第14話 変転
1月前半は更新出来ず済みませんでした。
これからは順調に更新、出来ると良いなぁと思います。
さて、話は佳境に入ってきました。
今回の話で題名に冠する伏線があからさまに出て来ます。
パラレルワールドです。
異空戦騎パラレルワールド大競争
第14話 変転
勇者マエダが帰還して一ヶ月が経過した。
駐屯地であるが結局は王家のプライベートビーチに決定し、現在は部隊の拡大と共に施設の規模を拡大している最中である。
陽介は国籍をアクアマンデ王国に移籍した後、女王陛下によって外務大臣率いる日本対応組に所属する事になった。
役人としての仕事を覚える事と共に日本に対する助言を期待されての事だ。
その存在は日本の外務省の人間にも驚きであった様で、現にアクアマンデ王国の外務大臣との会合に陽介の顔を見た杉田は澄ませた表情を一変させていた。
外交の交渉で一発咬ませてやると云うのはどこの世界でも一緒のようだ。
さて、外交交渉によって自衛隊を主とした多国籍軍によるPKFは駐屯地をベースキャンプとして構築しつつ、現地の情報を収集し始めていた。
装軌偵察車両を中心とした偵察部隊とヘリコプター部隊による前線偵察により、魔王の軍勢の偵察活動を実施している。
その際にOH-1偵察ヘリが翼竜に似た形状をした飛竜の襲撃を受けて損傷していた。
滑走路が完成していれば人的被害を受けずに済む無人偵察機の出番もあったのだが、未だに建設機械を使って整地している途中であったので滑走路の完成を見る迄は装甲車両による偵察が中心とされる事になった。
現在、水海の通廊は地球側の小名浜港から送られて来る輸送艦や強襲揚陸艦等の兵器や資材を運ぶ軍艦と水海の水深や地形を調査する測量船が派遣され、それぞれ任務に就いている。
水海の南岸にこの王都は存在するが、前線は北方に存在する為に前進基地の候補を探す必要があったからだ。
実は前進基地が必要となった時に多国籍軍の方で住民の姿が無く、揚陸に最適な地形と戦略的な場所を提出して来た事があったのだが。
「我々はこの場所に前進基地を設けようと思うのです。必要な工事は港湾施設の設置とベースキャンプからの二車線以上の道路の建設であります。此処ならば迅速に前線までの展開が可能ですし、周囲に人家も無いですから直ぐに工事に掛かれます」
杉田参事官はヘリから撮影した写真と地図を用いた資料を広げて水海の北岸の一地方を指さした。
そこはクレーターが出来た時に出来た亀裂の一つで、奥まった湾内は岸壁の直ぐ側から深い水深のある海底になっており、大型艦船の接岸に適した地形であった。
王国側の人間はファンタジー世界の通例に漏れず、曖昧な地図しか持っていなかったのでその正確な地図に圧倒され、深く考えずに首肯してしまいそうになったが陽介が空かさずに割り込んだ。
「ちょっと待って下さい。漁業組合にある資料では、そのプソデ湾には魚人族の集落があるので立ち退き出来るかどうか、出来るにしても時間が掛かりますが」
「おや、ナガタ殿、それは本当ですか」
陽介の指摘に反応したのは当の王国の役人の方だった。
水海に棲む水中人類とは友好的な関係を築いているが、生活環境の差から良く相互理解が進んでいないのが現実であった。
だが、沿岸部での主要産業である漁業では必要不可欠な関係を築いている事もあり、抗議が来たら対応せねばならないのが事実である。
だが何分、相互理解が足りない為に、そして情報の纏めが出来ていない為に、知らずの内に相手に害を与えてしまう事は良くある事である。
「ええ、プソデ湾には魚人族の大きな集落があるのですが、そこは随分と歴史のある場所で種族の崇める宗教施設が古くからあるそうです」
