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第26話 「ゴール!   しても、良いよね?」

 異空戦騎パラレルワールド大競争


 第26話 「ゴール!   しても、良いよね?」


 陽介は早朝に目を覚ました。

 この時間であってもグウェンディロンは寝床を抜け出していた。

 以前に妻として寝顔を愛する夫には見せられない、と彼女は陽介に云っていた。

 その時陽介は凄いものだと関心仕切であったのだが、一度もそれを崩さなかったのだから大した物である。

 彼が着替えて食堂へ行くと娘達がテーブルに就いて待ちわびていた。

 皆の食事を前に爛々とした顔を見て、待たせてしまったなと思いつつ陽介はテーブルを見渡した。

 すると、グウェンディロンの姿がない事に気づく。

 それとなくエマに確認すると朝早くに用事があるからと登城したと云われた。

 早速効果を表し始めたのだろうと推測できた。

 気を取り直すと、娘達に頂きますと声を掛け、食事を始めた。

 娘達も9歳と7歳になり、以前の様にテーブルが汚れるような食べ方はしなくなったのだが、まだまだポロポロと取りこぼす事も多く、目を離せない。

 いち早く食事を終えてコーヒーを飲みながら皆が食べ終わるのを待ち、声を掛けた。


みんな良いかな?」


 珍しく朝食の時に声を掛けて来た父親に珍しい事もある物だと娘達は目を向けた。


「今日から僕は北方の調査隊に参加して当分戻らない。もしかしたら随分と長い事になるだろう、君たちに顔を忘れられてしまうんじゃないかと心配になっちゃうな。だからエマナとガイア、アルケー、ナネニー、マメミム、お母さんを支えて上げて欲しい。普段の生活の方はエマさんの云う事を聞くこと。僕の心配は皆がちゃんと成長して行って欲しいと云う事だからね。そしてお母さんを支えられるのは君たちだけだ。まあ、特に気張る事はない、楽しく生活して貰いたい。じゃあ、行ってくるよ。サヨナラ」

「「「「「お父さん行ってらっしゃーい」」」」」


 陽介は食堂を出てトイレに行き、長期旅行用の服に着替えると玄関に向かった。


「旦那様、何故あの様な挨拶を?」

「ああ、エマさん。留守の間は頼みます。子供達を守ってやって下さいね。もっとも今までも頼りっぱなしだったから今更って気もしますけどね」

「出掛けに『サヨウナラ』って、一体どうしたと云うのです。まるで帰って来れない様ではありませんか」

「ふぅ~む。なんて云うか、帰ってきても居場所が無くなってそうだからね」

「私がいる限り、そんな不埒な事はあり得ませんけれども?」

「その内にグウェンディロンが勇者を連れてこの屋敷に来る事もある筈だから、その時に君も理解するんじゃないかな。それに調査行も大変そうだし、万が一の事を考えるとね。それで君という女性を信じてこれを預けておく。必要な時に使って貰いたい」

「これは、クレジットカードですね?」


 陽介は蝦蟇口の長財布から黒いクレジットカードを取り出すとエマに手渡した。

 未だに初期銀行レベルの金融機関しか無かったアクアマンデ王国であったが、日本がアクアマンデ王国に進出して来て以来、地球世界にあった金融機関が支店を出しており少しずつであるが取引も始まっていた。

 陽介はアクアマンデ王国で産出する雷力石の交易を取り仕切った時に、地元の鉱山会社と日本の大手鉱石会社で作った合弁会社を用いて行う様に取り決めたので、こちらの鉱山会社への交易資金と役員報酬、そして雷力石での発電方法の基本特許料の取引を進出して来たメガバンクにて行っていた。

