

 姫巫女ひめみこと呼ばれる彼女らは、そのほとんどが王族や貴族の女児であり、特に優れた魔力の持ち主が役目に就くことが多い。

 その中でも現在最も優秀な姫巫女と呼ばれるのが彼女、白の聖女ミリティア(25歳)である。


「ああ、ミリティア。彼は私が政治家をやっていた国の国民のひとりだよ。今から同郷の者として色々話をしたくてね」

「あら、ではわたくしも同席させて頂きますわね」

「うむ、構わんよ。キミ、一人追加だ」

「畏まりました」


 案内された部屋は質の高いカーペットが敷かれ、調度品も品の良いものが嫌みにならない程度に揃えられている、如何にも上流階級の人間が利用していることが伺える部屋であった。

 貧乏生活が身に付いた現在だけでなく、元の世界に置いてもこういう雰囲気に慣れる事はなかったので、陽介は緊張に包まれた。

 隣のゾハラは椅子に座る習慣がないので立ったままであるが、それほど緊張した様子はない。


「ではまず自己紹介から始めようか。知っていると思うが私は日本国宰相、元とは付くがな。そして現勇者の前田まえだ創次郎そうじろうだ。大体二年前になるのかな? アメリカで行われたG8の記念撮影をしていたらこの国の召還魔法によって王宮の広場に引き寄せられた訳だ。そこで訓練や装備が行われて出陣し、魔人の討伐を果たして王都へと帰還の最中と言う訳だな」

「わたくしは勇者様付きの聖女でミリティア。現女王エメラダーの姉であり、姫巫女を勤めております。よしなに」

「はい、自分は長田陽介、ヨースケ・ナガタ、日本国の学生の一般人で、一年前にこの国に来ました。現在はこのゾハラさんの家に下宿させて貰って日銭を稼いで暮らしています」

「私はゾハラ、人馬セントール族ゾハルの娘、冒険者です」

「見習いでしょう?」

「駆け出しです!」

「馬だけに?」

「馬じゃないもん!」


 ジャレつき始めたふたりを横目にミリティアは『ヨースケ……ヨースケですか、フム』と呟いて、意味有り気に視線をやる。


「ヨースケ殿、二ヶ月程前に神殿へ治療に行きませんでしたか?」

「う、え、はい。行きました」

「あ、何か体調崩して父さん達に連れて行かれてたよね。何だったの?」

「う~、え~っと。確か魂の拠り所が無くなって魂力が枯渇していたとか~、そんな説明を聞いた、かな。良く分からないけど」

「ふ~ん、そうなんだ」


 二ヶ月前の事である。

 彼の誕生日が近付き、その際に未だに童貞である事が話の中でゾハルやギム親方にばれてしまったのだ。

 この国が性的に奔放である事は既に述べた通りだが、男性が性的に純潔である事は避けられるべき事柄であり、寧ろ積極的に性的経験を積むことは庶民的には歓迎される風習があった。

 何よりこの世界では我々の世界よりも娯楽が少ない、よって夫婦の夜の生活によってストレスを発散させるのは当然の結果である。

 だが、初めて同士がふたりの間だけでその手の技術を磨く事は至難の事であり、その結果夫婦の仲が破綻する事は避けられるべき重要な事柄なのであった。

 よって男性の場合は『若衆わかしゅう』と云う青年会の様な互助組織により経験豊富な未亡人や千人切りを果たした女傑により筆卸ふでおろしを済ませる事が一般的であり、少し金を持っているので有れば神殿の踊り巫女を相手にする者も多い。

 恋人を作る前にはある程度の経験がある事は当然の事、作った後でも技術などを学ぶ為に房中術が真面目に研究されている神殿の経営する寝所に通うのは不真面目な事とは見なされていないのだ。

 女性の場合は『女子衆おなごしゅう』によりその手の訓練が為されているらしい、だが男子には伺い知れない秘密とされているので不明である。

 と、まあそう言う訳でセントール族の女子は人間の風習とは相容れない事から、ゾハラには『陽介の体調不良の為の施療院行き』を口実に陽介を花街に連れて行くことになったのだ。

