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「長生きなんてしたくない」と望む令嬢、同じ令息と出会い、「若いうちに一緒に死にましょう」と誓う

 伯爵令嬢リサ・レーヴェンは常々公言していた。


「私、長生きなんてしたくないわ」


 誰もが羨む(つや)やかな波打つ金髪、真紅の瞳、きめ細かな白い肌、シルクのドレスをまとって踊る姿は天使や妖精を思わせる。


「しわくちゃなお婆さんになってまで生きたくないもの。私はこの美しさを保ったまま死ぬわ」


 確かな美貌を持つ彼女だからこその願いであった。

 とはいえ、こんなことを言い放つようでは、鼻つまみ者扱いされても仕方ない。

 リサはさまざまな人間から忠告を受ける。


「あまりそういうことを言わない方がいいぞ……」

「長く生きたからこその美しさというのもあるんだよ」

「例えば樹齢何千年の木は美しいでしょう?」


 しかし、リサは聞く耳を持たない。


(どいつもこいつも下らないわ……。そんなに長生きしたいのかしら。太く短く生きて、美しいうちにパァッと散る。それが貴族の生き様というものでしょう)


 たしなめられるたび、心の中で眉をひそめ、毒づくのであった。



***



 リサはある舞踏会に参加していた。

 彼女の悪評は社交界でも広まっていたので、ダンスパートナーはなかなか見つからない。

 しかし、リサはかまわず一人で踊る。そのダンスは圧倒的で、大勢の注目を集める。

 そんな彼女を「素材はいいのに」と遠巻きに眺める貴族男子は多かった。


 一曲見事に踊り終わり、一息ついているリサに、近づく令息がいた。

 銀髪でシャープな目つき、白い礼服を着た青年だった。


「初めまして、ウィルク・トゥモールと申します」


「初めまして、リサ・レーヴェンと申します」


 互いに貴族の礼にのっとってお辞儀をし合う。

 ウィルクは侯爵家の跡取り。そのしなやかな右手を差し出す。


「次の一曲、ご一緒しませんか」


「かまいませんわ」


 曲が奏でられる。

 リサのダンスの技術はさすがだったが、ウィルクもパートナーとして恥じない技量を見せる。

 この一曲での主役は、完全にこの二人であった。


「ふぅ、お見事でした、リサさん」


「いえ、あなたこそ。ダンスで私についてこれる男性がいるとは思いませんでした」


 そして、二人は会場の片隅に移動する。

 ウィルクはおもむろに切り出す。


「リサさん、あなたは日頃からこう公言されてるそうですね。長生きなんてしたくない、と」


「ええ」


 リサは心の中で警戒する。どうせまた、“ありがたい忠告”をしてくれるのだろうと。

 ところが――


「実は僕もなんです」


「え……?」


「僕もね、長生きなんてしたくないんですよ」


「まぁ……」


 リサの表情が満面の笑顔になる。

 初めて同志に巡り合えた高揚感がそうさせているのだろうか。


 聞くと、ウィルクも老いというものを嫌悪しており、社交界に君臨する老いぼれたちのようになる前に、この世を去りたいのだという。


「どうです。これからの短い人生、一緒に生きてみませんか?」


「ええ、そうしましょう」


「ではもう一曲踊りましょう」


「はい」


 この後の二人のダンスは先ほどよりさらに息が合ったものとなった。



***



 リサはウィルクと交際を開始した。

 考え方が同じなだけあって、二人は嗜好もよく合った。


 美術館に行けば、若くして亡くなる悲劇の夫婦を描いた絵画の前で足を止める。

 リサは恍惚とした表情でつぶやく。


「悲しい絵ですけど、私の理想像でもありますわね」


「ああ、彼らは若いうちに死んだからこそ、こうして芸術作品にまでなったんだ」


 あるフェスタで、打ち上げられた花火を眺める。

 ウィルクが甘くささやく。


「惜しまれながら、一瞬で散る……人生とはああでなくてはね」


「ホント。いつまでも若い人間に疎まれながらのさばっていたくないわ」


 そして、避暑地として名高い高原でデート中に、ウィルクが決定的な一言を告げる。


「リサ、残りわずかの人生だけど、僕と一緒になってもらえないか」


「ええ、あなたとなら喜んで」


 プロポーズであった。

 しかし、長生きするつもりはない二人は――


「そうだな……。幸い僕らは年が同じだし、ともに25歳を迎えたら死のうか」


「そうね。若いうちに一緒に死にましょう」


 こんな誓いを交わす。

 そのまま婚約し、挙式をし、夫婦となったのであった。



***



 リサとウィルクの結婚生活は順風満帆だった。

 ウィルクは正式に家督を継いだ後、思い切った経営改革を次々に実行する。

 リサも領民たちとのコミュニケーションを欠かさず、貴族夫人としてさまざまなイベントに参加。ある町で主催されたダンスコンテストで、ソロのダンスを披露した時には大喝采が沸いた。


