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第33話 作戦名「迷宮」、作戦名「田園」



 群衆が発する音は地響きとなって都市国家パレードの都市部へも届いていた。

 アクアマンデ王国から鉄道に乗って移送して来た軍人達は隊列を組んで都市の周囲へと進出して来ていた。

 数日前に第一陣が進出し、ベースキャンプを設置。

 アクアマンデ王立陸軍は警戒線を構築し、パレード側からの反撃に備えて塹壕線を構築、兵糧を複数の地点に集結し迅速な配達と被害を防止する考えだ。

 現在は有る程度の距離を取りつつ、半包囲の陣形を構築中である。

 各所に神殿の楽隊が配備され、音楽を流して武勇を鼓舞し戦場であると言うのに何やら楽しげな雰囲気となっていた。

 地球の軍隊の影響を受けて、指揮官が華美な鎧格好をするのを取り止めていたが、地域色豊かな鎧や防具の部隊が集まっていた為に万国旗の様に多彩な色彩が陣地を彩っている。

 部隊が突撃を掛ける為の陣形を組む為に移動すると踏み鳴らす足音がドロドロと戦場に轟く。

 彼らの眼前には高さ10メートルにもなる城壁があるのだが、その手前が掘り込まれた窪地になっていて攻城櫓の進出を妨げていた。

 普通の攻城戦では城壁の上には兵士が詰めて、壁に隠れて矢を射ったり投石をしたり梯子を落とす役割を担うのだが、ここには数機のゴーレムの姿があるだけで兵士の姿はなく、糅てて加えて身を隠す壁すらない。

 これは元々城壁ですらない地下迷宮を掘り起こして障害に仕立て上げたからなのだが、そんな事情を知らない兵士達は殻のない牡蠣が岸壁に張り付いているのを見ているかの様な気分だった。

