乳母車
あの日のことは忘れたい。
いや、きっと仕事帰りで疲れていたのだ、
出なければあのようなこと……
あるわけがない。
私の前を乳母車を押す女性が歩いていた。
私を和やかな気分にさせるには子供づれと言うだけで十分だった。
さて赤子は女か男か。はたまた一重か二重かそんなことをぼんやりと考え私はふと思った。
されどこの女性、母親と言うには若すぎやしないか。
マロンブラウンの髪はボブカットで、黒いつばのない帽子をかぶっている。
白のフリルの可愛いゴシック調のワンピース、色は黒。
顔を見たわけではないが、女性と言うよりは少女に近いと思う。
今時若い母親なぞ珍しくもないし、もしかすると年の離れた姉妹なのかもしれない。
ただ、どうもに臭う。
何がと言われれば難しいところだが、
強いて言うなら彼女と乳母車という存在に何処かしら違和感の覚えた。
が、思いなおして自らの歩みに集中する。
不意に前方からの風に臭いが乗ってきた。
何かが腐ったような饐えた臭い。
実に不快な臭いだ。
……乳母車に乗っているのは何だ!!
歩くことに飽いてきたのか私はそんなことを考えた。
当然本気では無く、きっと溝か何かの臭いだろうと見当をつけていた。
しかし溝のある道を通り過ぎてもなお、その臭いが無くなることは無かった。
乳母車には……いや、よそう、きっと何かの思い違いだ。
そんなことを考えているうちに細いトンネルに差し掛かった。
まだ日も高いというのにトンネル内は薄暗く、じとりとしていた。
きっとトンネルから漂ってきた臭いだ。
昨日は雨だったし、まだ暑い盛りだからこんな饐えたような臭いがするのだ。
もしかすると見えぬところに小動物の死体でもころがっているのかもしれない。
そんなことを考えながらも私は乳母車に乗っているのは何か、について自問自答を続けていた。
歩きなれたはずの暗いトンネルは今の私には魔窟のように思えた。
早く抜け出したいような、抜け出すのが怖いようなそんな気がする。
そうこう思っているうちにトンネルを抜けた、抜けてしまった。
臭いは……変わらない!!
乳母車には何が乗っている?
乳母車には、乳母車には!
いや、きっと思い違いだ。落ち着け落ち着け落ち着け
ふと、乳母車が止め、彼女が振り向く、
乳母車には、何が乗ってる?
この先のことは、あまりにおぞましく私の口からは伝えられない。
後は、諸君のご想像にお任せしよう。