ディグレイドのリーダー・堕天使ルファイン③
光をその場に残し、愛は公衆トイレを見つけそこで変身し、再び商店街に出て菜穂を探した。
「菜穂ぉ――っ‼」
上空へ飛び上がり、見下ろしながら探すが見つからない。
愛が菜穂を探し始めて三十分が経過した。
(どうしよう……)
愛はフラフラと商店街の中央大通りにつま先をつけた。
(エーラが言おうとしてたこと、ちゃんと聞いておけばよかった……‼)
愛は大通りの中心にへたり込み、唇を嚙んだ。
「エーラ……」
愛は地面につけた両こぶしを握った。両目が潤み、視界が滲む。
「馬鹿野郎‼」
愛は罵声に驚いて顔を上げた。目の前には、変身した真が息を切らして立っていた。
「お前、任務ほったらかして何やってんだよ‼」
「高嶺くん……」
愛はぐしゃぐしゃの顔で真に抱きついた。
「助けて‼菜穂が、菜穂が……っ‼」
真は愛のいきなりの行動に驚いたが、状況を察しているのか冷静に言った。
「ディグレイドの頭領、ルファインが現れた。おそらくそいつに攫われたんだろ」
「……探しても見つからないの……もうどうしていいか、分からなくて……‼」
「しっかりしろよ‼」
真は愛の肩をつかみ、揺さぶった。愛はハッとして真の瞳を見つめた。
「お前はトゥルーラブのリーダーだろ⁉一時のトラブルごときでパニックを起こすな‼そんな顔をぐしゃぐしゃにして泣きごと言うんじゃねえよ‼」
「……高嶺くん……」
真は片手で落ち着かせるように愛の背中をさすった。
「大丈夫だ。俺とお前なら、きっと藤野を助けられるから」
愛は片手で両目をふくと、ピュア・ラ・ブレイドを掴んで立ち上がった。
「そうだね。……ごめん」
「奴の狙いは藤野じゃない。俺たちだ。俺らに動きがなければ向こうから姿を現すだろ」
「うん……」
菜穂が何かされないかと心配だったが、とりあえず落ち着こうと愛は一呼吸した。
真は南側、愛は北側を向き背中合わせに立ち見張った。
二十分後。
現れない敵を待ち続け、愛は段々と疲弊してきた。
「ね……」
ねえ高嶺くん、と愛は後ろを振り向きそうになったが、その瞬間、真の背中から「動くな」と威嚇するオーラが恐ろしいほどに発せられ、愛は顔の向きを元に戻した。
三十分後。
愛は座りたいと欲が出、真に尋ねようとしたが、ここでそんなこと言ってはダメだと思いとどまった。
「思ってたよりは忍耐強いね」
この上ないほど甘く、優しく、だが冷徹で毒のあるその声に、愛は体を震わせ、後ろを振り向いた。
商店街の北側に、いつの間にか「彼」がいた。目を閉じてうなだれた菜穂を、いつか愛が夢で真にされた、お姫様抱っこのように抱きかかえて立っている。
「現れたな……」
真はトゥルーソードを両手で握り、構えて男をまっすぐ見た。愛も剣を握り「彼」を凝視し、唾を飲み込む。
「僕はルファイン。美しき堕天使の生まれ変わりさ」
「そいつを放せ」
真は剣を構えると、眉をつり上げルファインを睨んだ。
「うん?この子は君の隣にいるルビーローズより大切なのかい?」
真はルファインの言葉を無視して地面を蹴った。
「真くん、菜穂を斬っちゃ、だめ‼」
抱きかかえられた菜穂ごとルファインを斬ろうとした真を愛は制した。愛の声の大きさに動揺した真は急速に速度を落とし、からまわった剣先が菜穂の腕にかすった。
「うあっ……‼」
菜穂の腕から少量の血が流れ、彼女は悲鳴を上げた。
「っ⁉」
真は驚いて剣を引き下げた。
真が変身した時点で現れるトゥルーソードは、普通の人間に当ててもただすり抜けるだけだ。だが真は菜穂に確かに当てた感覚があり、血も流れている。
「……お前、そいつに何かしたんだな」
真はルファインから距離を取り強面の顔で睨みつけた。
ルファインは菜穂を下ろすとそばに立たせた。菜穂は虚ろな目をしてこちらを見ている。
(こいつを盾にするつもりか……‼)
「ルビーローズ、ルファインの後ろに回れ‼」
「は、はい‼」
愛はピュア・ラ・ブレイドを持って西側から回り込んだ。
「やめて、愛、この人を傷つけないで‼」