「ほう、伝説に聞くダ・ゴング神殿ですかな。半魚人族や人魚族と違って人嫌いが多いですから、確かに難しいかも知れませんな」
外務大臣は顎髭を撫でつけながら思案顔で唸る。
それを見た杉田参事官は苛ついたのか、苦々しい口調で口を開いた。
「宗教なんてどうでも良いでしょう、どうせ嘘っぱちなんですから。この世には神も仏もいやしないんです。さっさと退かせて基地を作る方が優先されるんですよ。お分かりでしょうが」
彼は目つきをキツくさせてバカバカしいとばかりに言い放つ。
神が居ないと嘯く杉田にこの国の外務大臣の手下達はバカにしたような目で彼を見下げた。
その空気と流れを読んだ陽介は、微妙な顔になりつつ杉田に問い返さずにはいられなかった。
「えーと、杉田参事官は私が書いた報告書は読まなかったんですか?」
「最初に言ったろう? 素人の書いた与太話をまともに取り合っていたらこっちが非常識になるからな。ちゃんと常識的にしますよ、当然の事です」
「この世界には神も悪魔もいますし、魔法だって存在するんですけど」
「ふっ、現実主義の自分にはまやかしは通用しない。魔法だって? 確かに前田元総理の使ったあれは科学的には未だ解明されてはいないが、言うなれば個体保有超物理現象発現能力だな。うむ、間違いない。自分の事を神だの魔王だの言い出す奴なんかマトモな人間ではない。只のキ印だろう」
「自称現実主義者さん、逃げちゃだめだよ、現実を見ようよ」
「おれは無神論者なんだ、以前同窓会にかこつけて中学時代の同級生が仲間を引き連れて6時間も勧誘しやがってから絶対に信じない事にしているんだ」
「ああ、私も仏法がどうのこうの云う連中に囲まれた事がありますから理解出来ますけど。あんなインチキ宗教と違ってこっちの世界では本当に神様がいるんですよ。太陽と月が代表ですけど姿が見えますし、グウェンディロン(つま)も姫巫女として神様の力を借りた、え~『超物理現象発現能力』を使えますから。私は使えませんけどね」
「むう」
「それに宗教を軽く扱うのは外国では禁忌でしょうに、外交官としてどうなんですか。第一、日本でだって基地を作るのに邪魔だからって伊勢神宮や東大寺や京都の辺りを立ち退きさせられるとかあり得ないでしょう」
「むむ、それはそうだが」
「取り敢えず、調査して貰って問題があるかどうか調べましょう、王国の方からも人を出して貰って。同時に第二候補地も選定して置いて調査をすべきだと思います」
「指摘されるのは業腹だが、諒解だよ。だがそうなると候補地が限られるからな。北岸は遠浅の地形が多過ぎる」
「まあ、港湾が作れないから小さな漁村しか無いって事らしいですし。第二次世界大戦のノルマンディーで使われたみたいな人工港湾があれば」
「ふむそれはアロマンシュ人工港湾マルベリーズBだな、メガフロートと自衛隊の架橋機械があれば代理くらいは出来そうだが。直接揚陸出来るのはLCAC位だろう。海水浴場には最適なんだがな」
「それはともかく、プソデ湾の調査の方ですが、海底調査に向いた船ってありましたよね」
「ああ、海上保安庁の方で水深調査と航路確認を行っている測量船のHL05海洋がこちらに来て調査中だな」
「こちらの術者を連れて行って、海底の調査に向かうのはどうでしょう。もしもOKになったら水深の調査は必要でしょうし」
「潜水艇を使うのか?」
「いえ、魔法の膜で体を覆って素潜りで」
「グアムで水中散歩ってのをやった事があるが、5メートルも潜ったら耳が凄く痛くなったぞ。生身で海底まで潜ったら圧力で潰れてしまうだろう、それに潜水病の懸念もある」
「……魔法って科学的には凄く理不尽なんですよね。水圧に釣り合う空気の膜で体を覆っている筈なのに、感じる気圧は1気圧なんですから。どうなっている事やら」
「それは実に、……魔法みたいな話だな」