 本邸のリビングでワインを嗜みながら、夫婦は笑う。


「どうせ25になったら死ぬんだから、思い切ったことができるよな」


「ええ、私も悔いを残して死にたくないし、毎日が楽しいわ」


 若くして死ぬと誓い合った二人は、一日一日を濃密に過ごすよう努めていた。


 やがて二十歳(はたち)になった頃、二人の間に子供が産まれた。

 ウィルクの銀髪と、リサの赤い瞳を受け継いだ男の子だった。


「まさか、私たちの間に子供が産まれちゃうとはね」


「将来的にこの子は親無しになってしまうな」


「だけど、幼くして両親を亡くして立派に育った貴族はいくらでもいるわ」


「ああ、トゥモール家には優秀な人間がいくらでもいる。どうにでもなるさ」


 二人は我が子にウィリエルと名付け、たっぷり愛情を注いで育てた。

 なにしろ夫婦に残された時間はあと数年なのだから……。



***



 五年後、リサとウィルクはともに25歳となっていた。

 領地経営はあまりにも順調。トゥモール家の実質的な家格は今や公爵家以上とも言われている。

 二人の愛は深まるばかりで、先日第二子である長女リネアが誕生した。

 ウィリエルがまだ赤子であるリネアを兄として立派にあやしている。


「ベロベロバー!」


「きゃっきゃっ」


「ねえねえ! パパ、ママ! リネアが笑ったよ!」


 はしゃぐ我が子を見て、リサもウィルクも仲良く微笑む。

 そして、小声で話す。


「そろそろ……よね」


「ああ……そろそろだ」


 “そろそろ”とは、もちろんあの誓いのこと。

 リサの瞳に兄妹が映る。


「まだ……焦ることはないんじゃない?」


「僕もそう思っていた」


「今時、三十でも十分若い人は多いし……それにもう少しウィリエルとリネアの成長を見届けてからでも遅くはないもの」


「うん……そうだな! そうしよう!」


 長生きしたくない、25歳で一緒に死ぬと決めていた二人だが、死ぬのはもう少し延長することに決めた。

 そうと決まればと、二人は愛する我が子に寄り添っていった。



***



 リサもウィルクも中年といえる年齢に差し掛かっていた。

 リサの艶やかな金髪にもいくらかの淡さが見え隠れし、ウィルクもまた入浴の時には自らの腹部が気になるようになった。


 夕食後、二人はリビングで談笑する。


「お互い、すっかりおばさんとおじさんになったわねえ」


「ああ、これでも運動はしているつもりだが、やはり体力が落ちてきたのを感じるよ」


「今がちょうどいい時期かもしれないわね」


「ああ……」


 どんなに体に気を遣ったところで、これから自分たちは老いていく一方だろう。

 すでに人生の上り坂は終わり、下り坂が始まっていることを実感する。決して上に上がることはない。

 若い頃、あれほど嫌悪した“老い”というものを味わいたくないのであれば、死ぬのは今しかない。


「ただ……僕もまだまだ乗馬ならできるしな」


「私も……婦人のサロンで同じぐらいの年の方に『リサ様はお若くて羨ましいわ』なんて言われたもの」


「なんだ、まだまだ二人とも若いじゃないか」


「ええ、若いわね」


「じゃあ……死ぬのはもう少し後ということで」


「そうね!」


 二人はワインを酌み交わす。ただし健康のことを考え、一杯だけにした。



***



 ウィルクがウィリエルに家督を譲り渡した。