 ともかく、一番安全に城壁の中に入るには壁に開いている門から入るのが一番である。

 幸いなことに城門の前は急な下り坂になっている為に、巨大な丸太にコロや橇を付けた破砕鎚を坂道に転がすだけで重厚な城門を破れる算段が出ていた。

 なんと間抜けな相手だろうと彼らの指揮官はあざ笑っていたそうだが、彼らも同意見だ。

 何より簡単に敵の備えを突破できればそれだけ死なずに生きて帰れる可能性が高いのだ。

 相手が間抜けで有ればそれに越した事はないのだから。

 時間が経つに連れて後方へと部隊が列を詰め、陣形が整って行く。

 前列に近い場所に立つ部隊の兵士達は死への恐怖と戦いへの興奮が入り交じり、アドレナリンの臭いが立ちこめる。

 陽気に包まれた天気は快晴、ピクニック日和であり、殺し合い日和であった。

 一瞬、神殿の楽隊が奏でる勇壮な曲が途切れた。

 次の瞬間、軍隊へと合図を送る将軍付きのホーンが鳴らされて、全軍突撃の合図が発せられた。


「うっ」


 その多数の中のひとり、一般兵のリチャードは悲鳴の様な大声を上げながら走り出した。

 それからの数分間は記憶に残っている事は少ない。

 楽隊が喇叭の効いた突撃の曲を掻き鳴らし、皆は槍を構えて城壁へと駆け出したのだ。

 この時に怖いのは、転けて味方に踏み潰されることだ。

 現に数名の兵士が転び味方の脚に踏み潰されていった。

 城壁に近付くと土の色が変わった。

 そこから先が奴らの領域であると示しているかの様だった。

 そこへ脚を踏み込むと、何とも云えない抵抗感を味わった。

 造作もなくそれを突破すると間もなく城壁に取り付いた。

 通常の城攻めではここまでで多大な被害が発生し、陰惨な気分を味わうのだが、リチャードはまるで拍子抜けの気分だった。

 城壁の上にいるゴーレムも、数が少なく城壁を登ろうと掛けられた梯子を落とす作業に忙しいらしく、こちらに攻撃してくる様子はなかった。

 その時、近くの城門から耳をつんざく轟音が響き渡った。

 リチャードが思わずそちらを見ると、城門に破砕鎚が突き刺さっており、閂が折れたのだろうか門が手前側に崩れ落ちた。

 直ぐ様味方の手によって門扉は取り除かれて障害物は無くなった。

 敵から身を隠す場所のないこの位置よりも内部に入った方が危険は少なく、何よりも手柄を立てられずにいるのは我慢ならなかった。

 彼は周りの兵士達と共に駆け出して門の中へと飛び込んで行った。

 どうやら城壁はやたらと分厚い様で、そのまま通路の様に延びていた。

 通路の壁面が仄かに光り、通路内の視界は確保されていたものの薄暗い通路が不気味だった。

 乾燥した石畳を乾いた足音が多数響き、後ろから後ろから兵士達が続いてくるのが分かった。

 それが力強く感じられたが、また、自分達と手柄を争うライバルでもある。

 リチャード達はそれらに負けじと脚を進めた。

 不信感を抱いたのは曲がり角を何回曲がった後の事だったろうか。

 迷路のように分岐した通路をリチャード達は隊を分けずに集団で移動していたが、何時まで経っても城壁の向こう側に出られなかったのだ。

 当然である、何しろ彼らは城壁の門を潜ったのではなく地下迷宮の入り口を潜ったのだから。

 明確な指針がないまま分岐点で分散して行き、同行する隊の数も減りつつあった。

 ふと気が付くと、リチャードの所属する隊だけがその場に立っていた。

 人数は10名、全員が長槍を装備した槍兵隊である。

 その時遠くから悲鳴のような絶叫がか細く聞こえて来た。

 兵士達の断末魔だった。

 アクアマンデ王国で使われている共通語の叫びである以上、やられたのは味方であると分かる。

 それまで戦闘の興奮に酔っていた兵士達は冷や水を浴びせられたかの様に背筋を凍らせた。

 リチャードは不安になり隊長へと声を掛ける。


「隊長、戻って味方と合流しないと危ないですよ」

「戻るって言ってもお前、どっちに行けば戻れるのか覚えているのか?」

「えっ?」


 そう言うと彼は後ろを振り返ったが、見える光景は前方と何ら変わらない。

 実に単調な光景であった。

 そう、ダンジョン攻略など思いも着かなかった彼らがマッピングしている筈もなく、すっかりと道に迷っていたのだ。

 途端にリチャードは焦燥感に襲われた。

 戦争と迷宮探索では違う装備が必要であるし、なにより違う覚悟が必要なのだ。

 多数の敵に当たる為に準備された長槍であるが、三人ほどしか並べない通路に十人の隊列では基本的に前方の三名だけしか戦えない。しかも他の装備は大振りなナイフのみである。

 直ちに隊長は後方の三名に後方の警戒を任せて慎重に前進する事を決意した。

 何故前進を選んだのか、リチャードが訊くと。


「後方から聞こえた悲鳴の数が多過ぎる。恐らく罠が仕掛けられているに違いねぇ。おい、前列は通路を槍の石突きで叩きながら慎重に進めや。罠があったらそれで分かるかもしれん」