「実に魔法の話なんですよ。これが」
陽介は今まで味わってきた不思議な、理不尽な体験を思い出し、実感の篭もった溜め息を吐いた。
それ程までに便利であり、その魔法文明が基底にある常識を纏っている以上、世界を定量的に分析する技法である科学が発達する筈もなかった。
例を挙げるなら、素潜り漁をする漁師には水圧の脅威が体感出来るが、魔法博物学者が海底の調査の為に水の中に入ってもずっと一気圧なので耳がツンと来ない。
なので自分の周囲を取り巻く水が水深10メートル毎に1気圧づつ圧力が高くなっている事に気付きづらいのだ。
よって重力や質量、圧力についての知見を得る機会が得てして少なくなってしまうので、それを利用した技術の発展が妨げられるのだ。
そう言った文明の発達を遂げた社会は無意識の内に魔法の存在が大前提で考えられており、科学的な考え方で発達した社会に住んできた人間には困惑する事が多々あるのである。
「まあ、そういう事で人魚族の人にガイドを頼んで、生身で直接交渉した方が相手に失礼がなくて良いかと思いますけど?」
「人魚?」
「半魚人の方が良かったですか?」
「具体的にどう違うのだろうか」
「大まかに言って、人魚族は上半身が人間で下半身が魚類と云うか海豚ですね、魚人族は胸から上が鰓のある魚類で下半身が人間に進化したシーラカンスみたいな感じで、半魚人族は全体的に人間のシルエットですが体のパーツが魚っぽい鰭やら鱗やらで出来ていますね」
「どれも人間以外か、大差はないな」
杉田参事官は余りモンスター娘的な素質を持っていない様で陽介の提案に余り興味を抱いていなかったが、陽介は彼がどの様な人間であるかが少しだけ分かっていた。
なので彼が興味を抱く提案を試みる。
「人魚族はほとんどが女性で、唯一の胎生です。つまり乳房があるのは人魚族だけと云う事ですね」
「魚人族は子供を産まないのか?」
「卵を生むそうです。男女の差は婚姻色とか顔つきで分かるそうですよ」
「では人魚一択だな。その他はありえんだろう」
「いやあ、杉田さんは清々しい程におっぱい星人ですねぇ」
「よせよ、褒め言葉だろ? 照れるぜ」
陽介の素直な感想に杉田は柄にもなく照れた様子で頭を掻く。
陽介は杉田の発言から人魚一択=案内人を頼む=調査船を出させる的な言質を取りつつ、空かさずそれを確定すべく形を言葉にして行く。
「では人魚族の案内人を手配して置きます。今回の会合では日本側から調査船を出して頂けると言うことで調整しておきますね、大臣?」
今回の会合では陽介の対日本オブザーバーとしてのスキルアップもさる事ながら、会議の主導権を握る能力を得る事を目的とした修練とされていた。
よって大臣は間違っていれば口を出すが、基本的には提案を承認する事が役割となっていた。
「うむ、日本製の艦は優秀だからのぅ。鉄で出来た船ならばクラーケンに襲われても平気じゃろうて」
「大王烏賊ですか、大型の深海に棲む烏賊はアンモニア臭くて食べられないって聞きますから遠慮したいですね」
「何故最初に食べる事に繋がるのか不思議だが、水海のクラーケンは美味な事で有名じゃぞ」
「それは是非捕獲して貰いたいですね、被害がなければですが。では杉田参事官の方も調査船の手配はよろしくお願いします」
「ああ、アレ? 乗せられたのか?」
「何を仰る兎さん、高卒の私如きが有名大卒の杉田参事官を填めるなんてあり得ません、そうですよね」
「そうだな。当然の事だよ」
「では何の問題もありません、ね」
この様な会合を連日続けており、その度に事態は少しずつ進行して行った。
一ヶ月も経たずに駐屯地は整備され、滑走路の整備は完了し、兵員が駐する兵舎や多様な兵器類を整備する整備棟が立ち並び、さながら新興の地方都市が丸々引っ越しして来た様な様相である。
