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第二章:遠き場所よりきし者は4

 カナンのお茶はとてもおいしかった。

 雪の中を歩いてもまだおなかの中からぽっと暖かく、お土産までもらってしまって足取りも軽い。

 ハナはきっと嬉しがるだろう。

 すぐにでもカナンに会いたくなるはずだ。

 ジンのことを早く話したかった。


 鎧のことはもう少しだけ、ハナにもニキにも黙っておこう。

 部屋に監禁されかねない。

 

 このまま誰にも見つからずに部屋までたどり着ければ、今日は幸せな日だったと締めくくることができたのに、あと少しというところで、一番見つかりたくない相手に見つかってしまった。

 一瞬怪訝そうに眉を寄せた後は、猛烈な足裁きで此方に近づいてくる。

 なぜあんなに早く歩きながら綺麗に見えるのだろう。

 同じ服装だとは信じがたい。


「セイラ様! 何をなさっているのですか」


 小声だったがハナの困惑と怒りを悟るには十分だった。


「ちょっと、探検を……」


 お小言はせめて部屋で聞きたかった。

 ここでは人の目が多すぎる。唯でさえ毛色の違った服装をしているので視線がちろちろと刺さるのだが、口論し始めれば、余計に人目を引くのは間違いない。

 今は、お土産効果も薄いだろう。

 せめて大風が暴風風に変わらないように丁重に対応する必要がある。


「探検って、セイラ様は体調を崩して寝ていることになっているのですよ? それなのにふらふらと出歩いているだなんて知られたら!」


 次第に大きくなっていくハナの声にさすがに他の侍女たちの視線が集まる。

 セイラの目配せにようやくハナも事態を悟ったようで、はっと口を噤んだ。


「も、もう帰りますわよ」


 そうこうしている内に背後から声がかかり、二人とも悪戯がばれた子どものように肩がびくりとはねた。

 おそるおそる向き直れば、侍女が数人立っていた。

 どれもすらりと背が高く、指先まで荒れたところが無い。

 もしもアリオスの侍女特有の深い青の制服を着ていなければ侍女だとは思わなかっただろう。

 後で知ることになるのだが、アリオスの侍女には広く公募して入ってきた娘と非戦闘と呼ばれる貴族出身の娘たちがいる。

 後者は専ら花嫁修業の一環として1,2年城で働くのだ。

 彼女たちは非戦闘の侍女たちだ。


「貴女たち、エスタニアの方でしょう?」


「そうですわ」


「ハナさんはどちら?」


「私ですけれど」


 侍女たちは名乗り出たハナの頭の先から爪の先までとっくりと視線を通す。


「ねぇ、貴女その……」


 彼女たちが言いにくそうに言いよどむ。

 けれどちらりと向けられる視線は粘着質で早く次の質問をしたくて仕方がないと訴えている。


「何でしょう?」


「貴女孤児だったって本当なの?」


 甲高い笑いが起こった。

 相手が不快に思うと分かっていて発する嫌に耳につく笑い声。

 セイの眉がつんと天を向く。


「そうですが?」


 それがどうしたのだ。

 怪訝そうな顔をするハナに小さく声を絞って、けれどもちゃんと耳に入る大きさの声で笑いあう。


「本当だったのね」


「エスタニアの王女付きの侍女が孤児だなんて」


「まぁ」


「どんな手を使ったのかしら。嫌だわ。どこの誰ともつかない方が城の中を徘徊するだなんて」


 ハナはきつく拳を握り締めた。

 分かっていたことだ。

 ハナが孤児であることがプラスにならないことぐらい。

 それでも無性に悔しくて腹が立った。

 彼女たちが貶めているのはハナではなく、セイラなのだ。

 ハナのような孤児を傍に置く変わり者の王女。


「ハナ殿はお幸せね。大出世ですもの」


 口を開きかけたセイラを制してハナは一歩前へ出た。

 侍女の一言は全く持ってその通りだ。


「あなた方の仰るとおり、私ほど幸せ者はいないでしょう。セイラ様は孤児にだって優しいの」


 微笑むハナに侍女たちはたじろいだ。


「そっそう。その優しさが、あの魔物にも注がれるといいのですけどねぇ」


「魔物って?」


 セイラの問いに侍女たちは顔を歪めた。


「本当に何も知らずに来たのね。あの色なしのことを」


「まぁおやめなさいよ。色なしのことなんてご存知ではないのよ」


 ちろりと向けられた視線にむかっ腹がたつ。

 話したくて仕方がないと態度で示しているではないか。

 どうしてそちらの思惑の通りに動いてやらなければならないのだ。

 だが元来短気なセイラは、長い前置きに付き合ってやろうという気は無い


「色なしとは何でしょう?」


「私たちの口からはとても言えませんわ」


「なら誰に聞けばいいの? 国王陛下かな?」


「まぁ、なんという態度なの!」


「仕方が無いわよ。私たちがアリオスでの生き方を教えて差し上げなければね」


「そうねぇ。それが先輩としての勤めよね」


「まず、調練については知っておかなくては」


「ちょう、れん?」


 困惑顔の二人に向けて侍女たちは、にっこりと微笑んだ。

 大輪の花のようなのに背筋が冷たくなるような嫌な笑みだった。


「アリオスの侍女には義務があるの。貴女たちもアリオスの人間になるのだから知っておいた方がいいでしょう?」


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