第29話 突破
異空戦騎パラレルワールド大競争
第29話 突破
結局体力の限界を迎えてそのまま眠ってしまった陽介は朝方に目を覚ます事になった。
シエルはそのままの格好でいたので、双方共に力尽き、相討ちになったと見て良いだろう。
陽介が身動ぎすると陽介の顔の付近で寝息を立てていたシエルは意識を覚醒させたのか、寝ぼけ眼で挨拶をしてきた。
「おはよー。これは朝の生理現象かな? それとも興奮しちゃった?」
「朝の方で。それよりも、今日中に城塞都市に帰る予定なんだけど、君の方は大丈夫かな?」
「うーん。まあ、問題ないんじゃない? 私がいた事を忘れて貰うだけだし。私の代わりに魔女娘として戦って貰っていた男の子の装備は返して貰うけど」
「男の子? 魔女娘なのに?」
「それが女装が似合う男の子が居てね? 私の魔法装束を着せたら意外とイケていたんだ。だからそのまま洗脳で自分が本物の魔女娘だって思いこませてさ、傀儡にして魔法で操ってたんだよね。それでさぁ、敵の魔法子女もシンディー・アンカーって云うちょっと有名な魔法子女なんだけど、ピンクのフリフリ系でかなり可愛いんだけどこれもやっぱり男の子なのよ。それが戦いの時なんかにくっついちゃったりするんだけどさぁ、お互いを異性だと思って意識し合っちゃったりしてんの。あはぁ、面白いったら」
「趣味が悪いよ?」
「浮腐腐腐腐。そんな事云ってぇ、反応してるじゃん。もう一回戦しよっか」
「違うし、しないし。朝飯食べて準備をしよう」
「朝食、ねえ。まあいいか。先にシャワー浴びるね」
彼女は陽介から身体を離し、全裸の背中を見せつけながら化粧室へと姿を消した、かと思ったら扉から顔を見せて云う。
「覗いても良いんだけど?」
「決して覗いてはいけない、とか昨日は言っていたのに」
「運命共同体でしょう? 隠し事はするけどね」
そうして連れ込み宿を出たのが2時間後である、もう一回戦したのかどうかは定かではない。
さて、陽介とシエルが宿屋を出ると既に十時を回っていた。
彼女が寄生していた家族の家へ行くと、白き悪魔として使っていた少しぽっちゃり系の少年に掛けていた呪いを解き、家にいた家族全員の記憶からシエルの記憶を封印した。
旅装に身を包んだ彼女を連れて都市の外で待機していたふたりと合流し、城塞都市へと帰還したのであった。
それから更に六ヶ月後。
いよいよアクアマンデ王国による魔王討伐軍の派遣が決定されようとしていた。
アクアマンデ王国の王立陸軍と特殊魔法部隊を中心とした討伐軍は新たに王国の国王として正式に即位した洋士・アクアマンデ・池面国王が率いており、勇者の軍勢として邪悪の討伐に盛り上がっていた。
とは云え、王国の掌握と体制の変更などやらなければならない事が沢山存在した為に軍の方の準備が整ったとしても直ぐに出立と云う訳には行かなかった。
また、今回の軍勢には義勇兵の数が多く含まれており、勇者の人気の程を示していた。
だが既に王立陸軍は小銃を中心とした部隊編成をすでに終了しており、取り扱いを修得するのに時間が掛かる小銃は義勇兵には配備出来なかったのだ。
また、正正堂堂を旨とし、銃登場以降の戦争の歴史の悲惨さを知っていた勇者が、一部部隊の小銃配備を取り止めて旧来の槍装備に戻した事も混乱のひとつに上げられる。
この頃になると、勇者にして国王である洋士は、小学校の頃に尊敬していた教師が常々主張していた『人殺し集団である自衛隊』が崇高な聖戦に関わることを嫌い、偵察飛行などを取り止める様に働きかけた事もあり、自衛隊による治安維持活動は下火になっていた。
実際の動機は不明であるが、『三つ子の魂百までも』と小さな頃に受けた教育が人格の形成に重大な影響を及ぼすことを証明していた。
そう言った活動は城塞都市側でも掴んでおり、現在は籠城の準備に勤しんでいた。