ちなみに経団連が大手ゼネコンと手を組んで大規模な建設団を現地に送り込んでおり、多数の作業員が現地入りしている。
大々的に喧伝された異世界事業は雇用の創出を可能とした為、失業率が低下する好景気となった。
現在の所、前田元首相の思惑通り事態は進んでいる。
使用された公共事業費はデフレ対策の一環として内閣が主導し国会が制定した国家予算案に基づいて日銀が発行した紙幣によって賄われていた。
だが、雇用の創出による好景気の為にインフレーションが進み過ぎる懸念も出ている為に株式市場や為替市場も波乱含みの展開が続いていた。
この様な好景気を多国籍軍の加盟国が見逃す訳もなく、メガフロートを利用した人工港湾施設の建設を終えた時点で日本政府は前進基地の構築と必要な資材を多国籍軍の所属国からの物に切り替え始めた。
この時点に於いてもアメリカ合衆国からのゴリ押しも無く、戦前戦後アメリカの圧力に押され続けてきた日本政府は不気味な感触を得ていたが、その懸念が判明する事になるまで僅かな時間しか残されてはいない。
一番に警戒すべき中華人民共和国であったが、尖閣諸島侵攻事件以後は別の何かに熱中しているようで、国外に対する情報を厳しく取り締まり、新華社通信を始めとする報道機関の活動の自粛とインターネットの回線を物理的に切断してまで情報の統制を実行していた。
それでもこぼれて来る情報、特に人権に関する問題はアムネスティにより集められて世界に向けて報道されていた。
それによると、過去に於いて中華人民共和国が占領したチベットやウイグルに対して行われている様な、人権に対する弾圧行為を何処かの地域に対して実施しているらしい事が判明していた。
消息筋による情報によると、中国国内の特に都市に住まう農村籍の人口が既に1億人ほど消失しており、その数は時を追う毎に増えているらしいとの事が伝えられていた。
それが事実なら推定2000万から5000万人の餓死者を出した大躍進政策や推定1000万人以上の死者を出した文化大革命以上の事態である。
その事態の進行には人民解放軍が大々的に関連しているらしいと伝えられており、2チャンネル等では冗談混じりに版権的な方ではないバイオハザード的な感染事例が発生していて、言葉通りに人民解放軍が人民を病苦から解放しているのではないかと語られる始末である。
だがアメリカによる圧力が強くなった事もあるのだが、何故一度動き出してしまった中国が引きこもってしまったのかの原因が不明であり、国内人民の圧力も高まっている筈なのだが、国外では杳として原因が分からなかった。
そのような感じで日本周辺を含む国際情勢は危険な状態で落ち着いてしまっていた。
特にアメリカが沖縄駐留の海兵隊を、一部の部隊を除いてアメリカ本土へと戻してしまった事が人民解放軍が沖縄や尖閣諸島に軍事侵攻した原因となってしまった為に日本政府の不信感は増大していた。
後に海軍の増派があり、直接的な侵攻が防がれているのも事実なのだが。
現在の日本周辺海域には国連決議に基づくPKF参加の多国籍軍が輸送艦によって運ばれている事もあり、まかり間違って撃沈でもしてしまえばPKFの矛先がそちらに向くのは必然とあって、以前の様な挑戦的な行動は成されていないのが現状である。
それはともかく、異世界への通廊が開かれた福島県いわき市小名浜港を経由して送り込まれた多国籍軍が駐屯地へと集結し始めていた。
その風景はさながらイラク戦争の時の様子を再現した様でありながらも、多国籍軍で必ず見かける星条旗が無く、日の丸が翻っているのが明確な違いとなって地球の世界へと報道されている。
