噂
俺の生まれた村は南大陸の端に位置する緑豊かな村だ。海辺の近くに開拓された俺の村は漁業を営み日々の生活をおくっている。
そんな村で俺とオフクロは平々凡々な毎日を過ごしていた。
俺が物心ついて間もない四歳の頃にオフクロは置き手紙を残し姿を消した。机の上に無造作に置かれてあった手紙を読んだ俺はその内容に愕然する。
『拝啓我が息子よ。
今年で四歳になりますね。
お母さんは貴方が生まれたあの日の事を思い出して、思わず泣きそうになったわ。
話は変わりますが、お母さん冒険の旅に出ることにしました。
もう貴方も四歳なんだし自分で生きていけるでしょう。
困った事があったら近所のミント叔母さん相談するように。
でわでわまた会える日を楽しみにしてるわ。元気でね~チュッ!
偉大なる母より』
あの時は思わず手紙を引き裂きそうになった。
そんなこんなで四歳にして母親に育児放棄をかまされ、自立生活を余儀なくされた俺は近所に住んでいるミント叔母さんや先生の助けもあり、どうにか十四歳になるまで生きて来られた。
そしてある日を境に俺は村を飛び出す事を決意する。
家におかれていた柄も刃も鞘すらも真っ黒い剣を携え、有り金全部を袋に詰め込み、村を訪れた旅商人の荷馬車に紛れ込み、俺はオフクロ探しの旅に出た。
ゴロッゾに辿り着くまでの道のりはとても険いものだった。徒歩での移動や野宿はほぼ毎日の様に続き、時々魔物に襲われる事もあった。そしてようやくゴロッゾに辿り着く事ができた。そして――。
「フー……どうしよ?」
「それ私に聞いてんの?」
もちろんお前になど聞いてはいない。思わず独り言を呟いてしまっだけだ。
「確かに宛とかは無いけど、行くだけ行ってみるか……お前さぁ見た感じ貴族街の人間なんだろ、オフクロについて知ってる事無い?」
「知る訳無いでしょ、大体アンタの母親の顔なんて知らないし、それに母親がいなくなったのって十年前でしょ。私その時四歳よ、見た事があっても覚えてる訳ないじゃない」
「それもそうか……え? 十年前四歳だったって事はお前今十四?」
「そうだけど何?」
「いや……俺と同い年なんだと思って」
「だからそれが何なのよ……」
「いや、何でも……」
不毛な会話をしているとふと男の声が聞こえて来た。
「おいおい聞いたか昨日また出たらしいぜ」
「何が?」
「何ってお前、夜中の殺人魔だよ」
「ああ、確か夜中に人が襲われるらしいじゃねーか。おっかねーよな」
「しかもこの事件どうやら魔物の仕業らしいって噂だぜ、被害者も結構な数らしいじゃねーか、お前も夜中歩く時気おつけたほうがいいぜ」
「バカ言え。襲われた被害者って確か旅人とか浮浪者ばかりなんだろ? 俺には関係ねぇーよ」
「違いねーや。それにもしもの時は聖夜の騎士団が守ってくれるさ」
男達の噂話に耳を傾けながら、くだらないと思った。この街はどこか平和ボケしている。街の外に出たら幾ら魔物の数が少ないとはいえ、一匹や二匹出くわす事だってあるのに。
「人さらいね。変な事言う奴らだなオイ、この街って意外に怪談話とかはやってんの」
半分呆れつつ俺はエリザの方に顔を向ける。だがエリザは神妙な顔つきで何か考え事をしている。
「どったの?」
「妙ね……」
「何が?」
「不思議に思わない? この街って王族や貴族が多く住んでんのよ。その理由もあって治安がそこいらの街や村に比べて格段に良い筈なのよ。それなのに事件が未だに解決されず放置されてるのはおかしいじゃない」
エリザの目は真剣だった。
「別に魔物の一匹や二匹どうってことないだろ?」
「大アリよ! あんたはともかく貴族のお偉いさんが夜中に得体の知れない奴らがうろつく街に住みたいと思う? 絶対に何らかの対処を命じる筈よ。おまけに開国してグローバル化してからは他国の人や旅人なんかが多く訪れる様になったていうのに、これは国際問題になりかねないわ」
「大袈裟だろ……そもそも魔物が街の中をうろついてたら嫌でも目につくし、何かの冗談に決まってる。所詮は噂、鵜呑みにすることじゃねーだろ」
魔物の仕業にしろ人の仕業にしろ噂は噂だ。そんなに本気になって悩む必要も無いものを……。
「だとしても気になるわ……」
「……オイオイ」
エリザはそう言ったあとしばらくふさぎ込み考えいた。そしてしばらくして顔をあげると、
「決めた」
「え?」
「今夜その殺人魔とやらを私たちで捕まえましょう。とりあえず街で情報収集ね……」
「まてまてまてまてッ……私達ってなんだよ」
「私とアンタでしょ?」
俺の方を指差してくる。人に指を指すなと親に教わらなかったのか?
「何で俺までお前の気まぐれに付き合わなきゃなんねーんだよ? 捕まえたいなら一人で捕まえろ」
「私一人じゃ危ないじゃない。それに殺人魔って不浪人や旅人を襲うんでしょ?」
エリザは俺を見つめニヤリと笑う。
「ここにいるじゃない、旅人の男が……」