第30話 国連総会にて
異空戦騎パラレルワールド大競争
第30話 国連総会にて
さて、冒険者ギルド・モンスターパレードと都市国家パレードの代表者がこちら側に訪問したのには目的があった。
現在彼らの領域は元からあった国家であるアクアマンデ王国を中心とした国家連合によって『魔王の軍勢』であると決め付けられて戦争を仕掛けられそうになっていた。
都市国家には三つの意志が存在していた。
ひとつは元領主一家にして現王家。
ひとつは商工業ギルド。
ひとつは冒険者ギルド。
以上の三つである。
その三つとも問答無用で戦争を仕掛けられるのは迷惑であり、その対応に苦慮するしかないのだが、その中の一つ冒険者ギルドだけは些か他の二つと違う点があった。
彼ら冒険者ギルドの構成員達は自らをプレイヤーと名乗り、その他二つをNPCとして呼んでいた過去がある。
つまり、と或る世界に存在するVRMMOと云うゲームであったのだ。
しかし、なにがしかのトラブルがあったのか、ヴァーチャルリアリティーの仮想現実からファンタジー世界のリアルへとトリップしてしまったのだ、ゲームの時の設定のままで。
その後に発生した混乱は筆舌に尽くし難い物があるのだが、割愛する。
使節団の目的は戦争の回避であり、最低でも被害の少ない内に停戦に持ち込む事だった。
ここが単なるファンタジー世界だったらばギルドの有する強力な戦力でごり押ししてでも戦いを終わらせるのだろうが、数年前に魔王の侵攻があった時に地球との交流を持ち、その戦力の庇護を受けた過去があった。
現在でもその交流は続いている。
地球世界では戦争は忌避すべき物であり、戦争の無い世界を模索している。
都市国家パレードとしては目的を完遂する為の手段として国連を仲介役とした停戦交渉を目論んでおり、PKFの派遣を含んだ停戦監視団の受け入れを望んでいた。
もちろん、国連に所属する各国もそれに対する利が無くては動かない可能性が高い。
現在に於いて異世界との交易は日本とアセアンがほぼ独占しており、各国、特に日本を除くG8は苦々しく思っている。
それを交渉材料とするのでも良いのだが、折角VR技術と云うアドバンテージがあるのだこれを交渉に使わない手はなかった。
このVR技術は娯楽にも使えるが義手や義足に用いると、まるで自分の手足の様に器用に動かす事が可能になる。
他にも応用が利くのだが、それは今後の発展を待つ事になる。
そして、一番のVR技術の活用方法としてはやはりVRMMOを始めとした娯楽である。
彼らの世界ではVR機器は高価な事から先進諸国から普及が始まり、中流以上の人間の物の様に認識されていた。
だが、実際に有用なのは貧困層の人間に僅かな電気エネルギーのみで仮想ではあるが物質的、心理的な満足感を与える事が出来る事にある。
R-18的な使用目的も利用制限を掛けて利用出来るようにすれば人口爆発の抑制にも繋がるのだ。
貧困層の娼館への身売りが出来なくなる事による不満が上がる可能性は高いが、将来的には歓迎すべき事だ。
重要視すべきは、洗脳行為の監視をしっかり行う様に国連の中に監視組織と権限を与える様にする事で、VR技術は学習能力向上に非常に有効であるが、逆に洗脳が効率的に行える環境でもあるからだ。
このVR技術を交渉材料に前田元首相の伝手を使って各国首脳に求めている事、それが都市国家パレードの独立国承認と異世界初の国連加盟国承認である。
今のところ概ね好意的な感触を得ており、異世界交流基金の政治献金によるロビー活動も、マスコミへの宣伝広告そしてニュース番組やドキュメンタリー番組等への露出も考えている。
ただ、VR技術を成立させる為の高高度先進技術を実現する為の設備を実現するのが難しい所であるが、それを成立させるだけで生産技術が50年は進むので、資料の配付だけでも値打ちはあった。
元々モンスターパレードの図書館に保存されているのはオープンソース技術と工業規格、そして技術書がメインであった。
幸いにもプレイヤーの中に技術者が数多く含まれていたので応用の方も問題はないと考えられていたが。
そしてもうひとつ、こちらの方が大きな衝撃を与えるだろう。
魔族との平和的折衝である。
前魔王の娘にして元魔女娘の白き悪魔が長田陽介との仲介でパレード王家と平和条約を締結したと云う物であった。
ただし、陽介の提案が実行に移される事が前提であったが。
陽介の提案は魔族が住める空間、遮光された広い空間、地下都市と併設された頭上都市の建設と地底から取れる資源の貿易であった。
基本的にメンタリティーが人間達とは異なる為に魔族のみが住まう空間として設定されている。
これらの提案は現地の治安安定に貢献出来る上に利益も大きい、地球側としても是非提案に乗りたいのであるが、問題は新たに勇者を国王に迎えたアクアマンデ王国であった。
旧魔王城に出現した以上それは悪であると決め付けて戦争の準備を進めているのだ。
先日の報道で、新たな国王に就任した元日本人は世界各国にシングルマザーを量産している事が大々的にニュースで流されており、心証としては極めて不利であった。
更に自らが絶対的な正義であると公言しているその姿はカルト教的であり、カルト教団が引き起こしたテロ行為に頭を悩ませていた政府首脳陣の受けは極めて悪い。
元王配であった陽介に対する苦言も少数有ったが、父親が居ない間に男に血迷った母親達によって排斥された十人の姫君達を保護して生活している姿がニュースに流れていた為にこちらは好意的に見られていた。
当然の事だが、陽介に好意的に世論が傾くように情報を流して印象操作を行っている。
金で意見が傾く報道機関は日本のマスコミだけではないのだ。
そんな中でシングルマザー達を洋士の元へと送り出した事は拍手喝采を以て歓迎されており、好意と皮肉を以て『良くやった』と世界中から祝電メールが届けられる始末であった。
こうして地球側の空気を陽介サイドに傾けてから彼らは大きな行動を起こす事にした。
国連総会での都市国家パレードの末姫プラムの演説である。
国連総会での演説の為に彼らはアメリカ合衆国へと渡った。
もちろんロダンでではなく日本航空の渡米航路でのファーストクラスを利用してである。
単なる仕事であるのならばビジネスクラスでも良いのだが(陽介だけならエコノミーでも)、王国の姫君ともなると見栄を張るためもあるが演説の打ち合わせもあった為に座席に余裕のあるファーストクラスが選ばれていた。
プレイヤー達は元NPCの彼女の姿を見てどう思うだろうか。
イベントムービー始まった、と云う者もいればただのプログラムにしては良く出来ている、と云う者もいるだろうし、元はプログラムでも今は生きているんだから、と云う者もいるだろう。
だが、本当に彼らNPCがプログラムの産物なのか証明する事は出来ない。
