第三話 親子との出会い 霊媒体質の少女①
愛がトゥルーラブになってから一週間がたった五月の第三木曜日。
あれからディグレイドは現れなかったが、リューフを浄化するために愛と真は放課後は毎日変身して浄化を続けていた。そのため愛はあれから手芸部に一度も顔を出せずにいた。
「天園さん」
「あ、美空さん……」
愛は黒板消しを動かす手を止めて振り向いた。
彼女は美空咲。手芸部の部長である。
「最近何で部活に来ないのよぅ。毎日とは言わないけど、せめて一週間に一回は来てよ」
咲はゆるい手芸部の中でも一番気合いが入っている生徒だ。コンテストにも多々出品しており、将来は被服職人になろうと考えている。もちろん毎日部室に顔を出し、日々作品を作り続けている。手芸部も彼女が人を集めて立ち上げたのだ。
「ご、ごめんね、ちょっと色々忙しくて行けなくて……」
「今日は来るよね⁉」
「う、う~ん……」
愛は困ったように笑いながら黒板消しを粉受けに置いた。
「来てよ~‼天園さんマカロン作るの上手いし、手先器用だからいてくれると助かるんだよ~」
マカロンとはお菓子ではなくそれの形をした小物入れのことだ。布の数だけ色々な柄があり、小さいものが多く鞄などにつけることができ、可愛らしくて女性に人気がある。手芸部では文化祭でそれを売るためにちまちまと作っているのだ。
「じゃあ今日は行こうかな」
愛は若干思うことがありながらそう言った。
「ほんと⁉」
「ごめん、手帳確認するからちょっと待ってて。もし行けなかったら掃除終わった後に伝えるから」
愛はそう言うと手帳を探しに行くふりをして教室を出た。
「高嶺くん、ちょっと……」
廊下で窓を拭いていた真は愛に気がつくと、いつもの無表情な顔で振り向いた。
「……実は、美空さんが……」
愛は事情を話すと、真の表情をうかがった。以前のようにあからさまに怒った顔はしていないが、若干眉を動かしているのを見ると、あまりいい様子ではない。
「……てわけで、今日一日だけは部活に行ってもいいかな」
真は雑巾を窓の桟の部分に置くと、人差し指を動かして「来い」というジェスチャーを示し、屋上へ続く階段の方に歩いていった。
今は掃除時間のため、学校全体のあちこちに人がいる。人のいない場所は屋上ぐらいしかなかった。
いちいち人のいない場所を選んで話すのは二人とも面倒だったが、聞かれてはまずい話をするにはしょうがない。
「……あのな、お前はいちいち俺に相談しないと事を決められないのか?何か気の利いた言い訳を言って上手く断れよ」
それができないから相談してるんじゃない、と愛は心の中で思った。
「ここ一週間はあいつらは出てこないが、いつ何が起こるかわからないだろ。見回りを怠るわけにはいかないんだよ」
「……その、さ」
愛は左腕を右手で触り目線を斜め下に落としながら、言いづらそうにすると言葉を切らした。
「……今日だけは俺だけパトロールをしろと?」
頭の回転が速い真は愛の言いたいことを代わりに言った。
「……ダメ、かな。部活も一時間ぐらいで切り上げるからさ、その後行くから」
「ダメだ」
条件をつけて遠慮がちに言う愛を真は容赦なく一刀両断した。
「両立ができないようなら部活をやめるんだな。ただでさえ勉強と両立しなきゃいけないってのに、余計なことやってる暇はない」
そう言うと真は愛に背を向け、屋上の入口に歩いていった。その直後に、ちょうど掃除時間を終了するチャイムが鳴った。
一人残された愛は開けっ放しの屋上の入口を見ていた。涼しい風が後ろから吹きつけ、肩まで伸びた髪が揺れる。
「……なによ」
愛は屋上の入口を睨んだ。
「何よ‼本当に好きで手芸部に入ってるのに‼一時間でもいけないわけ⁉毎日パトロールばっかじゃストレス溜まるでしょ‼」
誰もいない屋上に愛の声だけが聞こえていた。
「……決めた」
そう呟くと、愛は屋上の入口に向かっていった。
「でぇ~、その時先輩が通りかかってぇ」
南校舎の一階の放送室の隣にある六畳ほどの部屋、手芸部の部室で四人の女子生徒が四角い白いテーブルで作業をしていた。一人は咲で、西側の本棚を背にした場所でせっせと服の型を作っている。その正面には茶髪のやや広がった無造作なセミロングの女子が座っており、先ほどから話を続けている。窓際の席には真菜津が話を聞きながら布を縫っていた。咲の横には愛が座り、黙々と作業をしていた。
「伸びしてたとこ見られたから恥ずかしくってさー。そんで先輩、レモンスカッシュ持ってて……」
「ねえ麻弥、ちょっと音量おとしてくれない?ていうか少しは作業してよ」
咲が型を取る手を止めて茶髪のセミロングの少女、高橋麻弥に話しかけた。
「え~、今日なんか眠いんだもん」
「そのわりにはおしゃべりだけど」
愛は咲の横で黙々と丸い布に針を通していた。マカロンポーチに使う生地だ。
「天園さん、どうかした?」
咲は黙々と糸を通し続ける愛を気にして見た。
「ん?何が?」
「さっきからずーっと黙ってるんだもん。入ってきた時も変だったし、何か元気ない?」
愛は結局、真に何も言わずホームルームが終わるとそのまま部室に来た。今日は部活をやると決めたのだが、一応二時間経ったら帰ることにした。
「別に普通だよ」
「えーそうかなぁ」
咲は疑いながら服の型作りを再開した。
「ねぇ瀬川さん、天園さんちょっと変だよね」
咲は窓際に座っている真菜津に話しかけた。
「う~ん……どうかな」
真菜津はポーチを作りながら曖昧な表情で笑った。
「ねぇねぇ、天園さんって今彼氏いるの?」
空気が読めない麻弥が唐突に愛に尋ねた。
「……えっ」
愛は布と針を持ったまま動作を止めた。
「なんかよく高嶺くんと一緒にいるとこ見るけど、二人って付き合ってたりするの?」
今はそこに触れてほしくなかったが、愛は表情には出さなかった。
「付き合ってないよ。委員会が同じだからその用事でよく話すだけ」
そうだ。
私はあんな無愛想で冷たい人、好きじゃない。
私が憧れていて好きなのは天堂先輩なんだ。
「え~そうなんだ」
麻弥は若干がっかりしたような表情で机に置いた腕に顔を乗せた。
「私の好きな人はね、先輩だよ」
愛が言った。
「え~そうなの⁉誰⁉誰⁉」
やや興奮して話に食いつく麻弥を、咲は呆れながら見た。
「まさか先輩⁉」
「違うよー」
愛は失笑するように笑った。
真は変身した姿で上空を飛びながら、後ろについて飛んでいるジェルに声をかけた。
「……ジェル、今何時か分かるか」
「うーン、大体五時半ぐらいね」
「あいつ……」
放課後にはパトロールをすることになっているので四時には必ず顔を合わせる。だが愛は一時間半経っても現れない。真は顔をしかめた。
「サファイア、ナニか言ったの?」
ジェルは心配そうに真に尋ねた。
「……知らん」
真は仏頂面な声で、少々苛つきながら街を飛び続けた。
「愛―‼」




