第34話 泥沼
侵攻が始まって五日目。
アクアマンデ王国王立陸軍の大部隊はその大半を外部城壁の内側に移動して来ており、石畳のメインストリートを中心に畑の上に部隊を置いていた。
得体の知れない魔界の作物など汚らわしいとばかりに農作物は焼き払われて、地面自体が余熱を持っていた為に兵士達の靴の下から熱が伝わってくる。
既に内部城壁を攻略すべく部隊は陣形を整えており、移動が容易い石畳の上に攻城櫓が並んでいて城攻めの準備は整っていた。
また、今回初めて投入された魔法子女の部隊が後方で待機していた。
通常は魔女娘対策に各地の都市に配備されている魔法子女だが、ここが天王山とばかりに投入が準備されていた。
もっとも、魔力自体は高いが年少者が多いために部隊運用と指揮は年長の指揮官が執っている。
戦場での魔法使いは様々な魔法を状況に応じて使い分けるのだが、彼ら魔法子女は基本的に短い訓練期間で高い魔力を効率良く活用する為に砲撃に特化した装備を使用する。
その為にフライの魔法か浮遊の魔法に魔法を付与した盾を構えて砲撃で相手を倒す移動砲台的な役割を果たす事が多い。
魔法子女の部隊は20人が集められていて、その大半が十代前半の少年少女である。
子供特有の落ち着きの無さ、若しくは好奇心の強さ故に部隊の隊列からフラフラと離れて行こうとする者も多いのだが、引率者が一人に一人マンツーマンで面倒を見ているので教室崩壊ならぬ部隊崩壊の危機は押さえられていた。
さて、戦力の大半は歩兵である。
正規軍は鎖帷子の制服に各地の民族的な意匠を施した物を着用し、武器は新三八式歩兵銃と銃剣がメイン装備で、サブ装備にサーベルを持っている。
義勇軍は思い思いの野良着や作業着に制帽やバンダナで所属を示し、武器は槍や剣である。
重装騎兵隊も数は少ないが野戦の時の為に出撃していて、数少ない純粋なファンタジー装備を誇示している。
竜騎兵は移動出来る範囲が障壁によって限られてしまったが為に障壁外部で待機中。
城塞都市の中央区画を取り囲む内部城壁の正門前の平原にはそれらの大部隊がズラリと並んでいた。
それを迎え撃つパレード側の軍勢は姿を見せていない。
些か不気味な雰囲気だが、洋士は意を決して進軍の合図を送る。
ホルンの高らかな音色と共に全軍が一斉に前進を始めた。
歩調を合わせて進む地響きはまるで一つの巨人が歩いているかのような錯覚を生み出す。
近代兵器の火力の前には虚仮威しにしかならない近接戦闘の大集団だが、一度都市内に進入してしまえば圧倒出来るレベルの数が揃っていた。
城壁のすぐ外まで近付くと流石に壁の内側からバラバラと投石などが降ってくる。
落下地点にいた不幸な兵士達は悲鳴を上げる間もなく押し潰され、光と弾けて消え去った。
陰惨な光景を見ずに済んだとも云えるが、その異常な現象に兵士達は畏れ戦いた。
自分たちは何と戦っているのか。
死んだ仲間たちは名誉の戦死以外の何かにされてしまったのではないのかと、迷信深い者達ほど迷いは大きくなる。
だが、疎らな投石では膨大な数の兵士達の数%も削れず、城壁の前まで押し寄せる事が出来た。
功城櫓が城壁に接し、何本もの梯子が城壁に架けられる。
手柄と名誉を欲した兵士達は我先にと梯子を駆け上り、まんまと城壁の上にあがる事に成功した。
城門開放に手間取るようならば魔法子女の砲撃により破壊する手順になっていたのだが、内部に進入した兵士達の手により閂が開けられた城門はあっさりと開放されてしまった。
こんなにあっさりと内部城壁を抜けられてしまった事に軍の上層部は罠を警戒したが、内部に進入した膨大な数の兵士達が市街地を隈無く捜索したが人っ子一人の姿も見られなかった。
投石は数台のゴーレムが行っており、敵兵の存在すら確認出来なかった。
数少ないゴーレムを破壊し、軍は町の中枢にある城を包囲した。
流石にここを攻める事は躊躇された。
敵の軍の数は不明だが、町の規模からして寡兵である事は確かなようだった。
であるならば、戦力を集中して防御戦線を構築するのもおかしな話ではない。
それに最も相応しいのは目の前にある五稜郭に似た城であるはず。
城の周囲は星形の堅牢な城壁に固められ、腰の辺りまでの水深の堀は兵士の動きを阻害し晒し出す。
城に通ずる橋は上げられており、進入を拒む意志を感じられた。
既に王立陸軍の大半は城塞都市の内部城壁の内側にある市街地に展開し、外には最低限の警戒部隊が展開するのみである。
既に兵士の密度は限度一杯にまで高められており、逆に行動が阻害されるレベルであった。
洋士は号令を掛け、魔法子女部隊による砲撃魔法で大手門を破壊させた。
幾筋ものぶっといビームが発射され、大手門の堅牢な城門は吹き飛ばされた。
すぐさま工兵隊が材木で急造の橋と梯子を作り、城郭への侵攻を開始させた。
内部の道は狭く、入り組み、迷路の様な構造となっていて兵士達の行く手を阻む。
幾つも作られたバリケードを排除し、精強な兵士達の腕力によって遂に城郭への進入を果たした。
すぐさま勇者の装備に身を包んだ完全武装の洋士が城郭の内部へと入り、玉座の間へと上がり込む。
するとどうだろう、謁見の間には猫の子一匹すら居らず、玉座の背もたれに張り紙が一枚。
つかつかと歩み寄った洋士は紙を掴み取るとそれを読んだ。