その為にエイブラムス戦車の代わりに九〇(キューマル)式戦車と一〇(ヒトマル)式戦車の姿が目立っており、その他定番のレオパルド2戦車やエクレール戦車、変わった所ではロシア軍のT-90戦車の姿も見られた。
しかしながら敵対する軍勢が現代戦とは異なり、魔法を中心とする火器を有する魔王の軍勢である事から戦略と戦術の面で予想外の出来事が予想される為に基本的に機械化部隊もしくは自動車化部隊が中心である。
自衛隊的には専守防衛というドクトリンを離れて大陸と云う戦場で動く事が必要になったので、大陸での戦闘経験を有する他の国の軍隊の戦略に期待する所である。
そう言う訳で戦略物資の搬入も随時行われており、一種異様な雰囲気が興奮と共に自衛隊員達の間にも広まって来ていた。
王都の方でも人間の、特に軍人の出入りが盛んになって来ていて臣民達の間にも戦争が始まるのだなと云う雰囲気が漂い始めていた。
前線は遂に王国の北方国境にまで押し込まれて来ており、自衛隊を含む多国籍軍も少し後方に陣地を構築し始めており、戦車壕や鉄条網の設置と塹壕線の構築を急いでいた。
そんな中、元姫巫女のグウェンディロンが子供を産んだと云う明るい話題が流れていた。
現在の王族の環境からグウェンディロン以外に子供を産みそうな王家の人間は居らず、次代としては初めての王族の血を引く子供の誕生に王国の国民は吉兆の徴だとして沸き返った。
その為に陽介の屋敷には頻繁に来客が訪れるのだが、主人の陽介は仕事が忙しくなかなか家に帰れない状況が続き、グウェンディロンは王族からは籍を外していると答えて個人的な知り合い以外とは会おうとしないので貴族達の間から王家に苦情が送られる事態になっていた。
グウェンディロン本人は王族としての教育を受けて来ていたので、主人の仕事が忙しく一日の内で顔を合わせる時間が少ない事を不満に思っていても顔に出したりはしなかったが、でもやはり言いたい事はあった。
『子供の名前はどうするの?!』
産まれた子供達はふたりとも女児であった事から、未だに王家の呪いは続いている事が確認された事もあり、王家に遠慮しているのか知らないが揺り籠の中の娘達を見に来て可愛がるだけで、未だに一番大事な『真名』を付けていない事が不満だったのだ。
普段使う名前の方は既に決まっていた。
黒い髪をした長女の名前はエマナ、金髪の次女の名前はガイアと女王から贈られた名前を名乗る事になる。
ちなみに日本人の間には真名を付けるという習慣がない事を彼女は知らない。
これも魔法文明だからこその習慣であり、真名とはその人物の魂の鍵となる存在である。
それは両親と伴侶のみが知る事が出来る秘密の名前なのだ。
決して若い頃に付けた中二病的な忘れたい黒歴史のペンネームの事ではないのだ。
この問題は初めての夫婦喧嘩の原因になり、更に言うと第三子が誕生する遠因になったのだがここでは割愛する。
数日後に陽介は夫婦喧嘩の原因である真名の命名の話を聞き、悩みながらも日本的な名前を付けることが出来た。
そんなこんなで陽介は仕事もプライベートも大忙しで過ごしていたのだが、ある日仕事場にしている事務室に杉田が血相を変えた顔で駆け込んできた。
「君は知っていたのかっ!?」
開口一番に杉田参事官は問い正そうとする、だが前提条件を知らなければ答えようもないので陽介は問い返した。
「何をですか?」
「知っていたのかどうかをこちらが聞いているんだ、質問を質問で返すな」
「え……っと、杉田参事官が鬘を」
「そんっ! 違う、それは違うぞ。全くの誤解だ。これはただ、こ、後退しているだけだ」
「ああ、そうでしょうね。で、何を知っていたのかの対象を教えて貰いたいのですが」
「しらばっくれるな、アメリカ合衆国のハワード前大統領が演説をしたのを知っていたんだろう? 今すぐ女王陛下に謁見を申し込む!」