 ウィリエルは父以上の才覚を誇る貴族に成長しており、ますますトゥモール家の領地を豊かにしていく。

 リネアもまた、有数公爵家の子息に見初められ、先日婚約式を行った。


 邸宅のリビングで、リサとウィルクが紅茶を飲む。


「ウィリエルもリネアも立派に育ってくれた……」


「ええ、昔の私たち、いいえそれ以上の貴族になってくれたわ」


 リサのきめ細かな肌には皺もできており、ウィルクの銀髪には灰色といっていい部分がだいぶ混ざっている。

 もはやどこから見ても貫禄ある老婦人と老紳士といった風情だ。


「息子に家は譲り、娘も嫁いで、もはや思い残すことはない」


「そうね。そろそろ誓いを果たす時が来たのかもしれないわね」


「今飲んでるこの紅茶にお互い一服盛れば、それを果たせる」


「それも安らかにね」


 お互いに沈黙する。


「……しかし、ウィリエルにもまだまだ頼りない部分があるのも事実」


「……そうね。リネアだって婚約を解消されないとは限らないわ」


 そこにウィリエルがやってきた。


「父さん、来年の予算についてちょっと相談が……」


「むむ、やはりか!」ウィルクは立ち上がる。


「へ?」


「まだまだお前には私が必要ということだな! ハッハッハ!」


 ウィルクは張り切って相談に乗ることにする。足早に息子の執務室に向かう。

 一方のウィリエルはきょとんとしてしまう。


「父さんどうしたの?」


 リサは笑う。


「ふふっ、あなたに頼られて嬉しいのよ。思い切り頼ってあげて」


 ウィリエルは困惑しつつ、うなずいた。



***



 リサとウィルクは邸宅庭のテラスに並んで座っていた。

 目の前ではウィリエルの子らと、嫁ぎ先から遊びに来たリネアの子供たち――つまり、孫たちが仲良く遊んでいる。

 いずれもよくできた孫で、両親が不在の時も、祖父と祖母を困らせることはない。


 ウィルクが穏やかに笑う。


「孫ができる年まで生きてしまったなぁ……。昔の僕たちが見たら、きっと怒るだろうな」


 リサも同じように笑む。


「そうね。何が『長生きなんてしたくない』よ! ……ってね」


 二人の頭には若い自分たちが顔を真っ赤にしている様子が浮かんでいた。

 ただし、とリサは言う。


「私はまだ長生きしてるつもりはないわよ」


「え……?」


「だって私とあなたの人生は、まだまだこれからだもの」


「そうだな……その通りだ。まだまだこれからだ。まだまだ僕は君を愛し足りないぞ!」


「もう……あなたったら!」


 笑い合う二人を、孫たちがからかう。


「あーっ、おじい様とおばあ様、仲良くしてる!」

「パパとママよりアツアツ!」

「ふたりとも、長生きしそう!」


 これを聞いたリサとウィルクは、まるで十代の貴族子女のように頬を赤く染めた。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
なんと素敵なお話なのでしょう まだまだこれからだ、の力強さが素敵です
優しい世界に転生した富栄と太宰
ただ年齢を重ねるだけではなく、時間を有効に使って重ねた年齢だから、ふたりは何時までも若く仲が良いのでしょうね。
感想一覧
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