第19話 moral hazard
異空戦騎パラレルワールド大競争
第19話 moral hazard
10ヶ月後、AW-01B世界の状況は王国魔王共に不本意ながら膠着状態に陥っていた。
本来ならば科学の力を用いて形作られた均質な高性能兵器を大量に有する異世界の軍勢によって決着が着いていてもおかしくはなかったのだが、と或る事情により攻勢を掛けられずにいたのだ。
ロシアが抜けた後、堰を切るようにPKFから脱退する国が出てきたのだ。
元々中南米諸国はアメリカ合衆国の誘いに乗って消極的であったのだが、その他のPKFに参加していた国の内、EU・ヨーロッパ共同体に関連するイタリア、フランス、イギリス、ドイツ、それとイギリス連邦加盟国のカナダとオーストラリアが連絡要員と容易に通廊を越す事が出来ない爆撃機及び搭乗員だけを残して撤収していったのは九ヶ月後の事だった。
次々と櫛の歯が折れるように戦力が抜けて行くので戦力に余裕がありながらも戦線の構築と維持に非常に苦心惨憺としていたのだ。
だが日本に抗議を余所に、EUは結束も堅く断固として主戦力の陸軍部隊を撤収していった。
一応自衛隊だけの戦力でも賄うことが出来ると計算されていたが、予定と違う行動は現場に激しい混乱をもたらし、攻勢に出る事を許さなかったのだ。
ただ、それ以外のPKF参加国であるアセアン諸国は引き続き残留を決めていたので戦線崩壊による敗戦と云う最悪の事態は避けられた。
原因は色々と憶測されたのだが、やはりG8の首脳が魔人討伐を回収して通廊を手に入れたのだろうと云う噂が流れている。
となるとEUの領域内にはロシアを含めて最高六つの通廊が存在する可能性がある、と情報通は推測していた。
実際にはロシアにひとつ、イギリス、フランス、ドイツにひとつずつの通廊が開かれており、EU圏内には三つの次元通廊が存在していた。
それぞれがロシアのAW-01D、イギリスはAW-01E、フランスはAW-01F、ドイツがAW-01Gと番号を振られ、推定ではイタリア首相の居るであろうAW-01H世界とカナダのAW-01Iが仮定で番号付けられている。
早速異世界に進出した彼らは日本が管理しているAW-01BにPKFで駐留していた事から、地理も社会構成も王家の事情も勝手知ったるものであったので、直ぐ様軍隊を展開させる事に成功していた。
ただ魔人討伐フラグが遅れると魔王の軍備増強が進む為に、勇者の軍勢の介入が遅れた分だけ事態も悪化しており、各国は当然の如く核武装の使用も辞さない戦略を練っていた。
それだけ日本主導の慎重過ぎる戦略にストレスを感じており、その反動で過激な反応をしているだけなのかも知れなかったが。
さて、それはともかく陽介のいるAW-01B世界では軍備の混乱による膠着状態が続いていたが、民間に於いては唯一国連が関与している世界である事を利点に、国連機関の支援もあり農耕の改善と社会インフラの整備も大幅に進んでいた。
当然の如く治安も良好であり、偶に人類圏内に入り込んだ魔族の破壊工作が行われていたが、概ね平和と言える状況が続いていたのだ。
では長田陽介個人の状況はどうだろうか。
彼は現在、非常に多忙な生活を送っていた。
妻であるグウェンディロンが産んだ子供は三つ子であったのだ。
当然のように全員が女児であった。
三女がアルケー、四女がナネニー、五女がマメミムと名付けられた娘達は顔立ちが良く似ているので一卵性であるようだ。
全員非常に気が合うようで、同時に泣くし、オムツ替えも同時である。
陽介も怒濤の子育てに駆り出されていたのだ。
これで家庭内に於ける男女比は男が陽介一人に対して、女は妻のグウェンディロンと双子のエマナ、ガイアと三つ子のアルケー、ナネニー、マメミムの計六人である。
一対六、彼女たちが成長した暁の家庭内で男性の発言権が危ぶまれる事態である。
ちなみに陽介は王国宮廷の重鎮達には非常に優秀な王配であると大好評である。因みに陽介は『王の配偶者』ではないのだが、彼らは気にしていないようだ。
こうなると乳母の数を増やして対応する他無く、メイド長であるエマ(通り名)が乳母長を兼ねて養育を進めていた。
特にこの国の王族の結婚形式は他に類を見ない物なので、それが普通と思わないように、されど異常と思われないように入念な帝王教育の予定が組まれていたのだ。
さて、産後の肥立ちも良く、浮腫や吹き出物等の不調も収まったグウェンディロンは色々と活動を開始した。
今までは王宮の事は姉であるエメラダー女王に任せ切りにしていたのだが、政務とかに専念している為に女王の妊娠の可能性は低いにしても身体に不調が有れば自分が副王に指名されるのは明白であったので勉強を兼ねて王宮へと登城し始めたのだ。
グウェンディロンの年齢は未だに二十歳未満であったし、聡明で判断力もある事は姫巫女の時分に知れ渡っていたので諸手を挙げて歓迎されていた。
城に子供達と共に移り住むのは断固として拒否したが。
現在、女王の後宮は女の園であるので、関係のない男性が一人紛れ込むとトラブルの元になるからグウェンディロンとその子供達だけ王宮に来なさいな、と女王の言葉があったのだ。
穿った考え方をすると、もう十分な数の後継者が生まれたので種馬としての陽介は用済みだとも取れる発言である。
それを抜きにして考えても、どうにも姉の性癖が理解し難いグウェンディロンとしては対策を色々と考えてはいたのだが……。
