黒の剣撃
どうしてこうなった? 黒髪の少年マオは思った。
自分は只、行方不明のオフクロを探しに、遥々この街にやって来ただけなのだ。それがどうして飲食店で喧嘩を目撃しただけで、喧嘩に巻き込まれなければならないのか。しかし理由は明白だ、俺の前に立っているあの女、平常心を装っているが、あれは間違いなく人の不幸を喜ぶ顔をしていると。
(あ……あの、糞アマがぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ───────!!)
絶叫。心の中で激しく絶叫。怒りが頂点に達そうとしていた時、冷静になりよく考えてみる。
(別にあの女が勝手に言ってるだけで、俺関係なくね? そうこれは誤解だ、俺は被害者だ。身の潔白さえ証明できれば分かり合える)
人類は皆友、冷静に話し合えば分かり合える。人と動物の決定的違い、そう! 人には理性がある。きっと目の前で鬼の様に怒っているおじさんも事情を話せば分かり合える筈だ。そして少年は理性をもって対話にを試みる。
「……あの、そのですね。何か勘違いしてるようですけど、僕はこの街に来たばかりで、そちらのお嬢さんとは何の関係もないた只の一般庶民なんですよ……てへ」
怒りが頂点に達っそうとしている男が、
「ホウ……成る程、と言っているが、コイツはお前と何の関係も無いのか?」
と少女に問いかける。
「滅相も御座いません、彼は私を脅して、貴方に喧嘩をふっかける様に強要されたんです、シクシク……」
少女は悲しそうに答えた。
(なぁにが、シクシクだコラァァアアアア!!、アァン!? 猫被ってんの見え見えなんだよ!)
黒髪の少年の沈めた筈の女への怒りが再び沸点に達する。そんなこともおかまいなく、無情にも男の怒りは少女から少年へと向けられる
「やっぱりテメーが原因か……おかしいと思ったんだこんなかわいい子があんな汚い言葉使うなんて……」
「ハッ!? かわいい? ソイツは只の性悪ビ●チだろ!! このロリコンヤロ─────!!」
そう思わず叫んでしまった事を少年は後悔する。少女の平坦な笑みも微かにだが怒りで歪む。なにより今に爆発しそうだった男の怒りの導火線に火がつき、爆発する───────
「ロ……ロリコン? この俺がロリコン……?」
頭の血管が浮き上がり、目が血走っている。
「あっ!? ちょ……今の無し、言いなお────」
「このクソガキぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
男が少年に殴り掛かる、拳が少年の顔面めがけて放たれる。
「俺はロリコンじゃねぇぇぇぇぇぇええええええ!!」
だが少年の頭は男の拳が命中する瀬戸際で拳の下に潜り込みそれをかわす。その反動で机に置かれていたグラスが割れ、部屋中に、ガシャンという音が響き、周りにいる客がおしかけ、「なんだなんだ? 喧嘩か?」、「おっ! やれやれ!!」など他人事の様に騒ぎたてる。
「─────ッ!?」
男は自分の攻撃がかわされた事に驚きを隠せない。そして何時の間にか少年は男の背後に回り、距離を置いて、飄然と立っている。
「あのさ、おじさん落ち着こうよ、ね? ここは店の中なんだし周りに迷惑だよ」
だがそんな少年の言葉に男は耳を傾けなかった。腰に指している剣を抜き少年へと切り掛かる。
「死ねやくそがきゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
殺意に満ちた非常な凶刃が襲いかかる。
「……チッ!!」
少年がそう舌打ちすると、瞬く間に少年の背中から剣がぬかれ黒い斬撃が走る────。
お互いの剣光が交差し、金属音を軋しませ火花を散らす。
「なッ……何ぃぃぃぃいいいッ!?」
声を上げたのは男だ。剣が切り裂かれ、その鋭い切っ先は店の天井に突き刺さっていた。
少年は振り返り、言う。
「おじさん、アンタの武器は破壊した、それでもまだやるかい?」
少年は勝ち誇る。
男は何が起こったのか理解できなかった。確かに自分の剣は少年目がけて放たれた。奴の血肉を切り裂き、真っ赤な血の雨を降らせていた筈だ。それなのに─────
(何故だ、何故俺の剣が折られている!?)
少年は致命傷どころか、かすり傷一つおっていない。
それを見ていた野次馬も驚愕を隠せず唖然としていた。それもそのはず、少年は男の攻撃を避けるどころか、剣を叩き折ったのだ。人は本来ありえない光景を目にするとすくみ上がり、その思考を停止させる。それがこの場所、この瞬間に、まちがいなく起こった。
「……おいおい、何だありゃー!? 何もんだよアイツ!?」
沈黙が破られ、周りから賞賛の声が少年へと浴びせられる。「すげーぞ坊主!!」「おい、今何が起きたんだ!?」騒ぎ立てる野次馬。
それが男の自尊心を傷つけ凶行に走らせる。
「クソガキッ!! これで勝ったと思うなぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
男は空中に文字を描く、そして灼熱の猛火が発生し、少年目がけて発射される。その火球は直撃と同時に炎を拡散させ、あたり一面に焼く────はずだった。
その刹那──────
少年の黒い剣が青く発光し、火球に向けて縦に振り払われた。衝撃音を響かせながら、炎の火球は霧の様に霧散し、消滅する。
「なッ───────!! バカな!!」
少年は驚く男との間合いを一瞬でつめ、そして右足で男の脇腹目がけて一蹴。
「フガァッ……」
男は真横にに体制を崩し、倒れこむ。