当の本人からしてみれば、プログラムで作られた物だとしても自分が覚えている過去は確かに存在したのだと実感しているし、本当にあったのか無かったのか、NPCだったのかさえも証明する事は出来ないのだ。
今分かっているのは、今は彼らが実在すると云う事。
よって人並みの感性を持つプラム姫の緊張感は絶頂に達していた。
あわあわとしている様子は可愛いものだが、これからの事を考えると些か問題なので落ち着くように誘導する。
「プラム姫、深呼吸深呼吸」
「ふーっふーっふーっ!」
陽介が声をかけるが聞こえた感じはしない。
そこでチキンハートが鞄から薬瓶を取り出すと紙コップに中身をあけて姫に差し出した。
「ほら、これを飲みんさいな」
「ふーっ、んぐ、んぐぅううっ?! げへがはごほ。ふーぅう」
「うむ。別の世界でもポーションは有効みたいやな」
「何ですかコレ、酷く不味いんですけれども」
「冒険者御用達のポーションの鎮静剤や。混乱の呪いを掛けられた時に使用すると有効やな」
「うう、そうですか。そうです、演説はチキンハート殿が」
「ワイが出て行ったらパニックになりまっせ。ここは可愛くも可憐な姫さんがアピールするのが一番でんな」
「陽介殿は?」
「僕は元々この世界の者ですから」
「シエルさんは……ダメですよね」
「まあね。私が演説しちゃうとパレードが魔族の物って認識になっちゃうんだけど?」
「それはダメです。うむむむむ、私がするしか」
何やら葛藤していたが、父親から言い含められていたのだろうか眉間に皺を寄せながらコメカミを人差し指で押して痛む頭を落ち着かせていた。
そうして居ると係の人間が彼女を呼びに来た。
現在の彼女の服装は龍族の民族衣装の礼服であり、金銀の装飾をジャラジャラと下げている。
翡翠色の角の先にも房飾りが下げられていて豪華絢爛な感じに仕上がっていた。
彼女が持ってきた荷物の七割がこの礼服とその装飾であり、如何に気合いを入れて準備して来たかが分かる。
彼女が現れると拍手をする者、装飾品に目を奪われる者、人種の違いに気を奪われる者など様々な反応であったが、彼女の演説は同時通訳で列席の代表者等に伝えられた。
因みに日本のゲームであった為か、話し言葉はデフォルト設定の通り日本語である。
約10分ほどの演説は自国の現状とアクアマンデ王国に一方的に敵視されている事、自分達は平和を求めているだけであり戦いになる事は望んでいない事、異世界の国ではあるが国連加盟国の一員になり、世界平和と繁栄の一端を担いたいと締めくくって終了した。
控え室のテレビモニターでそれを見ていた三人は最初の内は躓きながらぎこちない様子であった物が段々と雄弁になって行くのを流石は王族の子だと感心していた。
プラムが終わりの挨拶をすると会場内は万雷の拍手が鳴り響き、一応彼女の言葉が受け入れられそうな雰囲気である。
プラムが控え室に戻ると三人は大きく拍手をして出迎えた。
「おめでとう、見事な演説でした!」
「良かったで、文句なしや」
「もっと上手く出来そうだったけど、それなりに通用してたと思うわ」
「ホントホント本当? 最初の方で何回か間違っちゃったけど大丈夫だったっ!? 間違いが気になっちゃって最後の方はグダグダだったみたいな気がしてたんだけど、本当に本当?!」
先ほどまで画面の中で見せていた怜悧さを何処かへやってしまったかのようなハイテンションぷりで彼女は三人に感想を求める。
思わず苦笑してしまう陽介だったが、親指を立ててサムズアップで答えた。
それを見て相好を崩したプラムはにへらーっと笑い、ソファーに座り込む。
「そっかー、よかったよー。これで国民の皆に顔向け出来るねー」
「うん『我らは一万に満たない諸種族の集合体であるが、王家の元に集合し、一丸となって難局に対応するべく出来る手立てを講じている。よって~』ってフレーズが良かったですよね」
「う~、からかわないで下さいよぅ。ほとんど勝手に口から出てきたみたいな物なんですし、恥ずかし過ぎです」
プラムは袖で顔を覆ってしまい、赤面した顔を隠す、だが首筋まで真っ赤になっているので三人からすると丸分かりなのであるが。
そこで陽介は真剣な顔になってチキンハートに向き直る。
「掃除は済みましたか?」
「バッチリやで、電気式の検知器と魔法式の探査術を併用したから、ホレ、盗耳くんは全部対策済みやな」
「おお、出るわ出るわ。こんなに盗聴器が。まるで民衆党が政権を取られて去った後の首相官邸みたいなレベルで。あ、そう言えばレーザー光線を窓に当てて室内を盗聴する遠隔盗聴器があるって聞いた覚えが」
「ああ、有んなぁ。そっちの対策は二重にしとるでぇ。まず『沈黙』の魔法やろ? それから盗耳くんにはもれなく人の話す言葉が聞こえなくなる呪いと腹が下る呪いが発動するトラップ付きや。ま、科学の事しか分からん人間には事前探知は無理やろうな」
「え、それって永続的な?」
「いや、丸一日って所やろか。この世界にもアクアマンデ王国式の魔法は知られとるやろうけど、ワイ達の物とは術式が異なるさかいにな」
「魔法の素質がないと見抜くのは難しいみたいだけどね」
「ほぉ、そうなんか。まあウチらの方でもスキルを取ってないと罠とか見つけんのは難しいわ。凄いのは罠感知を極めると魔法の罠でも見抜いて解除出来るんよ。運営の怠慢やないかと・・・・・・ってそれはええって。ウチらの知らへん魔法の術式でも魔力を使った奴なら感知は出来ます。この部屋はもう大丈夫ですやろ」
「うん、それでですね……?」
「どないしたん?」
「何を話そうとしたのか忘れてしまった。ヤバいなぁ、健忘症じゃなかろうか」
「ど忘れやろ? そんなん誰にでも有りますやん。それじゃあこれからどないします? 取り敢えず腹減ったんで食堂にでも行こかと思ってんけど」
「ああ、それもそうですね。でもその前にプラム姫は普段着に着替えてきて下さいな。こちらに来てから鎌倉で揃えた『Kawaii』系の服があったでしょ」
「あ、はい。仲居の小母様が見立ててくれて、大変にファンシーな感じの服で、凄く可愛いんですよ」
「それは楽しみですね。慌てないで良いんで」
「はい、じゃあ着替えてきますね」
そう言うと彼女は装飾品をシャラシャラと鳴らしながら更衣室へと歩いて行った。
それを見ながらクーっと腹を鳴らしたチキンハートが陽介に懇願する。
「なあ陽介はん。わて腹減りすぎると狂暴化スキルが発動するんやけど」
「マジで?! むう、じゃあ非常食に持ってきた海軍式の乾パンと黄箱のエネルギーバーがあるんで、これで凌いで下さい」
「フルーツ味よりチーズ味の方が好っきゃねんけど。抹茶も可」
「抹茶味!? 知らないなぁそれは。ともかく贅沢言わない。20~30分くらい我慢しましょう」