 こちらではまだまだキャッシュカードもクレジットカードも普及していないが、日本人との交流も多いエマはその存在を知っていた。


「確かに預かりました。私の判断で使っても宜しいんですね?」

「僕はエマを信用していますから、じゃあ改めて、よろしく頼む」

「承知いたしました。それと、女としてご褒美を貰えればもっと頑張れますけど」

「ふむ、じゃあ遠慮なく頂きます」

「え? ふむぅ」


 エマはこれまでどんなに挑発しても手を出して来なかったので陽介の事をそう言う事が嫌いなのかと思っていた為に油断していたのだろうか。

 突然、自分の腰を引き寄せて口中を蹂躙し始めた陽介に目を白黒させていたのだが、ようやく状況を把握して彼を受け入れようと、した所で彼は離れていった。


「え? あ、え?」

「ごちそうさまでした。次のご主人様には優しくして貰いなよ。じゃあサヨナラだ」

「バカ、莫迦、馬鹿ぁっ!」


 あっはっはと笑い声を上げながら陽介は屋敷を去った。

 部隊との集合場所は駐屯地になっていた。

 ここには北方へと通じる幹線鉄道の起点終端ターミナル駅があるのだ。

 線路幅は以前は広軌であったが、現在は標準軌に改軌して鉄道を走らせている。

 計画では港まで延伸し、市街地の中の大通りを拡張した上で路面電車を引き、直結する線路を電化した後に近郊都市を結んだインターアーバンにする予定だそうだ。

 取り敢えず国家間を結ぶ幹線は非電化であり、ディーゼル機関車に曳かれた荷客車が連なっている。

 線路の継ぎ目毎にゴトンゴトン、ゴトンゴトンと揺れるボギー車の振動が眠気を誘う。

 取り敢えず大佐に面会すると、自分は軍人なので政治的判断は全て陽介に任せたと云われてしまったが、それほど嫌われてはいない様であった。

 この鉄道はオミスインフ公国を越えて反対側の元魔王の領域にまで延びていた。

 元は前線へと兵站線を届かせる為に作られた臨時の急造線だったのだが、戦後に整備されて北方へ狩りに出かける冒険者の足として利用されていた。

 しかし、冒険者が汽車で移動すると云うのは異様に違和感を感じさせる描写である。

 この列車は軍事特別列車である為にノンストップで目的地まで移動が行われた。

 北の終着駅は鉄道の線路が途切れているだけで、ほとんど何の施設もない場所である。

 鉄道の客車からタラップを使って地面に降りた兵隊達は整列し、一路北へと向かう。

 陽介も一緒に降りたのだが、流石に鍛えた兵隊と一緒になって歩いてもへばってしまうので、久々に折り畳み自転車を取り出してそれに乗って移動を始めた。

 以前なら物凄く驚かれるか不審がられる様な行為だったが、様々な機械に慣れた現在の王国人では珍しい物に乗っているな位にしか思われない。

 やはり人は慣れる生き物なのだ。

 問題は指揮官であるD・プリオン大佐の興味を引いてしまった事だろうか。

 何しろ自転車は馬の様に飼い葉がいる訳でもないし、自動車の様に燃料が必要な訳でもないのだ。

 もちろん彼の乗る馬車に併走しながら簡単に説明したのだ。

 となると当然次の様な展開になるだろう。


「それは我が輩にも乗れるでしょうかな?」

「訓練が必要です」


 陽介はキッパリと云う。

 D・プリオン大佐の年齢は貴族出身の士官と云う事で三十代前半でそこそこ若いが、自転車に乗るのは慣れである、慣れれば乗れるし慣れられなければ乗れない。

 それを説明して転んだときの怪我は落馬した時程ではないが、打ち所が悪ければ骨折も有り得ると言って予防線を張ったのであるが、それでキラキラした瞳を抑える事は出来なかった。


「では我が輩に訓練をお願い申す」

「今は駄目です」

「何故でありますかな? 行軍の最中に訓練してしまえば無駄が無くて宜しいでしょう。徹底的に無駄を省く日本の企業に我が輩は感銘を受けたのですぞ」

「理由は幾つかあります。一、訓練には平坦な場所が必要であり、この轍のある泥の街道では難しい事。二、訓練しながらでは行軍の速度よりも遅く、結局全軍の速度が落ちてしまう事。三、指揮官が負傷すると士気の低下を招き、また、王都での貴方の外聞が悪くなる事。等でしょうかね。夜営地までは我慢なさって下さい。ちゃんと訓練しましょうよ」

「そう言う事ならば納得です。説得力がありますな、その弁論は」

「箇条書きは物事を整理して考えて分かり易く説明するのに向いてますからね。日本の企業の文章などでは多用されていますよ」

「ほほぅ、なるほど。道理ですな。今夜の夜営予定地までは後僅かです、ご教授よろしくお願いしますぞ」

「分かりました」


 と言って着いた夜営予定地で兵達が天幕を張り、食事と夜間照明(カセットガスを使ったランプ)の設置を行っていた。

 その脇でサドルの高さ調整をして暗くなるまで特訓が続けられた。

 尚、流石に鍛えた軍人だけあって運動神経は抜群で、ものの数時間で運転を身に着けてしまった。

 これならば道中で教えても大丈夫だった、と陽介が言うと「いえ、それでは妙な癖が着いて後々に困った事になったでしょう。貴方の判断は的確だった」と反論されてしまった。

 そこで話が弾んで昔の日本には銀輪部隊と云って自転車で移動する陸戦部隊がいたのだと知識を披露すると彼の目が輝いた。


「この自転車はお高いのですかな?」

「えー、道路の整備された都市部でのみ走らせられる物なら一万円からありますが、軍用に使えるタフな折りたたみ自転車だと五万円以上はするかと思いますが」

「安い! 馬匹や自動車を揃えてインフラを整えるよりも格段に安いではないですか。これは検討の余地がありそうですな」

「あはは、そこはそう、自衛隊の方にでも確認して下さい。良い点もあれば悪い点もあるでしょうし」

「当然ですぞ。それに機械の整備は習うより慣れろと云うらしいですな。大量に運用をすれば整備の機会も増え、機械音痴の者達にも機械に触れ、慣れる良いチャンスになります。これは是非とも検討すべき用件だ」


 些か興奮気味に折り畳み自転車を観察するD・プリオン大佐を苦笑して見ている陽介だったが、自分用の寝袋を地面に敷き、蒸着のアルミフィルムの保温具を身体に掛けて睡眠の準備をしようとしたが、またもやD・プリオン大佐が銀色ピカピカな『布』を見て、そしてこれは知っているとばかりに自信ありげに言った。


「おお、これはアルミフォイルですな? 芋を焼く時に使う物だと聞いていましたが、そうですか寝具にも使える物なのですな」

「いえ、残念ながら違います。アルミホイルはアルミの板を薄く薄くうすーくした物ですが、これは丈夫なビニールにアルミニウムを薄く蒸着……鍍金? させた物なのですよ。薄く軽いのに空気を全く通さないので身体に巻き付けると冷たい外気を遮断して暖かく出来るのです」

「ほうほう、些か目立ち過ぎるのが難点ですかな」

「ええ、元々民間人の野外遠征や趣味の登山などで使う物ですから隠蔽に関しては度外視されていますので」

「いやあ、本当に貴方達の世界の物は便利に出来ているのですな」

「こう出来れば良いな、ならばこうしよう、これは無理っぽいな、いやこうすれば出来る、そう言って改良を続けて数百年、随分と進歩したのは一部の天才の努力と大多数の平凡な人たちの努力の結果です。両方なければここまでには到達できなかったと思われます。まぁ、僕はそれを利用しているだけのただの人なんで大した事はない訳ですが」