 残念ながらゾハルやギムの伝手には経験豊富な未亡人もいなければ、神殿の寝所に行けるだけの資金もなかったからだ。

 ゾハルとギムが花街の顔役に『コイツの筆卸相手を探している』と相談に行った所、何処から聞きつけたのか花街でも最も人気の高い高級娼婦が名乗りを上げた。

 だが、彼女には一般的な神殿の寝所で払う金額の数倍もの高額な花代が必要とされるのだ。

 残念ながら彼女に払う金がないので辞退しようとしたのだが、『童貞喰いが趣味だから』とほとんどタダみたいな値段で相手をして貰えることになったのだ。

 さて、この世界、特にこの国では魔族相手の侵攻を非常に警戒している。

 街の外壁の内部に魔族が進入すればその特異な魔力に反応して警報が鳴り響く仕掛けが為されている。

 だが、魔力を封じた人型の魔族が入って来ても魔力に反応しないことが多い、その為に実際は魔族の間諜かんちょうが人族の町に入っている事は確実視されていた。

 問題は二ヶ月前の時期に何があったのか、である。

 魔人討伐に出陣した勇者は、この町から二ヶ月程掛かる魔族の根拠地のひとつにて死闘を繰り広げ、標的とされた魔人イレトールブンを下した。

 その報は魔族の断末魔の超能力によって遠くの仲間にまで届けられた。

 だからこの街に潜んでいた魔族の間諜スパイである彼女も魔人が殺された事を知り、その復讐を誓っていたのだ。

『勇者とその眷属に災いアレ』、と。

 彼女は魔人討伐に向かう勇者を見た事がある、その時に匂いを覚えていた。

 そしてその匂いに似た者が花街にやって来た事に気付いたのだ。

 だが、間違いなくそのままでは他の娼婦の客になってしまうだろう。

 だのでワザワザ顔役の前に顔を出し、ソレを、復讐を誓った相手を自らの獲物として確保したのだ。

 勿論、最初に彼女は優しくシテやった。

 優しい笑顔、とろけるような淫靡な顔、そしてソレを喰った時のエガオ。

 完全に繋がった状態から魔族の本性を曝らけ出し、そいつの、陽介の魂を喰らったのだ。

 彼女が吸精鬼サキュバスとしての正体を顕わにした瞬間に警報が発せられ、娼館の酒場で酒を喰らっていたギムとゾハルはその気配に気付いた。

 それぞれが慣れた武器を構え、階段を駆け上がり陽介の居る部屋の扉を蹴破って中に突入すると、ゲラゲラわらいながら陽介から魂を吸い上げる吸精鬼の姿があった。

 だが吸精鬼そのものに戦闘力はほとんど無い、だからずっと嗤っていたのは自らが消滅するよりも、最後まで復讐を済ませる事を優先させる覚悟が出来ていたのだろう。

 次の瞬間、ゾハルの放ったスピアが吸精鬼の胸を貫き、ギムのトマホークが首を断ち切った。

 ゾハルが陽介に駆け寄り、容態を診るが、既に顔色は土気色に染まっており、生命力の欠片も見当たらなかった。

 魂の死は直ぐに肉体の死に至るだろうと知れた。

 よってゾハルは陽介の身体を抱え、神殿へと走り出した。

 魔族による襲撃は戦争と同等のレベルの養護が受けられる事になっていた。

 既に神殿では魔族の襲撃が警報によって知られており、迎撃体勢と共に魔族に襲われた犠牲者への治療準備が整えられつつあったのだ。

 そこへゾハルは飛び込み、現れた魔族は一人だけであり既に滅ぼしたと云う事情を説明する。

 直ぐ様に陽介は直ぐに施療院せりょういんへと運び込まれ、治療を得意とする神官によって診察を受けられた。

 だが、既に魂の大部分を喰らい尽くされており、治療の余地はないと告げられてしまう。

 自分たちが原因ではないとは云え、キッカケを作ったのは確かだ。

 ゾハルとギムは激しく落ち込み、怒りの雄叫びを上げた。

 だが、そのすぐ後に神殿の奥の院から託宣が下りて来た。

 これは異例の事である。

 何やら問うて見ると、瞑想に入っていた姫巫女に対して神託が下され、それにより神々の一柱より対処法が与えられたらしい。

 瀕死の陽介の身体は寝所の奥、特別区画にある部屋へと運び込まれる。

 一晩掛けた治療は明け方まで続けられ、くぐもった悲鳴のような声はその間中施療室の外へ漏れ続けてきた。

 翌朝、新しいベッドに移された陽介の様子を見に行ったゾハラは精も根も尽き、ゲッソリとなった彼の様子を覚えている。

