第十一話 波打ち際の雪の中の人魚
ブラッドがうなだれてだるそうに床に座っていると、あまり聞き覚えのない女の声がした。
「あんたがそんな風になるなんて珍しい。次は、私が行ってきてあげるわよ」
ピンクと緑のメッシュを入れたボブヘアーで、スカートの部分がバルーンのように膨らんだ派手な服装の女・キャメリアが、鏡台の前でチークのパフを持って化粧をしていた。
「キャメリア……」
ブラッドは憂鬱そうにじとっと彼女を見上げた。
キャメリアのそばには青いリボンをつけたクマのぬいぐるみが置かれている。
「本当、あなたたちって美しくないわねぇ。周りがルファイン様みたいに美しくなかったら、凄くやる気が出ないし萎えるわぁ」
「……相変わらず化粧ばっかしててケバい女ねぇ」
アナディアナが嫌味ったらしく言った。
「……お前、本部にいたんじゃねぇのかよ」
ブラッドは小さく舌打ちをして横目でキャメリアを見た。
「だってすることなくて暇なんだもの。活躍すればルファイン様にかまってもらえそうだし」
「お前、全然こっちの城に来ないけど普段何してんだ?暇じゃねーの?」
グラッディが寝転んでいつものようにポテトチップスを貪りながらキャメリアに話しかけた。
その様子と声を聞いたキャメリアは一瞬にして嫌悪の表情を露わにし、大声で怒鳴った。
「ちょっと、私に話しかけないで!!あんたの顔見ると背中に毛虫が這うみたいにゾワゾワするんだから!!」
「ひでーこと言うなぁお前」
「話しかけてこないでって言ってるでしょ!!」
「......いいから行くならさっさと地上に下りたら?ルファインに認めてもらいたいんでしょ」
アナディアナが呆れたように言う。
できた、とキャメリアは鏡台の前で呟き、クマのぬいぐるみを抱えて彼女はワープゾーンで姿を消した。
「ついに四人目が仲間に加わりましたー!!ピュアハーブこと、緑川乙葉ちゃんです!!」
愛の家で、真、光、乙葉、エーラ、シェルルを集めて愛は親睦会を開いていた。
「よっ、よろしくお願いします!!」
乙葉は恥ずかしそうに、皆の前で立ち上がりお辞儀をした。
「いやぁ〜、四人目がこの前学校見学の時に来てた乙葉ちゃんだったなんてな!!びっくりだよ!!」
光は乙葉に感心して視線を釘付けにする。
「つい昨日トゥルーラブになりました……光さん、よろしくお願いします」
「光は昨日空手の試合だったから戦いに来れなかったんだよねー」
愛が用意していたお菓子をつまみながら言う。
「試合中、なんか嫌な予感はしてたんだけど、まさか乙葉ちゃんが戦ってるなんて思いもよらなかったよ……」
光はポリポリとこめかみをかきながら言った。
「ブラッドに立ち向かって、勝って、すごかったんだから!!」
ブラッドに会ったことがない光に、愛が興奮しながら説明する。
親睦会終始、無表情な顔を更に固くしてお菓子や飲み物にも全く手をつけない真に愛は気づかない。
その真の様子をエーラとシェルルは少し心配そうに見ていた。
六月の土曜日。
「雪ちゃん、目線こっち!!いーねいーね、今日も素敵だよ!!」
雪はちょうどグラビアのモデルの仕事で、綺麗な海岸に来ており、水着で写真を撮っていた。
「お疲れ様」
マネージャー兼運転手のテツが雪にパーカーと飲み物を渡す。
「ありがと」
六月なので水着ではまだ肌寒い。
地球温暖化が進んでいるので徐々に暖かくはなってきているが、それを喜んでいいのかは疑問だ。
「雪に歌の仕事があるんだけど」
雪はそう言ってきたテツの方に顔を向ける。
「出場予定だった子が急に出られなくなって、代わりに雪が出ないかって主催者が。明日なんだけど、出られる?」
「やります」
雪は即答した。
「そう。じゃあ、雪の持ち歌の『雪の中の人魚』でいいね。練習して喉あたためといて」
「わかりました」
グラビア撮影が終わり、その後はドラマの撮影があり、夕方になって雪は歌の練習をするために専用のスタジオに出向いた。
練習を終えてスタジオを出ると、シンガーソングライターのメリサと鉢合わせた。
メリサは自分で作詞作曲をし、歌を歌う。
それが歌唱力が半端なく、物凄く評価が高い。ルックスもプロポーションを保っていて、美貌も申し分ない。
それと比べて、作詞家や作曲家に歌を作ってもらい、それを歌う『歌手』である雪は何かと自分とシンガーソングライターを比べてしまうのだった。
「あら、道野雪さん、だっけ?あなた明日のアルテナ・プラチナホールで開かれるコンサートに出るのよね』
「あっ、はい。そうです、よろしくお願いします」