「謁見ですか、直ぐに書類を書きます。ゾハラさん」
陽介が釦を押すと扉が開き、メッセンジャーバッグを肩に掛けたセントール族のゾハラが顔を出した。
「女王陛下に緊急便、今書類を書くから急いで頼む」
「はい、喜んでぇっ!」
「誰に聞いて覚えたんだか。ほい、じゃあこの封書を頼む。杉田参事官が女王陛下に謁見要請。用件は秘密」
「行って来まーす」
封書を文箱に仕舞いメッセンジャーバッグに入れたゾハラは急ぎ足で屋敷から出て行った、数十秒後に緊急車両(軽車両適用)を警告するベルを鳴らしながら遠ざかって行く音が聞こえて、消えた。
「おお~早い早い。で、ハワード前大統領って言ったらG8で神隠しにあった人じゃなかったでしたっけ?」
「ああ、これを見ろ。女王陛下がハワード前大統領と密会していた証拠だ」
「へ?」
そう言うと杉田参事官は鞄からアイパッドを取り出すと、保存していた動画を再生し始めた。
そこに映し出されていたのは、エイブラムス戦車に乗ったハワード前大統領がこの屋敷の前の道を通り王城へと乗り付けると、城門の前で立っていたエメラダー女王が感極まった表情で駆け寄り、ハワードに抱きついた映像だった。
その嬉しそうな表情は、とても異性に抱きつく同性愛者の物とは思い難いものである。
しかも、抱き合った後ふたりはクルクル回ってキャッキャウフフと微笑み合っているのだ。
『あの女王陛下が? 嘘だろー。でも確かに女王陛下にしか見えないな』
「この動画は?」
「昨日のABCニュースで放映されたニュース映像だ。『アメリカ合衆国は異世界にあるアクアマンデ王国と防衛協定を結び、精強なるアメリカ合衆国軍は異世界の人間を滅ぼそうとする悪魔の軍団を征伐する正義の神の軍団、十字軍となるのだ』と開拓魂宣言をしたらしい。何故出し抜かれた、お前もこの国にアメリカ合衆国が手を貸している事に気付いていたのか?」
杉田は不信感に支配され、自分が陥れられたと完全に思いこんでいた。
特に外務省の上司からこの件に関して、『正しい情報を得て来る様に』とお願いされたので、情報を改竄してでも上が欲しがっている、アクアマンデ王国側が全面的に悪い、と云う証言を引き出さなければ組織内部での受けが悪くなると保身感から導き出されていた。
例えそれが日本全体に対する不利益になろうとも、組織人としての利益が掛かっているのだ。
だが陽介はその報道映像を睨みつけて変な所がないかを考えた。
そして映画としては良い出来だが、と考えた所でこれはまるで『川口 何某の冒険シリーズを揶揄する歌』にシチュエーションが似ているのではないかと気が付いた。
「いや、え~っと。うん、これは……。違うと思いますが。第一おかしいでしょうこの家の前を戦車が走った事なんてありませんし。どう考えてもこのカット割りは複数のカメラが撮影した映像を編集した物みたいに思えます、って云うかBGMまで付いているじゃないですか」
「あっ、そうだな。そう言われれば確かに。だが、魔法を使えば……」
「それが可能ならここにいる全員が完全に気付かないレベルの魔法が使われたって事ですか? 確かに示し合わせば可能かも知れませんけど、わたし的にはあり得ない事だと思います。
取り敢えず謁見の時に話す内容には気をつけて下さいよ。一方的に罵倒したら折角の良好な関係が崩れてしまうかも知れませんし」
「む、気を付けよう」
杉田参事官はやけに冷静な陽介の突っ込みに矛盾点を突かれて頭が冷えたのか、陽介を罵倒する勢いだった言葉を改めた。
だが、何が起こっているのか分からない事は変わっていない。
彼らは事態の変化に対応すべく、新しい情報の入手と現地での調査をする事を決めた。
ジャッジメントの時は着々と近付いて来ていた。




