第十話 おばあちゃんの言葉、四人目の癒しの力①
6月の中旬、晴れた日の日曜日の午後のこと。
乙葉は自宅で植物図鑑を開き、勉強していた。
「道管と師管は……人間の動脈と静脈に似てるよね……」
しばらくノートに文字を書きながらブツブツ言っていた乙葉は、ふぅ、と一息つきノートを閉じた。
「ちょっと散策に行こうかな」
乙葉は淡い緑色のブラウスとデニムのジーンズに着替え、カメラや植物採集用の道具をトートバッグに入れた。
植物学者になりたい夢のため、その勉強をしている乙葉だが、実際に植物を見て触れてみることが少ないと思っていた。
(梅雨だけど今日は晴れてるし、ちょうどいいや)
一応、バッグに折りたたみ傘を入れて家を出た。
ディグレイド支部。
「あーだっりぃ……」
ブラッドはバーのカウンターにうなだれ、ビールの残りが五分の一ほど入ったグラスを見つめていた。
「あんた、いつもビールばっかり飲んでるわね。たまにはコーラでも飲んだら?」
アナディアナがにやけたような笑みを浮かべながらブラッドに言う。
「バカにしてんのかババア、なんで俺が豚野郎と同じもの飲まなきゃなんねーんだよ」
「じゃあメロンソーダとか」
「嫌だね。俺は緑嫌いなんだよ」
豚野郎もといグラッディはいつものようにいびきを立ててバーの床に寝転がっている。
「雨がウザくて地上に行く気になんねー……」
「今日は雨止んでるみたいよ。て言うか、地上の情報ぐらいちゃんと把握してなさいよ」
「うっせ、この前二人がかりで行ってしくじった奴に言われたくねーんだよ」
「そっちこそうるさいわね!!……あぁそうだ」
アナディアナはふと思い出したように、思わせぶりに一呼吸ついた。
「……なんか、ルファインから聞いた話だと四人目の見当はもうついてるみたいよ。緑色のショートボブの子らしい」
「……ふぅん?じゃあ、そいつがトゥルーラブに覚醒する前にツブしておくか」
ブラッドはカウンターの椅子から立ち上がり、武器を掴んでワープゾーンに行った。
「若い芽は早めにつんでおくに限る」
乙葉は裏山に向かって歩いていた。雨上がりの独特な湿気と匂いが乙葉は好きだった。
「この辺はチドメグサとか無いかな……」
チドメグサとは夏に咲く野山の草で、葉には血を止める働きがあると言われている。
植物採集をしている傍ら、乙葉はクラスメイトに言われたことを思い出していた。
中学三年生になってクラス替えをした頃、自分の「自己紹介シート」を作成し、出席番号順に教室の後ろの壁に掲示した時、「将来の夢」の項目を見られて言われたこと。
「えぇーっ、緑川さん、将来の夢が『植物学者』なの!?すっごい地味!!」
その子は初めて同じクラスになった子だったが、顔つきも可愛くてスタイルも良い、クラスの中で「イケてる」グループの中心みたいな、そんな子だった。
そんな彼女の夢は「モデル」。現役でやっていてもおかしくないと思った。それ以上は何も言われなかったが、すっごい地味、と言われたことに対して何も言い返せなかった自分にモヤモヤした。
「はぁ……」
乙葉はため息をつく。
心はチクチク痛むが、それでも毎日植物について勉強したり、採集しに外に出たりしている自分に誇りを持ちたかった。
「……ん?なんだあいつは」
ブラッドは「心の魔眼」を使って上空から乙葉の心臓の辺りを見た。少し弱めだが、黄緑色の光が輝いているのが視えた。
チドメグサ、まだ6月に入ったばかりだから無いかなぁ……持ってたら便利なんだけど」
「そんなことしても無駄だぜ」
上空から声がし、乙葉は鳥肌が立ち、上を見上げた。ブラッドと目が合い、乙葉は驚嘆して固まった。
(なっ、何……!?あの人、宙に浮いてる!?)
「一体、植物学者って何するんだよ。そんな訳の分からない夢持ってる上に、クラスメイトからはバカにされて、勉強も上手くいってない……ハッ、本当笑えるよお前」
乙葉は寒気がしてブラッドを凝視した。
(こっ……この人、私の心読んでる!?気味が悪い……!!)
「……ヘェ」
ブラッドは魔眼で乙葉の胸の中心を観察していた。
「……これでも光、強いんだ。ますます潰しがいがあるな!!」
ブラッドは魔法陣から大鎌を取り出し、乙葉の「心の宝石」を狩ろうと襲いかかった。
「キャアァアァアアア!!」
乙葉はブラッドから走って逃げ出した。