「了解」


 暫く歩いたが、幸運なのか今のところモンスターとの遭遇はなかった。

 時折分岐や色々と文字の書かれた扉がこれ見よがしに設置されていたが、それらを一切無視して通路を直進した。

 その甲斐があったのか、一つの角を曲がると500メートルほど先が明るくなっていた。

 明るさに目が眩んだが、目が慣れてくるとそれが外の景色だと分かった。

 途端に駆け出す一行を隊長は咎めず、一緒になって走り出した。

 100メートルほど走ったところで床から致命的な音が響いたのを彼らは聞いた。

 リチャードは必死になって脚を早めるが、床と天井が等間隔のまま下に下降を始めたのが出口と思しき光が少しずつ上に狭まっているので分かった。

 そして彼らが10メートルまで近寄った所で完全に塞がれてしまった。

 呆然としていた彼らだったが、代わって下から見えたのが地下階の入り口だった。

 そこでは新たな生け贄が運び込まれるのを、手ぐすねを引いて待ち構えるモンスターの群が確認出来たのだ。

 混乱する彼らを隊長の命令が治める。


「隊列を密にし、二段構えで近寄らせるな。前列四名は上段構え、中列三名は穂先で牽制し、隙を突いて前列が叩け。後列二名は後方を警戒せよ」

「了解」


 命令に従い前列は長槍を天井近くまで振り上げて、中列はその間だから槍を突き出して接近しようと寄ってきたモンスターの鼻面に突きつけた。 リチャードは前列である。


「構えっ、叩け」

「セイヤッ」

「セイヤア」


 地下迷宮のセオリー通りにゴブリンの群が彼らに近寄り、錆びた剣を振り回して襲いかかろうと隙を窺っていた。

 だが中列の槍の穂先が近寄ると穂先が目の前に伸びてくる為に攻撃が出来ない距離までしか近寄れなかった。

 そこへ隊長の号令が下る。

 リチャードが両隣とタイミングを合わせて同時に振り下ろした長槍の竿と穂先がゴブリン達の頭上から襲い掛かる。

 ゴメスッと鈍い音と感触がリチャードの手元に伝わってきた。

 彼の長槍はゴブリンの頭に当たり、頭蓋骨が陥没したゴブリンは即座に絶命した。

 最前列が殺された事に後ろにいたゴブリン達が金切り声を上げて警戒を促す。

 相手が小柄なゴブリンとは言えど、殺す気で睨む眼差しは恐怖を生む。

 だが、追いつめられたのは隊も一緒である。

 殺気を込めて睨み返すとゴブリンの方でも動揺が走ったのが見えた。

 そんな状況の中、棍棒やバールの様な物を握ったゴブリン達はジリジリと通路幅に広がりながら近付いてくる。

 ゴブリンの体格は人間よりも小さいので五人が並んでいる。

 対して人間は詰めて四人が並んでいる状態である、攻撃が上手く行っても残った一人が突撃して来ると距離が近い事もあって中列の長槍では防ぐことが難しい。

 隊長は後退を指示、通路を十メートルほど下がるとそこで足を止めた。

 十名のゴブリン達は組み易しと見たのか、薄ら笑いを浮かべながら隊列も組まずに近付いてくる。

 リチャードが通路の奥を覗くが後続の姿は見られなかった。


「前列、中列は穂先を揃えて敵の胴体を狙え。突撃後、前列は抜剣し白兵戦を行う。後列は投石準備、投石で怯んだ所を突撃チャージングする。構え」

「応っ!」


 隊は中列の長槍の穂先に長さを揃えて、密度を上げる。

 リチャードも同様に、後ろから両隣の間から伸びてきた中列の槍の穂先に自分の穂先の長さを合わせて握りしめた。

 その間に後列は懐の袋から拳大こぶしだいの石を取り出すと右手で握りしめる。

 それを見た隊長が命令を発した。


「放てっ!」


 後列は二名しかいないので、隊長も含めて三名がそれぞれ三個ほどの石を投げつけた。

 野球の選手ではないのでそれほどスピードが有る訳ではないのだが、少し大きめの石が飛んできて顔面に当たれば怪我をすることになる。

 それを嫌ったゴブリン達は腕をかざして遮るが、庇った腕に当たった者や裸足の指に当たった者、その他の部位に当たった者は顔をシカメて喚き声を上げた。


「今だ、突撃」

「応」


 リチャードは槍を握りしめ、隊の皆と足並みを揃えて走り出した。


「うおおおおおっ!!」


 リチャードは知らずの内に大声を上げて吶喊していた。

 雄叫びを上げて槍を抱えて走ってくる人間達の姿に浮き足立ったゴブリン達の半数はきびすを返して逃げだし、半分は凶器を持って迎え撃った。

