インターミッション 正義が来たりて……
異空戦騎パラレルワールド大競争
インターミッション 正義が来たりて……
都市国家パレードの前身はVRMMOでのモンスター側の冒険者ギルドのあった城塞都市である。
彼らは亜人や魔族を迫害する人間側勢力に敵対する、と言う設定でゲームをロールプレイしており、大多数のプレイヤーはその双方の勢力に属する複数のギルドに所属してキャンペーンは行われていた。
さて、彼らがこの世界に来たゲームのキャンペーンは少し変わった方法によって行われていた。
まずビジネスホテルが廃業し入居者募集中であった廃ビルを改装した大きな建て屋が準備された。
そこへVR用の完全介護カプセルを並べて一ヶ月連続で仮想世界を体験すると云う廃プレイヤー向けの特別キャンペーンの企画が体験者を募集した。
表向きの理由では、連続ダイブしたプレイヤーの心理状態と体調の変化の臨床試験、と言う名目で一日24時間一ヶ月間連続でVRMMOの世界に没入する、としていたのだ。
また、参加者の装着していたVR機器の信号に新しく開発した技術を用いていた為に、体感時間は更に三倍ほどに加速されており、参加者たちは三ヶ月のVRMMO世界を満喫する事となった。
その目的が本当にそれだったのか、今となっては確認のしようがないのだが、そのキャンペーンに参加していた被験者2000名は現実世界に戻る事無く、この世界へとやって来ていた。
全員が、である。
都市国家パレードに所属する人員は元NPCの亜人達とアバターとして亜人を選んだ1000人の元プレイヤーである。
そして残り1000人は同じく人間側の冒険者ギルドのあった城塞都市アイムジャスティスと共にとある場所に出現していた。
彼らは正義を愛し、その責務を担う事を栄光とする傾向にある純粋な正義感に溢れるプレイヤー達であった。
ゲーム内では常に自らの信じる正義の元に力を奮い、立ちはだかる悪を粉砕し続けてきた。
それ故に彼らの考えはとあるカリスマ的魅力を持つプレイヤーによって誘導されてしまったのだが。
そのプレイヤーは常日頃から仲間達、そしてギルド員達に語りかけ続けていた。
『正義は正しいから自分たちの行動は正しいのです、つまり私たちの行動と異なる物は正しくないものなのです、正しくない故にそれは悪であり、徹底的に破壊する必要があるのです』
極論であったがそう結論づけられて長時間行動する内に、精神的に条件付けられたそれは絶対的な理となった。
そして仲間達の間でそれ以外の考えを披露したり行動する事は禁忌となった。
ゲーム中では設定を越えた敵対関係となって三ヶ月の戦いを経ても決着が付かずにいた訳だが、エンディングの後にログアウト不能の状態になり、この世界に現れて敵対する冒険者ギルド・モンスターパレードとの接触は断たれた。
彼らの周囲は辺鄙な土地であり、国家を形作らずに村落が点在する無政府の過疎地域であった。
その為に最初の内は顕在化しなかったのだが、彼等の行動方針が周辺に不幸を呼び寄せる事になった。
ここら辺に存在する村落の大部分は弥生時代の大規模村落遺跡の様な、簡易な土堀りの壕と板塀によって囲われた砦のような構造になっている。
国と云う大規模な組織が存在しない以上、自らの安全は自らの手によってでしか保持出来ないのだ。
その時期は収穫期を終えて村人の腹がくちくなる頃であり、もっとも危険な時期でもあった。
農民が農作物を収穫する様に、遊牧民は農民を収穫するのだ。
蛮刀と弓と云う普段の狩りで使用する道具を持って村落を襲撃し、保存された食料と住民の女を奪い、村には火を着けて嬉々として家族の待つ遊牧地へと帰還するのだ。
そこには罪悪感等は無く、昔から先祖代々行われて来た作業としか認識されていなかった。
農民が農作物を収穫して得る喜びと同種の代物を村落の襲撃の際に感じていたのだ。