「あの格好からやで、1時間位は掛かるんちゃう? 女性の着替えは掛かるでぇ」
「何かにつけてね。前に喫茶店でオバチャン連中が席を立って会計しようかって言い出したんで、その後にすればいいやと待ってたら、そのまま私が払う、いや私が、とか言い出して、そのままもう一回座ってお喋りし始めた時には、何て行き当たりばったりな行動をしているのかと」
「ああ、オバチャン連中はなぁ。ウチかて小さい頃にはああはなるまいと」
「男がオバチャンになる訳無いじゃないですか」
陽介がチキンハートの言葉に突っ込みを入れると、彼は目をパチクリとした後に慌てたように言葉を連ねた。
「へ? あ、ああ、うん、そうやね、当然や。いや、実家が女系家族で周りにいたのが女性ばっかやったからなー」
はっはっはっとチキンハートが笑い声を上げると、横から見ていたシエルが溜まり兼ねたのか声を出した。
「バレバレ」
「何がや、シエルはん」
「言っても良いのなら」
ニヤッと魔族らしい嗤い方をしたシエルの笑みを見てチキンハートは何かを諦めたのか、陽介に要求する。
「言わんといて。もうええわい、陽介はんそのジュールメイト寄越してや」
「はいはい」
陽介が鞄から取り出した黄箱をドサドサと十箱ほど手渡すと、彼は豪快に中身を取り出して貪るように口中へと放り込んだ。
その様は実に男らしい。
「そう言えば、外出の時に又仕掛けられたら面倒だな」
「せやな、じゃあ本物のルームサービス以外の人員が入って来たら捕縛される様にトラップを仕掛けとこか」
そう言うとチキンハートは何やら道具箱から取り出して仕掛け始めた。
ちなみにプラムの着替えは45分で終了した。
軽く化粧もしていたので見違えるような変身である。
全体的にピンク系で固められた色調で、下半身はスカートにズボンを合わせ、上半身はストライプのTシャツにジャケット、頭には角隠しの為に大きなキャスケット帽を被っていた。
擬音で示すと『きゃる~ん♪』と云った感じだろうか、正直ファッションに疎いので良く分からない所である。
この日は食事を取って姫を休息させた後に陽介達は資料を纏めて下準備を怠らなかった。
そして各国の代表が集まる国連ビルで陽介達一行は各国の代表に申し入れて秘密会談を行った。
自分達の持っているVR技術がどの様な性能を持つのか、実用までに掛かる期間と費用、利益率、普及の手段などを説明し、それぞれの国で運用する為の法律の制定などをそれぞれの国の外交官と実務者に説明し、どう云う事が出来るのかを協議した。
特に貧困層の不満を解消する手段に成り得る可能性は貧困国と貧富の差の大きい大国にとって垂涎の物であった為に喰い付きも大きく、専用の担当部門を設立する国も現れた程だ。
何しろ社会を蝕む一方の麻薬に取って代わる社会に対する不満を忘れられる手段なのである。
麻薬シンジケートと深く結びついている政府ならばともかく、国の健全性と労働人口の確保に重要な役割を果たすであろうVR技術はどうしても手に入れたい物なのだ。
そして陽介達はこの状況を最大限に利用する方針である。
アクアマンデ王国に侵攻され、人、資料、その他の物が失われればこれらVR技術も又、失われるのだ。
今まで異世界を新たな資源地、消費地としてしか見ていなかった彼らに生産地としての目を向けて貰う様にし向けたのだ。
是非ともパレードに価値を見出して貰い、アクアマンデ王国との確執を解消したい。
それが現在の彼らの目的である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アメリカ合衆国と云う国家は合理的である。
合理性の為に効率を重要視して人間性を排除してしまった感のあるやり方だが、それは彼らなりの人間性を追求して出来たやり方であり、つまりそれはアメリカの人間性が合理的であると云う意味になる。
彼らの国には国家としての利益を守る為に国防総省(CIA)と云う組織があるが、国益を守る為には国家権力としての範疇を越えたキタナイ(ダーティー)な仕事も実行する必要があった。
そこで彼らは政府機関に属さない人間をエージェントとして雇い、自らの手先として働かせていた。
別に珍しい訳ではない、江戸時代の日本でも銭形平次の様なヤクザ者を市中の事情に明るい事から岡っ引きと云う名の手先に使っていた事実もあった。
ただ、岡っ引きが市中の犯罪者を取り締まりながら犯罪行為を犯していたのに対して、CIAの非公式工作員は政府の目的の為に犯罪行為を犯していると云う違いはあるが。
さて、パレードのもたらそうとしているVR技術は極少数のエリートと極めて多い貧困層によって構成されているアメリカ合衆国にとっても社会の不満を解消する革新的な技術であり、是非とも手に入れたい物であった。
ただ、出来るならば自分達がそれを手に入れて他の国には自分達が主導して広めたいと云う欲求が生まれた。
キリスト教によって生み出され、聖書に誓った大統領の元によって繁栄するアメリカ合衆国は神によって世界を支配する権利を持つと初期の大統領が明言していたのだが、口にこそ出さなくなったとは言えそう言う傾向は未だに持ち続けていた。
自国が保有していた次元通廊の先にあったAW-01A世界にて陸軍と海兵隊、そして空軍の精鋭を失っていたアメリカ合衆国は世界に対する軍事的優位を一時的に喪失した。
もちろん他の先進国も戦力を失っていたし、一国で世界と戦えるだけの戦力を有していたアメリカには残留した軍隊に加えて州軍という組織や民兵組織も有った為に未だに世界で一番強い国家である事に変わりはなかったが。
だからこそだろう。
彼らがパレードの要人を招待してアメリカに友好的な価値観を持って貰う事を決めたのは。
陽介が主導するパレードの要人達だが、正確に云うと純粋な人間であるのは陽介だけであり、プラム姫は龍族の亜人でありシエルは魔族の魔女でありチキンハートはオーガーのアバターを被った人間である。
よって下手に市街地に出るのは大変に危険であり、基本的に国連ビルと高級ホテルを行き来する生活を送っていた。
彼らが泊まっていたホテルはアメリカ国内でも有数の高級ホテルであり、快適に過ごすのも安全に過ごすのもホテルの威信に懸けて保証されていた。
当然の如く高い利用料金はホテルの維持管理費の他に元軍人を雇った警備隊の維持にも使用されている。
ホテルの敷地内での安全は確実だと思っていた矢先、プラムが姿を消した。
四人連れでレストランへと向かう途中で用足しにトイレットに入ったプラムが10分を過ぎても出てこないのだ。
「流石に遅すぎるだろ」
「せやかて男のこの身体では中に入れへんで? と云う訳でシエルはん頼んます」
「え~、ただの便秘でしょ? ここに来てからコーベギュウのビフテキが異様に美味しいからってバクバク肉ばっかり食べてたし」