現在、城塞都市地下にある大迷宮は拡充を続けており、そこに存在する『力ある者』の能力を借りたスキルを以て戦いの力と成すモンスター側の冒険者ギルド・モンスターパレードの面々と城塞都市を支配する貴族の私兵は障壁の外部に防衛陣地を構築しつつ長期に渡る籠城の下準備及び儀式魔法の準備に邁進していた。
領主と冒険者ギルド、商工業ギルドと市民代表、そして長田陽介が防衛会議を開催した時に上げられたのが、ギルド間団体戦シミュレーションの活用であった。
これは大迷宮の力の及ぶ範囲内のみに限定されるが、領域設定された範囲内ではHPが1迄下がると装備を残して救護所に移送され、能力値に対するデスペナルティを起こさない、とした設定抗争、この世界に於いては儀式魔法となっている。
現在は儀式魔法の構築に必要な素材の確保と魔法陣の構築を進めており、期日までには間に合いそうな見通しであった。
だが、籠城は籠城、援軍が無ければ何れかは落城してしまうのは明白であった。
そこで地球世界PW-01にコネのある陽介が提案した事がある。
現在陽介は地球側へと移動する必要を感じており、そこへと使者と共に乗り込む予定であった。
だが、次元通廊はアクアマンデ王国の王城の目の前に存在し、普通に移動しても捕まり処刑されるのが落ちである。
なので力業で突破を試みる他ない。
陽介が防衛会議で要求したのは城塞都市代表と冒険者ギルド代表の使者の選定、そして王国が展開しているであろう警戒線を突破出来る航空戦力であった。
実際に参加する事になった人員は次の通りである。
使節団長は長田陽介が務め。
城塞都市改め都市国家パレードの代表は支配種族龍族末姫のプラム。
冒険者ギルドの代表は移動手段の主と云う事でギルド長のチキンハート。
そして陽介が同行を依頼した元魔女娘で現魔女のシエルである。
一行はチキンハートに案内されて障壁内にある小さな丘の麓に来ていた。
オーガーであるチキンハートが台車に積んだ巨大な鞍を引っ張って来ており、出発の準備を進めている。
陽介はそれを見て、これから翼竜を召喚するのだろうかとワクワクしていると背後から革のツナギの飛行服に身を包んだプラム姫が声を掛けてきた。
「楽しそうですね、長田殿」
「ええ、これからギルド長の騎獣を召喚するのでしょう? 魔法は未だに興味が尽きない物ですから、実に楽しみなんですよ」
「ふふ、召喚なら既に済んでいますよ? 彼の騎獣はこの都市では有名ですから」
「え、何処なんですか?」
「ほら、目の前に居るではありませんか」
「目の前……」
陽介は目を凝らして目の前の丘を凝視するが、丘の他には何も見えない。
「丘の他は何も見えませんが」
「ええ、それです」
「それって」
「ほな、出発するさかい、皆少し離れてなぁ。出よ、我が騎獣『ロダン』!」
チキンハートがポーズを付けて宣すると、目の前の丘が立ち上がった。
身を起こし、足を延ばし、羽根を広げると身長30メートル、翼長40メートル程の大怪鳥が姿を誇示していた。
呆気にとられる陽介とシエル、口をアングリと開けてその姿を見つめてしまった。
大空に轟く怪声を上げるとチキンハートの指示に従って肩を地面に付けてしゃがみ込み、チキンハートが首の付け根に巨大な鞍を括り付けて行く。
超巨大な爬虫鳥類は最早怪獣の域であり、自然と畏怖の感情を突きつけてくる。
漸く鞍が固定され、チキンハートが搭乗を促してきた。
曲線が大きな鞍にはチャイルドシートのような座席が固定されており、陽介、シエル、姫、そしてチキンハートの順に座った。
チキンハートは身体が大きいことから、直接鞍に跨がっている。
彼は十数メートルに渡る手綱を握ると引き絞り合図をすると大怪鳥ロダンは立ち上がり、羽ばたき始める。
通常の翼竜には乗り慣れ始めた陽介であったが、このロダンの動きは全く別物の様に感じられた。
ゆっくりと動いている様に見えてその実、何倍ものスピードで動いている。
だが不思議な事に風圧を感じなかった。
そのことに疑問を抱いた陽介はチキンハートに質問する。
「この翼竜は乗っていても風を感じないですけど、何か仕掛けがしてあるんですか?」