 だが、その治療の後は何の問題もなく生活を続けている。


「ヨースケ殿、グウェンディロンを知ってますか?」


 顔を真っ赤にした陽介はコクコクと首を縦に振った。


「わたくしの妹です」

「うぇええええっ!? って事はあの娘は姫巫女様!」

「あら、もう姫巫女じゃございませんよ。それはヨースケ殿が一番良く知っておいででしょう? おほほほほ」

「あはははは……ヤバイ」


 ナニが有ったのか、顔面を蒼白にして陽介は目を虚ろにする。


「あー、陽介君、何か問題があったのかね?」

「いえ、神殿でお世話になった巫女さんがミリティア様の妹君であった事が分かりましたので、魂消たまげてしまいました。ひゅう」

「ふむ、成る程。それはともかく無事で良かった。この世界は私達の日本と違って治安が悪い上にモンスターなんて云うお化けまで出るのだからな。幸いにして勇者としての身体能力の向上が行われたから助かったのだが、しかも言葉まで違うだろう? 召還された時に翻訳魔法が掛けられていなければ何も出来ずに居ただろうな、ふむ、それを思えばお互いに幸運だった」


 前田はそう言って苦笑いをしていたが、陽介は非常に羨ましい顔をした。


「自分は、そんな便利なモノは有りませんでした。この世界に来て最初に会話を試みたのが、ゾハラだったんですが、全く言葉が通じなくて、食べ物も無くなって行くし、働けないし、正直死ぬかと思いました」

「何とっ!? では、いや随分と流暢に会話をしているように思えるが……」

「はい、必死で共通語を覚えたんですよ。単語をひとつひとつ教えて貰って、メモを取って、ノートPCの表計算ソフトを使って辞書を作って。人間、必死になれば何とか出来るモノなんですねぇ。自分自身でも驚きです」


 陽介は遠い目をして過去を思い出していたが、前田はそれを聞いて目を輝かせた。


「つまり何か? キミは日本語と大陸共通語の翻訳が出来ると云うのか?」

「あ、はい。出来ます」

「素晴らしいっ! 得難き人材だ。これで問題は解決されたと言っても過言ではない。そうだな、ミリティア」

「はい、身内が役に立って実に喜ばしいですわ」


 ミリティアはニッコリと笑って前田に告げた。


「何しろ、今の私は大陸共通語を喋っているように見えるらしいが、実は日本語を喋っているつもりなのだ」

「はぁ、確かに共通語を喋っている時に口の動きと音がずれている様にも見えますね」

「うむ。だがこれでは日本から門を通して人材を得ようと言葉が翻訳されず、無事に人材が揃っても言語の研究から始めなければならなかったのだが、ここに日本語と大陸共通語を喋る事の出来る人材がいる。第一関門は既に解決していた」


 その前田の言葉に陽介は疑問符を浮かべる。


「えっと、もしかして今、日本に帰れるような意味の事を言っていたと思うのですが?」

「うむ、ここからの事は他言無用だ。もしも口にした時は」


 前田は右手を喉の前で横にズラす。

 その真剣な迫力に陽介とゾハラは思わず喉を鳴らす。


「では同意が貰えたという事で、私達勇者パーティーは北の魔人の討伐に出て、それを成し遂げた。だが魔人が臨終の言葉として『ふはははは、勇者よヨクゾこの魔人イレトールブンを討ち取った、誉めてやろう。だが、私の命と引き替えに魔王様の最後の封印は解かれたのだ。今から一年以内に貴様の遣えるアクアマンデ王国は魔王様の軍勢に襲われ滅ぼされるだろう。その時こそ、地上から光は失われ、我ら魔族の支配する暗黒大陸が始まるのだ、ふははははははははっははははははははは』と言ったのだ」

「なるほど・・・臨終の言葉にしては長いですね」

「実はこれでも省略したのだが、まあ生命力が強い魔族だからな、その後もう一度トドメの一撃を加えてようやく黙ったよ」

「はぁ、スライム一匹に襲われて死にかけた自分には想像も出来ない戦いだったのですね」

「スライムにか、う~む、まあ、普通の日本人ならそんなモノか。私は勇者として能力が向上させられているし、魔法の防具や能力向上のポーションを大量に使用したからな。勿論、若い頃から鍛えてきた合気道の技も非常に役に立ったが」