 リチャードは訓練通りに相手の腹を目掛けて穂先を向けると槍を手放さないように握り込む。

 流石に本職である長槍の扱いは絶品で、迎え撃ったゴブリンを串刺しにして抱え上げ、逃げ出したゴブリンの半分を背中から刺し殺した。

 悲鳴を上げて逃げ出したゴブリンの追撃をしようとリチャード達は脚を進めるが、隊長がそれを止めた。

 すぐに相手が通路の外に出て行ってしまった事から追撃は諦め、少し通路に戻った位置で休息に入った。

 ふうと息を吐くリチャードの耳朶に悲鳴の様な金切り声が聞こえて来た。

 耳を澄ますと、通路の外から怒りに狂ったゴブリン達の喚き声が聞こえてくる。

 あれでは別のモンスターの関心を引き、次のモンスターが姿を現すだろうと知れた。

 よって息を整えて次の相手を待ち構えようとしたのだ。

 だがその時、倒したはずのゴブリンの死骸から光が立ち上り、気が付くと金貨が一枚二枚と棍棒が転がっていた。

 見たことのない現象に目が点になる一行だったが、金貨が転がっている事はとても重要な事だった。

 代表して隊長がそれを拾い、コインを噛んで傷が付く事を確認した。


「本物だ」

「おぉお~、隊長、独り占めは狡いですぜ」

「そうだそうだ」


 隊長がネコババするのではないかと猜疑心が沸き上がった隊員が隊長を非難し始めた。

 隊長は金貨をズタ袋に仕舞うと恨めしい目で見つめる隊員達を見返す。


「生きて戻れたらこの金で宴会を開こうぜ?! もしも魔物を沢山倒したらもっと金貨が出るかも知れない。魔物を倒して高級娼館で豪遊だ」

「いよっ! 隊長、大統領!」

「俺は金貨が欲しいなぁ」


 リチャードが思わず呟くと、右隣に立つ古参兵が重々しく彼に言い聞かせた。


「お前、変に欲を掻くと隊で争いが起こって全滅するぞ? 今は生きて帰る事が出来れば御の字だ。それを乱そうとするなら、俺が始末するからな」

「(目が本気だ)分かりました」


 古参兵の迫力に目を伏せたリチャードは了解の意を返した。

 どの道、新参であるリチャードの分け前は少ないのが当然だろう。

 隊長が纏めて宴会代を出してくれるなら御の字だと思うことにした。

 そうして意気を取り戻した隊は通路の外へ出ようと足を進めた。

 相変わらずキーキーと喚くゴブリンの声に苛立ったが、ゴブリン相手ならば負ける気はしなかった。

 隊の先頭が通路の外に足を出した所でゴブリン達の声が断末魔の響きに変わった。

 隊の全員がそちらを見ると、彼らの目の前にドラゴンがいた。

 土色の翼のないドラゴンは焼けたゴブリンの死体をくわえると強力な顎で噛み砕き、嚥下する。

 骨の砕ける鈍い音に絶望感が倍増するが、隊長は声を潜めて後ろに下がるように命令する。

 だが時すでに遅く、土色ドラゴンの目が彼らの姿を捉えた。


「全力で走れっ! 逃げろ」


 隊長の金切り声にリチャードは槍を捨てて脱兎の様に走り始めた。

 火事場の馬鹿力だろうか、一番早く走ったリチャードが曲がり角を曲がった所で背後からドラゴンブレスが襲い掛かった。

 もの凄い衝撃と熱を背中に感じたリチャードは地面に転がるとそのまま頭を抱えて倒れ伏す。

 十秒ほど経ち、ようやくドレスが途切れたのを感じたリチャードが曲がり角の向こうを見ると、隊の全員が黒こげの死体となって地に伏していた。

 呆然とその光景を見ていると、突然彼らの遺骸が光を帯びて消失した。

 地面が焼け焦げ、死体のあった場所だけ白く残っていた事から、何よりも隊の皆の姿が無い事から、彼らがドラゴンブレスに焼かれて死亡したのだと言う事が理解出来た。

 絶望に染まったリチャードの視界に土色のドラゴンの足が見えた。

 この通路は狭く、ドラゴン自体が入ってくる事は出来ないだろうが、ドラゴンのブレスの射程範囲内であることに変わりはない。

 目の前が真っ白になりつつある事を自覚しながら、奇矯な悲鳴を上げながらリチャードは駆け出した。

 それからどれだけの時間が過ぎたのか、何が起こったのか全く覚えていなかったが、気が付くとリチャードはボロボロの防具を身につけて大地に上に立っていた。

 虚ろな笑みを浮かべて泣きながら立ち尽くしていると城塞を取り囲んでいる軍の斥候が駆け寄ってきて、リチャードが着ている防具が自軍の物だと確認した斥候兵は担架を作ってリチャードを抱えると自軍の療養所へと搬送した。