菜穂が両手を広げて愛の前に立ちはだかった。
「いっ……‼」
菜穂は剣を持つ愛の手首を強く掴んできた。菜穂を傷つけるわけにはいかない愛は戸惑い、動くことができない。
真はフリーになったルファインに向かって剣をさばいた。ルファインは異空間から取り出した杖で真の攻撃を全て防ぎ、その上で鋭い攻撃を繰り出し、最後にみぞおちに一撃を入れた。
「ぐっ……‼」
真は腹を押さえて後ろに下がった。
(こいつ、かなり強い……‼)
「気づいてないみたいだね。周りを見てごらんよ」
商店街を歩いていた人たちの体に黒いオーラがまとわりつき、全員目が虚ろだ。更に、ルファインの周りに大量の黒いリューフが漂っていた。
「うっ……‼」
愛は恐怖で血の気が引いた。
「ひるむな、浄化しろ‼」
「トゥルーラブ・シャイニング‼」
愛は菜穂の手を振りほどき、かけ声を唱えると黒いもやたちに光を当てていった。
「うっとおしい剣だね」
ルファインは愛の方へ一気に距離を詰めると、杖を一振りして愛を吹っ飛ばした。
「キャ―――――――‼」
愛はブティックのショーウィンドウに背中から突っ込んだ。ガラスが割れ、破片が体に刺さる。
「愛‼」
真は振り返った。
「馬鹿だな」
真は冷や汗を流してルファインに向き直りとっさに攻撃を防いだが、繰り出される連続攻撃についていけず、打撃で吹っ飛ばされた。
ルファインは倒れた真に一歩一歩近づきながら喋り出した。
「君には想い人がいるんだろう?そんな中途半端な状態で、トゥルーラブの本来の力が出せると思うのか?」
ルファインは真の近くに立ち、血を流している愛を蔑んだ目で見下ろした。
「君だって、二人の男の間で揺れている。君のその優柔不断な性格は、自分も相手もだめにする」
衰弱している二人に、ルファインは更に追い打ちをかける。
「君たちには僕を倒せない」
さっきまでの清々しい青空は灰色の雲に覆われ、五月とは思えないほどの物悲しい乾燥した風が吹きさらった。
「そんなこと……ない……」
愛は体に刺さった破片を抜き、ショーウィンドウから立ち上がった。
「そんなこと……ないからぁ‼」
「何を根拠にそんな言葉が吐ける」
ルファインは杖から電撃を放出し、愛に打ちつけようとしたが、愛はそれをかわした。
「⁉」
愛は目を見開き、ルファインまで距離を詰めると剣を振った。
ガキィン‼
「……‼」
ルファインを真剣に睨む愛の目力と残していた底力に気圧され、ルファインは杖で身を守りながら少し下がった。
「……あぁ」
ルファインは顔に影を落としながら重々しい低音で呟いた。
「面倒くさい」
ルファインは愛から距離を取ると、杖を天にかかげた。
「暗黒のリューフ、我が杖に宿れ」
ルファインの杖に、周囲に漂っていた黒いリューフが吸われるように集まった。天空がますます陰り、街の人たちが次々に倒れていった。
「ぐっ……!」
愛の体が重くなり、体を支えきれず膝をついた。大きな不安と圧迫感を感じ、動悸と息切れがし出した。
「堕落と怨恨の……」
ルファインが唱え始めた瞬間、上空から何者かが現れ、持っていたロッドをルファインの杖に打ち付けた。
ガァァン‼
「「⁉」」
「‼」
愛と真は驚き、ルファインは目を見開いて現れた人物を見た。
ピンクを基調とした衣装を身にまとい、ツインテールと長いリボンの帯をなびかせ、ネコ耳をつけた美少女だった。愛より背が低い。
「お前は」
ルファインが言い終わらない内に彼女はロッドを変形させ攻撃をたたみかけた。目にも止まらない速さのそれを見た愛と真は圧倒された。
ルファインは距離を取り、体勢を立て直した。周囲のリューフたちのオーラが弱まった。
「あなたは……」
彼女は振り返るとそっと笑った。童顔で、年齢は同じぐらいに見えたがその表情は大人びていた。
「チェリーズブロッサム・マジカルシャイン‼」
彼女はルファインに向き直ると、ロッドからいくつもの光線をルファインに向けて発射した。
「ちっ……」
ルファインは舌打ちをすると、光線から逃げるように姿を消した。