「本当に? 貴方の名前は各方面に残ってますよね。冒険者ギルドに外務省、商業ギルドに王家の次世代の父親、なんだかんだ言って、貴方が歴史を動かしている人物の一人だって事は冷静に社会を見ている人間にとって自明の理と言う物なんですよ? 第一、日本政府との間の意志疎通がスムーズに行ったのは先代勇者の力だけではなく貴方が苦労して共通語を覚え書いた翻訳ノートのお陰だし、雷力石の利用法を発見しパテントを有し、鉱山に打ち捨てられた屑魔石を宝の山に変えた貴方の人脈と利権の数々。王配なので公金として国庫の方へと編入されていますが、本来なら貴方が個人的に自由に運用出来る金額はこの国の国家予算の二十分の一に匹敵します。円建てでね。王配がどうのと関係なしに貴方は重要人物なのだというのに」

「自覚は、してないかな」

「密命が下されているのですよ。封書を開ければ私はそれに従わなければなりません。貴方は逃げるべきだ」

「うわっ、もうそこまで浸食されていたか。だけど忠告されたのは嬉しいな。だが、逃げると酷い目に遭うのは経験から知ってるからさ、最悪、俺だけで例の領域に向かう、それで任務完了にすれば良いよ。直接手を下すよりはが楽じゃないかな?」

「この場合の密命と言えば暗殺ですから、ふむ、確かに。失礼ですが貴方は強くない、噂によるとスライム以下。知っての通りこの言い回しは『テンで駄目、箸にも棒にも掛からない』って言う意味合いのある物であります。我が輩も何故女王陛下がこの様な事を」

「ああ、それは新しい勇者が召還されたからだよ。あの人は昔から学校で先輩後輩の間柄なんだけど、小さい頃から女性にモテモテでね。何か変な匂いでも出てるんじゃないかって考えてしまう程なんだ。それが若かろうが熟女だろうが、フリーだろうが既婚だろうが、直接会って会話した女性の九割九分は恋に落ちて、恋の邪魔になる障害を排除しようとするんだ。もはや本能的な行動なんだろうね」

「なんとも。本当ですか?」

「貴方に奥さんか恋人が居るなら、絶対に会わせちゃいけないよ? まるで男に都合の良い物語の主人公みたいな境遇さ。それでいて一度結ばれると『この自由な人を私みたいな女に縛り付けちゃいけない』って言って離れて行くんだけど、お陰で先輩は自分がもてない男だと勘違いしているらしくて、積極的に女性にアプローチして行くんだよ。離れた女性は別れても先輩だけを想い続けて一人で子供を産んで育てるのが多いかな。この前、先輩の実家に行ったらその数は50人を越えていたそうだ」

「空恐ろしい災厄ですな。我が輩も気を付ける事にしましょう。ご忠告、感謝を」

「良いって、俺は初恋の人から数えて合計五人以上持ってかれてしまっているからな。もはや慣れの領域だよ」


 あはは、と乾いた笑いを浮かべて陽介は泣いた。


 翌日、領域に近づいた一行は内部に存在する城塞都市を刺激しない様に障壁の手前五キロで停止し、政治代表の陽介と軍事代表のD・プリオン大佐が二人で並んで障壁の前まで騎馬と自転車で移動した。


「あ、白い布あったかな?」

「白い布? スカーフだったらあるが」

「このヒノキの棒に結んでも良いですか」

「構わんよ。それは降伏の意志を示すしるしだったのでは?」

「いや、戦闘の意志はない、と言う意味ですよ」「ほほぅ。つまり停戦交渉員の役割だと」

「ええ、まあ、やらないよりマシ。やって損はない位の意味しかないですが。何しろ白旗の意味が通る文明圏かすら分からないですから。しかし良かったですよ、これを借りれなかったら俺の白いフンドシでも下げようかと思ってましたからね」

「流石にそれは……」

「ですよねぇ」

「まあ、あの安価な下着が出回ったお陰で毎日下着を履き替える習慣が我が兵士の間にも流行し、冒険者ギルドが増設している蒸し風呂の施設も導入した結果、軍人の持病インキンタムシが楽になった、良くなったと云う意見が増えたから大いに助かった。ありがとう」

「それは何よりです」


 外部から観測された地形データーの情報より、城塞都市の正門から伸びている石畳で出来た幅広の街道が障壁の所で途切れているのだが、そこには白い看板が立っていてインターホンが着いていた。

