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第一章:はじまりに続く道7

 冷気を含んだ風も調練で熱の篭った身体には心地よい。

 全身に風を浴びていた少女が何かを嗅ぎつけたように目を開く。

 そばかすの浮いた鼻をくすんと鳴らす。

 少女の一歩は軽く、自身が風かのように気がつけば崖の上だ。

 其処から遥か彼方を見下ろせば、少女だけに見える砂埃。

  あれは人の立てるものではない。馬が連れ立って走っているのだ。


「ユーリ。どうした?」


「キース将軍」


 ユーリと呼ばれた少女の後ろには影のような漆黒の衣を着た男が現れた。

 その色を着ることを許されるのは3人だけ。

 月影軍の将軍であるジョゼ・アイベリー。

 陽炎軍の将軍であるラルド・キース。そして彼の副官であるユーリだけだ。

 ラルド・キースははっと目を引く美丈夫で落ち着き払った声には、今の今まで身体を酷使していた名残など微塵もない。

 一本にひっつめた髪は風に乗り後方へと流れるが、身体を冷やす汗は一粒とて頑固そうな眉を乗せた額には浮いていない。

 流石は我らがキース将軍。

 それに比べて自分はどうだろう。

 汗まみれどころか泥まみれだ。

 果たして同じ色の服に見えるだろうか。

 恐らくみえないだろう。同じ調練でこの違いよう。

 兵士たちも息も荒く座り込むものもいる。将軍は特別だ。

 それが誇らしいような悔しいような複雑な心境を抱き、ユーリは口元を歪める。


「ユーリ?」

 

 覗きこまれてやっと我に返った。

 顔が近すぎるのと報告を怠った自責で、ユーリの顔色が赤に青にとめまぐるしく変化する。

 もう少し離れてください!

 いくらキースが地獄耳でも心の声まで聞こえるはずがない。 

 ユーリの背後は崖だ。下がることは出来ない。

 仕方なく、キースに背を向ける。


「ええっと、あそこです! 何か来たもので気になりましたが、どうやらマーゼムの兵のようです」


「導師の?」


 キースは目を細めたが、点にしか見えないものが僅かに動いているのしか見えない。

 マーゼムはマルスの教えを広める導師たちであり、アリオス王家における儀式や祭りの一切を請け負っている。

 マーゼムを守る独自の兵たちは月影にも陽炎にも所属はしていない。

 そのため彼らの鎧は銀ではなく赤銅色をしている。

 キースには色の違いさえ見えないが、『風走り』とも呼ばれるユーリの能力には全幅の信頼を置いている。

 ユーリの目はどんなに遠くの情報もいち早く見極めることが出来るのだ。


「王女様を迎える準備に九重の城へ行くのでしょう。いよいよなんですねぇ」


 王女を迎えることがはたして良いことになるのか。

 暮れ行く空にいくつものため息が重なった。


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