もちろん農民達も武装してそれに立ち向かうのだが、馬や騎獣に乗り高速で接近して弓で攻撃してくる遊牧民は戦いが生活であり、鍬や鋤を握って農耕に励む農民には荷が勝ち過ぎていた。
太古から続く季節の風物詩である遊牧民の襲撃が今年も行われていた。
狙われたのは変哲もない村落である、名前も「うちの部落」とか「西の方の村」等としか呼ばれていない。
そんな村に1人の若者がいた。
名前をゴンザレスと云う。
農耕で鍛えられた体躯に頑迷な頭脳、大地に根を張った朴訥な百姓である。
一昨年の襲撃によって嫁を奪われた彼は憤激したが、鍬を振るう事しか能がない事を知っていた為に逆襲することは諦めていた。
長年の襲撃は農民側にも諦念の感を植え付けていたのである。
だが、被害を少なくする事は可能である。
この時ばかりは鍬を槍や剣に持ち替えて板塀の内側から村落の周囲を騎馬にて取り囲む遊牧民を眺めていた。
時折放たれる矢が板塀に刺さり、カッと云う高い音を立てている。
怒濤の様な馬蹄の奏でる地響きが村落を揺らす。
そんな中でも鳶が空を飛び地上を睥睨していた、天では神々が彼らを見守るが見ているだけで決して手を出そうとはしない。
青い空を見上げながら緊迫した空気の中で弛緩した空気を纏わせていた彼だったが、村長の甲高い声がそれを遮る。
「来たっぺや! 正面からだっぺ。表さ回れ回れっ!」
彼は槍をぎゅっと握りしめると村落の正面から近付いてくる騎馬集団を睨みつけた。
正面だけは板塀ではなくて丸太を組んだ門であったが、正直城塞と呼べるような代物ではない。
周りの村人がしている様に彼も石を投げつけて妨害しているが、遊牧民達も血を流しながら突撃を続けてくる。
このままでは門が破られて守備に就いている村人は撃ち殺され、掘っ建て小屋のような家屋しか建っていない寒村は収穫した作物と女性を奪われて酷い被害を出すのは間違いなかった。
突然大音響が響きわたり、村まで20メートルの位置まで迫っていた騎馬達を土煙が覆い尽くした。
薄っすらと見える人影の中で馬は竿立ちになっており、遊牧民は振り落とされこそしなかった物の突撃の勢いを完全に失っていた。
何事が起こったのか、それを理解する事は出来なかったが、これは反撃のチャンスだとばかりに丸太の門の上を乗り越えて地上に降りた村人達は一列になって槍を構える。
彼らの稚拙な戦闘技術でも数が多ければ戦闘の玄人にも一槍浴びせられるのだと、気合いを入れた。
「やあーやあーっ皆の衆! 突き殺すっぺよっ、やあやあーっ!!」
「うああああああっ!!」
村長の掛け声で男達は雄叫びを挙げ、槍衾を組み、未だに混乱している遊牧民を目掛け、足を踏み出した。
不格好なそれは、普段から走り慣れない百姓達にとって必死の駆け足であり、鈍重な動きは逆に重々しい印象を与えていた。
だが、その穂先が遊牧民達に突き刺さる事はなかった。
先ほどと同じように爆風が発生し、村人の列を後ろへと吹き飛ばしたのだ。
双方共に呆然とした体で周囲を見回したが、怪しげな妖術を使った人間の姿は見当たらなかった。
直ぐに我に返った遊牧民達は、今の攻撃が農民達にも降り注いだ事から敵の援軍ではない事を理解した。
今度は腰に佩いたサーベルを抜っすると馬を操り再度距離を取った。
丸腰の百姓達が、遮る物がない場所で騎馬の突撃を受けてはひとたまりもない。
百姓達は飛んでしまった槍に目を遣るが、爆風で折れてしまった物も多く、取りに行っても役に立ちそうもなかった。
1人が後退さると、釣られて他の者達も後ろに向かって走り出した。
その様子をニヤリとして笑った遊牧民達は騎乗弓を構えて、矢を放つ。
子供の頃から弓と馬に親しんだ遊牧民達にとってはそれは狐を狩るよりも簡単な目標であり、外しようのないものであった。
風切り音を上げて弦を放れた矢は狙い過たず、ゴンザレス目掛けて飛来した。
だがしかし、今度は小規模の爆発が起きて空中で矢を折り、地に落とした。
先程からの邪魔に遊牧民を纏めるカイゼル髭の男は苛々しながら怒鳴り声を上げた。