「それがこの特製の鞍自慢の風結界や。鞍に座ってるもんの周りをドーム状の結界で包んでな? 常時一気圧を保つんや。何しろこのロダンは超音速で飛べるさかいに、本気で速度を出したら乗ってる人間がただでは済まんからな」
「ふえー。超音速! 下手したらF22よりも強いんじゃ」
「こちらにはレーダーが元々ないさかいになぁ。でも飛び道具があらへんから向こうの方が強いんちゃう?」
「比較対照になるってだけでも驚きですよ」
巡航スピードで跳び始めたロダンだが、そのスピードは亜音速に達していた。
今回のルートは直接通廊へと向かうのではなく、迂回ルートを取る事となっていた。
敵勢力に発見される事を怖れての事である。
まずは西部へ向かい海上へと出て海岸線を南下、バン・シュワー湖と繋がる一キロの幅の海峡の横に延びる山脈の陰に隠れながら低空で東へと向かう。
途中、事前に連絡していた場所に待機していた護衛艦に接触、陽介は連絡筒を護衛艦目掛けて投げるとそのままバン・シュワー湖の湖面スレスレを低空飛行で王城へと進んだ。
この辺りまで近付くと貿易の艦船の姿も増えてきた為に目撃される数も増えた。
流石に伝説級の怪異の姿を見て怯える者も多かったが、それらを無視して通廊へと急ぐ。
通廊の姿が見えてきた所でその周囲を注視するが特に警戒されている様子は見えなかった。
陽介がGo.を出すとロダンは翼を窄めつつ速度を上げて通廊へと突入する。
事前に自衛隊が針路を妨げる障害を除けて置いてくれたために次元通廊へとスムーズに入り込む事が出来た。
僅か百メートル程の通廊を抜けるとそこは地球世界PW-01世界と自ら名付けた時間線である。
出口を抜けると金属マテリアル会社の真っ黒なボタ山が目に入り、その陰に塩会社の持つ独特な煎熬缶が数基建っている。
山に半包囲された平地に家々が立ち並ぶ小名浜の町並みが目に入る。
「わぁ、これが異世界。地球ですか」
「Wellcome my home.ようこそ地球へ。チキンハートさん、海上に出てから上昇してください」
「はいよ。それにしても地方都市やからそんなんでも無いのか、過去だからまだ発展していてへんのかのか分からんのがなぁ」
操縦者はぶちぶち呟いていたが、直ちにロダンは羽根を大きく広げると大きく羽ばたき、東の方角、太平洋の方へと針路を取った。
港内には大小様々な船が往来していた為にここで上昇すると強力な突風が船を翻弄して小型艦船ならば転覆の危険性があった為だ。
沖防を越えて沖に出た時点でチキンハートはロダンに上昇を命じた。
翼長40メートルの大怪鳥はそれに応えて大きく羽ばたく、すると一気に上昇を始めて高度を稼いだ。
尋常ではないスピードで高度を上げて行き、気が付いたら水平線が丸くなり蒼天が黒く、星空が広がっていた。
お陰で目標である鎌倉が視認出来た為に迷子にならないで済んだが。
「高い高い高いって。地球が丸く見えてるし、星まで見えてる。こんなに高いとジェット戦闘機でも上がって来られないんじゃ」
陽介が後部のチキンハートに抗議を上げるが、チャレンジャーの顔をした彼は平然と答える。
「ちょっと何処まで上がれるか試して見たんや。ゲームの中じゃ制限があったし、あの世界でも天井があったから一度どこまで行けるか試して見たかったんや」
「まあ、この世界は随分と狭いんですねぇ箱庭みたいですわ」
プラムは平然として周りに見える光景をそう評す。
高度が上がり、水平線が眼下に見える光景を素直に受け取るとそう感じるらしい、もっと高度が低ければ広がる太平洋と本州の山並みが迫力を醸し出すのだが。
陽介の後ろに座るシエルが目を細めて太陽を観察していた。
「太陽がいつもより眩しい。ちょっと近付き過ぎじゃないの? 太陽にぶつかっちゃうかも」
彼女の常識では、太陽は神の化身であって少し離れた空に浮かんでいる物である。
1天文単位離れた場所にある超絶に大きい物体である事など想像もつかないのだ。