日本語で書かれたそれはすんなりと読める。
『私たちは魔王ではないのでとっとと逃げようと思います。勝手に善良な亜人を悪魔扱いしないように願います。人種差別反対。by.国王。追伸、玉座の後ろにある紐は引いてはいけません。絶対に引かないように、絶対にダメ』
その文を読んだ洋士は激しい怒りに駆られたが、どこにも姿がないのは確かであり、このまま全軍に戦闘態勢を執らせたままでは志気はともかく体力が尽きる可能性が高いと、部下を呼んで戦闘態勢から警戒態勢へと移るように指示した。
直ちにホルンによる合図により全軍へと指示が下り、戦闘態勢解除が下命された。
幸いにも軍の大半は市街地にいた、扉の鍵を物理的に排除して建て屋内に入った兵士達は歩哨を立てて休憩に入り緊張を解き始めた。
妙な展開に気の抜けた兵士達はそれまで激しい緊張感に苛まれていただけに激しい脱力感に襲われていた。
未だに撤収命令は下されていないので、思い思いの場所で小隊毎にキャンプを張り食事を取り始めた。
やがて敵は逃げ出していて、戦争が終わったと云う噂が流れ始める。
緊張から開放され、反動で徒労感すら感じ始めた兵士たちは大事な武器も半分とっ散らかす様に地面に置き、地べたに座り込んだ。
どこからか運び込まれた酒瓶が出回り、あちらこちらで酒盛りまで始まる始末である。
軍の上層部はそれを取り締まろうとMPを組織して巡回し始めるが、義勇兵達はそれに取り合わず風紀の低下が著しかった。
もはや完全に勝ち戦であり、戦争に対する気構えは雨散霧消していた。
そして陽も暮れて、夜の帳が降りた頃、玉座の間では洋士が玉座に座り将軍や参謀達を前に苛ついた様子で言葉を放っていた。
「どう言う事だ。我々は魔族の頭領である魔王を滅ぼしにここへと来たというのにもぬけの空ではないか。あいつらは一体どこへと隠れたというのだ。諜報部、何か言う事はないか?!」
「は、連日の監視にも関わらず敵国から軍、民間のいずれかの移動も見当たりませんでした。地下施設への移動も考えられる為に、現在地下施設の入り口を捜索中であります」
「むぅ、現実にいないのだ、どう云う事なんだ。以前この都市に来た時には確かにネジくれた角を持つオーガーの様な悪魔と、それと結託した陽介が居たというのに」
「はっ、現在までの所、陽介様の存在は確認されて居らず、猫の子一匹も見つかっていないと報告がありました」
「陽介・・・様? だと?」
「あ、はい。国家の発展に寄与した陽介様の事を慕う国民は未だに多く有りまして、その・・・」
それを聞いた洋士の苛つきは限界まで高まった。
その為に自分の視界の端っこをチラチラと動く紐の存在が異常に気に障った。
思わずそれを手で払うと、ガクンという感触が洋士を襲った。
彼の座っていた玉座に丸い穴が開き、彼をその黒い穴の中に落っことしたのである。
だが、周りにいた将軍や参謀達はそれを止めることは出来なかった。
自分たちの足下にも丸い穴が開き、そこへ吸い込まれるように落下し始めていたからだ。
その穴は物理的なものではなく、魔法によって形作られた物のようである。
それはこの城塞都市にいるすべての者達にも同様で、進入から今までの時間を掛けてしっかりとマーキングされていたのかほぼ全員が同様であったのだ。
落下を感じた時間はそう長くはなく、あっという間に地面、と云うか冷たい床の感覚が彼らを襲った。
大概の者達がバランスを崩しており、極少数を除いて足の裏以外の場所を床に打ち据えて、強かに打ちつけた身体をさすって立ち上がる。
見回すとそこは天井と壁と床すべてが硬質な石材で出来た通廊であり、通路の前後以外に移動方向は見当たらなかった。
そして少数の者は絶望した、自分たちが武装を手放した状態でこの場所に落ちてきた事を。
彼らはこの都市の地下深くにまで広がった地下大迷宮の各場所にランダムで出現しており隊列を組む事も出来ずに所在無さ気に立ち竦んでいる。
地下大迷宮には冒険者ギルド・モンスターパレードの面々が仕掛けた罠が縦横に張り巡らされており、アクアマンデ王国の兵士達を待ち受けていたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「敵軍勢の大迷宮内への取り込み実施しました。範囲魔法『おっと!』により敵兵十万名の地下迷宮への落下を確認。成功です」
「よし、では作戦第六段階へと移行。冒険者ギルドの各チームは誘導に従い敵兵を撃破せよ」
「了解です」
チキンハートの命令を受けた事務職の猫娘は各方面へ指示を伝達する。
不適に笑ったチキンハートは作戦室の正面に映し出された敵勢力の表示の印を見つめた。
広大で数多くの階層を持つ大迷宮の床面積は果てしなく広く、十万名の兵士達も疎らに点在しているだけである。
さて、地下大迷宮はゲームの時代にプレイヤーが扮するモンスターのアバターが人間側の領域にある迷宮で戦えるように鍛える目的で設置されていた訓練施設のひとつである。
迷宮内には敵として人間型NPCやモンスター使いに操られたモンスターや自意識のない野生のモンスター等が闊歩しており、戦闘を行う事で経験値を貯めたり資金を稼ぐダンジョン型RPGの構造をしていた。
