第二章:遠き場所よりきし者は6
「おい嬢ちゃん。剣の師は誰だ?」
「ジニスにほんの少しいた旅人だよ。昔、流れの傭兵をしていたことがあるって言ってたけど」
カエデと名乗った男はおそらく母の知り合いだったのだろう。
母の墓の前でぽつねんといたのを見かけたのが最初だ。
元々客人をもてなすのが好きなジニスでは誰ともなく世話を焼くうちにカエデはしばらく居ついていた。
カエデにしてみればほんの感謝の気持ちだったのだろう。
盗賊退治に加わった彼の剣の美しさに惚れ込んで、セイラは昼夜問わず教えてくれと追い掛け回した。
「どうしたの?」
「いや、知っている奴と形が似ていたから気になっただけだ」
「ふぅん」
気になった?
そんな一言で片付くことだろうか。
ジョゼの眼帯に隠された瞳が細まった。
嘗て見た状況が瞼の裏に甦る。
声さえ上げられずに倒れていく刺客。
白い世界に鮮血が彩りを添え、それさえも飲み込んで降り続ける雪。
その僅かな時間に現れた強烈な色を作り出した少年は、ジョゼの目にはあまりにも死とはかけ離れて見えていたのだ。
戦場から最も遠い城の中でたった一人戦い続けるジルフォード。
縁遠いはずなど無かったのだ。
誰も守ってくれぬ世界で自分を守る術など一つしかない。
ジョゼがそのことに気が付いた時はジルフォードが城に移されてかなりの月日が経っていた。
息さえ凍る死の舞踏。
そのジルフォードと同じ剣の使い方をする娘。
その娘が偶然にもジルフォードに嫁いでくるなんてことがあるだろうか。
あれはアリオスの型ではない。エスタニアでもないはずだ。
ジョゼはその正体を未だに掴めてはいなかった。
「ジョゼ将軍? どうされました」
「いや、なんでもないさ」
マキナの問いにジョゼは小さく首を振って疑問を追いやった。
「嬢ちゃんたち、そろそろ戻ったほうがいいぞ。王女様が心配するだろう?」
セイラ王女への贈り物の一部を持ってケイトが部屋を訪ねていくはずだ。
体調を崩して臥せっていると思われている王女のもとには方々の貴族たちから体にいいとされる薬や食材が届けられている。
今のセイラの姿を見れば無用のものだが、部屋で寝込んでいると信じて疑わないケイトはせっせと贈り物を持っていくことだろう。
部屋にいないことが分かれば一騒動起きかねない。
「そうですわね! 早く帰りましょう」
ハナがジョゼから引き離しにかかれば、セイラが口元を歪める。
「えぇ、もうちょっと」
「か、え、り、ま、す」
「ね」とハナがにっこりと微笑んだ。
かわいらしい笑顔のお手本のように。
目の細め方、口角の上がり方も完璧だ。
だけど、怖い。
セイラは経験上この後に起こることを知っているが、マキナまでもそうしたほうがいいと僅かに震える声で二人を促した。