「はい、勇者様が聖剣を弾き飛ばされた時には死を覚悟しましたが、まさか魔人の腕を取って投げ飛ばし、そのまま聖なる短刀ナイフを首筋に突き立てるとは思いも寄りませんでした」

「うむ、修練を積んできたからな、勝手に身体が動いていたんだよ。だが、それも勇者としての膂力が物を言ったからな。まだまだ先生方には及ばんよ。私の師匠なら素手で無力化出来るだろうからな」


 そう言う前田の身体の各所には護符や腕輪等が飾り立てられていた。

 これに勇者の防具や装備を使用する事で飛躍的に能力を向上させて、超人的な戦いを行う事が可能になるのだ。


「まぁそう言う事で魔王の軍勢を迎え撃たなければならない事になった。だが、周辺諸国の動きが悪く、加勢が期待出来ないのだ。王国が滅びれば自分たちも滅亡するしかないと言うのにな」


 そう言って前田とミリティアは表情を暗くした。


「そう言った訳で、その他から戦力を調達したいと考えたのだが、都合の良いことに異世界との通廊を開く儀式魔法が存在すると云う事だったのでね、いっその事、日本と交易を兼ねて通廊を開こうかと」

「つまり俺も日本に戻れるんですか!?」

「あ、いや最初に私が送還魔法で日本に戻り、通廊を開く魔法陣を日本に設置する必要があるんだ。君は召還魔法でこの世界に来た訳ではないと先ほど言っていたね」

「白魔術師の云う事によると、送還魔法と云うのは召還魔法を利用したものであるそうです。残念ながらそれ以外の人間は送還させられないとの事ですよ、ヨースケ殿」


 前田の言葉に続いてミリティアが説明する。

 希望が与えられた直後に否定された事で陽介は激しく落ち込む。


「そんな、そうなんですか。くそぅ」

「ヨースケ・・・」

「更に、何ですけれどね」

「まだ何かあるのですか?」


 落ち込む陽介に追撃を加える様にミリティアは告げる。


「通廊が開いてもこちらの世界の人間は向こうの世界に行く事は出来ないのです、原因は分かりませんが。無生物や知能のない獣ならば問題ないのです。逆に通廊を通ってこちらの世界に来た人間は通廊を通って戻ることは出来ますが、こちらの世界の人間は向こうの世界に渡ることは出来ないのです」

「? 何が言いたいんです?」

「貴方は魂をこの世界に留める為に血の契りを交わしましたよね。恐らく貴方はこの世界の人間として認められてしまっています。ですからこの世界で生きる以外に道はありません」


 ミリティアは陽介が余計な希望を抱かないようにキッパリと断言した。

 暫く絶句した陽介はしかし激高するでもなく静かな声で言う。


「そうですか、元々戻れるとは思っていませんでしたから、親に連絡が取れるだけでも幸運と言って良いんだと思います。ハハ、辛いですね、こう言うの」

「すまん、とは言わない、私には言う資格もない。だが、私に出来る事はさせて貰うつもりだ。君の両親には手紙を送らせて貰う、他に何か持って行く物はないかな?」

「そうですね」


 陽介は視線を上に上げて考え込んだ。


「ビデオレターを作りますのでそれを持って行って下さい。後、もしかして元の世界に戻れたらこの世界の証明になるかと思って色々資料とか作っていたので、持って行って下さい。必要になるんじゃないですか? 前田さん」

「それは助かる。正直どうやって政治家仲間を説得して官僚を動かすのか悩んでいたのだよ。で、それはどう云ったものなのかね?」

「こちらの動植物のサンプルと鉱物のサンプルとか、先程も云った共通語の辞書データー、デジカメで撮った静止画と動画データーですね」

「ふぅむ。先程から気になっていたのだが、電池が切れていないのかね? 確かデジタルカメラとノートパソコンを使用し続けていると聞いた気がするんだが、幾ら節約して使用していたと云っても期間が長すぎるだろう」