「そう云わんと頼んますって。何か欲しい物があったら陽介はんが買ってくれますさかいに」
「おーい。でもまあ、よろしく頼む。君にしか出来ない事なんだ」
「まあ良いけどさ。貸しいちって事で」
そう言うと彼女はそそくさとトイレットへの入っていった。
しばらく歩き回る音や扉を開閉する音が聞こえて来たが、二分程してシエルは一人で出てきた。
「誰もいなかったわよ。扉の下が解放されているから全部の個室を見てきたけど、いなかった」
アメリカ式の便座の高さより少し低い位置の扉のお陰で在室中かどうかは直ぐに分かるのだが、一応確認して見たらしい。
だが陽介的には不満があったらしい。
「しかし誰も出てこなかったが」
「トイレの奥にね、スタッフ用の通用口があったわね」
「むむむ、チキンハートさん。何かこういう場合に使える魔法とかは無いのですか?」
「ふふふふふ、こんな事も有ろうかと、密かに準備して置いた物が役に立つとはな。見よ、これが商工業ギルドが開発した目標追跡センサーや」
ペカペカペカリン♪ と効果音を響かせながらチキンハートはPDAの様な機械を取り出す。
「要は誘拐防止用の防犯グッズ何やけど」
「防止されてないじゃん」
「……流石プロの仕業やな、生半可な事やおまへんでぇ。それはええから! プラム姫の生体データーを登録してあるさかいに何処にいようとも即発見や。で、えーと、ここの地下やな、駐車場やろか、はよ行こや」
チキンハートは天井に頭をぶつけないように頭を下げつつ階段に向かって走り出す。
チラッと見たのだが、地下駐車場に通じている10基あるエレベーターはほとんどが点検中で、残りは上層階で止まったままであり、エレベーター待ちをしている泊まり客が係員に苦情を言っているのが見えた。
まず間違いなく計画的な犯行だろう。
チキンハートが階段を駆け下り始めるが、陽介はフロントへと向かう。
自分自身に戦闘力はない事を良く知っているので、状況を整える事を優先したのだ。
ここでプロなら秘密裏に事を進める様に事態を進行させるかもだが、バックアップもない外国でそんな事をしていたら手遅れになる。
その為には正規の方法で周りを巻き込んで大々的にやった方がマシだ、と陽介は呟いた。
陽介は財布から取りだしたプラム姫の写真入りの名刺をフロントに見せながら【underground parking lot】と横にあったメモに書き付けてこう言った。
「キッドナップ! キッドナップ!!」
フロントにいたフロント・スタッフにそう呼び掛けると彼は顔を強ばらせて陽介に振り向いた。
陽介は英語力が残念なヒトだったが、矢継ぎ早に告げる。
「プリンセス・プラム キッドナップ アンダーグランド パーキング ロット ナウ!」
「本当?!」
フロント・スタッフは慌てて総支配人らしき人物に駆け寄るとフロントは一時騒然となった。
有り得ては成らないホテル内部での犯罪行為はホテル全体の失点に繋がる。
それはお客様の信頼を裏切る行為である。
彼らは警備に連絡を入れつつ監視カメラを操作して地下駐車場の映像を出す。
三箇所目にて黒色の大型リムジンの扉が開いていて、少女を抱えたダークスーツの男の姿が確認出来た。
角が生えている事から間違いなくプラムだろう。
間違えても父親が遊び疲れた子供を抱っこしている訳ではない。
「プラム姫に間違いない。ここは地下三階か」
陽介は硝子に映り込んでいた映像を確認すると階段の方へと歩いて行った。
その間に支配人は警備主任と連絡を取って地下駐車場の自動車用出入り口のシャッターを降ろし始めていた。
陽介が階段を降りて行くと地下二階の探索を終えたチキンハートが廊下から出てきた。
「地下二階にはおらへんかった。次は地下三階や」
「うん、今フロントで確認して貰ったらプラム姫が黒いリムジンに乗せられる所だった。外に出る通路のシャッターを降ろしていたから外への脱出は出来ない筈だよ」
「ほえー、手が早いなぁ。ほな行こか。何か武器は持っとるん?」
「何もなし。分厚い皮膚も弾を通さない筋肉も無ければ護身用の武器もない。あるのは愛と勇気と臆病さだけだな。まあ有る程度のポーションは準備してる」
「つまりウチの方で何とかせんといかんっちゅう事かい。分かったわ」
「よろしく」
ふたりが地下三階へ足を踏み入れると右側から左側に向かってリムジンが車輪を空回りさせながら急発進して行った。
高級車故の静粛性を持っていたが、高出力の排気量を誇るエンジンによって重たい車体を軽々と運んで行く。
だが、駐車場の端にある筈の地上へと続く車道はシャッターが降りておりその手前でリムジンは停車する。
直ぐにダークスーツの男が二人ばかり降りてくると開閉装置がないかと探しに近付いた。
そこへチキンハートは指の関節をボキボキ鳴らしながら近寄って行った。
「コラッ! 手前ぇらそこを動くな。肉団子にしてやるぞ」
『ヒュゥ、コイツがウワサのオーガーか、プリンセスのゴエイにしてはヒールスギるぜ』
『確かにレスラーよりもタフそうだが、それだけだ。銃で仕止めろ』
『OK ボス』
そう言うと非合法工作員達はホルスターから拳銃を抜き出してチキンハートへと向けた。
VRだけではないがMMOと云う戦闘を伴ったゲームではチームを組んで敵と戦う事が多いのだが、敵の攻撃を引きつけてそれに耐えるタンクと云う役割が存在する。
特に彼らの遊んでいたVRMMOでは敵が人間側プレイヤーとNPCであったので強力な武器を装備している事も多く、タンク役はより強靱な耐久性をレベルアップの時に取得している。
特にチキンハートは低レベル種族から高レベル種族のオーガーに進化してきた際に高い耐久性を取得しており、拳銃弾でどうにかなるほど弱くはなかった。
以前陽介がモンスターパレードの魔女っ娘とタイマンで戦った時は、相手が魔法を中心に俊敏性を上げた耐久性の低い軽魔法戦士タイプだったのでニューナンブM60の弾丸が効いたが、チキンハートには通じない。
二丁の拳銃弾がチキンハートを襲うが弾かれるか、肉に食い込んだ後に零れ落ちるかしていた。
もっともトーガ風の民族衣装はボロボロに成って行ったが、徐々に曝されて行くあり得ないほど鍛え上げられた筋肉が敵を圧倒するばかりだった。
『ちぃっ! 何て奴だモンスターめ』
『仕方ない、人質を出せ』
非合法工作員がリムジンの中に合図すると、拳銃をプラムの頭に押し当ててもうひとりの工作員が出てきた。
プラムは呪文を唱える事を防止するためか猿轡を噛まされ、目隠しされた状態で拘束バンドで両腕を縛られている。
こちらは普通のTシャツ姿で少し小太りのどこにでも居る平々凡々な風貌の白人のオバチャンである。
逆に言えばどこに居ても不審がられない風貌をしていると云える、どちらかというと荒事よりも潜入調査に向いた要員だった。