それ故、これほど高く上がるとお天道様に衝突してしまうのではないかと危惧していた。
シエルの様子が気になった陽介は彼女の不安が的外れであると告げようと口を開く。
「ああ、大気が薄いから光がそのまま見えて眩しいんだよ。それにUV(紫外線)が減衰されずにいるのかな」
「それってどう云う事?」
「あっという間に日焼けしちゃうって事かな?」
「ちょっ、日焼けはダメ、魔族は死ぬから」
シエルが血相を変えてロダンを操縦しているチキンハートに抗議するが、彼は悠然として答えた。
「UVカット100%やから大丈夫やて。それに神族の光やないし、単に強い光なら魔女なら大丈夫やろ?」
「それは、そうだけどね」
徐々に高度を下げると百里基地からF-15J戦闘機がスクランブル発進してくるのが確認できたので、チキンハートは敵意がない事を示す様にゆっくりと高度を下げて接近して行く針路を取る。
このまま南下すると茨城飛行場と成田飛行場、羽田飛行場に離発着する航空機の障害になる為に西の方角へとエスコートされた。
この時、緊急出動で飛んで来たF-15Jのパイロットはこの時に無線でこう報告している。
『先史時代に居たプテラノドンなどに良く似た形状をしているが、F-15Jよりも遙かに巨大な飛行物体である』
これを聞いた基地指令は相手が高スピードで移動したのをレーダーにて監視していたので、振り切られない様に用心しつつマイクに向かって指令を下した。
『各機、目標は生物である以上小回りが利き、恐らくは高G旋回が可能であろうと思われる。よってエスコートから外れた際には僚機と連携して逃走する事を防ぐように。ふふふふふ、F86Fとは違うのだよセイバーとは』
栃木県・群馬県・長野県・山梨県と山地の上空を飛行し人目を避ける方向での行動ではあったが、現代ではカメラ付きのモバイル機器には事欠かない、偶然にロダンを見つけた通行人たちは直ぐさま内蔵カメラで撮影する。
ソーシャルメディア上では撮影された画像が上げられて画像の正体や現在位置などの様々な情報が行き交い、地上波テレビでは怪獣出現のニュース速報が流れていた。
だが、政府による発表があり、きちんと制御された存在であり自衛隊の保護下にある事を明言すると避難による混乱は収まったが、今度は怪獣に対する興味が強くなりマスコミは自社ヘリを飛ばして後を追い、首相官邸での緊急記者会見が開かれる事態になった。
神奈川県に入った所でロダンはテレビ中継のヘリコプターに接近された。
風圧で撃墜してしまうのを防ぐために暫く平行に移動しながら様子を見、少しずつ離れて行く。
搭乗者の内、陽介とチキンハートはヘリコプターの存在を知っていたが、シエルは自衛隊が使用する戦闘ヘリに痛い目に遭わせられた事があったのか緊張していたし、プラム姫に至っては始めて存在を知ったのでどう対応するか迷っていた。
彼女は鬼族とは違う翡翠の様な細長い角を煌めかせて魔法で攻撃すべきか、すべきではないか、見極めていたのだ。
ちなみに彼女は龍族と云う種族であり、モンスター側では高貴な種族として自負している、とNPC時代には設定されていた。
鬼族は電撃を操ると云う種族特性があり、龍族は火炎若しくは水流を操る種族特性を持っていた。
陽介は後部座席で剣呑な事を考えているプラム姫を宥めて前方の鎌倉方向を見る。
色々な種類のヘリコプターが密集しているのが見えたのでウンザリしたが、何とかそれらを避けて自衛隊が確保していてくれた公園の広場に着陸する様にチキンハートへ指示を出す。
大きさの所為で鈍重に見える動作で巧みに障害物を避けると、ロダンはふんわりと着地に成功した。
その滑走距離は僅かに10メートル、ヘリコプター並のSTOL性能である。
降着姿勢をロダンに取らせるとチキンハートは先に降りてプラム姫とシエルの手を取りエスコートした。
「ありがとう、チキンハート殿」
「いえいえ、当然のことですわ」
「助かる、衝撃は禁物なのでな」