 陽介は少し考えると敢えて『日本語』で言葉を話す。


『ミリティア様』

「ミリティア sama ですか? それはどういう意味でしょうか」

「ちょっと日本語で会話して見たかったので。いやぁ、久し振りに会話できる人がいたので言葉を切り替え損ねてしまいました。済みません」

「そうなんですか? まあ、内緒話をするにはちょうど良いですものね」


 陽介の言い訳を聞いて意地の悪い笑顔を浮かべるミリティアが陽介の真意を披露してみる。

 流石に政治の中心にいた一家の一員には陽介程度の言い訳は通じなかったようだ。


『まあ、本当に日本語は分からないみたいですね、前田さん、出来ればミリティア様には聞かれない方が日本にとって都合が良いと思うので、返事は相槌だけでお願い出来ますか』

「ああ」

『色々と鉱物のサンプルを採取していたのですが、その中に日本のエネルギー事情を一変させる事の出来るかも知れない戦略物資を見つけました』

「ほう、それから?」

『魔力石は知っていますよね? 火力石や水力石は冒険者が良く使用しているんですが、魔力の籠もっているとされる石英で出来た石です』

「うむ」

『その中でもほとんど利用されていないマイナーな石がありまして、雷力石と云う物です』

「ふむふむ」

『手の平大の雷力石の上に、非接触型の充電池を置くと充電されるんですよ。しかも一年近く使っているのに切れる様子がないんです』

「なんっ、ほうほう、それからそれから?!」

『確か非接触型充電池はコイルを使って誘導電力を充電していたと思いましたので、銅でコイルを作って実験した所、電流が流れる事を確認しました。雷力石は需要が無いって事で相当価値が下がっています。石油や石炭、LPGや原子力等で発電するみたいに蒸気機関を挟まないので熱効率的に有利だと思うんです。使えると思いませんか?』

「なるほど、実験してみないと分からないが、確かに使えそうだ。世界が違うからどうなるか分からないがな」


 後に前田前総理が資料として持ち帰った鉱物資源は非常に有用であると判断され、国会議員やエリート官僚を動かすことに成功する。

 だが、その中でも特に評価されたのがこの雷力石であった。

 後に大規模発電プラントが作られて国内の発電需要の多くを賄うことになるのだが、何故この石で発電出来るのか、その原理は不明のままであった。

 数年後、と或る研究施設で驚くべき報告が成される事になる。

 鉱石の中からモノポールが検出されたのだ。


「うむ、長田陽介君、君を私が雇用する事について質問は有るかね?」

『へっ? 雇用』「あ、スイマセン。雇用ですか?」


 突然の話題転換に面食らったのか、日本語から大陸共通語に切り替え損なった陽介は問い返した。


「ああ、政治家前田創次郎の私設異世界調査室の要員として、そして対外的には勇者としての私の直属の部下だな。金に不自由はさせないぞ。日本の政治家にこの世界に介入する決意を付けさせる材料は多い方が良いからな。王家にも協力させるさ。なあ、ミリティア」

「ええ勇者様、最早形振り構っていられる状況ではないですし。責任は取って貰わないと」

「安定した職に就けるのは有り難いですが、自分は日本ではただの学生でしたし、こちらでは落ち零れの冒険者未満なんですよ」


 過大にも思える評価とそれに伴う待遇に陽介は気後れをする。

 だが、政治家として人を使ってきた前田は心を擽るような言葉で彼を説得にかかる。


「そんな些細なことに興味はないな。君は実績を示した、私はそれを評価した、それだけが重要な事だよ」

「正直嬉しいです、それだけに不安でもありますが」

「うむ、では明後日に王都に向かって出発する予定だ。資料などを揃えて置きたまえ。そのまま向こうで生活して貰う事になるので必要なものを纏めて、不必要な物は処分して置くのだぞ」

「はい、色々心配をお掛けしてしまい、ありがとうございます」


 社会人に対してならばわざわざ云う事もない事柄であったが、何しろ学生でこの世界に来てしまったわけであり、少しばかりお節介な迄に細かいところまで指示してしまう前田だった。