 非常にシュールである。

 白い看板には『城塞都市モンスターパレード・冒険者ギルド支部に御用の方はお押し下さい』と書いてあった。


「日本語だ」

「ニホン語だな」

「少なくとも白旗の意味は通りそうだ」


 インターホン自体は駐屯地の建物に行けばそこかしこに見られる為に、駐屯地へ行き訓練を受けた軍人ならばその存在を知っている。

 D・プリオン大佐も当然の如く知ってはいたが、こんな場所に存在する理由を理解出来なかった。


 陽介は躊躇いながらもインターホンの釦を押す。

 キンコーン♪、とチャイムが鳴るとスイッチを操作する音が聞こえて可愛らしい声が聞こえてきた。


『只今留守にしております、御用の方はピーと言う音の後にご用件をお話下さい』

「留守?」

「どうやらマトモに取り合う気がないようですな。これは敵対行為と見なして」

『お待たせしましたっ! ちょっと所用で席を外していて、済みませんでした』

「あー、初めまして、私、長田陽介と申しますが、代表者の方は居られますでしょうか」

『へ。え、えっとア、アポイントメントは』

「申し訳ありません、飛び込みなんですよ。どうにも電話番号が分からなくてカッコ笑い、よろしく取り次ぎの程をお願いします」

『ちょっちょっとお待ち下さい? ギルド長、ギルド長ーっ!』


 インターホンの向こう側でガヤガヤとした話し声が聞こえてくる。

 どうやら組織だったギルドが存在するらしい事はこれで判明した。


「所で大佐はエルフ語は喋れますか?」

「うむ? 我が輩も一応教養として習っているが。何故に?」

「日本人て外国語に弱いんですよね。ちょっと精神的に、ね」

「ほほぅ。お主もなかなかいたずらっ子ですな。宜しい、朗々たるエルフ節という物をお見せしましょう」

「お願いします」


 そのまま待つ事数分間、インターホンの前にはD・プリオン大佐が立ち、陽介は少し離れた所に待機している。

 ガサゴソとマイクをいじる音が聞こえたかと思うと、向こう側の音声が入って来た。


『お待たせして申し訳ありません。えー』

「ティーチウ・ミ・ラ・アル・キーオム」

『え? え? え? 英語? あ、あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ』

「ダンコン チュ・ヴィ・エスタス・ノーモ?」

『お、おい。誰か英語が出来る奴いないか?』

『英語は出来るけど、これ英語じゃないっすよ。現地の言葉何じゃないですか?』

『うわー、困ったな。第三種接近遭遇で言葉が通じないと疑念から敵対してしまう場合が』

『そう言えばメンゴ、さっき受付したのお前さんだろ。さっきも喋れたんだったら』

『さっきは日本語喋ってたんですぅ~。大阪弁だって喋れないのに外国語なんて分かりませんよぅ』

『何やお前、大阪ん事馬鹿にしとるんか』

『違いますよぅ』


 マイクの向こうは実に大混乱である。

 調子に乗った大佐は拳で軽く胸を連続で叩きながら強制的に震わせた声を出し、日本語で言った。


「ワ・レ・ワ・レ・ハ・ウ・チュー・ジ・ン・ダ」

『ウチュージン? 宇宙人やてぇ~っ! って日本語やないか~いっ!』

「おお、これが本場のノリ突っ込みか。ハッハッハ」

『ハッハッハやないわい。怒るで、ホンマ』

「まあ冗句はここまでにして。陽介殿」

「どうも、長田陽介です、この大陸の西部中域にあるアクアマンデ王国から政府の代表として参りました。お目通り願いたい」

『あ、はい。えーと、本当に?』

「女王陛下の命による物です」

『日本人やろ』

「トリップ系異世界物ですね」

『ん、とりま迎え出すんで、ちょ~まっちょって』

「了解しました」


 そう応答が終わるとインターホンのスピーカーが切れた。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「オーガーが出るかスネークが出るか」


 陽介はそう言ってこの障壁の中に籠もっている正体不明の集団の出方を待った。

 正直日本語を使うような集団である事に疑問がないでもなかったが、今までの経験から普通考えられる予想の斜め上を行くのがこの世界の特徴と言えなくもない。

 その場に立って迎えの者を待った。

 日本人らしき集団である、知らぬ間に通廊を抜けて集団疎開した訳でもあるまいし、正直何なのかは分からない。

 とにかくしばらく待つと街道の向こうから二つの影の姿が見え始めた。

 やけに大柄な人影と縦に長いスリムな人影である。

 近くに寄ってきて陽介は驚愕した。

 障壁の向こう側、目の前に立っていたのは二本角の生えたオーガーと蛇の頭を持つスネークマン? であったのだ。

 それを見て取った陽介は面食らった。

 自分が口にした事とは言え、まさか両方共本当であるとは予想もしなかったのだ。

 その圧倒的な迫力に大佐は腰のサーベルに手を掛けて臨戦態勢を取り、陽介は後退った。

 障壁を挟んで二つの二人組は対峙し、お互いの出方を観察する。

 その内、オーガーがれたのか口を開いて質問してきた。


「あんさんらに質問がありますのやけど」


 頭に二本角と云う風貌はどことなく魔王の物に類似する。

 陽介たちの緊張をどう解釈したのか、ペコペコと頭を下げだしたオーガーに二人は呆気に取られた。


「怖い顔してすんまへんねー、で質問やねんけど、あんさんらはプレイヤーでっか? NPCでっか? それともGM? ネットマナー的に聞いちゃいかんのはわかっちゃいますけど、大事な事なんや」


 元よりD・プリオンには理解不能な質問であったが、陽介にもイマイチ要領が掴めない質問である。

 何しろ彼の知っている現実には体験型RPGと云ってもHMDか大型ディスプレイを使い、剣の形をしたコントローラーを振り回す位の物しかなかったのだ。

 一応MMOと呼ばれる物はあったが、ディスプレイの中にある物しか経験がない。

 知識の中には、先進技術が実現した未来にVRMMOによるデスゲームやログアウト不能を想定した小説はあったのだが。

 取り敢えず陽介に言えることはこれだけだった。


「プレイヤーでもNPCでもGMでもないよ。ここは現実世界だからね。もっとも異世界と云う前提が付くけど」

「うーん、詳しい事を聞きたいんやけど、ギルド本部まで来て貰えます?」

「俺は構わないよ」

「我が輩も問題はないのだが、そろそろ時間なのでな。一度部隊に戻らなくてはならない」

「ああ、もうそんな時間でしたか。一応護衛の任は済んでますし、以降は彼らのやっかいになるという事でお願いします」

「了解仕った」

「と、云う事で俺一人だけど宜しく」

「構わへんで、一名様、ごあんな~い」


 オーガーが手を振ると障壁に四角い枠が出現し、其処だけが障壁のない空間となる。

 恐る恐る忍び足でその境界を越える。

 すると彼の眼前に派手なアクションと共に装飾された文字が踊り、こう表示された。

 Welcome new comer!