時空融合後にこの世界に出現した地下大迷宮には敵の姿はなく、野生のモンスター達だけが存在していた。
その地下大迷宮内には安全領域が設定されていて、迷宮探索の時に利用する者が多かったのだが、現在のここも大いに利用されていた。
都市国家(City State)パレードの王族達と臣民達、そして冒険者ギルドのモンスターパレードの面々がここに詰めていたのだ。
正直言ってアクアマンデ王国が送り込んで来た王立陸軍の兵士10万人に対して百名に満たないパレード軍の兵士と約千名のモンスターパレードの冒険者では戦争にすらならない。
冒険者の中にはA級S級のレベルを持つ冒険者も多かったのだが、戦いは数だよ? と云う言葉もある通り、地上で決戦を挑み周りを二重三重に囲まれては、例え個別の戦闘で優勢であっても疲労が溜まりやがては全滅してしまうだろう。
そこで彼らが慣れたフィールドに相手を連れ込み、各個撃破してしまうのが最適な戦術だと思われた。
基本的に冒険者達は4~6名でアバターのモンスターに合わせた特性を持つ者達がチームを組んでいた。
彼らは連携になれている事から、その基本を崩さずに敵に当たることにしたのだ。
「敵前方に発見、警戒しながらこちら側に接近中。この角を曲がって50メートル位の位置だ。歩兵が六人ばかり組んでいる、元々同じチームかは分からないが」
「十分。現在地下迷宮には雷管(P.C)不発の呪いが掛かっているので敵は銃器を使用出来ない状態にある。しかし、訓練を受けた兵士である事に代わりはない。ゴリ、スタングレネード」
「分かった。手榴焼威弾ではなくて良いのか?」
「殺傷用の武器では信管が作動しない可能性があるからな」
「なるほど。しかし、ガラス瓶に大気接触即炎上の薬液が入っているだけなんだが」
「あれ? まあいいや。閉鎖はされていないけどトンネルの中だからO2消費しちゃ酸素欠乏とかやばそうだし」
現在迷宮通路にて王国軍の一団を待ち伏せしているのは冒険者チーム・アンバットの6名である。
リーダーで狼男のアジル・ディーノ、副リーダーでコボルトシャーマンのタオル・ハンガー、神官でドワーフのリコリス・ゼニャク、真銀の剣士エルフ・ザ・エルフ、魔女エレノア・クルース、ゴリラみたいだがゴブリンウォリアーのゴーフレット・リカンベント、以上が冒険者チーム・アンバットの構成員である。
彼らは息を潜めて相手の動きを監視した。
相手の装備は小銃装備が3名、槍装備が2名、手ぶらが1名である。
ゴーフレット・リカンベント、通称ゴリはスタングレネードを掴んで放り投げる準備に入った。
仲間達もそれに合わせて武器に手を伸ばす。
王国軍兵士が20メートルまで近付いて来た時に小声でリーダーの狼男アジルが合図する。
「ゴー」
薄暗い通路にスタングレネードが放り出される、放物線を描いて壁に激突したガラス瓶は割れて中身の薬液が飛び散った。
すると密閉されていた薬液が空気に触れて一気に爆発した。
物凄い光と轟音が周囲にばらまかれ、薄暗く静かな通路に慣れていた兵士の一団の目と耳を飽和状態にして、気を失わせる。
ギルド内の生産職人が現実のスタングレネードの効果を再現して作った製品は効果を発揮したのだった。
強力な音圧と閃光で気を失った兵士達にアンバット達は駆け寄り止めを刺すと、兵士達の身体は光と化して消え去る。
何とも云えない気持ちでそれを彼らは見送ったが、爆音を聞きつけたのか通路の角、左の方から足音も高く近寄ってくる一団が音で確認出来た。
彼らは急いで近くにあったドアを開いて一室に入り込む。
ドアが閉まりしばらくするとドタドタと足音を立てて兵士の一団が扉の前を駆け抜けていった。
しばらく息を殺して様子を見たが戻ってくる様子もなかったので、その部屋で休憩を取る事にした。
専用の鍵を使って解錠したのでノンアクティブになっているが、部屋の中央にはモンスターの入った檻が数個置かれていて扉が不用意に開かれるのを待っていた。
所謂罠の部屋であった。
また、檻と部屋の扉は遠隔操作で開けられるようになっていて冒険者の数が減った時には通路に放たれる様になっている。
床に座り込んで息をつく彼らだったが、ふとリーダーで狼男のアジルが立ち上がり壁に埋め込まれた鏡に親指を押し当てる。
指紋を照合したシステムは起動し、待ち受け画面が浮かび上がった。
タッチパネル式のそれを操作して情報を検索していると、魔女のエレノアが後ろから覗き込んでくる。
「戦況は?」
「ああ、十万人の敵兵の内、吊り天井部屋、ピット、モンスター部屋、ガス部屋、槍衾の通路、その他の罠で六万人は倒したみたいだな」
「むぅ、向こうから勝手に攻めて来たんだから殺しちゃえば良いのに」
「そういう訳にもいかんだろ。二万人は徘徊モンスターが始末して、一万人は冒険者が倒したみたいだ」
「って事はあと一万人かぁ」
「ああ、だが敵の王様、勇者が率いる集団が手強いらしい。現在3000人位の規模で出口に向かって進んでいるな」
「流石にそれは手を出したくないなぁ。進路は?」
「上の階層を仲間を増やしながら進撃中。あと一時間位でダンジョンを出るんじゃないかな」
「ふぅん。じゃあそろそろ本部に戻った方がいいわね」
「そうだな。じゃあスタッフルームからエレベーターを使うか。皆帰還するぞ」