「折角大きな体を持っとるんやし。当然や。男は自分で何とかしぃ」
「分かってる、サ!」
気合いを入れて首の高さから飛び降りた陽介は両足から着地し、ちょっとよろけたが何とか転倒せずに済んだ。
そこへ自衛隊のトラックが接近してくる。
「長田陽介氏ですな。陸上自衛隊の宮本一等陸尉です。前田元首相の屋敷まで案内せよと命令を受けております。ご同道を」
「ありがとうございます。マスコミの関心を引いてしまったようで難儀していました」
「まあ、当然そうですな。それよりこの怪獣ですが、暴れないでしょうか」
「大丈夫ですよね? チキンハートさん」
「せやね。ただ、このままだと目立つし不安感を与えるやろうから『寝そべって擬態せよ』」
チキンハートが命令すると丸くうずくまったロダンは小さな丘の様な形状に変わり、表面を周囲の土質に合わせて擬態した。
監視し続けていたのならそれがロダンである事を認識する事が可能であろうが、初見では不可能であろう。
もっとも、何故こんな所に土の山が出来ているのか不思議がるだろうけれども。
一応刺激しない様に伝えてから彼らは自衛隊のトラックに乗り込む。
幌を被せた車体に背の高いチキンハートも難なく乗り込む事が出来、目的地である前田元首相の住処、通称鎌倉御殿へと向かう。
表向き政界から引退した前田槍次郎であったが、魔王討伐前に創設し、陽介が地球側に残してきた頭脳集団によって運用されている財団法人・異世界交流基金から得た政治資金によって今も政財界に強い影響力を持っていた。
次元通廊が閉鎖される前に陽介の意向を受けて活動方針としていた頭脳集団は事件通廊閉鎖後に株価が急激に下がった会社の株を買い支えて技術と情報が消失する事を防ぎ、尚克つ通廊再開通後を睨んで雷力石を活用する体制を構築していたのだった。
流石にこれほど長く断絶する期間があるとは思っていなかったが、何とか資金繰りが付いている内に再開通が叶った事は幸いであった。
当然、株の購入による支配権の構築も済んでいる。
現在は雷力石の輸入には陽介の関わった合弁会社が必ず関わっているし、発電基本技術の特許も取得しているので発電設備が作られる程に費用が回収出来る。
本社は日本側にある為にアクアマンデ王国を掌握した洋士と言えども簡単に手出しは出来ない状態にあった。
陽介が王国で暮らしていた頃には王国の発展こそが自分への報酬だとして、役員報酬のほぼ全てをアクアマンデ王国に投資していた為に陽介の手元にはお小遣い程度の金しか入らなかったが、実際は経済情報誌に名前が挙がる程の大富豪である。
政変後の役員報酬は口座を作ったメガバンクへと貯め込んでいるので、自由に出来る資金も潤沢だった。
ちなみに税金は法律に則ってしっかりと払い込んでいる為に、透明性は確実であって税務署に突っ込まれる事はない。
前田は財団法人から政治資金を受け取り、引退後は鎌倉の老人を気取って黒幕っぽく活動を続けていた。
何しろ勇者として自らの体を張って守った世界である、愛着は人一倍であった。
そして自らの事を『御爺様』と慕ってくれていた陽介の子供達への可愛がり様は血の繋がりがない事が信じられない程に孫馬鹿であった。
よって現在の王国に対する憤りも凄まじい物があり、鬼気とした勢いを以て地球各国に対するロビー活動を行っているのだ。
そんな鎌倉御殿に陽介一行は顔を出した。
玄関前で下車した彼らはそこで前田の出迎えを受けた。
魔王戦で痛めた腰痛により杖こそ突いている物の矍鑠としたものであり、彼ら一人一人の手を取って歓迎の意を示した。
もっとも最後の一人とは素直に行かなかったが。
「良く来なすった、元勇者の前田槍次郎だ」
「元、勇者。私は……元、魔女娘の『白き悪魔』だ」
「! む、そうか。魔王を討ったのは私であり、君はその魔王の娘。私は君の敵と云う事になるな」
「ああ、随分と弱っているじゃないか、今の貴方なら私でもひとひねりで潰せるのじゃないか?」