大量に漂っていた悪霊は消え、街の人たちも意識を取り戻した。
「じゃあね」
「彼女」はロッドを腰にしまうと、飛んで行こうとした。
「待って‼あなたは、誰⁉」
彼女は再び振り返ると、微かに笑って言った。
「スパイシーチェリー、とでも覚えておいて」
それだけ言い残すと、彼女は飛び上がりあっという間に姿を消した。
「スパイシーチェリー……?」
真はとあるロシア語を思い出しながら呟いた。
「……っ」
愛は膝を震わしその場に崩れ落ち、顔面を蒼白にして息を切らした。
「天園」
真は痛んだ体を引きずり愛の近くまで来た。
「大丈夫か?」
「う、ん……」
ルファインが去ったことで集まっていた黒いリューフは消え、街の人たちは正気に戻った。目立たない所で変身を解いた二人は倒れている菜穂の近くへ駆け寄った。
「大丈夫かな、菜穂」
「とりあえず安静にしたら目を覚ますだろ。それより天園、ジェル達知らないか?」
「あっ……」
様々なことが起こりすぎ、愛は頭の中が混乱して忘れていた。
「愛、真‼」
噂をすればとエーラとジェルが飛んでやってきた。
「ルファインのヤローが商店街を覆うように結界張りやがってな。愛たちの方へ近づけなかったんだよ」
「そのコを治癒するワ」
ジェルは菜穂の周りを身体を光らせながら一周した。
菜穂は血色が良くなり、目を覚ました。
「ん……」
「菜穂、大丈夫?」
愛は菜穂の体を支えながら顔をのぞき込んだ。エーラは菜穂の視界の後ろへ回った。
「……愛?それに高嶺くんも……」
「ま、街で偶然会って」
「あたし、どうしてたの?なんか記憶が全然ないんだけど……」
「菜穂、商店街ではしゃぎすぎて転んで看板に頭ぶつけたんだよ」
「え……そうだったっけ……?」
「とりあえず今日は帰ろ」
愛が辺りを見回すと、光が視界に入った。
「あっ、光……どこにいたの?」
「ごめん、ちょっとトイレ行ってて。菜穂はあたしが送るよ」
「え、うん、大丈夫?」
「平気平気」
光は笑うと、菜穂を支えて北側へ歩き出した。
「ディグレイドが本格的に活動を始めた。早急に仲間を集めねぇといけねえ」
ジェルが痛んだ愛と真の体を治癒している中、エーラが深刻な顔で二人に言った。
「ルファインの強さを目の当たりにしただろう。あっちは五人、こっちは二人だ。総攻撃されたらかなわないぞ」
「それはそうだけど……具体的にどうやって探せばいいの?」
「この際誰でもいい」
「えっ⁉誰でもいいの⁉」
「人を助けたい心とディグレイドと戦う覚悟と一定以上の愛がある奴だが」
「その条件結構難しくない⁉」
「探せばいるだろ。お前の周りで適任そうな奴いないのか」
「そうねえ……」
愛はうーんと唸り考えた。二人ほど浮かんだが、難しいように思えた。
「あっそうだ、スパイシーチェリーって人が助けに来てくれたんだけどエーラ、知らない?」
「あ?誰だそいつは」
「えっ⁉知り合いじゃないの⁉」
「もしかしテ……?」
愛とエーラが話している傍らでジェルがボソッと呟き何か考えていたが、愛は気付かなかった。
「そういえば前、一人だけの技じゃリューフが浄化できないことがあっただろ」
「ああ、遊園地の時?」
エーラにしては物覚えがいいな、と愛は若干バカにしつつ感心して言った。
「あの特殊な黒いリューフは全部ルファインのしわざだ。あいつが遊園地にいた地縛霊と土地に力を与えてああなった」
「成程……」
「ホンとヤッカイよネ」
すっかり傷が治った真と、その治療をしていたジェルがいつの間にか会話に加わっていた。
商店街をだいぶ歩いて菜穂の家の近くまで来た光は、菜穂を支え、歩きながら夕焼けが照らす地面を見つめていた。
「ねえ……光」
「ん、何?」
光は左腕の中の菜穂を見た。
「なんかね……気を失う前、覚えてるんだ……バラの匂いがする、素敵な男の人……」
光は口もとを真結びにしめると、黙って前を向いた。
「……また会いたいなあ……」
光は、瞳にはっきりと映っていた金髪の男と、知り合いにそっくりな、赤と青の衣装を着た二人のことを思い出していた。