 初日の都市国家パレードへの侵攻は約一万の兵が城壁の中へと突撃し、帰還したのは精神が変調したリチャードただ一人だけである。


 アクアマンデ国王池面洋士を補佐する参謀本部では作戦の是非を巡って最初の内は侃侃諤諤かんかんがくがくと、議論が白熱してくると喧喧囂囂けんけんごうごうとそれぞれが意見を述べていた。

 それは大きく分けて二つの意見に分かれた。

 積極意見は、リチャードから得られた貴重な情報である地下迷宮には、未だに仲間たちが孤軍奮闘しているのだから援軍を出して迷宮自体を制圧してしまおう、と云うもの。

 消極意見は、表層からドラゴンが出現する様な危険な地下迷宮では既に全滅しているのは確実であるとして援軍の増派はせず、城門から地下迷宮へと入るのは禁止し、外周城壁の上を越えて侵攻を続けようとする物だった。

 どのみち、就任したばかりで実績が欲しい洋士の、初めての外征であり国王親征であるこの戦争が大敗で終わる事は認められなかった。

 参謀本部での意見の争点は地下迷宮への援軍の派遣をするかどうかとなっていた。

 その意見対立の為に翌日の侵攻は中止され、結局一昼夜にも及んで脱出出来た兵士が一人もいなかった事から、時間オーバーとして全滅が認定されて地下迷宮への増派は行われる事はなかった。

 ちなみにもしも洋士にこの話が届いていたら、持ち前の正義感から直ちに増派を決定して、入り口付近まで戻ってきていた瀕死の兵士500人を救うことに成功していたのだが、もはや可能性の話である。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 第二次魔王領攻略戦の三日目。

 敵の破壊工作が無い事を確認したアクアマンデ王国の戦闘工兵部隊が掘の一部を埋め立てて陸橋を構築した。

 城壁の上のゴーレムが通行を妨害しようと集まるが、辺境域での魔物狩りで鍛えている王立陸軍の兵士達にとって見れば数体のゴーレムなどは隊列を組んで対処に当たれば問題なく狩れる相手であり、わずか一時間で全滅させることが出来た。

 厚さ100メートルの城壁の上を越えて反対側に降り立ち、そちら側にも陸橋を構築していたのだが上層部より指示があり反対側の城門の破壊工作を行った。

 その結果は驚くべき物だった。

 門を破壊して現れたのは城壁の壁そのものであった。

 つまり元々表に開いていた城門と見えたそれはダミーであり、城壁の中を潜り抜ける為の通路ではなく城壁のフリをした地下迷宮の入り口であったのだ。

 であれば内部は迷路と化しているのも当然であり、反対側の陸橋を構築する作業を一時中断して天井を破壊して内部に取り残されている将兵の救出口を作る作業に入った。

 だが、通常の土木用具では傷も付けられなかったのでダイナマイトを設置したのだが、穴がない状態では爆圧が上方向と横方向に逃げてしまう為に効果が出ず、王立陸軍魔法部隊の精鋭が土属性の攻撃魔法で攻撃した物の傷が付いた程度であった。

 そこで内部の人間に被害が及ぶ可能性が高い『メテオ・フォール』の魔法を試すことになった。

 外周城壁の上空の障壁は丁度途切れていたので直撃コースを設定し、目標地点に魔法のしるしを書き記して魔法部隊の複数人数による儀式魔法が実行された。

 メテオ・フォールと云っても実際に宇宙空間から引き寄せた小天体を直接大気圏に突入させるのではなく、天界よりも低い位置に展開したゲートから惑星間航行速度で移動している10メートルほどの岩塊を召還する物である。

 天界を通過させると神族による報復が有る為だった。

 1時間に及ぶ儀式は非常に目立つ物であったが、都市国家パレード側からの攻撃はなく、無事にゲートの展開が成功した。

 後方に位置する本陣では陸軍大将が国王・洋士に対して自慢げにメテオ・フォールの説明を行っていた。


「どうです? 我が国の戦略級儀式魔法の最高傑作であるメテオ・フォールは。あれならばどんなに強固な城壁であっても一撃で破壊する事が可能であります。あのゲートの向こう側には、天界の更に上に存在すると云われている虚空界に繋がっております。そこでは拳大の石でもエネルギーに溢れていて、地上の物に当たると何もかも破壊し尽くしてしまうと言われています」