「立体映像?」

「あー、VR技術なんやけど、そうも見えるわな。って、あかん」


 突然オーガーが何か忘れていたのを思い出したように大声を上げた、陽介もそれに驚き聞き返す。


「なにが?」


『当ギルド内に指定会員以外の者が進入する場合、当ギルド要員との決闘によりその資格を審査させていただきます。モンスターパレード城塞都市制令・強制履行』


 今まで喋っていたオーガーとスネークマンの姿が新たに発生した白い壁によって掻き消え、いきなり目の前に文字が表示されて警告文が流れたかと思うと、目の前の空間が光り輝き人間? が出現した。

 トンガリ帽子にマント姿、それだけ云えば魔女の姿と云う事になるのだろうが、ミニスカ、ロングブーツにヘソ出しルックのチューブトップと来れば萌え系魔女っ姿に相成る。

 色彩は黎明期に流行った原色系の物ではなくパステル系なので、ここ近年の代物なのだろう。


「呼ばれて飛び出てジャンジャカジャーン♪ モンスターパレードの白き悪魔とは私の事だよーん」


 実に微妙な空気が発生した。

 陽介は眉間を揉みほぐしながら、ポーズを決めつつリアクション待ちをしている少女をもう一度見る。


ふるっ!」

「何言ってんですかっ! リバイバルですよリバイバル。『アクション大魔~女』って言えば西暦2070年代の最高傑作じゃないですか。まだ10年も経っていませんよ」

「新しい?!」

「当然です。では改めて、えへん。呼ばれて飛び出てジャンジャカジャーン♪ モンスターパレードの白き悪魔とは私の事だよーん」

「ギャグをやって良いのは一回だけだよね」

「ギャグじゃないっ! とにかく勝負よ! 私に勝てなければここを通すわけには行かないノダ」

「言葉のセンスが男っぽいんだけど」

「中の人などいなーい! って言うかリアル割れするから、聞かないのがネットマナーって奴でしょうが」

「しかし、白き悪魔ですか。その名前を使うのはちょっと」

「私のパーソナルネームにケチを付けるんですか? 許せませんね」


 そう言うと握っていた身長程もある魔法の杖を握りしめると正体不明の素材で出来ていたそれがバラケて鞭の様になった。

 軽く手首を振るうと鞭は大きく動き、先端の速度は目で追うのもやっとだった。


「行っくぞーっ! 『決闘デュエル領域エリア展開アンフォールド』 正々堂々勝負だ」

「ちょっと待った」

「ナニ?」

「ルールが分からないんですが」

「はぁ? VRMMOにログインしているのにそんな事も知らないで良くゲームが出来るわね」

「いや、ヴァーチャル技術は開発途中ですし、大体ここは現実なんですってば」

「あっはっは、そんな馬鹿な事ある訳ないじゃない。ちょっとログアウト出来なくなっただけ、GMの怠慢でしょ。まあ良いわ、とにかく闘って、相手のHPをゼロにすれば勝ち、普通の対戦ゲームだってば」

「ヒットポイントがゼロになったら死んでしまうのでは?」

「なに言ってるの? デュエル領域で負けてもポイントが消費されるだけでデスペナなんて無いのに」

「うーむ、どうやら貴女は現実とゲームを混同しているのでは?」

「そっちこそ、ゲームと現実を間違えないでよね。それから使用出来る武器の種類は無制限、魔法もオッケーで詠唱放棄すれば時短も可能、普通でしょ」

「普通じゃないけど、言いたい事は分かった。降伏は可能?」

「普通しないよ? 出来るけどさ」

「俺の持ってるのは身に着けている物だけなんだけど」

「見た感じ、ヒノキの棒と布の服か。超初期のRPGみたいだね。でもまあ、それは貴方の準備不足だから仕方がないっしょ。じゃあ勝負っ!」


 魔女っが鞭を振るおうとしているのを見て陽介は慌ててヒノキの棒を構えるが、棒を回り込んで鞭は陽介の身体を打ち据えた。


「ギャアアアアッ!」

「うわっ、どん引きレベルの悲鳴だわ。VRMMOじゃ条例によって痛覚のレベル制限がされているんだから、そんなに痛いわけ無いでしょ。もうちょっと堪え性を持たなくちゃ。それそれぇ、どんどん行くよー」


 彼女が鞭を振るう度に陽介の服は千切れ飛び、皮膚は引き裂かれて赤い血潮が飛び散る。

 所謂いわゆるSM用の怪我をさせない仕様の物ではなく、本物の鞭は人の肉体を破壊し、殺す事が出来るのだ。

 ましてや対モンスター用に作られた特殊素材の鞭は容易に陽介を壊して行く。

 最悪な事にそれを見ていた彼女は興奮の色を隠さずに顔を赤らめて振るう鞭にも力が込められて行く。


「ガッグッガァァア」

「おーっほっほっほ。女王様とお呼び」

「ザッケンナァア」


 陽介は苦し紛れにヒノキの棒を投げつけた。

 ゴンと云う音がして相手の額に命中する。


「アイタッ、むぅ。チョコザイな、じゃあ必殺技で決めてやるぅ。詠唱放棄、時間短縮で、オーバーブーストォ、魔力ぅ全開ぃ。『必殺! アイストル』」


 彼女が調子に乗って魔法の呪文を唱え始めた時、それを遮る音が彼女の耳横を通り過ぎた。


 『ダぱん』チュィイイイン。

 陽介が懐のホルスターから取り出した鉄の塊を構えて彼女の方へと向けていた。


「えっと、ナニそれ」

「ニューナンブM60、日本からの正規輸入品だよ。中古だけどな。酷いんだぜ、市中警邏用に騎士に持たせる拳銃を依頼したら1960年に使われ始めて1999年まで製造されていたこれが回されてきたんだ。新型の配備が済んで余ってた予備品だよな」

