眩い情熱の愛、ルビーローズ誕生!!②
委員会が終わると、愛は教室から出た。
今回の内容は十月に行う学園祭の内容決めと、毎月作らなければいけない掲示物のチェックだった。
(……部活どうしようかな)
愛は手芸部に所属しているが、部のスタンスは「行きたいときに行く」であり、雰囲気もゆるく部員も少ない。委員会で遅くなったので行かなくてもいいか、と愛は靴箱の方へ階段を下りた。
校門を出てから歩いた時、鞄の中から携帯のバイブ音が聞こえてきた。誰だろう、とスマホの画面を見るとそこには弟の名前が表示されていた。
「もしもし?」
「あ、ねーちゃん?悪いんだけどさ、水筒買ってきてくれない?」
藪から棒に何だ、と一瞬思ったが、愛はとあることを思い出した。
「水筒って……」
「この前姉ちゃんが割っちゃったじゃん。明日遠足なんだよ、無いと困るんだよ」
愛は自分が手を滑らして棚から弟のガラス製で青色の水筒を割ってしまったことを思い出し、にがうりを噛み潰したような顔をした。
「……ごめん、自分で買いに行って」
「俺部活で忙しいんだよ!」
愛の弟、健はサッカー部である。
「今からじゃデパートは遠いし、街ぐらいしか売ってないじゃん」
「姉ちゃんの高校からだったら街、近いだろ。パッと行って買ってきてよ」
(パッとって、瞬間移動が使えるわけじゃあるまいし……)
「……うるさいなぁ、わかったよ」
健の言い方にはイラつくが、一応悪いなとは思っていた。学校と街はわりかし近い場所にあるので、すぐ行って買ってくれば問題ない、が……。
(……なんか、行きたくないな……)
空は雨が降り出しそうなどんよりとした曇り空だ。今日は雨は降らないと天気予報で言っていたが、なんだか降り出しそうな予感がした。
(さっさと街に行って水筒買って早く帰ろっか)
前に街に行ったときに水筒を見かけたが、今度はガラス製じゃなくて陶器製のものにしよう。お金もあるし、青ならいいだろう、と愛は街の方角へ駆け出した。
早く街の表に出ようと、愛は路地裏を早足で歩いていた。
(え……)
目の前に、見覚えのある人物の後ろ姿が見え、愛はどきりとした。
「高嶺、くん……?」
その言葉を発した直後、彼は振り返り、愛を見た途端、強張った表情で目を見開いた。
「天園……お前、何でここに……」
「え……ちょっと用があって」
「今すぐ帰れ」
ただでさえ二人きりでなんか会いたくない人に出くわして気まずいのに、再び理不尽な言葉を言われてカチンときた。
「何なの!?こっちはこっちの用事があってここに来てるのに!!あなたにそんなこと言われる筋合いないですから!!」
腹が立った愛は真を無視して街へ行こうと足を早めた。
「まて、そっちへ近づくな!!」
真は愛の腕をがしっとつかんだ。
「痛っ……放してよ!!」
瞬間、上空から冷たい風が吹き二人の背中を撫でつけた。そして、体の芯にピリッと電流が通ったような感覚が走った。体全体に寒気が走り、鳥肌が立っているのを感じた。
(何……!?)
空は相変わらず曇っているが、雨はまだ降り出していない。雷の気配なども全く無かった。
真も同じような感覚を覚えているようだった。
「……来やがった」
真はこめかみに汗を流し、焦燥と緊張の混じった顔で後ろを睨みつけた。
「お前は一刻も早く来た道を戻れ。それか、そこから一歩も動くな」
そう言うや否や、真は愛に背を向けると街の奥へ全速力で駆け出した。
「ちょっと、高嶺くん!?」
(なんか……変)
愛は一人になり、辺りを見回していた。空は相変わらず曇ったままで変化はないが、何かがおかしい。
歩けば歩くほど体が重くなり、動悸がし出した。
(さっきのあの人が気になるけど、やっぱり帰った方がいいかも……)
愛が街に行くのを思いとどまって引き返そうとしたその時。
「カモ発見……」
全身の血が逆流するような嫌悪感を覚え、愛は上を見上げた。
愛のすぐ近くにあるビルの一番上に、黒髪の背の低い男が片膝をついて腰かけていた。背は愛と同じぐらいだ。首元にはベルト型のチョーカーをし、袖のないⅤネック型のジャケットをじかに着ており、へそが出るぐらい丈が短い。半パンに膝上ぐらいのブーツ、両腕にしたアームカバーは肩の部分が露出し手の甲まで覆い、指先が見えていた。全身が黒色で統一されている。左肩に「C」を反転したマークに十字架を当てたような黒いタトゥーが彫られているのが見えた。
男は右手を顔の前にかざした。五本の指の黒い爪が五十センチほど長く、鋭くなった。
「あんたの魂、堕とさせてくれる?」
黒い男は足を軽快に鳴らしてビルの上から飛び、鋭い爪を愛に向かって振り下ろした。
「きゃあぁあああ!!」
ガキィン!!