「ふむ、確かに、宇宙空間では秒速云十キロメートルで動く事は不思議では無いですが。どうやってそれを知ったのかな?」


 洋士が疑問の眼差しを大将に向けると、大将は苦笑いをしながら説明した。


「他大陸でございます」

「他大陸?」

「他大陸と接触した時には戦争が起こる事も多いですが文化と文明の交流が起こる事も多いのです。その昔、王立陸軍魔法部隊の魔法使いが古書店で手に入れた『魔法と科学、双子の兄弟』と云う書物に書かれていた概念と魔法陣を解析して小天体を地上に呼び寄せる魔法が作られたと聞き及んでおります」


 大将がそう言うと洋士は頷いた。


「しかし、何故前回の魔王攻略の際にはメテオ・フォールを使用しなかったのだ? 魔王城ごと破壊出来るのならば、軍を出さずに済んだのでは無いのか?」

「それは、女王陛下の判断に御座います。メテオ・フォールを用いれば大陸自体に被害の爪痕が残ります故。何しろバン・シュワー湖自体が天から落ちてきた岩によって出来たと云う神話がある位で、迷信ですね。なので、我ら陸軍魔法部隊がこの魔法を開発してより数十年に渡り使用を禁じられ、今回ようやく陽の目を見た次第。勇者様たる国王陛下が禁呪として指定されていた法典を改訂されたお陰、我ら陸軍の魔法部隊は国王陛下に感謝の気持ちが絶えませぬ」

「そうだったか。少し記憶が曖昧だが私が許可したのなら確実だな」

「全くで御座います。おお、そろそろゲートから小天体が落下してくる頃ですぞ。是非御照覧あれ」

「うむ。これで我が国の人民を脅かす魔王の始末を付ける算段が立つと云う物。見極めねばなりません」


 洋士が空を見上げると上空9000メートル辺りに魔法陣が広がり微かに明滅していた。

 ゲートの内部に広がる黒い背景の宇宙空間で、ゲートへと向かって一直線に接近して来る岩塊があった。

 ただ、余りにも無防備に接近して来る為に冒険者ギルド・モンスターパレードのギルド間戦争で使用されているメテオ・ストライクの魔法防御の感知器に反応した。

 ゲーム時代のギルド間戦争では大規模魔法で都市機能を破壊してからギルドの戦力を削るやり方が一般化したのだが、それだと一部魔法使いしか経験値が稼げないとして、対抗処置がギルド根拠地の都市に設置される事が多かったのだ。

 もちろんこの城塞都市も例外ではない。

 設置時の費用にチキンハートは血の涙を流したそうだが。

 さて、城塞都市の中にある冒険者ギルドのカウンターの一つに緊急報が響いたのはその直前であった。


『WARNING! WARNING! Falling Meteor』


 戦争開始の時より詰めていた事務員たちと上級ギルド員はその警報を聞き緊張に身を堅くした。

 対抗処置が一般化してからは徒労に終わる事が多くなった為に、ゲーム時のギルド間戦争に於いてメテオ・フォールの魔法は滅多に使われる事はなくなり、利益度外視で戦場フィールドにいる軍組織などの相手を殲滅する事を目的とした状況でしか使われていない。

 もちろん、ギルドの根拠地である城塞都市が破壊されれば冒険者ギルドの活動も制限される上に経済活動が低下する事もあって、対抗処置は当然の如く維持されていた。


「ギルド長! メテオ警報ですっ! 上空に魔法陣の展開を確認、その向こう側から10メートル大の岩塊が秒速30キロメートルで接近中。予想被害範囲は城塞都市と地下迷宮の構造大破壊、特A級警報です」