アジルが告げると床に座っていた連中は腰を上げて隠し扉へと足を向ける。
扉を潜ると整理はされている物の雑然とした機器が並ぶバックヤードとなっていて、配管やバルブが縦横に走っていた。
一行は緑色に塗り分けられた安全通路を整然と歩き、この地区の職員が集まるスタッフルームに入った。
簡単な事務机と休憩施設がパーティションで区切られていて間接照明によって照らされている。
現在はバックヤード要員も避難している為に人の姿は見当たらない。
その横の壁には四角く穴が開いていて鋼の格子で塞がれている。
横のボタンには△▽の二種類があり、アジルは上向きの物を押した。
暫くすると金属製の籠が下から現れ、目の前で停止する。
ドヤドヤと騒がしく乗り込み入り口の脇に付いている操作盤のボタンを押す。
停止階は地下三階にある避難所である。
この区画は王宮の真下にあり、半ば独立した構造をしている為に一定の手順を踏まなければ入って来れない。
現在は入り口を軍が警備しており、対人戦闘に慣れた彼らが少人数ずつしか来れない敵を包囲出来るフォーメーションをとっている。
よってエレベーターを出たアンバットの面々を出迎えたのは槍を持って突きつけてくる兵士の姿であった。
アジルが冒険者カードを見せて名乗ると兵士達は直ぐに槍を引き、彼らを通した。
重厚な扉を潜って中に入ると途端にヒトの息吹が充満した空間に出た。
地下三階の避難所は日本にある国際展示場よりも広い空間になっていて、広大な天井からは何本もの太い柱が床に伸びている。
天井と同じ広さの床には地上の町から避難してきた市民と生産職のプレイヤー達が座っていた。
その中央には王族とその護衛の軍人達が周りを囲んでおり、物々しい雰囲気を出している。
冒険者ギルドの面々はその直ぐ横に机を並べて情報を集めており、盤面に駒を置いて戦況の把握に努めていた。
その様子からすると地下迷宮で大部分の敵を削ぐ事に半ば成功したらしいが、未だに勇者達は力を蓄えており分散した兵を拾いながら地上を目指しているのが分かった。
この階へは専用のエレベーターからしか入って来られないために進入を防ぐ事は大丈夫かと思われるが、このまま地上に出られて都市部を占領されるのも困るので、地下迷宮の警備を厳重にして冒険者達の再編も行われていた。
アジル等も冒険者としてそれに参加すべくギルドの面々が集っている場所へと歩き始める。
この時、陽介は子供達11名を連れて王族の近くに避難しており、不安そうな子供達を宥めていた。
基本的に戦闘能力のない陽介はこの場には役割が無かったのだ。
彼としては洋士との対決の際に例のポーションを飲ませれば状況は好転すると考えていたので、それまでは現状に甘んじる他無かったのだ。
さて、地下から地上へと至るルートには様々な罠やモンスターの配置が行われていたが、勇者の勇者足る所以、戦闘に於ける難関突破の能力によってそれらを撃破して行き地上へと帰還を果たした。
常に先頭に立ち続け、勇者の装備もボロボロになり返り血を浴びた洋士は気を吐くと、大地に立った。
既に目の前の都市の周囲を覆う内周城壁には都市国家パレードの軍勢が展開しており、都市への進入を防ぐべく城壁の上で待ち構えている。
洋士が率いる軍勢が出て来た地下迷宮の出入り口は外周城壁の内側にあった。
地下迷宮での罠や戦闘によって無事な兵士の数は約100,000名から約5,000名と激減していた。
そこで城壁の外に待機していた工兵や兵站警備に就いていた兵士が約2,000名程。
合計約7,000名程の動員が最大限可能。
そして都市国家パレード側は冒険者が約1,000名と兵士が約50名、非戦闘員が約7,000名程であり、国民を守る必要のあるパレード側が圧倒的に不利である。
だが、問答無用で攻められている状況であり、講和が目的であっても防衛体制の構築は不可欠であった。
自称、平和主義者ならば武器を捨てて無防備都市宣言をすれば人道的に手出しはして来ないだの不戦の誓いをすれば見逃してくれるだの無責任に言うだろう。
だが、目の前で武器を掲げてやる気満々な軍隊を目の当たりにして、そんな言葉が無意味なのは言うまでもない事であった。
戦力比1,000対7,000は攻城するに足る十分な戦力差であった事から勇者はそのまま決戦を決断した。
だが、敵の領域内では銃器が使用出来ない事が確認されているので、折角の新三八式歩兵銃もただの重たい槍にしかならない。
攻城櫓も無く、決定的な武力は向こうが魔法をほぼ全員が使える以上、飛び道具のないアクアマンデ王国陸軍の方が不利である。
モンスターの姿をした冒険者達はゲームの時に得た経験値にて四大元素の属性魔法や神聖魔法、精霊魔法に暗黒魔法と、様々な魔術を身につけていて、それを以て冒険の日々を送っていたのだ。
それはゲームからこの世界へと出現した時にも変わりはなく、ほぼ全員がレベル50越えのベテラン冒険者であった。
その戦力は通常の兵士よりも遙かに高い評価を得ていた。
つまり実際の戦力差は目に見える1対7ではなく1対2にも匹敵していた。
観察眼によってその事を見抜いた勇者は、この世界に来る前に倒した魔王から手に入れた魔法封じの指輪を使うことにした。
洋士は数少なくなった直率部隊のひとりで、元姫巫女であり、現在は愛娼の女魔法使いを呼んだ。