「ゲームには鉄砲なんて実装されてないのに」

「だから言ったろ。現実とゲームを混同するなってよ」

「嘘でしょ?」

「取り敢えずこのまま攻撃を受けていると殺されそうなんで、正当防衛だよな。動くなよぉ、弾が外れるから」


 陽介は彼女の身体の中心線から銃口を外して、右の太股に向ける。

 撃鉄を起こし、人差し指を引き金に掛けて、照準を合わせる。

 引き金を引くと『ダぱん』と音を立ててシリンダーの後ろから火花が飛び散り薄茶色っぽい白い硝煙に変わる。

 反動で腕が持ち上がるが、握力を込めてそれを抑えつける。

 硝煙のツンとした焦げ臭い匂いが陽介の鼻を突く時には放たれた.38スペシャル弾は彼女の太股を貫いていた。


「ッヒギィィイっ!! 何でこんなに痛いのっ!? 痛覚レベル制限が効いてる筈でしょうがぁ。痛い痛い痛いこんなの知らない痛ぁいよぉ」

「さて、散々鞭で痛めつけてくれたよなぁ、俺が痛がってるのを知っていて。確かHPをゼロにすればこの『ゲーム』が終わるんだったか。君のHPは後どれ位あるんだ?」

「ストレン……グスを上げて……ギギギ……いるから、っはぁあはあ、あと90%位は……ある、けど」

「銃に残り4発、ホルスターには10発分と。頭に打ち込めば痛くないで済むかもな、生き返られるかは知らないが。俺としては降伏をお勧めするがどうする」

「降伏します、だから殺さないでぇ」


 涙と涎をコボしながら彼女は懇願する。

 不意に周りを取り囲んでいた白い壁が消え、周囲を取り囲んでいるモンスターの群が見えた。

 無言でニューナンブを構える陽介だったが、先程のオーガーが慌てて声を張り上げる。


「わてらが悪かった、無作為ランダム決闘デュエル自動起動オートスタンバイプログラムが走っとったままやってん。謝るさかいに、ハジキは納めてつかぁさい」

「別に暴力が好きな訳じゃない、けど、こうも痛めつけられちゃなぁ。収まりが付かないって言うかよ」


 基本的に温厚な陽介であったが、流石に面白半分に半殺しの目に遭えば気が立つという物だ。

 ギラリとした視線でオーガーの目を射抜く。


「しっかり治療はさせて頂きます。交渉も真摯にさせていただきますよってに。今ので皆も目が醒めて、現実を見てくれましたんや。これでギルドもちゃんと動かせます。だからお願いや」

「了解した。まぁ、彼女が現実を見たがらないのは良く分かったから、それ以外も似た様な物だったって事で良いのかな」

「はい、その通りですわ。詳しくはギルド本部の方で説明します。まずは治療を」


 オーガーは腰帯から薬瓶を取り出すと陽介に手渡す。

 訝しげにそれを眺める陽介はそれを見つめながら薬瓶に書かれた文字を読もうと目を凝らす。


「これは?」

「一級のハイポーションです。ウチらのギルドの職人が作れる最高の物でっせ。効果は抜群、二級品とは比べものになりまへんで」

「でもお高いんでしょう?」

「そんな方にも大丈夫、分割手数料は当方で負担、それに何と今回限り無料で提供いたします」「ふぅーん、そうなんだ」

「つれないなぁ、それは飲み薬ですが、頭から振りかけても使えるんで戦闘中にもつかえまっせ」

「へぇ。俺の場合は鞭による傷だから塗った方が良いのかな」

「効果は変わらないので飲んで下さい」

「味は?」

「……頑張って。良薬口に苦しでっせ」

「まあ、取り敢えず飲んでみるわ。頂き」


 陽介は蓋を開けると一気に飲み干す。

 味の方は筆舌に尽くし難い。

 だが、身体の中の方から力が沸き上がってくるのを感じた直後、光が周囲を多いぐるぐると回転を始めるエフェクトが発生。

 音速を超える鞭が当たって発生した打撲傷と擦過傷にモザイクが掛かり、大きめのモザイクブロックがパズルの様に移動し色合い毎に集合したかと思うと均質化する。

 細分化が始まり、それが終了すると元の肌に戻った、もちろん痛みも何もない。

 どちらかと言うと『治療』と言うよりも『修復』と言った方が正しい形容に思える。

 だが、彼らの法則はこの空間でも発生した。

 本来ならば仮想空間でしか効力を発生しないはずのプログラムがだ。

 これは彼らの起こすプログラムが幻覚を伴ったマヤカシなのか、現実の空間に作用を及ぼす現実を改変するプログラムなのか、それともそれ以外なのか。

 だが、もしもそれが実際に効力を持つのであれば、原理はともかくそれは現実と同じ本物と見なす事が出来るだろう。

 彼がこのAW-01B世界に来てから見聞きし勉強した『魔法』とは違う効果を持つ彼らの『魔法』、見た目は違うが原理は同じなのか、異なるのか、魔力を持たない地球人には理解出来ないのだ。