「ほっほっほ、確かに、寄る年波には敵わぬよ。仇を取りたいのなら取っても良いが、今暫く待って貰えんか? あと少しだけ、やらなければならないことがあるでの」
「ふん、魔王が勇者を倒すのは義務であり、勇者が魔王を倒すのは必然だ。その事自体については文句を付けるつもりはない。それに、彼の提案は私が率いる魔族の将来に関わる事、それを反古にしてまで仇を取る必要を私は認めない」
「ふむ、陽介から連絡を受けて手配は済ましているがの。本当に良いのか?」
「今の私は」
そこまで言って口篭もると、陽介を見てニヤリと笑う。
「今の私は長田陽介の子供を産む一人の女に過ぎないからな。陽介の子供達が御爺様と呼び慕う相手にどうこうする積もりはない」
「魔族と人間の間には子は成せない筈だが?」
「陽介はサキュバスに襲われ魔族の因子を植え付けられ魔族寄りに、私こと魔女娘は人間の中で暮らす為に人間寄りになっていたからな。ほとんど奇跡のような確率だよ。お陰で魔族の者達を説得する手間が省けたのだから僥倖と言えるのだろうな」
「ほほぅ。天照大御神と須佐之男命の関係に似た風習かな。ならば私の方には何の問題もない。ようこそ私の屋敷へ、歓迎しよう」
「ま、次世代の魔王の父親にはそれなりの権限が発生するからね。歓迎されよう」
こうして屋敷に上がった一行、お約束の如く土足で上がりそうになり、その事を指摘され屋敷に上がり靴を脱ぐ事に抵抗を示したプラムとシエルの姿があった。
ここで今後の地球と異世界の運命を決める会議が開かれる。
和室では正座が厳しいので洋室にて行われる事になった。
そこで決められた方針と手段、それらが今後彼らが取る道を決めた。
会議が終わり部屋に案内される前に陽介は携帯で家族に連絡した。
「父さん、オレオレ」
『オレオレ詐欺なら、陽介か? いつ戻った。いや、あの騒ぎはお前か』
「敵の目の前を突破しなくちゃならなかったんで。それでちょっと時間を稼がなくちゃならなくなったので、例のリストを使用して下さい」
『海外組は既に日本に集めてある。いつでも行けるぞ』
「そいつぁ、で、合計何人ほど?」
『驚く無かれ、二百人ばかり確定した。DNA検査も済んでるぞ』
「わはは。予想通りかぁ。では、当人の許可も貰ってあるんで送り出して下さい。メールで動画も送るから」
『応とも。船便はチャーターで、異世界交流基金名義でな』
「お願いします」
こうして池面洋士が地球にいた時代に作りまくったシングルマザーとその子供達がチャーター船でアクアマンデ王国に送り込まれる事になった。
目的は王宮の混乱と時間稼ぎである。
実は集める際に少々手間取った。
何故か、恐らくはそこに惚れられる魅力があったのだろうが、フリーターで拠点を定めない風来坊な生活をしている彼には家族と云う枷を填めずに自由であって欲しい、そう言って募集に応じない人数が多かったのである。
もっとも池面の母親が説得したところ約半数は集める事に成功したのだが。
それはさて置き、この屋敷は御殿の名が付いているだけあって日本の家屋にしては破格に大きい。
流石に露天ではなかったが、風呂の設備も大きい為にオーガーの体格を持つチキンハートも余裕を以て入浴する事が可能であった。
陽介が広い風呂桶に浸かっていると、タオルケットを持ったチキンハートが入ってきた。
以前、陽介とチキンハートが世間話をした時に『軍隊みたいな軍事組織に所属していた』と言っていたので『ああ、自衛隊にいたのか』と陽介は思っていた。
なるほど、このアバターも筋骨隆々であり、軍人らしい動きをしているなと思える次第である。
彼は掛け湯をするとそのまま洗い場の床に座り込んで身体を洗い始めた。
時折、元の身体の動きが出てしまうのか、髪を洗う動作をする時に今の短髪よりも長い所を洗おうとして空振りしているのはご愛嬌と云う所だろう。
チキンハートが湯船に浸かろうと寄ってきた時に陽介は湯船から上がる。
「おや、もう上がりでっか?」
「ああ、僕は掛け湯をした後に暖まってから身体を洗う派なんで」