彼女は油断なく安全装置を外すとプラムのコメカミに銃口を当てた。
「そこまでだよバケモノ。さっさと武装を解除しなよ」
「日本語を喋るんか、まあ当然やな。武装を解除っちゅーてん、見ての通り素手やで?」
チキンハートがアメリカ人がやる様に大きく肩を竦めると女性工作員は誤魔化されないとばかりに答えた。
「ウソ付くんじゃないよ。あんた等が未来から来た元日本人で戦闘に特化したアバターに身を包んでいると云うのは知っている。アバターを解除しな。アンタの中身が女だってのは仕種や何かでバレバレなんだ」
「ええっ!? チキンハートさん、あんなにご立派な逸物を持っていたのに、女の子だったんですか?!」
『カミラ、あの男は何を言ったんだ?』
『ああ、自分の持ち物よりもご立派な代物を持ったオーガーの正体が女の子だってのに衝撃を受けたらしいよ』
『え!? 女の子だったのか?』
『アンタらまで。少しは相手の分析をしなさいよ』
正体がバレたチキンハートよりもその周囲の方が動揺が激しいようだった。
しばらく口ごもっていたチキンハートは上目遣いで女性工作員を見つめる。
「仕方ないなー。それじゃアバターを解除するわ。撃たんといてな」
チキンハートだけに見えるステータス画面の一点に視線をズラすとオーガーの輪郭がボヤケて光の塊になる。
3メートル程のそれは160センチまで縮むと女性的な輪郭を描いて固定化した。
彼女は素早くボロボロのトーガを身に巻き付けると背筋を伸ばして敵に相対する。
「ほぅ。随分と凛々しい女の子だこと。アバターに男性を選んだのは女性差別への鬱憤からかねえ?」
「五月蠅いなあこれでも25歳やっちゅうねん、女の子扱いは止めてんか。ゲームのアバターの事はどうでもええやろ。それでプラム姫を解放して貰いたいんやけど?」
「何をバカな事を。彼女には我が国に強い好意を抱いて貰う為に歓迎の準備を進めているのだ。アンタ等には、おや? いつの間にかナガタが居ない。非情な奴やね、仕方ないか、あんたにはここで『死んで貰うよ』」
女性工作員が合図すると二人の非合法工作員が続け様に拳銃を撃った。
チキンハートが発射された弾丸を目で追っていると、突然目の前にマジックバリアーが展開された。
銃弾が命中した箇所に光の波紋が浮かぶが、貫通を許す事無く弾き返す。
焦った彼らが続け様に銃を撃つが弾が尽きたのか一瞬銃撃が止んだ。
その瞬間突風が巻き上がり二人の工作員を吹き飛ばす。
形勢が変わった事に気づいた女性工作員は躊躇う事無くプラムに押し当てた拳銃の引き金を引いた。
だが、一瞬で間合いを詰めたチキンハートが拳銃のスライド機構を握り撃鉄を押さえながら拳銃自体を捻り込む。
バランスを崩した女性工作員をプラム姫毎引き込むと腕を取って投げ飛ばす。
投げ方を工夫した為にプラムと分断された女性工作員はうつ伏せの状態で床に投げ出されたが、直ぐに立ち上がろうとした。
だが、手に持っていた拳銃は取り上げられていて、チキンハートは拳銃から弾倉を抜き取りスライドを引いて装填されていた銃弾を排出していた。
銃弾がなければ拳銃はただの鈍器に過ぎない。
だがその隙に、女性工作員は隠し持っていた小型拳銃を取りだしてチキンハートに向ける。
するとチキンハートは地面を蹴って天井に足を着けると三角跳びの要領で女性工作員の後ろに降り立った。
どう考えても普通の人間の動きではない。
それどころかゲームの中の獣人族でも可能かどうか怪しい程のスピードである。
チキンハートを見失った女性工作員左右を確認するが背後の彼女に気付く事は無かった。
そのまま振り返りつつ女性工作員の首筋を掴むと手に仕込んだ電極から電撃攻撃を放ち、相手は気絶した。
その際に大脳に近い延髄に耐えられない電撃が放たれた事で麻痺等の障害が残る事になるのだが、それはまた別の話だ。
「ふうん、それがチキンハートの本来の姿って訳なんだ」
先ほど魔法障壁を展開し非合法工作員を吹き飛ばしたシエルがチキンハートの正体を見て感心したように声を掛けてきた。
「まあね。若い頃に交通事故で全身不随になった私は全身を擬体にして、その後少しずつ戦闘用に改造して政府直属の武装組織に身を置いていた。これもVR技術の応用の一つって訳よ」
「ふーん。良く分からないけど、それって良くある事なの?」
「いや、それは」
チキンハートがそれに答えようとした所、通用口から武装した警備員が雪崩込んできた為にチキンハートは口を噤んだ。
彼らは整然とした動きで誘拐犯とリムジンを包囲すると直ぐ様拘束し、安全を確保した。
因みに戦闘では何の役にも立たなかった陽介は投げられた状態で放置され、両手を縛られて猿轡と目隠しのまま涙を流して倒れていたプラム姫を介抱していた。
「うぅー、放置とか酷いですぅ。もう少しで新しい世界の扉が開いてしまう所でした」
「怪我とか痛い所は無いですか? ポーションの準備がしてあります」
「え、あ、はい。大丈夫です。新しい扉は開いていませんから」
「へ?」
「あ、じゃなくて、大丈夫です、問題有りませんわ」
「そうですか。このハンカチ使って下さいね」
陽介がハンカチを差し出すとプラムは自分が流した涎や涙をぐいぐいと拭った。
猿轡をされた上に目隠しまでされていたので、口の端からコボレた涎や流した涙が顔中にまみれていてベタベタとしていたのだ。
せっかくの美少女っぷりが台無しであった。
取り敢えず全員が集まると警備の人間に言ってプラムを救護室へと連れて行って怪我などが無いか診断して貰った。
そこへ警察(POLICE)が駆けつけて、連邦警察(FBI)が押っ取り刀で現れ、とどめに国防総省(CIA)のエージェント迄現れて事情聴取と現場検証、捜査の優先権を引っ提げて現場が混乱したのだが、特に騒動もなく納まった。
疲れ果てた一行が部屋に戻ると侵入者が数人スパイホイホイに引っかかっていたので警備の人間を呼んで引き取って貰い、就寝する事になった。
チキンハートは今までベッドを三つ並べて横に寝ていたのだが、その必要もなくなったので普通のシングルベッドである。
いつもの感じで部屋に戻り、男所帯だからと気にもせず普通にパジャマに着替え始めたふたりはやはり疲れていたのかもしれない。
部屋割りは元の通り、陽介とチキンハートは同じ控えの部屋であったのを忘れていた。
チキンハートは事件の後の事情聴取の時にホテルから借りたスポーツウェアに身を包んでいたが、最初はトーガの残骸を身に纏っていただけなので大変に刺激の強い格好であった。
だが先ほど無意識の内に同じ室内で着替えた時に零れ出した立派な双丘には適わなかった。
ここの所エマナを始めとした子供たちと同室であって、そう言った方面とはご無沙汰だった陽介にとっては刺激が強過ぎ、それが目に焼き付いて脳裏から離れない。