雪はお辞儀をした。
「……あなたって最近よく活躍してるわよね。モデルにグラビアに、ドラマに映画にCMに……すごい忙しそうね」
「そう言ってもらえて、光栄です」
雪はそう言って上目遣いでメリサを見る。彼女の言った中に『歌手』がない事に気づく。
「……あなたの歌って、上手いんだけど魂に響かないのよねぇ」
そのメリサの言葉に、雪はツキッ、と心臓の辺りが痛んだ。
「マルチに活躍されてる女優さん?だと、そんな風に言われても仕方ないと思うけどね」
そう言ってメリサはカツカツとロングブーツのヒールを鳴らして雪の前を通り過ぎていった。
コンサートの前日、15時頃。
雪は仕事の合間を縫って、執事を運転手に連れてかがやき市内の海まで車を走らせていた。
「お嬢様、いいんですか?テツさんに何も言わないでこんなところまで来て……」
執事の女性、華が雪に尋ねる。
雪は黙ったまま、助手席の車の窓から外の景色を見ていた。
雪は青い縦ストライプのきれいめなワンピースをなびかせ、サンダルで車から降りると、海の浜辺に着き、うぅん、と伸びをする。
「お嬢様……」
「いいのよ、仕事ばっかで疲れちゃって。たまにはこういう息抜きも必要なのよ」
雪は浜辺に体操座りをして海のさざ波を眺めていた。
「やっぱり少し肌寒いわね……」
雪はサマーコートを羽織り、露出していた腕をさする。
「あれ、雪!?」
聴き慣れた声がしてそちらを振り向くと、見慣れた二人が立っていた。
「愛!?」
いつもの黒髪のセミロングに、服装は花柄のTシャツとデニムのズボンを履いていた。
「どうしたのよこんな所で!偶然!?びっくりしたぁ……」
愛は驚きながら雪にそう言う。
「愛たちはどうして海に?」
「健と気分転換に来てみただけなんだけど……雪はなんで?」
「ちょっと仕事の合間にね……で、そちらは……」
雪は愛の隣に立っている男の子の方へ視線を動かした。
「こ、こここ、こんにちは……」
健はどきまぎと緊張しながら雪に挨拶した。青いシャツに白い上着を羽織り、黒いズボンを履いている。
「弟の健だよ!小さい頃に何回か会ったかな?」
健は頬を少し赤く染めて顔を雪から逸らした。
雪は健の様子を見て微笑むと、
「こんにちは」と透明感のある声で言った。
その声を聞いた健はますます頬を赤らめた。
「そうかぁ、明日のコンサートのことね……」
愛と雪で浜辺に座り、雪は愛に明日のことを相談していた。
健は少し離れたところで海を見ている。
「メリサさんに言われたの、『歌に魂がこもってない』って。歌は本業じゃないけど、私だって情熱をもって歌ってるんだけどなぁ……」
愛はしばらく考えこんだ後、口を開いた。
「メリサさんは確かにすごいと思うけど、私は雪の歌、好きだよ」
雪は微かに曇った表情で長いまつ毛をしばたかせながら愛を見た。
「……前に観客席で雪の歌を聴いた時さ、一部のフレーズが私の心に響いたことがあって。その時になんて言うのかな、ブワーって心が熱く感動したっていうかさ」
愛は身振り手振りで雪に対して感じたことを思い出しながら伝えた。
「だから……なんていうかさ、本当に心に響く歌って、自分のためには歌わないんじゃないかなぁ」
雪は愛の話を目をまたたかせて聞いていた。曇っていた何かが開けたような感覚がした。
「……ありがとう、愛。わたし、何か掴めそう」
「本当!?良かったぁ。明日、コンサート行くから頑張ってね!!」
コンサート当日。
愛は真、光、乙葉と四人で会場の観客席で様々なアーティストや歌手、俳優が出場するコンサートを楽しみつつ、雪の出番を心待ちにしていた。
雪は控え室で緊張しながら出番を待っていた。
土曜日のコンサートの前に雪は歌の為にスタジオで練習し、喉を温めておいた。
「雪、もうすぐ出番だから舞台袖に来といて」
テツが雪を呼びに来た。
「続いては今人気上昇中の俳優、道野雪さんです!!」
雪がステージへと登場すると、会場からワァアア、と歓声が上がった。
雪は司会者に質問された。
「今大人気の道野雪さんですが、今日急遽来られなかったつばきミオさんの代役ということで、今緊張されていますか?」
「いえ、ステージは慣れてきているので大丈夫です」
雪はにこやかに答えた。
「今日歌ってくれるのは新曲ですね?」
「はい、作詞は私がしていますのでそこも注目して聴いてください」
「それでは道野雪さんで『雪の中の人魚』です、どうぞ!」
「♪しんしんと降り積もる雪
じんじんと冷え凍える腕……」
ドッガッシャーン!!!