「ラナータ、君にこの魔封じの指輪を発動して貰いたい。これを用いれば君の魔法は尽きて二度と使えなくなるだろう。つまり」
洋士は心苦しい顔で側にいたラナータに指輪を渡しながら、彼女の魔法が根元から絶たれる事を代償にしなければならないと告げた。
だが努めて冷静な態度を取っている彼女は洋士の言葉を遮り、忠誠の言葉を口にする。
「アナタの為ならば躊躇いはありません。命じて下さいませ。それに魔法兵を引退し、ただの女になるのは決まっていましたもの」
「そうか。ありがとう」
「愛しの君の為ならば、艱難辛苦も快楽です。どうぞ私に命令を、それが私の生きる道、辛くなんかありません」
「うん、ラナータに命じる。魔封じの魔具を用い、この戦いが終わるまで、この領域に新たなる魔法の発動を封じる事を命じる」
「はい、我が主」
ラナータが右手の人差し指に填めたオドロオドロしい指輪に魔力を送り込むと、パッと閃光が走り辺りを包み込んだ。
すると彼女が送り込んだ以上の魔力が強制的に絞られて指輪の中へと吸い込まれた。
直ぐにラナータの顔面は蒼白に染まり、土気色にまで変化した。
彼女はガクリと膝を着き、意識を失った身体は大地へと伏した。
それと同時に新しく発動しようとする魔法の発現は封じられ、それ以前から発動している魔法の継続発動も行えなくなった。
よって雷管不発の呪いはまだ続いていたが、更新継続は出来なくなってしまった。
陽介はラナータを後背の陣地へと搬送する様に手配すると、ファイア・ボウルの呪文を唱える。
すると魔力の抽出が行われる感触を得たのに、魔法の発現は発生しなかった。
ふむ、と呟くと彼は言葉を放つ。
「聞けいっ! 愚かなる魔物共よ。我ら崇高な神々の代理人が、悪の魔王の眷属たる貴様等を必ず討ち滅ぼす事をここに誓う。既に貴様等の邪悪な魔法は封じた。私は勇者として既にこことは異なる異世界にて魔王の討伐を果たしている。決して逃れる事は出来ぬ、おとなしくその首を差し出せぃ」
朗々たる声でそう宣言する洋士の言葉を聞き、城壁の上で敵の様子を眺めていたチキンハートは呆れた顔で近くにいた陽介の顔を見た。
「なあ、陽介はん、あの大将が言ってるのって抵抗しても無条件降伏してもこっちを絶滅させるっちゅう事やろ?」
「まぁ、そうみたいだね」
「なんでここまで抵抗されて大人しく殺されろとか云えるん?」
「さぁ、異世界で魔王退治をしたとか言っていたから、その時の陰惨な経験がトラウマにでもなっているのか。魔王の呪いが精神を侵し始めているのか」
「さよかぁ。まあ、大人しく従う義理はないわいな。さて」
そう言うと彼女は拡声器を手に持つと、城壁の向こう側へと声を放つ。
「アホ言いなや、何で殺されると分かってて大人しく顔出して殺されなあかんのや。こっちの魔法も使えんけどそっちの鉄砲も使えんやろが。こっちの敷地の中では雷管が使えん呪いを掛けてある。一般国民の命が掛かってるこの戦いに大人しく負ける訳にはいかんのや」
「女?! 貴様らのボスは男のオーガーだった筈だ。チキンハートとか云うオーガーを出したまえ。それとも名前の通りの臆病者なのか? 女を隠れ蓑にするとは呆れて物も言えん。恥を知れ」
「ウチがそのチキンハートや。ええか? ウチらは迫害されたマイノリティーを救う事を目的に作られた冒険者ギルド・モンスターパレードやで。たまたま元魔王の居城の跡地に出て来たからゆうて一方的に悪者扱いされる謂われはないわ」
「ふん、長田陽介を匿っている時点で貴様等が悪なのは確定した。奴は自分の娘達を殺害し、元魔王の領域へと逃げ出した。つまり悪の根拠地である証拠だろうが」
「陽介はんはアクアマンデ王国の外交官としてここに政府の命令で派遣されたんやん。それに娘はん達が都合悪くなったからゆうて捨てたのは母親達やろ? なんで陽介はんが悪いっちゅう事になっとん?」
「我が妻となったグウェンディロンが涙ながらに訴えて来たのだよ。自分たちが目を離した隙に愛娘達が陽介の手に掛かったと。その事実をどう説明する」
「じゃあ逆に聞くけど、娘はん達が陽介はんの元で幸せに暮らしている事実をどう説明するん?」
「戯れ言を言うな。自分の腹を痛めた我が子を捨てる親がどの世界にいるというのだっ!」
「あー、ニュースとか見てへんのん? 捨て子やら育児放棄やらならまだマシで、愛人に捨てられない為に前夫との間に出来た子供を殺す親とか、ニュースに出てるやん」
「グウェンディロンに限ってその様な事は無い。彼女は立派な女性であり、私の愛する妻である。今までどの様な女性と付き合ってもフられて来た私を初めて受け入れてくれた素晴らしい女性なのだ。彼女を侮辱する事は許さんぞ」
「それはアンタの色香に血迷っただけやん。イイオトコに目の色変えて夫と娘を捨てて別の男に走っただけやろ」
「彼女はこう言っていたよ。陽介と結ばれたのは神託に従っただけで自分の意志ではなかったと。そして陽介は仕事にも行かずにずっと家の中に籠もり、家にお金も入れずに王家から支給されている生活費を頼りにしているニートだったとな。仕事にも行かずにずっと家にいる奴の姿を見続けるのは苦痛でしかなかったと言っていた。かてて加えて夜の生活も貧弱で、逸物も耐久力も技術も一度も満足する事は無かった、俺に出会えて初めて満足できたとも言っていたな」