「さっきから邪魔ばすんのは誰ケェ!? クらすぞゴラァア」
『暴力を振るうのはお止めなさい。人は平和に生きる事こそその価値があるのです』
「何だあ!? 姿ば見せんかいっ! 何ぞ訳さ分からん事ば言っちょらんと!」
『良いでしょう。人は暴力に生きてはいけないのです』
ゴンザレスがふと空を見ると、先程まで空で輪を描いていた鳶の姿が四角い布の様な物に変化した。
「アレさ何だっぺか? トンビさ姿が変わったっぺよ」
彼が声を挙げると、その場にいた全員が空を振り仰ぐ。
一辺が一メートルほどの正方形の陰がゆっくりと地上へと降り立ってくると、その上に立っていた女性の姿が見えた。
年の頃は二十代半ば辺りで、薄衣を纏い自分の身長よりも大きな杖を手に持っていた。
それは非常に幻想的な光景であり、現実感のない物として目に映った。
「天女様だっぺ」
その美貌とメリハリのある肢体は薄衣によって強調されて、見た者を魅了した。
ゴンザレスが思わず天女と間違えて呟いてしまったのも仕方がないと思わせるレベルである。
ただ、それに影響されない慮外者も存在する。
その神々しさではなく、色気に当てられた若者の1人がしゃがみ込みながら足下からその奥を覗こうと地面に這い蹲った。
「ふぉおおおっ! もうチョットで下穿きが見えっぺよ!」
「何だと!?」
若者の一言に色めき立つ男達。
それに機嫌を損ねたのか天女と呼ばれた女は杖先を若者に向けると呟いた。
「サンダーアタック」
途端に杖先から雷が迸り、しゃがみ込んだ若者を灼いた。
悲鳴も上げられずに灼かれ弾けて絶命した若者の黒こげの死体に、百姓衆のみならず遊牧民達も絶句する。
そして魔法の絨毯が地上に降り立ち、女性は地上に足を着けた。
淑やかに優雅に足を進める正体不明の女に一同は気圧される。
「初めまして皆様。わたくしは人類の明るい未来を実現する為に活動する冒険者ギルド・アイムジャスティスのギルドマスター、コーロ・デ・コキーロでございます。お見知り置きを」
いきなり訳の分からない事を喋り始めた女に戸惑いながらも遊牧民のリーダーが名乗りを上げる。
「儂はバーグ一族の長、鉄槌のモスシェである。ここは儂等の狩り場じゃけん、妖術士の出番は無かとぞ。余所さ行きやい」
モスシェが指を振ってシッシッと追い払うジェスチャーをギルドマスターを名乗る女にした。
だが、女が反応する前に村長が『儂等の狩り場』と云う言葉に激高して大声を上げる。
「ナニ勝手な事言ってっぺやっ! 毎年毎年女子供を浚って行く盗賊が、とっとと尻尾さ巻いて帰るっぺよ」
「泥人風情が生意気な事ば言うんじゃなかと。儂等の祖神が泥人の物を我らに与えたんじゃ、持ってくのは当然の事ぞ」
「働きもせんと人様の物さ持ってくばかりの屑が良く言うっぺよ。こんデレ助が」
「何ばゆっちょっとか! 泥臭い泥人風情が」
「はぁ!? おめぇらがそれでは先祖も程度が知れてっぺよ。屑のおめぇらがそれなら先祖も屑だっぺ」
「貴様っ! 我が先祖の名ば汚すんは戦争ば仕掛けちょるんと一緒ぞ。男は殺し女は犯して殺すのが当然の事じゃ。死なすぞタコ助が」
「毎年の事だっぺ。オラさ家族は息子を除いて全員お前等に殺されたり浚われたりしたっぺよ。恨み骨髄だっぺ」
お互いに言葉の応酬で激高した遊牧民と農民達は再度武器を構え直して対峙する。
だがその時、無言で遣り取りを聞いていた女ギルド長のコーロが呆れ果てたような溜め息を吐き、教え諭すように言葉を吐く。
「ふぅ、何故人は争うのでしょう? 武器など必要のない物を持ち、言葉で分かり合おうとしない。これでは戦いの歴史は何時までも終わりません。理想の社会を作る為には武器ではなく、会話するための言葉が必要だというのに、情けない。反省なさい」
彼女は自分の理想とそこから来る常識が唯一絶対の物だと信じているので、それ以外の常識に従う彼らをただの犯罪者としてしか認識しない。