こうして見ると人間の姿になったチキンハートは普通に美人の日本人だった。
ただ、今まで普通に男同士の付き合いをしていた積もりだったので、変に意識してしまうのも悪いかと思いいつも通りの言葉遣いで陽介は話し掛けた、だと云うのに。
「いやー、いつも見下ろしてたけど、こうして見上げると陽介はんも男前やな~、何かこうムラムラしてくるわ。なんてな~」
「……ふぅ」
「何やその溜め息は? いくらウチが男勝りで色気が薄いっちゅうても女のプライドっちゅうもんもあるし、傷つくモンは傷つくんやで?」
「いや、正直言って必要以上に色気はあるし、ムラムラするんだが、その明け透けさに救われてるって云うか。誘ってるんじゃなければ止めといてくれ、色々溜まってるんで我慢出来ない」
「……あらー、随分正直やん。ふぅん、これが50年前のメンタリティーなんやね。ウチの時代じゃ草食化が著しくて、女が薬を盛ってベッドに引きずり込まなきゃエッチな事も出来へんかってんけどな。まあ特に細身で中性的な男性の5割位は不能なんやて。ネットでゆってたわ」
「そこまで性欲が薄いと精子の生産数が下がって出生率が下がると聞いた事があるけど、妊娠に十分な精子の数が足りないのでは?」
「最悪iPS細胞で精子だけ作って体外受精ってコースも多いんやけどね。同性婚は政治家が反対し取るんで正式にはないんやけど事実婚では相当おるで」
「なるほど。最悪な方に向かった訳だ」
「女性は性欲に関係なく身体が成熟するし、思考が恋愛に傾きやすいさかいな。同性間で疑似恋愛に陥り易いし。2080年代には女性の方が積極的やね」
チキンハートが彼女の時代の性別別恋愛状況を説明すると陽介は興味深そうに聞いていたのだが、それとは別に現在の状況を解決すべく話を進める。
「ふむ、なるほどねぇ。それはともかく僕はシエルと部屋を交換した方がいいかな?」
「なんで? このままでもええやん」
「いや、恋愛関係にない男女が同じ部屋とか問題があるだろ?」
「陽介はんに子供がいるのは知っとるけど奥さんは居らんて聞いとるんや、それで今は恋人はおるん?」
「いや、妻だったグウェンディロンは洋士先輩に寝取られたし、エマはメイドの立場から変わるつもりはないと明言してるし、シエルは人間みたいに寿命が短い相手を連れ合いにする気は無いって言ってるしなぁ、だから今現在はフリーだな」
「フリーかぁ、あんなぁ久々にアバターから女の身体になってんけど、陽介はんの汗の匂いを嗅いで男らしい身体を見たらウチの方がムラムラして辛抱たまらんのよ。オーガーのアバターの時にお風呂でお宝をマジマジと見た時には反応せえへんかったんやけどなぁ」
「それは分泌されたフェロモンに影響されているだけだ、精神を落ち着けて深呼吸をすれば有る程度は制御できる筈」
「ほおほお、つまりウチがこんな事をしても耐えられるっちゅうこっちゃな」
そう言うとチキンハートはベッドに座っていた陽介の太股に腰掛けると腕を取りつつ顔を近付ける。
「男の性衝動は女性の物より刹那的で衝動的な物だからな。正直嬉し厳しい状況だが、理性的な思考を取っている限り問題はない」
「ここはそう言ってないようやけど。口よりも素直やね」
「疲れてんだよ。すると性欲に関係なく反応するのだ」
「ふぅん、じゃあこれならどうや」
そう言うと彼女は正面から向かい合い、両手で彼の肩を押すとベッドの上に押し倒して陽介の胸板に双丘を押しつける。
「好きにしてええんやで。全身擬体やから避妊も容易や」
「それなら好きにさせて貰おう」
陽介がそう言うとチキンハートの目は期待に輝いた。
「お休みなさい」
そう言うと陽介は起き上がりチキンハートを隣のベッドに降ろし、自分は枕に頭を乗せて布団を被った。
「えー、まだ九時やし。何でそこまで意固地なん? したい時にしたらええやん。こっちは何時でもOKやのに。ウチは自由恋愛主義やし」
挑発的とも云える発言にぐらりと心が揺れる陽介であったが、そこはこらえて指を一本立てながら言う。
「まず第一に、今朝まで友情を感じていた男友達であったオーガーの顔がチラツいて萎える事がひとつ」
「ギンギンやで」
チキンハートは陽介の布団に張った天幕を見ながらそう指摘するが、陽介は努めてそれを無視しながら二本目の指を立てる。
「第二に、一方的に分かれられた状況であるけども、相手が浮気したからと言って自分も競う様に浮気したら負けた気がする事」
「あっちはアンタの事無かった事にしたいみたいやけど? 刺客も送られてんやで? 子供達まで捨てて新しい男に媚びて禄な女やあらへんやん」
他人事ながら理不尽な行動に同じ女として憤慨するチキンハート。
そんなプリプリ怒る彼女を無視して最後の要因を述べる。
「第三に、あんまり人前でやるのは好きじゃない」
「ああ、扉の向こうで興味津々に覗き込みながら青い性を持て余しとるお姫様と要らん事吹き込んでけしかけた性悪魔女の事なら無視してええで」
「お姫様相手にそれはまずいでしょう。一応王様から保護者代理として預かって来たのですから」
「いや、もう18歳やし結婚できる歳やん、正しい性知識の伝授は保護者としての義務と言えんくないし」
「そう言う詭弁は子育てにはいけません。とにかく僕はもう寝る、寝るったら寝る、睡眠を取って明日に備えねばならないんだ」
「明日は何か予定入ってた?」
「特にない、けど物騒だからな。おやすみ」
「はいな、おやすみ」
完全に就寝モードに突入した陽介を見て諦めたのか、彼女もベッドに入って目を瞑った。
「君のベッドはあっちだよ」
「エッチな事はしないから良いやんか。大丈夫大丈夫」
「こう云う時の女性の大丈夫で大丈夫だった試しがないんだが? それは君にとっては大丈夫って意味だろう?」
「そんなこと無いって、それは女運が悪かったんやな。ウチが慰めたるで」
「いい加減にしないと怒る」
「へーい。でも急にこの身体に戻って心細いんや、ウチからは何もしないしされても構わへんから、な?」
「本当に欲望に忠実な女性だな。アバターの時とは大違いじゃないか」
「そりゃあ、VRMMOのアバターは仮面みたいなもんやもん。向こうは男女差別で溜まってた鬱憤を晴らす為のアバターで殊更男らしく男女平等・公正明大に動くことが信条やし」
「なるほど、だけど僕としてはあのチキンハートさんが頼りになる仲間として必要なんだ。モンスターパレードの将来のためにも変に拗れた関係になりたくない」
陽介がそう言うとチキンハートは唇を尖らせて不機嫌を隠そうともせずに拗ねた調子で言葉を話放った。
「個人の幸せよりも社会の方が大事なんか? そう言うんは流行らんで」
「懐かしいな、その科白。グウェンディロンディロンも仕事で忙しかった頃に結婚記念日を祝えなかった事があって、その時にそれを言って来た事があったんだ。それを機に家で出来る書類仕事を中心にしたんだけど、何かずっと夫が家にいるのがストレスになってた感じだった様な」