「陽介はん、あないな事言うてはるけど?」
チキンハートが凄く気まずそうに隣でオルズっている陽介に声を掛ける。
すると陽介はチキンハートの持つ拡声器を奪うと城壁から身を乗り出してがなり立てた。
「ニートじゃないっ! 外出の多い仕事をしていたらグウェンディロンが『私と仕事のどっちが大事なの!?』と言ったから自宅の事務所で書類仕事をこなす様にしただけだし、王族に連なる家だったから過度に華美な生活はいけないと支給される予算で生活をこなしていただけで俺が稼いだ金は億単位で相当額を王家の方へ回していた、これは女王の要請だったからグウェンディロンも知っていたはずだ。夜の方は、実力不足だったのは否めないが、それにしたってもうちょっと何か言いようが、いや、言い訳はしない」
「大丈夫や陽介はん、外人やったから太平洋やったんやろ? ウチは満足しとるで」
「うう、平均的日本人にどうしろって言うんだ。膨張率や硬度じゃダメなのか」
「まあ、そこは相性やろ。陽介はんにはウチがおるで、昔の女の事なんか忘れてしまってええんやでぇ」
「こころ、さん」
「陽介はん」
突然始まった痴話喧嘩と惚気に双方の軍勢は気の抜けた雰囲気が流れてしまったが、洋士が咳払いして空気をリセットするとざわざわと騒がしく兵士たちの間で会話が交わされる事となった。
暫くして洋士は右手を大きく上げた。
一方の当事者のリアクションに注目が集まり、漸く雑談が治まって行く。
「茶番は終わりだ。戦場で女連れなど言語道断。魔法が使えない貴様等など我々の精鋭軍の前には風前の灯火のようなものだ。最後にもう一度訊く、降伏せよ。そして大人しく滅されるが良い」
「随分と都合の良い話やん。自分はその女に自己犠牲を強いておいて他人に文句ばかり云う、そんなん無いわぁ、こっちにも切り札くらい用意してあるんやで。なめんなや」
「ふ、ファンタジィ世界の技術力では弩弓の再現が精々だろう。我が力を見せてやろう。掛かれぃ」
勇者の号令にアクアマンデ王国軍は盾を構えて一斉に前進を開始した。
するとチキンハートは城壁に身を隠していた銃兵部隊に合図を出す。
壁に開いた銃眼から銃身を出して前方に向ける無数の銃口。
普段ならいつ撃たれるか気が気でないだろうが、雷管が使えない事が分かっている現状に於いてそれは茶番にしか過ぎないと余裕を見せるアクアマンデ王国軍の兵士たち。
そしてジジジと云う音を立てる銃と抱え大筒を構えるモンスターパレードの冒険者一同。
近付くに連れて、アクアマンデ王国軍の兵士たちの耳にも何やら燻る様な音が聞こえてきた。
一般の兵にはそれが何か分からなかったが、武器の歴史の教育を受けた将校達には銃の横にある火の着いた縄の意味が分かった。
「火縄銃だとっ!」
誰かがそう叫んだとほぼ同時にチキンハートが号令を下す。
「放てぃっ!!」
ガチンッと火皿に縄が落ち、火薬が発火し無数の弾丸が発射された。
轟音が響き、火縄銃からは五ミリ程の弾丸が、抱え大筒からは三センチ程の弾丸が撃ち込まれた。
旧式とは云え至近距離から放たれた銃弾が兵士に襲いかかり、兵士達を殺傷した。
ヒットポイントがゼロにまで低下した兵士の身体は光と化して消滅し、それがより兵士達の恐怖を煽った。
この異境の地は土に還る事すら拒むのか、と。
突然の銃撃とその轟音で腰が引けた兵士達は脅えてその場に立ち竦む。
しかし、そこへ追撃が放たれる。
「ロケット部隊、放てぃっ」
銃兵の後ろに控えていた冒険者達が10センチ程に区切られたカラーボックス大の木箱を多数城壁の上に並べると、松明で木箱の後ろに伸びた導火線に点火して回った。
すると奥に仕込まれていたドラゴン花火に点火し城壁の外を向いていた開口部から火花が飛び散る。
それと同時にツンザくような金切り音と共に赤や黄色の警戒色に彩られた小型の矢の様な物が飛び出してきた。
その数、おおよそ百万本。
彼らの眼前は何か訳の分からない物が恐怖を呼び起こすような悲鳴を上げる物、それが壁のように押し寄せてきたのだ。
見知らぬ物の恐怖に竦んでいると突然耳元で銃声のような破裂音が無数に発生した。
彼らは歩兵銃の取り扱いを修得した優秀な歩兵である。
銃の威力と恐怖を理解している。
それと似た様な音が無数に周囲で発生する異常事態に彼らの頭は空白になり、気が付いたら後方へと走り出していた。
壊走する兵士達の背後から大きめのゴミ袋に大量に入れられた煙玉と蛇花火とジェル状ガソリンがカタパルトで投げ込まれ、地上に落ちてバラケたそれらにロケット花火の火花が点火し、所々に炎の絨毯が広がった。
炎に包まれ、大量に発生した煙幕によって彼らは煙に巻かれてしまい前後の別が着かなくなったのか、右往左往している所へ断続的に火縄銃による射撃が行われ続けていた。
直接的な被害は僅少であったものの、自分たちが一方的に攻撃されている事態に隊列も完全に乱されたアクアマンデ軍はもはや軍の体裁を成していなかった。
そこへロケット花火を大型化した直径20センチ長さ1メートルの筒に棒が付いた古代の棒火矢が数基飛来した。