なので彼女の言葉も相手に通じる訳がなかった。
「あぁん? 武器を持って敵ば殺すのが男の役割とぞ? そんげな事も分からんと偉そうな口を叩くな女風情が」
「い~や、そったら事ねぇ。姉ちゃんええ事言ったっぺよ。お天道様が輝く前から目を醒まして、日がな一日畑仕事に精出して、日が暮れたら眠って過ごす、これほど幸せな暮らしはねぇっぺ」
遊牧民の反論に村長は異議を唱える、遙かな過去から損害ばかり与えてきた遊牧民の理論は彼にとって許容せざる物であり、自らが日々感じて従ってきた厳しくも優しい自然への愛情が感じられなかったからだ。
だが、当然遊牧民には唾棄すべき軟弱な思考としてしか認識されず、鼻で笑いバカにしたような口調で言い放った。
「はっ! 何ば甘かこつさ言っちょるとか。男として生まれたからにゃあ夜は夜番で羊を狼から守って戦ってぇ、朝は良い牧草地を他の村の牧童に渡さん様に先駆けてぇ、先を越されたら襲って奪いぃ、昼寝をしながら狐や狼を見張りぃ、夕に群の子羊を狙う狐を狩ってぇ、晩には浚って来た女共に種付けて酒を飲むぅ。これぞ男の人生よ、戦いの人生よ。畑なんぞ耕してるから女共を満足させる事も出来んとよ。一昨年お前達の村から浚った金髪の女なんぞひぃひぃ言いながら『もう村には帰らないっぺ』って毎晩のごつおねだりしとるとぞ? はっ情けないのぅ」
それを聞いて頭に血が上ったのがゴンザレスであった。
新婚ホヤホヤで幼なじみの女房を浚われた一昨年、拉致の被害者の中で金髪の女は彼女だけだったからだ。
「アマンダァァァアアッッッ!! お前ぇかぁっ!! 我の女房を浚ったんは」
「ほうほう、それじゃお前がゴンザけぇ? 儂と違って全然満足出来んかったっちゅうて嘲っとったぜ。俺の女のアマンダはよぉ。ゲッハッハッハッハッハァ」
「ぐぁああああっころ、ころ、ころすけぇーっ!!」
頭に血が上り後と先考える事も出来なくなったゴンザレスは、ショートソードを腰溜めに構えると馬上の族長目掛けて走り出した。
ニィッと嗤った男は蛮刀を振り被り、ゴンザレスの頭に振り下ろす。
ズバムッッと音を立ててゴンザレスのショートソードと族長の蛮刀は消し飛んだ、両名の右手と一緒に。
赤い血飛沫が辺りに飛び散り、魔法の弾丸を撃ち出したコーロの両手が魔力の残滓を輝かせていた。
「喧嘩両成敗です。まったく、わたくしは話し合いをしろとは言いましたが、言い争えなんて言ってません。良いですか? 私は正義です、私の言っている事は正しくて、それ以外は間違っているんです。私の思い通りに事を運ばない者に存在する意味なんてないんです。だって私が正しいのですから。良いですか、暴力は何も生み出しません。話し合いで解決しなさい。武器も捨てるのです。それこそが諸悪の根元なのですから。重ねて言います。暴力は何も生み出さないのですよ!」
彼女は実に堂々と持論を述べた。
それを聞いたその場にいた人間は雷の魔法によって死亡した青年と地面に蹲り血の吹き出る右手を押さえて地面を転がる2人を見た。
これは暴力では無いと、この『キチガイ』は言うのだろうか。
どうやら関わってはいけない類の相手と関わってしまった様だと皆は気付いた。
その間にゴンザレスと族長は怪我の箇所に手当をされて仲間の元へと戻っていた。
「くぅ、こんげな真似ばしてただで済まされっと思うなよ? 必ずこん村の人間ば皆殺しにしてやるけん!」
「それはそうと、早く武器を捨てなさい。わたしは先程そう言った筈ですよ?」
「は! 武器も持たずにこの辺境で生きて行ける訳がねえっちゃろうが。お前はんバカやなかか?」
「最後の警告です、さぁ、武器を捨てるのです!」
「おい、皆の衆引き上げるぞ、こんげな気狂いさ相手にしちょれんが。日ば改めて出直しじゃ」
族長が合図すると遊牧民は馬首をめぐらして帰還の途に就こうとする。