「うむ、直ちに迎撃準備。なんて事だ、奴らはこちらを全滅させるつもりか」

「迎撃準備了解。地下大迷宮内円環魔法量子加速器起動良し。ギルド長の承認後、いつでも撃てます」

「直ちに都市内全域に警告を、対メテオ迎撃砲射出承認。自動射撃にて攻撃せよ」

「了解、自動射撃設定良し、魔法陣の向こう側で破壊します」

「ああ、高度9000メートルから秒速30キロメートル、つまり秒速30000メートルの弾丸が出てきたら、一瞬で地上は破壊されるからな」


 チキンハートが呟いている頃、城塞都市内とその外側にギルドが発した警報が流されていた。


『アテンション バイ・ザ・ウォー アテンション・バイ・ザ・ウォー 敵勢力より隕石落としの攻撃が開始されました。予想被害範囲は城塞都市周辺10キロの範囲。当ギルドは直ちに隕石迎撃を行うので、各員、各市民は所定のシェルター及び堅牢な建物の中に避難せよ。繰り返す』


 それを聞いたアクアマンデ王国の本陣では陸軍大将が嘲りの笑いを浮かべていた。


「ふははははは、メテオ・フォールの魔法が破られる筈が無いではないか。空を覆う障壁の堅牢なことは認めるがそれだけではなぁ?」

「ふむ。自信があるのは良いが、障壁は消えたようだぞ?」

「ほう、遂に観念したと云う事でしょうかな? 所詮は魔族如き、勇者様の前には無意味だと言う事でしょうな」

「そう言う感じには取れなかったがな」


 城塞都市の城壁の外側、外周迷宮の内側の平地に建つ構造物の一つの屋根が開き、そこから一条の光が空の魔法陣を貫き、魔法陣自体が消滅した。

 実に呆気なく事態は収束してしまったが、後コンマ五秒遅れていればゲートのこちら側に現れた岩塊は大気と接触し衝撃波を発した後に迎撃され、細かく分解した岩塊の構成物質が衝撃波と共に地上を叩き、熱エネルギーに変換された運動エネルギーによって周辺十キロは焼き尽くされていた。

 アクアマンデ王立魔法部隊の計算ではゲートを潜った時点の運動エネルギーはゼロと考えられていた。

 書物による情報では虚空界の物は何らかのエネルギーに溢れていて、地上9000メートルからの落下エネルギーだけで目標を破壊する目論見となっていたのだ。

 元の書物では『宇宙空間を超高速で移動する物体には運動エネルギーによる破壊力がある』、と云うのを科学知識が無いまま解釈した為に『虚空界に存在する岩には魔法的なエネルギーに満ちている』と解釈されたのだ。

 げに恐るべきは中途半端な知識を応用した兵器である。

 陸軍大将肝いりの攻撃が迎撃されて失敗に終わった事でこの日はそれ以上の攻勢は行われる事はなかった。

 メテオ・フォールの後片づけだけで暗くなった事から、侵攻の為の陸橋作りは翌日に廻して周辺警備の強化だけ行われていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 第二次魔王領攻略戦の五日目。

 前日までに戦場へと進む敵敷地内の橋頭堡として外部城壁内部に繋がる陸橋の整備と塹壕線による野戦陣地の構築を実施した。

 不気味なまでに相手方からの接触は無く、穏やかに凸凹でこぼこした平野には田畑が並び敵が待ち受けている様子もない。

 ただ、思わぬ障害として、そこかしこに案山子が立っているのだがゴーレム化しているのだろうか、雀などの野鳥が近付くと大きく軍手の付いた手を振り回して鳥獣を追い払っていた。

 不安に思った先遣隊がそれらを破壊すべく槍を振るう。

 すると思わぬスピードで飛び退いた案山子は竹で出来た一本足でぴょんと跳ねて布で出来た顔を先遣隊に向ける。

 すると布の裂けた口からヒビ割れた様なしゃがれ声が発せられた。


『アァアー、本日ハ晴天ナリ、本対鳥獣用偽装人型警戒装置ハ公共物デス。不当ナ暴力、破壊活動ヲ行ウ事ハ法律デ禁ジラレテイマス。直チニ武装ヲ解除シテ下サイ』


 案山子の警告を当然の様に無視した先遣部隊は新三八式歩兵銃を構えて案山子を狙う。


「各個自由発砲」

「了解」


 先遣部隊で新三八式歩兵銃を持つ者は五人、槍と剣で武装しているのは二人。

 両脇を槍装備の歩兵で固めて五人は安全装置を解除した。


『警告無視ヲ確認。対人銃器結界作動確認。攻撃ヲ開始』


 そう言うと案山子は顔を敵兵に向けたまま、首から下を高速で回転させて駒の様に回り始めた。

 それを隙と見たのか、彼らは引き金を引いた。

 激針が雷管を叩き、雷管が破裂、しなかった。

 いつもの衝撃が無かった事で力んでしまった兵士達は思わず銃口を覗き込みたくなる衝動に駆られたが、頭を吹き飛ばされたい趣味の者はいなかったのでハンドルを操作して不発弾を廃莢。

