報告と決別
「ーーーーィ
ーーイ
ーーーメイ」
あれから数日後
いつものようにベッドに入ると久々に呼ばれ
目の前に浼雨が立っていた
驚いて声をあげると彼女は小さく微笑む
「そんなに驚かなくても」
「いやだって久々だったから、ごめんね
……元気にしてた?」
見た限り随分と顔色が良くなってる気がするけど
「えぇおかげさまで
久方ぶりに ぐっすり寝られました」
そう言った彼女は小さく笑った
良かったと以前の彼女を思い出しながら思うと
休憩の合間に私を通して外を見ていたと説明された
念じれば好きな時に見れるらしい
確かに見ていないと元に戻った時に不便だもんなと考えると
「覗きのようになってしまって ごめんなさい」
頭を下げながら浼雨が そんなことを言った
元々は彼女が過ごすはずだった生活だから
邪魔をしているのは私のほうだ
謝る必要は無い
そう言うと彼女は小さく笑いながら頭を上げた
そのまま全部は見ていないらしいから落ち着いて
殿下が真面目すぎで熱を出すまで頑張りすぎる人だってこと
春筍節で私の頭痛が酷かったこと
そして心配してくれた殿下と友人になったこと
皇帝陛下の妃たちから絡まれたこと
つい最近では命を狙われていたこと
その時に軽率な行動をしてしまったこと
謝罪も含めて これまであった出来事を報告していった
訊けば浼雨も頭痛持ちらしい
季節の変わり目は必ず寝込んでいるんだとか
そして改めて年齢を訊くと彼女は17だと答えた
「私がそれぐらいの時は まだ学校行ってたな…
殿下は24だって言ってたけど その頃は仕事が楽しくて仕方なかったし
私の性格もあるけど結婚なんて考えたことなかった」
「…私たちは国のため民のために生きなければいけません
自分の希望など二の次です
メイたちと違うのは無理もないでしょう」
「まぁ貴族なら そうなんだろうなって納得するんだけど
だからと言って蔑んだり罵ったり比較して良いわけないんよ…!」
私が拳を握りながら そんなことを言うと
浼雨は自分の親のことだと分かったのか
呆れたような顔をした
彼女の親もそうだけど殿下の周りもだ
許されるなら全員 殴っていきたい
やっぱり そこに考えが行き着いてしまう私
「……そのことなんですが」
浼雨の手が折れるだろうから無理だけど
そんなことを考えていると彼女は静かに私を見つめ
お願いがあると言った
まだ遠慮がちだけど私を真っ直ぐ見る彼女を見て
嬉しくも悲しくもなった
だって今の状態だったら殿下と一緒に暮らしても大丈夫
本来の夫婦関係に戻るということだ
私の役目は終わったのかな
せっかく殿下と友だちにもなれたのに
まぁ少しでも楽しませてもらっただけ良かったよね
あ、でもヒロインに会えた時だけは少しだけ喋らせてほしいな
前世の友だちなのか確認したい
「……メイ、感傷に浸ってるところ悪いですが違いますよ」
「あ、違うの?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『………』
『………』
「…いや何か喋れよ!」
お願いがあると言われた日から数日後
私はスクリーンみたいな映像を見て そう叫んだ
映像には対面で座り見つめ合う殿下と浼雨が映っている
彼女から教えてもらった念じて外の様子を見る方法
試してみたら案外 簡単にできたから
ちょっと覗いてみようと思って見ていたのだが
静かな空間で二人が全く喋っていなかった
見つめ合っている時点で浼雨にとっては進歩なんだろうけど
突っ込まずにはいられなかった
『……本当に…申し訳ありませんでした、殿下…』
と思っていると浼雨が俯いたまま口を開いた
多分だけど私の叫びが聞こえてしまったんだろうと思う
迂闊なことを言わないように口を閉じた
少し間を空けてから
『…ゆっくり休めましたか?』
殿下が腕を組んだまま そう尋ねていた
小さく驚いた浼雨が顔を上げる
殿下は怒っているわけでも
呆れているわけでもなさそうだった
それが彼女も分かったのか
『はい……ありがとうございました
私の我儘を聞いていただいて…』
涙目になりながら深々と頭を下げた
それを見た殿下は目を閉じると息を吐き
休めたなら良かったと言い本題に入ろうとした
だけど崔さんが現れ
呼んでいた人物が到着したと言われると
『…では行きましょうか』
と言って部屋を出ていった
浼雨も それに続き立ち上がった
今回 彼女からお願いされたこと
外に出ようと決心した理由
一つは殿下と ちゃんと会って話すこと
きちんと休んだ お礼と謝罪を言いたいということだった
それは さっきで叶ったと思うけど
彼女にとって最大で最難関とも言える もう一つの理由
『殿下…っ!』
『理由をお聞かせください殿下!』
それは彼ら家族との関係をどうするか、だ
謁見の為の堰赤殿に殿下が入ると
発言を許されてないのにも関わらず
跪いてはいるけど拱手さえも解き
暗月国の王族で浼雨の家族である五人が居た
続けて彼女が入ると五人は一気に睨みつける
浼雨は一瞬 身体を強張らせていたけど
視線に必死に耐えながら龍椅に座った殿下の隣に立った
護衛たちに剣を構えられて萎縮する家族と目線が合わせられない
そんな彼女を心配しつつ静観する
『理由を聞かせろと言っていたが何の理由だ?』
『わ、我々に支払う約束だったでしょう!