「聞く気はないと、世界平和に賛同しないと、そう言うわけですね? 分かりました、あなた方は悪です。この世に必要のない存在だと確認しました。『ブレイク・サンダー』!」
魔法杖を高く掲げると魔力を込めて呪文を唱える。
杖の先端から迸った選択式広域雷撃魔法は、その場にいたすべての武器を持つ者を薙ぎ払った。
もちろん自衛の為に武器を握っていた村人達も例外ではない。
雷鳴が轟き渡り、しばらくすると戦いの場は静まりかえった。
もはや村落の壕の外で生きている者はコーロと右手を失い悶絶しているゴンザレスだけであった。
彼女はニッコリと晴れやかな清々しい笑顔を浮かべて言う。
「正義は成されました。ああ、戦いは何て虚しいのでしょう。人々は武器を捨てて話し合いで物事を解決すべきなのですよ。人間話せば分かるのですから」
「んだったら何であんたはうちの村ん連中まで殺したんだっぺよ。襲われたから守るために武器を持っただけだっぺ」
彼女はまだ人間が生きている事に首を傾げたが、問われた事に答えるべく口を開く。
「分かっていませんねぇ。良いですか? 襲われたから武器を持つ、殺されたから敵を討つ、そんな負の連鎖が続く限りこの世界から争いはなくなりません。その様な悲しみの連鎖は断ち切られなければならないのです。その為ならばわたくしは涙を飲んでそれを断罪しなくてはならないのです。神は言われました、右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ、と。これはわたくしの真摯なる信仰の証なのです。その為ならばどの様な正義の証でも打ち立てて見せましょう」
「んな事神様達が言ったなんて聞いた事ねえっぺよ」
彼も神話に詳しい訳ではなかったが、偶に巡回してくる旅の僧侶から聞いた一般的な説話には、ほっぺたを出すなどと言う話は耳にした覚えがない。
「はぁ、悪魔は天使の姿をして人々の前に姿を現すと言います。あなた方が神と信じている者は悪魔なのです。本物の神はただひとり、あの名、のみなのですから」
「って言うかアンタ暴力はいけねぇよとか言いながら自分じゃ暴力を使ってるっぺ」
ゴンザレスは彼女の話を聞くと自衛の為の暴力すら完全に否定していると言うのに、自分は堂々と魔法を使って相手を殺傷している矛盾をどうしても聞いてみたかった。
気に入らない相手を簡単に殺してしまう目の前の魔女は怖かったが、頭に来ていたのだ。
語気も荒く問うが、相手は平然と答えを返してきた。
「確かに、暴力を撲滅する事こそ私の生涯の使命です。ですが、元の世界に於いて信仰の学会に所属していた私が世俗の人たちにどれだけ熱心に言葉を説いても終ぞ効果が出た試しはありません、尚且つ私の双子の妹など『人は正義そのものにはなれない、だから私は虐げられた人々を救う正義の味方になりたい』などと子供じみた事を言っていました。けれど、ふふっ、このゲームの世界で人間に虐げられた亜人などと云う神に祝福されぬ混ざり者に同情してしまうなんて馬鹿げたことをしていたのです。だからわたくしは彼女が間違っている事を証明するために人間側のギルドを掌握して暴力が無意味だと言う事を証明しようとしたのです」
「何で自分は暴力を振るっていいんだか、説明になってないっぺよ」
「ふふ、話は最後まで聞きなさい、はしたない事ですよ。力なき正義は悪なり、ならばわたくしは必要悪として暴力を振るう者達を最後の1人まで暴力によって滅ぼす事を誓ったのです。ああ、今日もまた悪を滅ぼし正義に近付くことが出来ました、これもまた神様の思し召しです」
胸の前で両手を組んで祈りを捧げる魔女の姿を気持ち悪そうに見ながら、更にゴンザレスは問い掛ける。
「んだは、オラ達はどうすれば良いんだ? こっちが話せば分かるって言っても相手が襲って来たらダメだっぺ?」