 だが、ここら辺は企業に勤めていた頃に気の利かない学生アルバイトを使った事のある経験から思わず出てしまったものである。

 そんな会話の中に、今まで口を噤んでいたゾハラが乱入してきた。


「えー、ヨースケ王都に行くのぉ? 良いなぁ良いなあ!」

「あー、ゾハラ、俺は仕事で行くのであって、そんなお気軽に」


 陽介はゾハラが自分の都合だけを優先して我が儘を言っている様に感じたので、説教気味に言葉を返そうとした、だが、それを前田が遮る。


「良いんじゃないかな。彼女も魔王についての情報を知っている訳だし、口止めの意味もある。だが、自由に冒険に行く事は出来なくなる。彼に付いて行動して貰う事になるからな。それでもかね?」


 キリッとした表情で前田が念を込めると、それに負けじとゾハラも真剣な表情で決意を表明した。


「……それでもです。それが勇者様達の手助けになるんでしょう? 呑気に冒険している時じゃないって事くらい理解していますから」

「ならば問題はないさ。雑用の仕事も多いし、辛いことも多いだろうけれどもな」

「ええ、大丈夫です」


 これで取り敢えずの話は済んだかと思われたのだが、ひとつ陽介が疑問を投げかけた。


「そう云えば前田さん」

「うむ、何かね」

「他の国の大統領の方達の姿が見えないのですが、どうされたんですか? まさか旅の途中で……」

「なんだって? イヤ、召還魔法で呼び出されたのは私だけだったが。他のG8の方達もなのかね?」

「はい、記念撮影しようと並んでいた全員が一瞬で消えてしまったと、当時のマスコミは大騒ぎになって、実際に国際情勢も緊迫していましたよ。特にゲストで参加していた中華人民共和国なんて『美国アメリカの陰謀アル』って云ってフィリピンや在日のアメリカ軍の基地に対して戦闘攻撃機や軍艦が領空領海を侵犯して、武力で威嚇までしていましたし。確か沖縄の海水浴場に砲弾が撃ち込まれて何人か死傷したけど『一発ならば誤射かも知れない』と中出なかいで官房長官が遺憾の意を表明してましたね、翌日議員辞職してましたが」

「あの莫迦」

「ああ、ベトナムでは軍事衝突も有ったってネットには流れてました」

「それは……最悪の事態だな。大丈夫だったのかね」

「日本政府も本気でヤバいと思ったみたいで集団的自衛権の行使を議決して後野総理大臣が自衛隊に臨戦態勢を指示した……とか、アメリカ大統領も一緒に消えたので事態は沈静化したみたいですけど。マスコミは各国首脳消失事件ばかり報道して現代に起こった神隠しだ、なんて騒いでました。中国の共産党が人民解放軍を出動させたって報道したのは一部のテレビ局だけでしたね」

「ふむ、何が起こったのだろうか。まさかこの世界の別の国に召還されたとか、最悪、魔族に。ミリティアは何か聞いていないかな?」

「いえ、周辺諸国には勇者召還の儀式魔法は伝わっていない筈です。そう云う話も出ていません」

「正直、何とも言えないな。事態が動いてから対処するしかないか」

「女王には報告を入れて置きましょう」

「そうだな」


 懸念事項は多いけれども、とにかくこうして王都までに限定されているとは云え、勇者一行に二人が加わる事が確定した。

 明後日迄にゾハラの両親の説得、部屋の片づけと資料の纏め、冒険者ギルドに提供した技術に関する事や王都までの移動手段と荷物の運搬手段を片づけるのは非常に忙しく難しい事であった。

 だが、明後日の朝までには馬車の手配も済ませて荷物の積み込みも終了した。

 後は町中の注目を集めている勇者一行の後ろを付いて行くだけだ。

 人力車に良く似た軽馬車の前に立つゾハラと陽介だったが、ゾハラは一つ疑問が出来ていた。


「ねえヨースケ」

「はい、何でしょうか」

「この二日間すごく忙しかったよね。準備の時間以外は睡眠しか出来なくてさ。その睡眠時間だって大分少なかったし。それに私のお父さんは冒険者としてやって行くのじゃなかったのか? って言って説得するのに随分手こずったし」