 陽介は傷の修復された手をフルフルと動かし、違和感が無い事を確認し、麻痺や痺れ、感覚の変化が無い事を確認。

 僅か数秒で傷を負う前に戻ってしまった肌を見つめた。

 AW-01Bの魔法、神官の使う神聖魔法ではこうは行かない、自己治癒の超加速の様な物だからだ。

 陽介がマジマジと治った傷を観察しているのを見たオーガーは苦笑すると、ゲートの魔法を駆動すべくギルドカードの基本情報に記載された座標をクリックする。


「ほな、ギルド本部へ異動しますさかい、こっちへ来て貰えますやろうか」


 そう言う彼の背後に矩型に区切られた光の扉が出現した。

 一辺は彼の体格に合わせて相当大きめであるが、天辺には行き先が表示されている。

 『ギルド本部転送室行き』記された文字はアルファベットを変形装飾した物だと気付いた。

 慣れる迄に時間が掛かりそうである。

 彼にとって転送魔法の経験はほとんどなく、最初の異世界トリップがそうと言えばそうだろうか。

 この領域に入ってから酷い目にあった陽介は猜疑の目を向けながらも扉をくぐる。

 扉の向こうにあったのは、良くある冒険者ギルドの様な作りの一室だった。

 テンプレートと言っても良い。

 半分が酒場で半分がカウンターになっているのだが少し特殊な状況にあるのが見て取れた。

 人間がいないのだ。

 屋内にいる人数の内、大多数が亜人や獣人であり、オーガーやスネイクマンなども少数が存在する。

 だが、人間の形をしていないモンスターは存在しない。

 何故か、会議室に案内された陽介は興味ありげに室内を見回す。

 そしてある事に気付く。

 実に施設がそれらしいのだ、人間がこういう物はこうあるべきだ、と云う形の物が大多数であり、進化し続けている道具と云う感じがしないのだ。

 手作り感がない、ファンタジー的な物なのに。

 つまり、これらはプレハブの様に設計されて工業的に作られたのか、もしくはコンピューター的な物なのではないか、それは彼らの今までの言動からも推測される。

 彼らは自分たちの事をVRMMOのゲームの中にいる物として発言していた。

 現実的ではないと思いつつ、可能性としては頭の片隅に置いておく。

 会議室に並んだテーブルの前の方の席に座り、何やら準備しているギルド員を待っていると給湯室から出てきた猫耳美少女がお盆にお茶を載せてやって来た。

 注意深く見てみると彼がこの世界に来て見た事のある獣人の猫娘とは若干特徴が異なっていた。

 目の前にいる少女は、人間の少女に猫耳がついているだけの状態であるが、彼が王国で見知った獣人は吻が付いている訳ではないが若干野性味がある顔付きで、尚克つシッポが有った。

 さらに相違点を挙げれば、胸があった。

 この世界の猫娘は獣人族なので定期的に発情期が訪れる為、発情期になると男性を誘惑する目的で乳房が膨らむし、又、妊娠するとそのまま授乳期が過ぎるまで膨らみ続ける性質を持っている。

 逆に言えばそれ以外の期間はぺったんこなのだ。

 ここにいる猫耳少女には胸があるので、ここの世界の猫娘との違いは明白であった。

 その猫耳少女が持って来て手元に置かれたティーカップからは湯気が立ち上り、香りもしっかりしている。

 --これがVR技術で再現出来るのだろうか、この領域だけ魔法でVR技術を現実に投影しているのだろうか。--

 陽介は彼らの主張が本当であった場合のそれを成り立たせている方法を脳裏で検討して見た。

 仮説の域を出る事は無かったが幾つかの方法は想定されたので、それを立証するのは王立アカデミーか日本の科学研究機関に任せることにした。

 そうしている内にぞろぞろとオーガー達が巻物や分厚い本を抱えて会議室へとやってきた。


「やー、待たせてすんまへん。では、えへん。わてがこの冒険者ギルド『モンスターパレード』のギルド長、オーガーのチキンハート云います、よろしゅうに」

「私はここより南方にあるアクアマンデ王国の先遣偵察隊付で副王の王配である長田陽介です。現在はアクアマンデ王国の国民であり、元日本人です」

「はー、何やら色々込み入った事情がありそうでんな」

「ええ、突然出現したこの城塞都市の調査が目的でしたが、思いの外友好的であったので、予備交渉として現在ここが置かれている社会状況を含めて説明させていただきます」

「よろしゅう頼んます。あとこちらが副ギルド長のメッシュとガンツです」

「宜しく」

「どうも」


 ギルド長の横に座ったふたり、オークと虎頭の男が陽介に頭を下げた。

 外観が厳めしいが、中身は普通の社会人らしいと見えた。

 ただ、もしもゲーム中で有ればロールプレイとして外観に相応しい対応をしていたかも知れないが、今はそんな事をしている余裕はないと言った所であろうか。

 かなり余裕を無くしている可能性がある彼らにここがどれだけ地球と違う環境なのかを理解して貰うべく、陽介は一つ質問をした。


「ここが地球でない事はどうやって気付きましたか?」

「そりゃあやっぱりお天道様やろ、空の天辺でビターッと貼り付いて動かないんやもん。お陰で最初はVR世界の設定が変わっただけって思いこんでもうたわ。ありえんやろ。地動説から考えるとこの惑星が比重の軽い巨大な地球型惑星で、その自転に合わせて小型の恒星が伴星となって貼り付いてんのかなーって思うとったんやけど、そうすると夜になる理由が分からんし、そこでSF的にリングワールド的な建造物にいるんや無いかなって説が今は濃厚かと思うてん。どうや?」

「良い線行ってそうですが、違います。もっと奇想天外なんですよ。聞きます?」

「そりゃあ聞かんとしゃあないやろ」

「直径10万光年の宇宙スペースバブルの表面に貼り付いた巨大な海洋の上に浮いた浮遊生物プランクトンがこの大陸です。太陽は星間エネルギーの揺らぎから生まれたエネルギー生命体が神々を名乗って地上に生命体を生かす為に地表に光を送り込んでいるって事です。信じられないでしょ?」


 陽介の説明に目をしばたたかせてオーガーのチキンハートは答えた。


「まだゲームとかの方が信憑性のある設定使っとるで?」

「でも事実なんですよね、で宇宙スペースバブルの地下にもエネルギーが渦巻き、光が苦手な魔族と云う物も存在していると云う事です。信じられないでしょ?」

「二の句が告げん、何やそれって、事実なん?」

「事実なんですよ。神も悪魔もいれば魔法も存在する世界、それがこの世界です。地球の国連ではこの平行世界をAW-01世界と識別しています」


 陽介の言葉にチキンハートは疑問を口にするが、ガンツは別の単語に驚き問いただす。


「平行世界?」

「って云うか日本はこの世界の事を知っているって云うのか?」

「はい、今現在、国連は日本の福島県いわき市小名浜港にある次元通廊を通じて接触しているこの異世界を認識し、日本が主導となってこの世界に干渉しています」

「ってじゃあ政府は知っていて国民に黙っていたって云うのかよ。これだから政府のやることは信用出来ないんだ」

「そんな事より、日本に帰れるん? やったやん」


 チキンハートが安堵と共に胸を撫で下ろすが、陽介の方から彼らに質問があった。


「次の質問、今は西暦何年でしょうか?」

「へ、西暦? 今年?」

「ええ、大事な事なんです」

「今年は西暦2083年やけど」

「こちらの西暦は2034年です。50年近く前に異世界と接触した、とか有りましたか?」

「無い」


 今まで聞いた事もない事だったのであっさりと答える。

 しかし陽介の質問は続く。


「そうですか。そして次の質問なんですが。その格好は、生身なんですか?」

「うっ、恐らく生身やね。この世界自体がVRゲームでなければ」

「この世界には魔族がいると言いましたが、あなた方の大半は魔族に判断される種族の外観を有しています、よってこの城塞都市を取り囲んでいる障壁の外にいる者達にとっては、この都市は滅ぼすべき標的になろうとしています」