「それは貴方達の努力が足りないのです。相手が武器を突きつけてきたら手に何も持っていない事を教えて両手を広げて相手の前に出るのです、そして貴方がどれだけ相手の事を愛しているのかを高らかに宣言するのです。そうすればその姿に感銘した相手も武器を捨てて貴方の手を取るでしょう。それが道理という物なのですから」
「自分が出来なかった事を他の人にさせちゃダメだっぺよ。やつらはずうっと昔からオラ達を襲って来たんだぁ。今更変わるわけねぇっぺ」
「不幸な歴史があったのですね? しかし、それが貴方の目を曇らせているのです。是までがそうだったからと云ってこれからもそうだとは限らないでしょう? 皆が少しずつ変わればそれだけで理想社会が築けるのですよ?」
彼女はこの地域に於いては現実的ではない提案を並べる。
それは彼にとっては頭に来るような言葉ばかりであったので後先考えずに糾弾するが、暖簾に腕押し糠に釘とばかりに平然と受け流して夢物語の様な理想を述べるのだ。
「それならまず自分がやって見れば良いっぺよ。あんた口ばっかで言ってる事とやってる事が違い過ぎるんだっぺ」
「お恥ずかしい限りですね。確かに私はまだ未熟な1人の人間に過ぎません。人間ですから誤謬もありますし、残念ながら今回も貴い犠牲が出てしまいました。ですが諦めずに努力し続ける事こそが世界平和に続く唯一の道なのです。お分かりですか?」
「分かんねぇっつーの」
「ああ、何て愚かなのでしょう、神よこの哀れな衆生を許し賜え。それからわたくしバカは嫌いです、小賢しいのも嫌いですが。バカはバカなりに理解しようと言う姿勢を見せなさい」
「うちの村の男衆が、全員お前ぇさに殺されてるっぺよ。聞く耳なんかある訳ないっぺ」
「尊い犠牲でした。しかし世界平和の為ならば、たとえ世界を滅ぼしてでもそれを成し遂げるのが私の願いです。小さな犠牲の事など忘れて全てを許す心を持ちなさい、それが私からの願いです」
「開き直ったってダメだぁ。この気狂い女め、とっとと何処か行っちまえ」
「ふむ、確かに一朝一夕にこの理想を伝授するのは難しいかも知れません。ですが覚えていて下さい。神は貴方と共にありいつでも貴方の事を見守っている事を。そしてその神に見られても恥ずかしくない様に生きる事こそが、世界を平和に満たされた神の王国とする事が可能だと言う事を」
「アンタの言う事はサッパリだぁ」
「胡乱なことを言うと地獄に堕ちますよ?」
「ご先祖さんと一緒の所へ行けるんだったら御の字だっぺ」
「ふぅヤレヤレ。ともかく今日は貴方とお話する事が出来て嬉しかったです。また今度お話をしましょうね。では私はこれで」
そう言うと彼女は結局一歩も動かなかった魔法の絨毯を浮かせると、そのまま何処へとともなく飛んで行ってしまった。
「二度と来ないで欲しいっぺよ」
ゴンザレスはそう言うと力なく村落へと重い足取りで戻っていった。
失った右手を庇いながら門を越えて、皆が隠っている村長宅へと足を踏み込んだ。
村の男衆が魔女によって皆殺しの目にあった事を知らせるのは限りなく気が滅入る事であったが言わなければ始まりも終わりもしないからだ。
妙に静まりかえった屋敷に入る。
やはり女子供達は非情な遊牧民に脅えて静まりかえっているのだろうかと思い彼女らを捜すと、台所から足が覗いていた。
どうやら女衆は男衆が無事に帰ってくる事を信じて炊き出しを行っていたようだ。
残念ながらその料理を食べることが出来る男はひとりだけになってしまった。
落ち込んだ顔で台所に足を踏み入れると、そこは血の海と化していた。
女性陣は手に手に包丁やスリコギや麺棒など武器とも取れない事もない道具を持っていただけだと言うのに、範囲内の武器道具を持つ者に対して自動的に攻撃をする範囲魔法は彼女たちの命をも奪っていた。
幼子達も狭い室内で手伝いをしていた為に被弾した親達から伝った電撃によって感電しており、死の呪いによって死傷率が高まった雷撃魔法によってひとり残らず死に絶えてしまった。
もはやこの村落に生きているのは彼だけであったのだ。
正義が来たりて死を招く