雪が歌い始めると、突然扉を破り、キャメリアと青いリボンをつけた巨大なクマのぬいぐるみ、ベアが現れた。ベアはコンサートホールで大暴れし、キャメリアはステージ衣装のようなものを着て、マイクを持ち叫んだ。
「そんな小娘より私の歌を聴きなっさーい!?」
「うわぁーーー!?」
「キャーーー!!」
コンサート会場はパニックになり、観客は逃げ惑った。
「なっ何!?誰......!?」
雪は大声を上げ、舞台の真ん中でキャメリアを目の前に戸惑っていた。
愛、真、光、乙葉の誘導で観客は全員退出し、ベアはコンサートホールの客席の椅子をぶっ壊していた。
「トゥルーラブ・チェンジ!!眩い情熱の愛、ルビーローズ!!」
愛は変身して、黒いリューフがキャメリアの周辺を沢山うようよしているのと、ベアという巨大なぬいぐるみが真っ黒になっているのを見て、ディグレイドだと察しがついた。
「こらぁあああ!!せっかくのコンサートだってのに、何めちゃくちゃにしてくれてんの!?せっかく雪が今から歌うところだったのに!!」
ルビーローズはキャメリアを指差して大声で怒った。
「出たっ!!トゥルーラブ!!そんなしょうもない女よりあたしの歌の方が100倍いいわよ!!今日はあたしが中心のコンサートライブよ!!存分に味わいなさい!!」
ルビーローズはピュア・ラ・ブレイドを持ってキャメリアに立ち向かおうとするが、キャメリアがマイクを持って自己中心な歌を歌いわめいているので近づけない。
「うるさっ……!!」
至近距離で歌いわめかれ、愛はぐわんぐわんと頭が割れそうだ。
真、光、乙葉、エーラ、シェルルも駆けつけ、あとの三人も変身する。
「誠実な群青、トゥルーサファイア!!」
「輝く太陽の光、シャイニーファイン!!」
「新緑に萌える癒しの若葉、ピュアハーブ!!」
あとの三人も近づこうとするが、鼓膜が破れるような大音量でキャメリアが歌い喚くのと、ベアが大暴れしているので近づけない。
「くっそ、なんとかしてこいつらを浄化しないと......!!でも黒リューフの数が多すぎる、どうにかしないと!!」
トゥルーサファイアは浄化の念を込めてトゥルーソードを青く光輝かせ、まずはしっかり足を大きく踏ん張り、剣を両手で強く握りしめ天井に向け、辺りの黒リューフを浄化しようと強く目を閉じた。
「じゃああたしもやるっきゃないな!!」
シャイニーファインはグローブに輝く黄色い光を込め、シャイニーフラッシュを空手のように打ち出し、襲いかかってくる黒リューフに何十発も打ち出した。
ピュアハーブはしゃがみ込んで両手を組み、祈りのポーズで目を閉じ、黄緑色の眩い光をキャメリアに放出し、ルビーローズを援護した。
「っ!?何その小娘!?じゃまくさいわね!!」
キャメリアが口からマイクを話し、ピュアハーブに近づこうとすると、ルビーローズがピュア・ラ・ブレイドを赤く光らせて大きく縦に振り、キャメリアに光を当てた。
「っ!?」
「ピュアハーブの邪魔はさせないわよ!!」
物凄い攻防を目の前で繰り広げられ、雪はステージに立ち尽くしたまま震えながらマイクを強く握り締める。
トゥルーラブ四人とキャメリア、ベアは戦いを繰り広げる。
戦い始めて、二時間が経過した。
トゥルーサファイア、シャイニーファインの浄化の光でベアは大分動きが弱まってきたが、黒リューフはまだ沢山会場を漂っている。
「ちくしょう......黒いリューフが多すぎて浄化が追いつかない」
トゥルーサファイアは右手で額の汗と汚れを拭う。