 彼らにとっては理不尽な事であるが、現状を正しく理解して貰う為にハッキリとそれを告げた。

 当然の如く不満が口を突くわけだが、陽介は根気良くそれについての説明を続けた。


「ウチら何にもしてないやん。この世界に来てから大人しくしてたで?」

「以前ここに魔王城がありまして、人類を滅ぼすべく侵攻をしていました。地球のPKFまで進駐して来て魔王を討伐した訳ですが。そこに突然出現した人類以外の魔族に似た都市が『再建』され、住人が住んでいる。これほど不安を煽る物は存在しないのではないでしょうか」

「そりゃあまあ、でもこちらとは何の関係もない事だ」

「客観的に見ればそうですが、当事者としては不安でしょうし、だから私がここに来た訳です」

「では、何の問題もなくなった訳だね?」

「そうであれば良かったのですが。今は色々と状況が変わってきています。ここにあった魔王の城で魔王を倒した先代の勇者はギックリ腰で引退したのですが、先日今代の勇者が召還されました」

「何やギックリ腰って。お年寄りかいな」

「もう七十代でしょうかね。今代は三十代前半ですが」

「おいおいご老人に何させてんの? それに勇者って言ったら普通十代中盤から後半が相場じゃないの?」

「俺は彼が召還される前から知ってますけど、チート能力の持ち主ですよ? モテモテでしたしね」

「へー、そんなのが身近にいたらうざったくなかった?」

「聞かないでくれよ」


 陽介は青春の日々を薄暗く覆う黒歴史を思い浮かべてしまいそうになり、一気に暗い表情で俯いてしまう。

 その顔にイヤな過去があったのだと察したガンツは謝罪を漏らした。


「あ、悪ぃ」

「それで、現在アクアマンデ王国ではやられる前にやってしまえとばかりに軍備の増強などの戦争準備を進めています」


 陽介の告白にギルド長らはギョッとした表情になる。


「そりゃ拙いやん、あくあまんで王国って魔王を倒せるほど強いんやろ? そりゃウチらのギルドにも勇者スレイヤーや……」

「ちょっと待った。君たちはVRのゲームって言ってたけど。そもそもどう云うゲームだったんだ?」

「あー、VRMMOってのはやった事ある? ないんか、ゲームの世界をヴァーチャルリアリティーで体験し、複数のプレイヤーと共に人間に迫害されているモンスターになってギルドを組織し、人間の冒険者や国家に対抗しようっちゅー奴やね」

「それは今現在に於いてもそうなのかな?」

「いや、流石に命を懸けてまでゲームの続きをしようって奴はいないと思うけど。何人かはいるかなぁ」

「何人か、は、居るな。嬉々として突撃しそうな戦闘廃人や戦闘バカが」

「PKFが出てこなければ王国陸軍の近代兵器は新三八式小銃を装備している位だけど、一応近代戦に対応した軍隊だから相当手強いですよ。不穏分子はちゃんと押さえる事を提案しておきましょう」

「戦争し掛けられたらどないしょうか。何処かに逃げ場所とか」

「ここは大陸の北端、どん詰まりですからね。そういえばそうと、そのアバターは外せないんですか? せめて魔物姿でなければ交渉しやすいかと思うんですけど」

「ログアウトも出来へんし、人間アバターも人化の術も無し。姿変化のアミュレット位だったらあるけど、そんなに数はないしな」

「了解。念を押しますが、他国や組織に敵対する意志は無い訳ですね」

「勿論や。人様に迷惑掛けてまでやる事やおまへん」


 オーガーのチキンハートはキッパリと言い切った。

 陽介はそれに頷くと、彼らの利点を挙げて行く。


「んー、次にここの売りですが、西暦2083年て事はVR技術を含めて科学技術などが進んでそうですが、それらに関する技術の再生産は可能でしょうか。それとVRMMOで使ってた魔法やスキルは使えるんですか?」

「このアバターで使える特殊能力は使えまっせ、スキルの方も使えますな。それと80年代の技術ですが、一応それ関係の会社や技術者も多いし、データーだけならありまっせ。図書館の蔵書を埋めるのにオープンソースの技術書や特許関係、基礎技術の教科書なんかも置いてあるんよ。雑音の入らない勉学環境の構築ってのもVR技術の目的やしね」

「ふむふむ、それは他国、と言うか地球の諸国に強いアピールになりますね。それからこの城塞都市ですが、将来的には国家にまで発展させるつもりは?」

「国家でっか?」

「ええ、そうすれば色々と使える手が増えます。名目だけでも整える準備が必要かも知れません」

「別に王制でなくてもええんか? ファンタジー世界やけど」

「むしろアピールしたいのは地球世界の国家ですから、民主主義の方が良いですね」

「なるほどー。ギルドの検討項目に上げときますわ」

「是非とも」


 こうしてギルド側との接触を行った陽介はこの城塞都市へと長期間留まり、交渉を進めていった。

 検討項目は多かったが、外務官として勉強させられていた陽介は何とかそれらをこなして行ったのだが、状況の変化は二週間後に訪れた。

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