陽介としては真摯に答えた積もりだったのだが自分以外の女、しかも元妻に未練がある様な言葉に彼女は嫉妬した。
「今はウチとあんさんの話なんやから、自分を捨てた元妻の事なんか口にしないでくれへんか」
「ふむ、女心は難しいな。それで、何でそんなに俺とする事に拘るんだい?」
「生身の身体は肉欲が付いて回るし、久しぶりに戻ったからいつもよりも身体に引きずられているんやないかな。こう言っては何なんやけどな、陽介はんは意外と優秀なお人やし、子供も良い子ばっかり一杯おるから子作りの能力と子育ての才能があるのも確実や。そんな優良物件を目の前にしたらな、ウチの身体が、子宮があんさんの子種を求めて疼くんよ。もっと理性的な人間やった筈なのに。もう理性的だとかそんなんもうどうでもええなったわ」
ドロドロと熱に浮かされた様な溶ろけ切った貌でチキンハートは陽介に魅惑的な顔を近付けながら囁く。
物凄い色気と共に発散されたフェロモンが陽介の肺臓から吸い込まれて、彼の内分泌系に多大な影響を与えた。
ヤバい薬よりも強力な作用を持つ脳内麻薬がその影響で分泌されて陽介の心を性欲で支配しようとするが、努めて冷静に彼は言い放つ。
男に対する作用はほとんど無かったとは云え、伊達にフェロモン男の側に長年いた訳ではないのだ。
「なるほど、何をされても構わないって訳だ」
「せやねん」
「ちょっと待ってくれよ。ここいら辺に」
そう言って陽介がベッドサイドをまさぐるとティッシュBOXの後ろに隠されていた避妊具とドリンク剤が現れた。
「そんなん使わんでもええんよ」
「いや、今日は体力的に消耗したからね。君もドリンク剤とか飲む?」
「んー、口移しぃ」
「・・・・・・はいよ」
陽介はドリンク剤の瓶を口にくわえて中身の薬液を口中に含むと、些か乱暴に唇を合わせて薬液を彼女に流し込んだ。
最初はうっとりとしていたチキンハートだったが、ポーションが効力を発揮した途端に目の輝きが元に戻った。
「なに、飲ませたん?」
「今日、姫様に飲ませた鎮静作用のあるポーション。いや、効くねこれは」
「むぅ。冷静になるとメッチャ恥ずかしいんやけど」
「男ならやった後に誰でも賢者モードになるから、それみたいなもんだよ」
「ほぉ。それは興味深い事やね」
「はいはい、とにかく明日になったらアバターに戻れるなら戻ってくれよ。じゃあおやすみ」
「ほいほい。おやすみー」
精神的に疲れていた陽介はそのままぐっすりと眠りに入った。
しばらくその寝顔を眺めていたチキンハートだったが、内心は見た目ほど平静ではなかった。
確かにポーションによって頭脳は冷静さを取り戻していたが、身体は受胎待機モードのままであり、先ほどから下半身のじんわりとした熱が込み上がって来るのが分かっていた。
チキンハートは彼の口元に自分の唇が引き寄せられる誘惑に駆られたが、ピクリともしない陽介に『これも好感度アップの為』と観念して目を瞑ったが、そこに悪魔の囁きが聞こえてくる。
「観念したらそこで死合い終了なの、それでもいいのかなぁ?」
扉の向こうから聞こえて来る魔女の言葉に彼女は抗う術を持っていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、気怠い気分で目を醒ました陽介の目に入った光景は見慣れた天井ではなかった。
陽介が眠りについた使用人用の部屋ではなく、主人用のスイートルームの寝室に鎮座している、天蓋付きのベッドの天井が目に入ったのだった。
しばし状況把握に頭が回らない陽介であったが、判断の材料を思い浮かべてみた。
寝る前の状況からしてアバターを外したら美人な女性であったチキンハートに誘惑されていた事を思い出したのだが、それが何故ここで目を醒ます事に繋がるのか理解出来ない。
この天蓋付きベッドで寝ていたのはプラム姫だった筈だからだ。
更なる判断材料を得ようとして右を見ると陽介の右腕に全裸のチキンハートが縋り付いていた。
左を見ると左腕にシエルが全裸でしがみついていた。
プラム姫は彼の下腹部に跨がる様にして、陽介の胸板に頬を着け、俯せで眠っていた。
彼の視点からでは判断できないが、第三者が見たら『これ絶対入ってるよね』と云う様な体勢である。
この世界に来たばかりの頃ならば動転して騒ぎを大きくしていたであろう陽介も、実地で色々と経験をしていた為に冷静な判断が可能になっていた。
陽介は取り敢えず観察を続行する。
チキンハートは柔らかいが体温は陽介よりも低い、冷え性なのだろうと陽介の脳裏に浮かんだ。
後日聞いた所によると全身擬体は生身の部分である頭脳と内臓系の保温は行うが、それ以外の擬体部分は冷却が優先であり基本的に冷えているらしい。
シエルの体温は気温とほぼ一緒である、これは魔族の生存に必要な体温が幅広い為に恒温性が低いからとの事。
チキンハートもシエルも実に立派な乳房をしており、陽介の腕に押しつけられてヒシャゲた感触が実に堪らない。
そしてプラム姫はまだ若い所為か体温が高めであり、暖かくて柔らかくて具合が良かった。
良く良く観察して見ると、全員身体に色々な分泌液が付着しており、行われたであろう行為の激しさを物語っていた。
彼は何も覚えていないのに。
悔しいのか、同意なしで行われた行為が腹立たしいのか、躊躇わず彼は上半身を起こした。
すると彼に覆い被さっていたプラム姫が微睡みから目を醒ます。
「あ、おはようございます陽介様。昨夜はお情けを頂きましてありがとうございました。こんなに充実した気分になったのは初めての事です。回復なされたのでしたら。続きをなさいますか? 私は何時でも喜んで」
「貴女まで一緒になって何をしているのですか? 姫」
「旦那様、わたくしパレードの将来の為に父と母からチキンハート殿と婚姻を結ぶように言い付かって来たのですが、体格差が大きくて受け入れられるのか大変に心配だったのです。しかし、チキンハート殿が女性であった事が分かりましたので、親の指示通りではなく陽介様と結ばれる事を判断し決意をしました、ですがチキンハート殿と陽介様が同衾なさっているのを目撃してしまい。このままでは陽介様がチキンハート殿に取られてしまうのではないかと危惧した所、シエルお姉さまが殿方をその気にさせる香を焚いたので恥ずかしかったですけれど私もその身を捧げる決意をしたのです」
「素直に言うと?」
「貴方との逢瀬を楽しみたかったのです」
「むぅ、露骨だな。取り敢えず話し合いをしましょう。僕はシャワーを浴びてきますので、その後にでも。皆も良いよな」
陽介が両隣に座っているチキンハートとシエルに視線を遣りながら提案する。
「あ、はい分かりました」