自身の苦手な浄化をしなければベアとキャメリアを倒せないと悟り、一生懸命に努力しているが、どうやってもシャイニーファインやピュアハーブのような光が出せない。
シャイニーファインも汗を流しながら、トゥルーサファイアに声をかける。
「トゥルーサファイア!!浄化はあたしたちに任せて、そっちはあんたの得意なことで戦って!!」
ピュアハーブも真剣に黒リューフに浄化の光を送り続けるが、二時間経過したところで疲れが出てきたのか、汗をかき息を切らしている。
キャメリアは自己中心な歌を大声で歌い続け、ルビーローズを近づかせまいとする。
ルビーローズはピュア・ラ・ブレイドを光り輝かせながらキャメリアを浄化しようと、何度も何度も試みる。
ベアを四分の三ぐらい浄化したところで、トゥルーラブ全員の息が絶え絶えになってきた。
「あたしをポッと出のディグレイドだと思って舐めてかかってきてたでしょう!?深淵にいたあたしの怨念を知らなかったのを後悔して、悪霊のエネルギーをこれでもかと喰らいなさい!!」
トゥルーラブ四人は汗や汚れまみれでフラフラになりながら、それでも武器を掲げ、ベアとキャメリアを見据えていた。
「これでとどめよ」
キャメリアは大きく息を吸うと、マイクを掲げた。
♪あなたの 冷え切った身体を 私が 温めてあげよう
わたしの 歌は 祈り
キャメリアの 心を 溶かす♪
「!?」
キャメリアは驚いて雪の方を振り向く。
攻防の終始をステージで立って見ていた雪が、マイクを握りしめて歌い出す。
♪あなたの 冷え切った心を 私が 温めてあげよう
わたしの 歌は 光
あなたに 真の愛を 取り戻させる♪
「なっ......何訳の分からない歌歌ってんの!?」
キャメリアは戸惑い、困惑する。
♪あなたの冷え切った身体を
私が温めてあげよう
私の熱は祈り
頬を両手で掴んで
この上ないほど抱きしめてあげる
あなたはもう苦しまなくていい
辛いのなら私の歌を聴いて
精一杯抱きしめて
愛を与えてあげるから
あなたが神様に抱かれて
心から幸せでありますように♪
キャメリアはマイクを落とし、片目から涙を流した。
雪の身体が水色に光り輝き、水色を基調とした非対称的な衣装へと変わった。ふちにはフリルがつき、首には金色のチョーカー、その下にはアクアマリン、金色の腕輪と水色がかった薄灰色のアームカバー、足はパールが散りばめられた網タイツ、靴はローヒールで小さな花の飾りがついたエナメルパンプスだ。
「海にきらめく雪の結晶、スノーマーメイド!!」
スノーマーメイドはキャメリアのところへ飛び、ぎゅっと優しく、強く抱きしめた。
「うぅ......」
キャメリアは両手で顔を覆い涙を隠し、いたたまれなくなって会場を飛び出した。
巨大で灰色だったベアもみるみるしぼみ、普通のぬいぐるみのサイズになってもとの茶色い色を取り戻し、ふらふらとキャメリアの後を追いかけて会場を出て行った。
雪は最後に息を大きく吸うと、トゥルーラブ四人と会場の黒いリューフに向かって優しく歌い始めた。
♪しんしんと降り積もる白い雪
じんじんと冷え凍える腕
地球は熱く 熱くなって
悲鳴をあげて 助けを求めている
雪よ 雪よ 雪よ降れ
冷やして 溶けて 麗して
幸せをはこんで
どうかあなたが凍えないように
地球を癒してあげます♪
あれほど黒いリューフだらけで殺伐としていたコンサートホールが、スノーマーメイドの歌で綺麗に浄化され、キラキラと輝いていた。