その女を殿下に嫁がせた報酬を!』
発言の許可を取らなかったことには触れず
殿下が頬杖をついて訊くと父親が叫んだ
浼雨の呼び方に拳を握り我慢していると
約束した覚えはないと殿下が呆れたように言った
そして反論される前に崔さんを呼ぶ
” 三番目の娘を所望する
代わりに暗月国の所望するものを差し出そう “
抜粋した契約書の内容を読み上げられ
その内容に浼雨の家族は笑顔になったが
殿下の細められた目に一気に縮こまった
『俺が約束したのは “ 暗月国の所望するもの “ だ
お前たち個人が望む物ではない
浼雨から改めて所望されたから払わなかった
ただ それだけのことだ』
『我々は暗月国の人間ではないということですか⁉︎
今まで殿下たちの為に頑張ってきたのですよ!
褒美として いくらか与えてくれても良いではありませんか!』
なんだこいつら…
映像を見つめながら呆れてしまった
そもそも きちんと働いていたのかさえも怪しいのに
喚く五人は貰うことしか頭にないらしく溜息を吐いた
殿下も同じことを思ったようで眉を寄せ
さっきとは比べ物にならないくらいに彼らを睨む
『今まで頑張ってきただと…?
吐くなら もう少しまともな嘘を吐け
崔からの報告でも確認した
お前たちは碌に自分たちの責務を果たしてこなかったらしいな』
殿下は崔さんから書簡を受け取って開いた
浼雨が前に言っていたことを殿下に改めて伝えたらしい
そして殿下が真相を調べた
幸いにも この国には移住してきた暗月国民が多く居る
聞き取りは簡単だっただろう
王族である彼らは贅沢三昧の限りを尽くしていたらしく
整備や補修に割り当てられていた金銭さえも
使用人たちに払うべき給料も自分たちの豪遊の為に使い
民たちから日照りが続き食糧が育たないと言われて
他の国から買いつけたりしても自分たちの為だけに使い
税を下げることもせず
しかも殿下には嘘の報告をしていたらしい
『その皺寄せが暗月国の民たちに向こうと お前たちは我関せずだった』
『そ、そんなことは…っ』
『だったら答えてみろ
昨年の食糧の収穫量、離職した民の数、飢餓で亡くなった民の数
どれほどの被害が起こっていたのか知っているんだろう?
今まで頑張ってきたのだったら
発言することを許す、言ってみろ』
一通り書簡の内容を読まれ そう言われた彼らは
何も答えられず黙り込んでしまった
まともに仕事していないなら分かる訳がない
しかも発言を許可されたことを わざわざ殿下が言ったことで
さっきまで許されていなかったことに
彼らは やっと気づいたようで真っ青な顔で震え始めた
いい気味と思っていると殿下が溜息を吐き
『貴女は分かりますか?』
そう言って浼雨に促した
彼女は少し考えてから
『収穫量は三百三十万トン
二年前に比べても二割落ちていました
離職した人数は五百一万人
…亡くなった人数は一千百万人
離職し食糧もない為 自ら生を諦めた方が多く居りました
加えて現在の国民は二千五百二万人
一人一日辺りの消費量と比べると収穫量が著しく足りません』
淡々と答えた浼雨の話が
崔さんからの報告と合っていると殿下は頷くと
『本来であれば こう答えるべきはお前の筈だが?』
浼雨の父親である男を再び睨んだ
身体を強張らせるだけで何も言わない
というより言えないんだろうと思いながら私は目を細める
『そもそも今回お前たちを呼んだ理由を分かっていないらしいな
浼雨から告発を受けた今回の件
俺が以前に感じた違和感も当たっていた
何故 褒美が貰えると勘違いしていたのか知らんが…』
睨んだまま崔さんに書簡を返し
立ち上がった殿下は低い声で告げた
『今この時をもって お前たちの爵位を返却してもらう』
時が止まったように一瞬の静寂が流れた後
五人は横暴だなんだと喚きだした
今までの話を聞いていなかったのだろうか
殿下も そう思っているらしく眉を寄せる
今さら何か言っても無理な話だ
虚偽報告の分だけでも十分 罰することはできる
殿下の判断が覆ることは無い
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『私から見たら あいつらは捨てて良い存在よ
言い方 悪くて申し訳ないけど』
『…どうしてですか?』
『だって弱い人にしか威張れないなんて情けなくなんないのかなって思うもの
見てて格好悪いし私たちで苛々を解消されるし面倒くさい』
私の中から見ているであろうメイの言葉を思い出し
それと同時に情けなく喚く家族を見て小さく笑ってしまった
私が笑ったことが気にくわなかったのか
何が可笑しいと
他人事ではないだろうと怒鳴られた
もっと笑っていけと頭の中で響く声に笑いそうになりながら
随分と久しぶりに話しかけられたと驚いてしまった
それに さっきまで視線を合わせられなかったのに
メイの声を聞いた途端
私は冷静に彼らを見ることが出来ている
と同時に何で この人たちに縋っていたのか分からなくなった
認識してもらえる人が居るだけで こんなに安心するのね…
胸に手をあてメイの存在を確認した後
ただただ静かに私を見つめてくれている殿下に安心し
小さく微笑みながら家族に向かって言った
「今まで ありがとうございました」
望み通り もう関わらないと誓いましょう




