第六話 ディグレイドのリーダー・堕天使ルファイン①
重い、熱い、息苦しい。
体に何か、熱を持った縄のようなものが巻き付いている。
それは私の体を締め付け、動けなくさせている。
まとわりついている物体が微かに動き、私は閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
一匹の白い蛇が、私の体に絡みついている。
(あ……)
恐怖で血の気が引いたが、思うように声が出せない。
白い蛇は私の体を強く締め付ける。
(痛い、怖い、気持ち悪い……誰か、誰か助けて‼)
その時。
目もくらむような眩しい光が辺りを照らし、蛇は消滅した。
「愛、愛‼」
エーラの声が頭上から聞こえ、愛は目を開けた。
「はっ……はあ……‼」
愛はすばやく上半身を起こして布団を剥いだ。肩を上げ下げしながら息を喘ぎ、全身がびっしょりと汗だくだった。
「ゆ、夢……」
愛は呟いた。
「大丈夫か?大分うなされてたぞ。何の夢見てたんだ?」
愛は呼吸を整え、しばらくしてから落ち着くとエーラを見た。
「白い蛇に体を巻き付かれる夢……最初は見えなくて、金縛りかと思ったんだけど」
それを聞いたエーラは顔色を変え、目を開かせた。
「蛇……」
その直後、一階から母・美奈子の声が聞こえてきた。
「愛――‼もう七時よ!ご飯食べなくていいの⁉」
愛は時計を見た。今日は遊園地の日から二日後、五月の第四月曜日だ。
「やば……着替えなきゃ」
愛は急いでベッドから降りた。
「愛‼」
エーラが叫び、愛は驚いて振り返った。
「……今日は気を付けろ」
「な、何が?」
「土曜のことにしろ、何かが違う。そろそろ……」
「ごめんエーラ、もう時間ないから‼」
「あっ、おい⁉」
愛は急いで部屋のドアを開けて一階へ降りていってしまった。
教室へ入ると、菜穂の机の周りに女子の人だかりができていた。よく見ると、違うクラスの女子も何人か混じっているのが分かった。
「きゃー、この風浜くんかっこいい‼」
「高嶺くんのもある‼」
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、一枚四百円だよ‼」
菜穂が昨日撮ったりょう(とついでに真)の写真を売りさばいていた。愛は呆れてものが言えなかった。
(値下げしたんだ……)
「……菜穂、おはよ」
愛は菜穂の席の近くへ行った。
「あ、おはよう愛!愛も高嶺くんの写真、買う?」
「えっ?……いらない」
チラッと机の上に置かれている写真を見ると、結構良く撮れている。本当は欲しくないと言えば噓になるのだが、そんなことは口に出したくなかった。
少しして、写真に群がる女子の様子を近くで見ていた光が愛に声をかけた。
「おはよう愛。しっかしほんと人気なんだな、この二人」
「あ、光、おはよ」
「あたしにはどこがいいのかさっぱりわかんねーな~」
「ふーん……」
「さあさあラストセールだよ、もう、一枚二百円で売っちゃうよ‼」
菜穂の一声で更に歓声が上がり、しばらくして人だかりが少なくなったところで、そこまで多くなかった写真は完売した。
「大収穫~♪」
菜穂はほくほくした笑顔で財布を握り締めた。
「藤野……」
菜穂の背後から真の低く重たい声が聞こえ、菜穂は体を強張らせてゆっくりと後ろを振り返った。
「……さっきまで、何してた?」
菜穂の目の前には明らかに機嫌の悪い顔をした真が立っていた。
「な、なーに?高嶺くん?あたしは今まで撮った風景の写真を売ってただけだよー?いいのが撮れたから……‼」
「売った写真は全て回収しろ」
何の写真を売りさばいていたかなんて、真からしたら女子の声を一瞬聞けばわかる。真は菜穂の言い訳を遮った。
菜穂は財布を強く抱え込み、悔しそうな顔をして口元を噛みしめた後、大声で言い放った。
「やだ‼あたしが撮った写真だもん、あたしがどうしようと勝手でしょ⁉」
「強情な奴だな‼」
ヒートアップしそうな二人を止めようと、愛が提案した。
「わかったわかった‼じゃあ高嶺くんが一人で映ってる写真だけ回収するってことにしない⁉ひとまずはそれでいいでしょ⁉」
真は一瞬目を動かして愛を見ると、ため息をついた。
「……今日中に全部だぞ」
真はそう言い残し、自分の席へ戻った。
「なにあれ⁉ドン引き。ちょっとは許してくれたって良くない⁉」
菜穂は頬を膨らませ、不機嫌そうな顔で椅子にどかっと座った。
「……ああだからモテないんだよな」
光はそう言って息を吐いた。
「愛もぉ、よく考えた方がいいよー。ああいうのは付き合ったら苦労するよー」
「べ、別にそんなんじゃ……」
そう言って真の方をチラッと見た直後、始業のチャイムが鳴った。
「ふうー……」
愛は二時間目が終わった十分休み、購買近くの自販機でジュースを選んでいた。
「やあ、天園さん」
愛がグレープジュースのボタンを押した直後、後ろから翼が現れた。
「て、天堂先輩」
愛はどぎまぎしながらジュースを取ると翼の方を向いた。
「最近はどう?」
「え、まあまあ、です……」
もっと気の利いた言葉を言えないのかよ、と愛は心の中で自分にツッコみながらもどかしく思った。
「近頃高嶺くんと一緒にいるところを見かけるけど、二人は仲がいいのかな?」
愛は缶ジュースを取り落としそうになった。
「はっ、はい⁉」
「彼は僕のことをあまり好意的な目で見ていないようだけれど」
そう言うと翼は自販機の前に行き、百円玉を入れると缶コーヒーのボタンを押した。
「え……」
「それはなぜか、知ってるかい?」
翼の物言いがなんとも曖昧で、「知らないから教えてほしい」のか、「自分は知っているが君は分かるか」のか、どちらの意味で聞いているのかよく分からなかった。
「えっと……」
翼は、爽やかな通り風が吹いたように笑うと、自販機の取り出し口から缶コーヒーを取り出した。
「でも君たち、いい感じだよね」
翼は愛の答えを待たずに話題を戻した。
「そのまま付き合っちゃえば?お似合いだよ」
屈託なく笑う翼の顔を見て、愛は一瞬、胸の奥が痛んだ。
(なんで……そんなこと言うの……?)
愛は両手で持っている缶ジュースを手放したくなった。濡れた缶のアルミと、冷たい水滴の感触が手から腕の神経に伝わる。
トゥルーラブになって真と「パートナー」にならなければ、愛は翼に一途だった。自分を磨いて、いつか告白しようと思っていた。
「……天堂先輩」
「何だい?」
翼は缶コーヒーを開けずに愛を見つめる。
「……何でもないです」
愛がそう呟いた直後、階段の下から花屋敷愛乃を含んだ女子数名がやってきた。
「あっ、天堂クン、こんなところにいた!何してるの~?」
翼が愛乃の方を振り向いた隙に、愛は開けていない缶ジュースを持ったまま教室へ走った。
「副会長」
「もぉ~、その呼び方はやめてよぉ。愛乃でいいって」
「はは、そうだね」
「それより、さっき話してたの誰?」
翼は愛のいた所を振り返った。愛のいない廊下を見た時、翼は無表情で目を細めた。