兵士の頭上5メートルで爆発した古代ロケット弾は破片と爆風による被害を与えたが、内部に詰められていた一味唐辛子の微粉末と乾燥ワサビの粉末が撒き散らされ範囲内にいた兵士達は目を開ける事も呼吸もままならない状況に置かれた。
どさくさに紛れて投げ込まれた大量の爆竹もこうなっては機関銃による掃射のように聞こえ、目を開けぬ事から確認も出来なかった。
魔女の悲鳴の様に響くロケット花火も、良く良く観察すれば致命傷を与える『兵器』でない事は分かるのだが、顔の近くで破裂したロケット花火で目、鼻、耳を負傷する兵士の数も相当数に上り、注意書きに『人に向けてはいけません』と書かれている意味が良く分かる危険性を秘めていた。。
モンスターパレード側としては倉庫に余っていたパーティーグッズを使って相手を挑発してやろうと云う目論見しかなかったのだが、初見の代物であり慣れ親しんだ兵器の小銃の銃声に似ていたのが不運の始まりであった。
その他にも水風船に詰められた『痒い水』や『スライム』が投げ込まれたが被害はそれほど大きくなかったのが、火薬に対する恐怖心が混乱を煽った事の証であろう。
花火という娯楽用品も数年前に少数が輸入された事があったのだが、当時は貴族や裕福な家の者しか購入できなかった事もあり認知度が低く、洋士が国王となってからは真面目な彼が魔王討伐を最優先に経済統制を行って居た為に、異世界の娯楽である花火の普及はされなかったのだ。
花火の火薬が戦場の匂いを漂わせ、そこから発生した混乱が混乱を増長させていった。
この混乱に乗じてモンスターパレードの人員が城壁の上から『敵が紛れ込んだぞ、横にいる奴が敵だ』等と叫んだ事から同士討ちが多発、視界が不明瞭なまま恐怖心に突き動かされ、疑心暗鬼の塊となった兵士達は誰彼構わず目に付いた者を攻撃する事になったのだ。
自らが招いた事態であったが、その陰惨な光景にモンスターパレード側の者達も気が引けてしまい、中には胃袋の中身を戻してしまう者も多数に上った。
そんな中、味方の混乱振りを見ていた洋士は立ち上がり怒声を響かせた。
彼の通る澄んだ声は一人の人間が発した声量であったにも関わらず生き残っていた兵士のひとりひとりの耳に届き、混乱を鎮めた。
「落ち着けぃっ、兵士達よ。敵の策に乗せられてはいけない。直ちに後方へと戻り、隊列を整えよ」
その声に落ち着きを取り戻した兵隊は負傷によりボロボロとなった身体を引きずり、身動きの取れない負傷兵を背負って後方へと歩いて行く。
彼らが完全に後方へと戻るとそこには仁王立ちした洋士が一人残っていた。
彼は胸を張り、城壁の上に向かって声を張り上げる。
「アクアマンデ王国国王の池面洋士であるっ! 最早勝敗は決したも同然、直ちに城門を開き我が軍門に下れい」
城門の上で戦場の様子を窺っていたチキンハートは混乱した様子でハンドマイクで呼び掛けた。
『あ~、それは貴方がたが降伏すると云う意味だろうか?』
「何を血迷っている。我が残存兵力を以てすれば貴様等との戦いには最終的に勝つに決まっている。今の内に名誉ある降伏をすれば安楽死させてやると云う意味だ」
『我々は家畜ではない。歴とした知的生命体であるが故にそれを受け入れる訳には行かない。一昨日出直して来や』
「魔王の眷属に容赦はせぬ。大人しく運命を受け入れるが良い」
『我々は魔王とは何の関連もない組織やけん、そんな訳の分からん事言いなんなや』
「言い訳をするな。勇者たる私の言う事が正しいのは明白である。悪の戯れ言など聞く必要もない事だ」
『む~。陽介はん、交代や』
『え? いきなり振らないで欲しいなぁ。あー、テステス、本日天気晴朗なれど波は、ないな。あー、もしもし? 先輩? どうも』
「陽介、貴様か」
『先輩、随分としゃべり方変わりましたね』
「うむ。ここに来る前の世界で王族と会話する必要があったのだが、格式ばかり立派な宮廷でな。随分と鍛えられたのだ」
『あ、そうなんですか。それでですね、どうすれば戦争をしないで済むかを教えて貰いたいんですけど』
「随分と率直ではないか」
『戦争をしていると経済活動が滞りますし、何より人の生き死にが掛かっていますから。ここには僕の娘達もいますしね』
「隠し子がいたのか?」
『グウェンディロンとの間の娘を始めとして11名ほどいますが。行方がしれなかった一人を除いて全員認知してましたよ?』
「つまりその娘達を優先したから、グウェンディロンとの娘達を殺害に及んだと?」
『殺してませんから。何が悲しゅうて我が子を害しなければならないんですかね』
「そんな事は俺には分からん。勝負したまえ」
『は?』
「この戦争の勝敗を掛けて一騎打ちの勝負をしろと言っている。貴様のような卑劣漢は滅せられる運命にあるのだ」
『いやいやいや、訳が分かりませんから。第一先輩は勇者でS級ランクの冒険者でしょう? 僕はF級ランクですよ? スライムよりも弱い冒険者として有名だったんですから。苛めカッコ悪い』
「言い訳をするな陽介。正々堂々と戦え」
『そう言われましても、僕はここへは亡命しているだけの何の権限もない人間です。この国の命運を掛けて戦えって言われても困りますって』
「逃げるのだな? つまりこの戦いは我々の勝利と言う訳だな。ならば大人しく軍門に下れ」