それはさて置き、朝九時頃に子供達の世話を一通り済ませ親子のスキンシップを取ると、身支度を整えたグウェンディロンはゾハラに牽かせた軽馬車に乗り込み城へと向かった。
城門をくぐり場内へと入る、石畳の通路を走ると正門前に到着、グウェンディロンはそこで下車するとゾハラを屋敷へと帰らせた。
玄関には女官や王宮親衛隊がずらりと並び、実に壮観である。
特に王族に女性しか生まれないアクアマンデ王国の警備の為に親衛隊も女性中心であり、男性の隊員もいるのだが外出時に出番が限られている。
外部の人間からすれば壮観そのものの帰還の儀も、生まれた時から慣れ親しんだグウェンディロンからすればいつもの帰宅の挨拶である、テキトーに右手でヒラヒラと挨拶を返しながら正門から王宮のある天守閣へと入って行く。
どちらかと云うとこう云った仰々しい歓迎は趣味ではないのだが、これが彼女らの仕事なのだから仕方がない。
気に止めずに階段を上り女王の執務室へと赴く。
門兵に挨拶をしてノックを数回、返事を待つ。
「誰か? 新たな愛人希望者ならいつでも歓迎するぞ」
「おね……女王陛下、参りました」
「うむ、入りたまえ」
「失礼します」
グウェンディロンが重厚な扉を開けて室内を見渡すと、広々とした執務室内には女性秘書官が数人と女性事務員、文字通り事務所の貴婦人が書類を片付けながら貴族の間に広がる噂話をペラペラと話し続けていた。
貴族の誰それの結婚話がどうしたの、嫁と姑が云々、舞踏会デビューしたばかりのどこそこの家の娘は恋人がどうの、最新の流行のドレスは着付けがどうの、日本製の化粧品のノリが凄く良い等と取り留めのない話が次々と口から流れ出していた。
時節柄、出征した家族の安否やこれからの軍装と掛かる費用についてや魔王の軍勢等も話の端に乗っかっている。
分厚い木材製の執務机の上には整理された書類が積まれていて女王に決済されるのを待っていて、女王が書類の内容を確認してからペンを走らせてサインをする物とやり直しする物に仕分け、両脇に侍っている愛人が『当ててんのよ』状態でベタベタと絡みながら甲斐甲斐しく書類を片付けたりお茶を飲ませたり世話をしているのが、普通と明らかに違う光景ではある。
男性職員の姿が見えない事から姉である女王陛下の男性嫌いが悪化したのかと思い問い正そうと決めた。
「おはようございます女王陛下」
「うむ、おはようグウェン。とうとう愛人になる決意が出来たのだね」
「私たちは実の姉妹なのですが?」
「大丈夫、女同士なら幾らヤっても子供は出来ないから近親相姦の問題は存在しない」
「子供が出来ない非生産的な行為が問題なのです……所で男性職員の姿が見えないようですが、追い出したのですか?」
「うむ? いや、何故か此処に来て仕事をしていると三日で逃げ出すのだよ」
芳しき乙女達の肢体は目の保養になるのにねぇ、と言うエメラダーであったが、その時、隣に座る愛人が差し出す紅茶に口を付けて旨そうに飲み干し、その唇をぺろりとひと舐めする。
グウェンディロンは眉間に皺を寄せてエメラダーに苦言を呈する。
「……お姉さま? 紅茶は茶器から飲むものであって、口移しで飲むものでは御座いませんのよ?」
「む、見ての通り両手が塞がっている物でな。ああ、味わいの事なら安心してくれたまえ。彼女は今日の為に三日前から水と紅茶と砂糖しか口にしていないからね、余計な味はしない。否、得も言われぬ甘露な風味がするのだよ。試してみるかね?」
「断るっ!!」
「そんなに強く言わなくても良いじゃないかぁ~。彼女は南方の出身だからスパイシーな風味があって」
「そんな無駄な知識はいりません」
「それなら明日の娘は北方出身だからメイプル風味の」
「お黙りっ!」
「むぅ、仮にも一国の女王に向かってその口の利き様。ちょっと問題があると思うが」
「一番の問題点は貴女でしょうが。結婚はどうしたので? 後継者を作るべきでしょうに、王族なのですよ?」
「えー?、陽介殿は私の趣味じゃないなぁ。あ、でも女装させればちょっとイケるかも」
「それ以上の戯れ言は……」
グウェンディロンは瞳を真っ赤に燃え上がらせると、姫巫女時代に潜ったダンジョンで多数のゴブリンを撲殺した直後みたいな剣呑な目つきでエメラダーを睨みつけた。
流石のエメラダーも背筋を走る殺気にブルリと身を震わせて謝罪の言葉を告げる。
「えーと、少し調子に乗っていたかも知れません、それ以上そんな目で姉を見ないで欲しい。新しい世界が開けちゃいそう♪ これ以上新しい属性はいらないからね♪」
「開かなくて良いわ!? まったく……、えへん。仕切り直して、おはようございます、本日の執務の実習に参りました。ご指導ご鞭撻の程をよろしくお願いします」
「あい承った。しっかり励む様に。あ、このふたりを付けようか?」
「余計な心配はいりませんでございますよ女王陛下」
「グエンちゃん怖ぁ~い♪」
その言葉を聞いたグウェンディロンは無言でエメラダーの後ろに回り込むと、彼女の背後から抱きつくように腕を回した。
まるで恋人の抱擁のようなスキンシップに昂揚するエメラダーは後ろへ振り返ろうとしたのだが、グウェンディロンが首に回した腕をキュッとした事で意識が途絶えた。
「さぁ、皆さん、仕事に励みましょうねえ?」
「ハイ、グウェンディロン様」
モラルハザード、勿論私の事です。