 続けざまに引き金を引くが又もや不発、全員がである。

 それをジィッと観察する案山子がいた。

 暫くガシャガシャやっていた兵士達は諦めたのか銃剣を取り付けて構える。

 案山子はドンッ音を立ててジャンプし彼らの頭上へと移動、そのまま滞空すると狙いを定めて一気に急降下した。

 地面に刺さり易い様になっている竹の先端は竹槍のように斜めにカットされていて植物製なのにも関わらずサックリと切れそうな鋭利さである。

 案の定、標的となった兵士の肩に刺さった先端が鎖帷子を貫き通し、50センチほどめり込んだ後素早く飛び退いた。

 肺臓を貫いた時に動脈を傷つけたのか、真っ赤な鮮血が飛び散り血飛沫となって周囲に蒔き散らかされる。

 数秒の間だけ棒立ちになっていた兵士は、足から垂直に崩れ落ちると地面に倒れ伏す。

 次の瞬間、ほぼ遺体と成り果てていた彼の体は光の粒子となって弾けて消えた。


「ジュリアースッ! オノレぇ、よくも俺のジュリアスをやってくれたなぁっ!?」


 隣に立っていた、筋骨隆々としたおとこ臭い兵士が同僚だった兵士の死に様に我を忘れたのか、色々と口走りながら銃剣を着けた新三八式歩兵銃を抱えて突撃した。

 自衛隊から伝道された銃剣術の動作で銃剣の切っ先を案山子に刺突し、捻り込みながら引き金を引いた。

 タァーンと云う銃声と共に銃弾が案山子に命中し、身体を構成する藁束がバラバラに弾け飛んだ。


『ミニゲーム・ゲームオーバー』


 敵を倒して息を荒く吐くその兵士はフラフラと倒されたジュリアスと兵士のいた場所に膝を突くと両手を上に上げつつ天を仰いだ。

 滂沱と溢れた涙をコボしつつ号泣する兵士を横に、小隊長は自分の小銃を天に向けると引き金を引いた。

 途端にパンと云う銃声と共に腕に反動の衝撃が掛かる。

 先ほどまでは全員の小銃が動作不良であった事が間違いであったかの様にあっさりと射撃が可能になっていた。

 彼は小型化された通信機をズボンの小物入れから取り出すと本部を呼び出す。


「ママグース、こちらスワローワン。敵のゴーレム一体と接触し戦闘に突入。犠牲者一名を出してこれを撃破。現在、城壁より内部へ500メートル地点にて待機中。オーバー」

『OK,スワローワン。犠牲者の遺体を回収して帰投せよ。オーバー』

「戦死者の死体は存在しない。敵に倒されて直ぐに光って消えた。オーバー」

『OK,帰投して状況を報告せよ。オーバー』

「スワローワン、帰投了解。オワリ」


 小隊長が本部に連絡を入れて帰投を受諾すると、彼は地面にしゃがんで泣き喚いている兵士の肩を叩き、立てと促す。

 暫くぐずっていたが、ここが敵地の真ん中だと云う事を思い出したのか兵士ジュリアスが消えた地点を見ながら歩き出した。

 小隊長は一応、敵のゴーレムらしき藁作りの案山子の残骸を部下に回収させる。

 荒れた地面と長閑な畑に囲まれた街道をとぼとぼと戻っていった。

 もちろんこれはこれから発生する凄惨な戦いの序盤に過ぎず、後に戦う度に思い出すのだ。

『戦いの最初はあんなに長閑であったのに』と。

 小隊長はモノローグのような独り言を呟きながら、縁起でもねー、って云う顔をした部下達に内心で突っ込まれながら帰投した。

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