『逃げるとかそんな訳ないでしょうが。この国はアクアマンデ王国を侵略する意図はない。つまり、守りきれば勝ちなんです。軍事力も民間も王様も害されていないのに何で負けなんですか? 降伏とかしませんよ? ね、チキンハートさん』『当たり前やん』
「魔王と勇者の争いは戦いによって決着を付けなければならない。つまり、貴様が諸悪の根元なのだ」
『言っている意味がさっぱり分かりません。先輩アタマ大丈夫ですか?』
「俺が勇者だっ!」
『あー、困ったな。取り敢えず口喧嘩と言う事で。えーと、国王としての先輩に聞きますが、この時期に軍備を拡充して国庫の方は大丈夫なんですか?』
「輸出もあるし、大丈夫だ。貴様が興した産業が役に立っているわ、残念だったな」
『えーと、ここに9年前に初めて発行されたアクアマンデ王国政府財務卿承認の10年満期の国債のコピーがあるんですが、返還期限が近付いてますが資金の方は大丈夫なのですか? 俺がいた時には軍備は近代化と防衛に特化して資金繰り優先にしていたのですが』
「魔王の軍勢を倒す事が最優先だ。そしてお前達は敵、だからそんな物は無効だ」
『つまり不渡りですか? それは国家としての信用を喪失する事になりますので、絶対にしてはならない事ですよ?』
「もしも、換金しようと国債を持って我が国をうろついたら直ぐに逮捕し、それも没収だ。資金の回収は諦めるのだな」
『この国債は日本国やアメリカ合衆国に売る事も出来るのですが、第三国なら問題ないですよね?』
「ふん、名目上の所有者を変えて私にはも分かるのだぞ?」
『それでも国債の券を持ってきた者には払わざるを得ない筈です』
「お前が国債なんて云う借金をするから悪いんだ、つまりお前の責任だ。その尻拭いに俺に赤字国債を発行しろと言うのか? まるで、駄目な政治家みたいに」
『上下水道や道路や鉄道などの国内のインフラ整備に必要な資金の調達には国債は常套手段ですし、担保だってありました。それが駄目って云うなら貴方が駄目な政治家だからですよ。それに某電鉄の様に新社長の借金が会社の物にされて社長が辞めても会社は借金を払わなくてはならないって例もありましたし。国際社会に経済的な信用をアピールする機会だと言うのに必要のない戦争に手を出して、勇者だからって戦いをしなければならないって訳じゃないでしょうに』
「魔王の殲滅は最優先課題だ。お前だって王国の政治に近い位置にいたのだから分かっている筈だ」
『既に侵略が始まって戦争状態に入っていたあの時とは状況が異なります。それに魔王とその軍勢に対しては対応が済んでいます。備えは必要でしょうが、度が過ぎているんじゃないですか?』
「悪即斬、見敵必殺。悪、敵は必ず倒さなければならない。それが勇者たる俺を王に選んだ国民の総意だからだ」
『別に、民主主義じゃないんだから国民の総意じゃなくて、先輩の魅力にメロメロの王族の選択なのでは?』
「ええい、ああ云えばこう云う。正々堂々と一騎打ちで勝負せよ。それが正しい勇者の道なのだ」
『断ります。僕は勇者でもなければ魔王でもありませんから。第一、何でそんなに魔王に拘るんですか? 勇者だから、とか表向きの理由じゃなくて』
「私は、俺は、前の世界で召還され、その国の姫と恋に落ち、結婚の約束を交わしていたのだ。魔王を倒してこの戦争が終わったら結婚しようと誓ったのだ」
『あー、それがフラグだったんですね』
「私を慕ってくれた冒険者達と共に魔王の城を目指し旅を続けていた。魔王の軍勢は強く、仲間達も傷つきながらも旅を進めたのだ。何人もの漢達が脱落していったよ」
『で、女性だらけのパーティーになったんですね? 分かります』
「そんな時、王城から知らせがあった。私の姫が魔王に浚われたと云う話だった。私は焦燥しながらも旅を続け、一年を掛けて四天王を討伐し魔王城へと足を踏み入れた。そこには、くぅっ」
『幸せそうに魔王との間に出来た赤ん坊を抱くお姫様の姿があった、と』
「やはり繋がりがあったのだな! 魔王同士で連絡を取り合っていたのか!」
『いや、適当に言ってみただけなんですが。本気ですか。となると、魔王と王国は和平を結んで勇者が邪魔になり、王国と魔王の両方から勇者は追われる事になったけど、勇者の仲間達が協力して王国と魔王の両方を滅ぼして勇者の国を建国する訳ですか』
「何を訳の分からない事を言っているのだ。きちんと魔王と魔王妃と魔王子の首を刎ねて帰還したぞ?」
『ゲェ』
「魔王とその眷属は絶対許さない。見つけ次第絶対に滅ぼさなくてはならないのだ」
『その時に状態異常・魔王の呪いが付いたのか。とにかく、現在の戦闘では私たちの策にはまったそちら側が一方的に被害にあったのですから、大人しく引いて講和に入りましょう』
「何をバカな事を。この戦いで八万人もの兵士達が犠牲になったのだぞ。そんな卑怯な事が出来るものか」
『軍事力千人の都市に十万人の軍で攻めてくる事の方が卑怯っぽいんですが』
「正義は貴重なのだ、犠牲を少なくする為に相手よりも多人数で掛かるのは基本だろう。兵法の理に適っているののどこが卑怯だというのだ」
『理屈ではそうですが。じゃあ八万人が帰ってくれば講和に応じるとでも言うのですか?』
「当然だ」
『聞きましたよ。チキンハートさん』
『ええ。我々都市国家パレードは捕虜にした八万名の兵士達を講和の後に帰還させる用意があります』