「うむ、流石に頑固で有名なセントール族の親父さんだったな。間に合うかどうか心配になったさ」

「それをどうにか納得させて、部屋の片付けをして」

「うん、まぁ俺の部屋は物がほとんど無かったから本を纏めて服を折り畳んで、ベッドのシーツを洗って返した位だが」

「冒険者ギルドに王都に移籍するって連絡して」

「おう、雑用をこなす奴が居なくなるって愚痴を言われたけれどな。あと、技術料として試作品の板バネと軸受けを使った軽馬車を貰ったし」

「うん、それと陽介が作ってくれたこの牽引用の馬具も使えばすごい楽だし、それは良いのよ」

「そうか、それは良かった」

「で、貴方の横にいる、その娘は誰?」


 ゾハラはジト目で陽介の隣に座る品の良い美少女を見る。

 16~17歳くらいのスレンダーな少女で、ミリティアに似た金髪の長髪を背中に垂らしている。

 一般的な旅装に身を包んでいるが、身体の素材が良い為に人の視線を集めるのは当たり前のようであった。

 彼女はニコニコしながらも、ゾハラから送られる胡散臭気なその視線を無視しつつ、陽介にベッタリと摺り寄っている。


「軟派なんてしている暇はなかったと思うんだけど」

「ああ、彼女がグウェンだよ。グウェンディロンには神殿でお世話になった。そう言ったろ。ミリティアさんがこの子を呼んできたんだ」

「うん、それは確かに聞いた。元姫巫女でミリティア様の妹って事は王族の姫様って事だよね」

「あら、姫巫女になった時に王籍からは外されていますし、姫巫女の資格を失った後には何の肩書きもないただの女の子ですわよ」

「そうは言っても元王族であることには変わりがないんだし、お姉さんのミリティア様と同じ馬車に乗れば良いじゃないの」


 そう言ってゾハラはグウェンが別の馬車に移動して行く事を期待した。

 軽馬車は二輪の人力車の拡大版であるが小型であり、幅も狭い。又、座席も前向きの物しか設置されていないので並んで座るしかないのだ。

 それが何だか腹が立つのだ。

 モチロン陽介が人間型生物であり自分の下半身が馬型である事は知っているが、分かっているが、何かムカつくのだ。

 彼女は悩んだ、自分の心が分からない、冷静沈着さがセントール族の誇りでは無かったのか。

 ムカムカしながら必死に考えた。

 そして気が付いた、自分は陽介の事を・・・オモチャみたいに思っていたのだっ! と、ゾハラはそう云う風に結論付けた。

 彼女はそう思いついた瞬間に気分が軽くなり『なぁんだ』と思っていた。

 --そう、兄弟のいる友達が良く言っていたではないか、自分が遊んでいた玩具を年下の兄弟が使いたがって邪険にしていたら親に『お兄ちゃんでしょ/お姉ちゃんでしょ』と怒られてムカついた、と。--

 --そうだったのだ、年下に自分の物を取られて腹が立っていただけなのだ。--

 --だが今の自分は社会進出を果たそうとしている大人、そう大人なのだ、年下の子供には寛大に接するのが大人と云う物だろう、うん。--

 そうと分かれば心に余裕が出てきたのか、後ろを振り返ってニコヤカに声を掛ける。


「グウェンさん♪」

「な、何ですか!?」


 先程まで実に不機嫌そうにしていた相手がいきなり上機嫌な顔で声を掛けてきたのだ、正直云って驚いていた。


「小さい馬車ですから結構揺れると思うんです。もしも気分が悪くなったら言って下さいね。最悪大型の馬車に移るのも手ですので、無理だけはなさらないように」

「あ、はい。承知しましたわ」


 目をパチクリさせながら了解を返すグウェンディロン。

 だが、相手との関係が悪いままであるよりも、和やかな関係の方が良いに決まっている。

 何が起こったのかは分からないが、この流れに乗った方が良いだろうと判断した。

 さて、勇者一行の方も出発の準備が整い、勇者の王都への帰還を祝う街の有力者達の演説が始まった、それを聞いている群衆がゲンナリしている時の事。

 ゾハラが牽引する陽介の馬車の周りにはゾハラの親族一同と陽介がこの街で世話になった人達、そしてグウェンディロンを世話していた神殿の神官と巫女が取り巻いていた。


「ゾハラ、落ち着いたら手紙を出しなさい。お前が皆の役に立つべく動く人物である事は知っているから心配はしていないが、お前は迂闊な所があるからな、それから」

「父さん、大丈夫だよ。心配いらないって」

「むう」

「良いかいゾハラ、生水には気を付けなさい、喉が渇いたからって昔みたいに水溜まりの水を飲んだらお腹を壊して死んでしまうかも知れないから絶対におよしよ。綺麗そうに見える水でも必ず沸かしてから飲むんだよ、昔みたいに」