「ハイなの」
「ええ。あ、じゃあ一緒に」
「一人にしてくれ」
提案を了承した三人をベッドに残して陽介は使用人部屋のシャワールームへと向かう。
「陽介様お怒りになられてしまいました」
「大丈夫、こんな美女三人と関係を持って嬉しくない訳はないから。きっと照れ隠しよ」
「それなら良いんですけど」
三人はベッドの上に座りながら使用人室へと向かう陽介に視線を向けた。
フリチンのまま疲れたように歩いて行く陽介の尻に三人の目は釘付けだった。
意外に絞まった彼の後ろ姿に三人の女性は欲情に染まった表情を隠さなかった。
その視線は正に獲物を狙う肉食獣の物である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
陽介がシャワーを浴びている間に女性陣もスイートルームのバスルームの無駄に豪華なシャワーで身体の汚れを落とした。
それぞれ裸身をバスローブに包み、頭髪はタオルでくるんで安楽椅子にもたれ掛かり、お肌のケアをしている。
そこへスーツに身を包んだ陽介がやって来てローテーブル横のソファーに腰を着けた。
「話し合いをしたいのだが、あとどれ位で支度が整うかな」
「せやなぁ。陽介はんに着けられたキスマークがあっちこっちにあるさかいに。鎖骨にうなじにおっぱいまわりにオヘソやろ、あと人には言えない場所に仰山あるんで色々とケアとかせんといかんし。1~2時間は見て貰いたいわ」
その言葉に合点が行ったのか、陽介は自分の下半身を眺めながら言った。
「どおりで俺の胸から太股に掛けて斑に赤黒く鬱血している訳だ。最初見た時は何の病気になったのかと思ってぎょっとしたよ」
「まあ陽介はんには三人掛かりで陣取り合戦みたいな勢いでしまくったさかいなぁ。勢い余ったプラム姫にウチの内股を吸われた時には仰け反って声が出てもうたし。ホラ、これや」
そう言うとガウンをめくって開いた内股の赤くなった部分を指さすチキンハートに陽介は顔を赤くして言い返す。
「見せなくて良いから。足を開くな、はしたない」
「え~? 昨日はもっと際どい所をたっぷりと見はった癖にぃ」
そう言いながら人を喰った笑顔を浮かべて陽介をからかい出した。
ふう、と息を吐き陽介は魔女の方に顔を向けて質問した。
「正直覚えていないんだが。また薬物を使ったのか? シエル」
「なんで私に訊いて来るのかな? まあ私なんだけど。ほら、魔族の中でも魔女って人間の欲望を満たして契約を結ぶのが仕事だしね。プラム姫とチキンハートが身体の奥から陽介が欲しいってウズウズしていたからさ。まあ、私もしたかったし一緒に参加したから契約には至って無いんだけどネ☆」
パチリと陽介にウインクを飛ばしながらシエルは理由を話す。
もちろんそれが正しいかなど判別は出来ないのだが。
だがどうしても気に入らない事がひとつあった。
「それは良かっ、良くない。どうして君とする時には記憶が飛んでいるんだか」
「覚えてないのが嫌なら今からしよっか? 全員ウェルカムだよ?」
「うんうん、せやな今日は何の予定も入っとらんし」
「確実に妊娠する為には時間差で子種が欲しい所です」
陽介が自分たちを求める様な発言をした事で三人は目を光らせて了承、と云うより更なるおねだりを画策する。
特にプラム姫の赤裸々な発言に、そうではないかと予想していたチキンハートが喰い付いた。
「あ、やっぱ狙ってたんやね。ウチの場合はある程度バイオ技術で排卵日が制御出来るさかい、確実やで。欠点は矢鱈とホルモン分泌が活発になる所為で発情してまう事やけど」
そんなチキンハート達の受胎確実宣言に目の前がクラクラとしながらも、陽介は自らを省みて、自分はそれほど大した人間ではないと主張した。
「君たち、僕はね、女房に逃げられた情けない男な訳だよ? 双子を筆頭に十人も子供が居るし。正直苦労しかない人生を君達みたいな良い女に歩ませたくはないんだ」
これもまた陽介の本心ではあったが、逆に誰かひとりが後妻に来てくれればいいな、とも考えていた。
「えへへ。そう褒められると照れるなぁ。でもな、女に逃げられたばかりの男は狙い目やん」
「わたくし子供好きです。大好きです。きっと上手くお母さんを出来ると思うんです」
「私は、お腹の子供が産まれるまで百年位掛かるから、今の内に子育てに慣れても良いかなって」
それぞれが自分の考えを主張し、自分が陽介の邪魔にはならない事を説明する。
特にシエルの発言は妊娠宣言後六ヶ月も経過するのに妊娠した外的兆候が見られない事から、実は外れだったのかと(少し)安心した陽介に大きなショックを与えていた。
「うぅう~、えっとさ。こうなったら結婚するのは吝かではないんだが、そもそも三人の内誰と結婚すれば良いって言うんだい? 何か三人で和気藹々としてるし。状況が掴めないんだが」
基本的に自分以外の恋人や配偶者の女が相手の側にいれば悪感情が生まれるのは必然である。
しかし、陽介が意外に思うほど三人の仲は良好に見えた。
陽介は自分の鑑定眼の実力不足の所為だろうかと落胆したのだ。
正直言って利害が重複するこの三人が和気藹々としている様は理解し難いのだ。
「あぁ、それはやな、女の子同士のヒミツや☆ で、事が済んだ後に意識のない陽介はんを除いて女の子同士でお話しをしていたらこのまま三人で嫁になればええやんって結論になった訳やね」
あっけらかんと言い放つチキンハートに陽介は唖然としてしまったが、自分の信条を言う事でやんわりと三人の認識が間違っているのだと考えた。
「何時から俺はハーレム体質になったんだ? と言うか俺は好きな人は1人いれば良いんだ。一夫一婦制こそ理想だろうよ」
「大丈夫です。都市国家パレードは一夫多妻制ですから。BLもGLも可」
だが、社会制度と云う点でプラム姫が補足した為に説得力という点が弱くなってしまった、余計な情報も紛れ込んでいたが。
そして更に追撃がもたらされた。
「ゲームの時の設定と同じやな、うん。それとも何か? ウチとお腹の子供を見捨てる積もりなんか? そんな事したら地の果てまで追いかけて縊り殺すで」
「わたくし、陽介様に捨てられたらお腹の子諸共に自決する所存です」
「私を見捨てたら魔族全員が後先考えずに地上を破壊する事をここに誓おう。人間は全員陽介の道連れにする」
三者三様に怖い事を言って脅し掛けてきた。
しかも全員の目が本気だった。
彼女たちなら一度口に出した言葉は有言実行する事に躊躇いを覚えないだろう。
「言いたい事は分かった。むむむ。僕はそんなに上等な人間じゃないんだがな……分かった、短慮は止めておいてくれよ? とにかく訊きたかった事はそれだけだ」
それだけ言うと陽介は使用人部屋に引きこもり、何やら考え始めてしまった。
特に予定もなかったので、終日外出する事もなく時間は過ぎた。