愛の目の前に、白色のマントをはおり長剣を持った男が現れた。黒く鋭い爪は、銀色の長剣で防がれた。
「っ!!」
白マントの男は黒い男に向かって爪を薙ぎ払うように剣を旋回させた。黒い男は爪を元に戻すと身軽に着地した。
男は後ろを振り返ると愛に強い眼差しを向けた。その顔には見覚えがあった。
「高嶺、くん……!?」
真は愛の放った言葉に一瞬瞳孔を大きく開かせたが、直後にものすごい剣幕で叫んだ。
「下がれ!!」
真は愛にそう言い放つと、再び黒い男の爪と自身の剣を交差させる。男はいったん距離を取ろうと数メートル後ろにジャンプした。
「え……」
愛は真の格好を改めてまじまじと見た。白いラインが入った青い衣装で、丈は長く太もも辺りまで伸びている。薄灰色のズボンに、膝辺りを黒いベルトで止められたブーツは黒に近い銀色。チョーカーは金色で、その下には赤く輝く宝石が肌にじかにつけられていた。腕輪も金色で、腕を黒い布が覆っていた。背中には一枚の白いマントがなびいている。一見とてつもなく完成度の高い何かのコスプレのように見えるが、生地は高価そうで金や宝石も本物に見える。
「いったい何なの……?」
「説明は後だ!!とにかく逃げるぞ!!」
真は愛の体を抱きかかえると、ものすごい跳躍力で跳ね、その場から離れた。
「え、ちょ、高嶺くん!?」
ーーちょっと待って、これって夢に出てきたお姫様抱っこじゃあーー
愛の複雑な思いもおかまいなしに、真は愛を抱きかかえたまま建物をつたいながら飛び、街の近くの住宅地に移動した。
「はぁっ、はぁっ……」
静かな住宅地へ降りると、真は息を切らしながら愛を降ろした。愛は地面へ座ると一息ついた。
「どういうことなの……!?あの爪男は何!?」
「そんなことより」
そう言って真は愛の肩をがしっと掴んできた。愛は驚いて体を強張らせる。
「お前、俺が見えるんだな」
「え……?うん」
愛は何が何だか分からないまま頷いた。
「……お前が」
「え?」
真は愛の肩を強く掴んだまま鋭く息を吐いた。その表情は、いつも真顔に近いクールな真ではなく、困惑と混沌の色が見えた。
「ねえ、痛いよ」
「……ああ、すまん」
真は肩を掴んでいた腕を放した。
「それで、状況を説明してよ」
「……あいつはブラッド。ここ最近現れた、人間を堕落させることを目的として現れた組織『ディグレイド』の一人だ」
「ディグ……?何よそれ……」
「ここ最近、人がおかしくなるニュースが多いだろう。その原因は全部あいつらだ」
確かに、ここ最近変なニュースが多かった。魔が入ったように人が人を刺したり、公衆の面前で猥褻な行為をする者がいたり――だが、それが「組織の仕業」とはあまり考えつかない。
「ごめん、あたしちょっとよく分からなーー」
「そして俺はその『ディグレイド』を倒すために戦っている『トゥルーラブ』の一人だ。女神様から使命をつかわされた」
「……」
愛は頭がついていかず黙ったままだ。
「あとは『つかい』に聞いてくれ。俺はあいつを放っておくわけにいかないから街へ戻る」
そう言うや否や、真は先ほど見せた半端ない跳躍力で跳び上がり、住宅の屋根を伝って街の方向へ消えた。
「ちょ、ちょっと!?」
愛は道路に座ったまま伸ばした右手を力なくおろした。
「一体全体何なの!?誰か私にもわかるように説明してよ!!」
愛は混乱し、目を瞑りながら大声で叫んだ。
「オレが説明してやる」
「わっ!?」
正面から声がし、顔を上げるとそこには黒色のコウモリのような生命体がいた。羽に十字架のチャームをぶら下げている。アニメで見るようなデフォルメされた可愛らしい生物だった。これがいわゆる、マスコットってやつだろうか……?
「ななな……」
目の前で起こる不可解な出来事の連続に、愛は混乱しこめかみに汗を流した。
「オレはエーラ。トゥルーラブの使いで、天使だ」
「天使……?見た目コウモリなのに?」
エーラと名乗る生命体は無視して話を続けた。
「そんであいつは『トゥルーラブ』の一人、トゥルーサファイア。人間を堕落させようとする『ディグレイド』と戦っている」
「そ、それはさっきも聞いたけど……」
「ディグレイドっていうのは、正体不明の組織だ。人間界と地獄界の狭間に住んでいる。トゥルーラブと違って人の目に見える」
「は、はぁ……」
「やつらはこの世に漂っているリューフ、つまり浮遊霊を操り、人の『霊体』に働きかけて人間の心を操る」
「……」
愛は納得したようなしていないようなどっちつかずな表情で話を聞いていた。
「さっきの爪男はブラッド、ディグレイドの一人だ。奴らは現在わかる範囲で五人いる。……今出てきてるのはそいつだけだが」
「ちょっと待って……あんなのが他に四人もいるの!?そんなのと高嶺くんは戦ってるっていうの!?……一人で!?」
エーラは目を伏せると、一呼吸おいて再び話し始めた。
「ここで重要な話だ」
「……何?」
「真には完全な力を引き出すパートナーがいる」
「……そうなの?」
「お前が、その真のパートナーだ」
「えぇっ!?」
エーラは愛の顔を真っ直ぐに見る。
「オレは一応天使だ、天界から司った力で、近くトゥルーラブになる奴がわかる」
愛は呆然としてものが言えなくなり口を半開きにしてエーラを見た。
「……嘘、でしょ……」
「嘘じゃないさ。お前の中に、強い赤い光が見えるのが証拠だ」
「他の人には見えないの!?」
「見えない」
「証拠がないじゃない!!」
「信じるか信じないかは、お前が決めろ」
愛は押し黙った。
「ただお前が動かなきゃ真は最悪死ぬ」
「そんな……!!」
いくら大嫌いでも命にかかわるとなると放ってはおけない。だが真と共にパートナーとして戦うだなんて受け入れられないし、きっとコンビネーションだって最悪だ。
「わたしは……っ」
「お前に心と覚悟があるなら」
エーラは、真ん中に赤い宝石がついている、ハートに十字がかかった金色のチャームを愛に投げ渡した。
「これを持ってさっきの場所へ来い」