「わぁーわぁーわぁー。もう、昔の話はやーめーてーってば。大丈夫だから、絶対にやらかさないから」

「そうかい? 心配だねえ」


 頬に手を当てて心配気にする母親に対してゾハラは胸を張って宣言する。


「大丈夫、もう子供じゃないんだから」

「「心配だな」」

「もうっ!」


 陽介の周りにはギム親方等の仕事関係の人間が数人いた。


「今は木ネジの生産に入っているが、あのやり方だと同じ物が出来るから便利だな。必ず数カ月以内にはボルトとナットの生産に漕ぎ着けて見せるからな。その次の目標はチェーンの生産だ、お前が王都から戻ってきた時にビックリさせてやるからな。気を付けて行くんだぞ」

「はい、ギム親方も健康には気を付けて下さいよ」

「ふん、問題ねえよ」

「ヨースケさん、新しい馬具の方ですが、馬具職人には生産職ギルドを通じて構造を通知しておきます。功労金の方は冒険者ギルドの口座の方に入れて置きますので一ヶ月後には引き出せると思います。忘れないで下さいね」

「ええ、宜しくお願いします。お世話になりました」

「いえ、こちらこそです。気を付けていって来て下さい」


 グウェンディロンには神殿の神官、そして姫巫女達が何人も取り囲んでいた。

 特に姫巫女は高い身分の出身者が多く、特に公爵や侯爵出身の美姫達は羨ましそうにグウェンを突っつく。


「還俗したとは云え、グウェンディロン、貴女がこの神殿で積んだ功労は消えることはありません。市井にあっても更に功徳を積むように研鑽なさいなさい」

「はい、神官長、日々精進致します」

「ねえグウェン、本当にその人で大丈夫なの? あの日以来渡って来ないで放って置かれていたんでしょう。何だったら家の兄上を紹介するけど」

「バカね、グウェンのお熱の上げ方を忘れたの? それに勇者様の直属の部下なんて大した物じゃないの。素直に祝福して上げなさいよ」

「うん、まあ、それはそうなんだけど。まあ良いか。ああ、これ、疲れた時に食べて貰おうと思って、レモンの蜂蜜漬とライムの絞り汁よ」

「ぅわっ酸っぱそうね」

「甘い物ばかり食べてちゃダメでしょ。疲れが取れるんだから」

「うん、最近なんか酸っぱいものとか好きになってきたのよね。何でだろ」

「歳を取ると嗜好が変わってくると聞いた事があります。いつまでも子供じゃいられないと云う事の表れではないのでしょうか」

「ああ、なるほど。流石はラナータ、頭良いわね」

「ふふ、ありがとう、当然ですとも」


 そんな会話を背中で聞いていた陽介はビクビクと怯えていた。

 そんな陽介の様子を見ていた親方達は、彼の肩をポンと叩いて来る。


「大丈夫だ、何とかなる」

「そうですとも、どうにかなるでしょう」

「世の中、なる様にしかならないからな」


 そんな事をしていると演説も終わり、割れんばかりの拍手が鳴り響いてきた。

 拍手に見送られて勇者一行の馬車が動き出す。


「それじゃあ、行ってきます」

「またねー、偶には帰ってくるから」

「皆様、神官長、お姉さま方、行って参ります」

「よっこらしょっと」


 ゾハラが気合いを入れて足を踏み出すと、軽馬車は軽々と動き出す。

 流石にゴムタイヤの再現は出来なかったがハブとリムを頑丈なスポークで繋いでいる為に軽量で頑丈な大型の車輪が付いている。

 そして陽介が提供した板バネが地面からの衝撃を吸収して更に吊り構造の座席が和らげる。

 まさに絶品の乗り心地であった。

 外壁を越えて王都へと続く街道を進む。


 この小説では基本的に大正時代の農村程度には性的に奔放であったという事になっています。

 いや、調べてみると100年程で日本も随分と変わってんだなーと思いました。

 10/28 22時10分に一部改稿。

 よりエログロに。


 ではでは。

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