「ほうでっか、ごゆっくり~」
陽介はタオルで前を隠さずに堂々と洗い場まで歩き、洗い場の椅子に座る。
湯船の方はチキンハートの巨体が入ると一気に湯が溢れて陽介の足下まで流れてきた。
思わず陽介が湯船を見るとチキンハートが片手で謝罪のポーズを取っていたので思わず微笑んでしまった。
暫く身体を擦っていたのだが、チキンハートが何やら興味深そうに自分の事を見ているような気がしてならなかった。
サッと振り向くと両手を合わせて目を見開いて凝視しているのが見えた。
「何か?」
「ああ~、気に障ったならすんまへん。いやー、ほら、それが二桁の子供作った伝家の宝刀かと思うと思わず御利益が有らせんかなと拝んでしまった次第ですわ」
「半分は人工授精みたいなものですよ。それにサイズで言ったらそちらの方がご立派でしょうに」
「それなんやけどなー、相手がおらへんで、宝の持ち腐れっちゅーやつでんな」
「ああ、なるほど。僕のを三八式とすると貴方のはRPG位有りますからね。うーむ、それにしてもアンゲの身長は貴方の物と同じ位有りますけど、相手は決まっている様な物だし。難しいですね」
「せやろ? まあ、こっちの世界に来たら解決策は出て来たんやけどな」
「ほう? 何があったんで?」
「ふっふっふ、ステータス画面にアバターの解除っちゅー釦が出たんや。これで最低一度は元の身体に戻れるはずや」
「おー、おめでとうございます。戻らないんで?」
「今アバターを解除してまたこのアバターに戻らへんかったらロダンの騎乗が出来へんやん。まあ、モンスターパレードに戻ってからやな」
「それでは楽しみにしてましょうかね」
風呂から上がり、水分補給をして扇風機の前で涼んでいると、女性陣も風呂から上がってきたのか上気した顔で居間で茹だっていた。
陽介が風呂の習慣を広めたとは言えアクアマンデ王国では未だに風呂は一般的なものでは無かったし、モンスターパレードの世界観でも入浴の習慣がなかった様で、風呂から上がるタイミングを間違えたようだった。
それでも一時間もすればすっきりした顔で起き上がってきて、夕食の席では酒精も入って上機嫌になったファンタジー組一同であった。
寝室は男性女性に分かれており、男性陣は日本人だから問題はなかったのだが、女性陣には少し文化衝突が発生していた。
彼女たちの入った部屋には布団が敷かれていたのだ。
靴の文化である彼女たちに取って、床とは地面の延長であって、そこに寝転がるなどはしたない行為として受け取られたのだ。
もちろん野営の際にはそれもあろうが、屋内でそれは考えられない所業として映ったのだ。
いきり立って陽介達を連れて来て『これはどういう事だ』と詰問したのだが、彼らにとっては普通の事だったので最初の内は要領を得ない会話になってしまったのは仕方がない所だろう。
頭から角を生やして怒りの表情を浮かべる女性達の剣幕に辟易した陽介であったが、何に怒っているのか理解したら対応策も思い浮かんだ。
「あー、ふたりともベッドで寝る時以外は靴を履く文化だもんな良く分かった、う~ん、小さい頃にさ、こう思った事はないかな? ベッドの上では靴を履かずに済む、お部屋全部がベッドだったら楽で良いのにって」
「あ~、あったかな」
「ええ、そんな事もありましたわね」
「この屋敷は玄関から上が全部ベッドみたいな物なんだよ。だから靴を履かずに靴下で上がるし、ベッドにマットを敷くように布団を敷くんだ。こういう文化も良いもんだとは思わないかな。有る意味子供の頃の夢が叶ったみたいな」
「な~る~ほどねー。うん、確かに」
「それならば理解出来ます。ちょっとワクワクしてきますね」
「でしょ? 余所の文化を楽しむのも旅の醍醐味と思えばこう云うのもアクセントみたいな物でしょう。ゆっくりとお休みして下さい」
「分かったわ」
「分かりましたわ」
「それじゃあ、良い夢を」
そう言うと陽介は部屋を隔てる襖をパタンと閉めた。




