中書令
あれから三日が経った
調査が終わり疲れた顔をした殿下と崔さんが青惺殿を訪れた
私たちは今のところ風明さんが居てくれているから特に問題はない
そう告げると殿下は安心したように息を吐いていた
「署名の偽造、ですか…」
崔さんから語られる説明を聞き私は溜息を吐いた
「はい、調べたところ建平が運んでいた書簡から殿下の署名の部分を写した形跡がありました
また写されたであろう書簡も一緒に見つかっています
署名は ぴったりと綺麗に重なりました」
崔さんが疲れたように溜息を吐くと同時に
殿下も腕を組み眉を寄せながら目を閉じていた
怪しい人間が居るものの何も証拠が無くて
しかも この三日の間に馬中書令から建平さんが行方不明だと
そして国の予算でおかしな部分があると正式に報告されたらしい
現に建平さんの行方は分かっておらず
「発覚した同時期に行方が分からなくなるのは不自然だと言っていたから完全に馬は悪事の全てを建平に擦りつけるつもりだろうな」
報告の時の馬中書令の にやにやした顔に腹が立ったらしく
殿下から敬語が取れていた
重い空気が流れ お茶を淹れるよう梓晴さんに頼む
眉を寄せて考えていた殿下に休憩を促したけど反応がない
また考えを巡らせているらしく下手に邪魔をしないように
梓晴さんに お礼を言って淹れてもらったお茶を一口飲んだ
崔さん曰く
偽の書簡により予算は少額ずつ抜かれていたらしい
少額といっても普通に働く人の半年分の賃金になるから
間違いなく横領に値する行為だ
「筆跡や指紋の鑑定はしたの?」
証拠として考えられるのは この二つだと
前世の知識から崔さんに確認をするも
殿下も含めて首を傾げてしまった
この世界では無い確認方法らしく
「筆跡、は分かりますが…しもん? というのは何ですか?」
そこからか〜……
…ん、あれ待てよ…?
じゃあ、もしかして…
「………殿下、一つお願いしても良いですか?」
「構いませんが…何ですか?」
崔さんから聞いた建平さんの性格
何故 今回だけ偽の書簡が発見されたのか
そこから考えられる一つの仮説
「確かめたいことがあるんです」
怪訝な顔をする殿下たちと
心配してくれる梓晴さんたちの静止を躱した次の日
庭園の東屋で待つ馬中書令に微笑みながら近づいた
私の登場に彼は目を丸くする
呼んだのは私だと言うと殿下から聞いていなかったらしい
殿下らしいと思いつつ
呼び出したのは私だと知った時の馬中書令の安心したような顔を見た
「貴方に訊きたいことがあって お呼びしたの」
「私で答えられることであれば妃殿下のために喜んで」
「ありがとう
貴方にしか答えられないことよ
ーー建平をどこに隠したのかしら?」
そう訊くと微笑んでいた彼が固まった
すぐに何のことか分からないと答える
取り繕う彼に私は微笑んで
「何の話か分からない訳ないでしょう?
貴方の部下が行方不明になってるのよ?」
そう言うと黙ってしまった
そもそも今回だけ書簡が見つかったのは何故なのか
私なりに考えてみた
崔さん曰く今までも国の予算が使い込まれていたらしいけど
その証拠を処分されてしまっていたから分からなかった
何度か書簡を偽造して処分してを繰り返して
バレないように巧妙に抜き取っていたはずなのに
「そして崔の話では建平は雑務を押しつけられるくらい気弱らしいわね
だけど断れない人も必ずしも反抗の精神がない訳では無いわ」
もしかしたら建平は気づいてほしかったのではないか
ぶつかってしまったことは偶然だったとしても
殿下に進言できる私に
馬中書令の悪事を見つけてほしかったんじゃないか
そういう結論に辿り着いた
「…妃殿下の話はよく分かりました
それで何故 自分に訊くんでしょうか
他の人間が行方を眩ませるのを手伝っているかもしれません
それこそ建平と仲良くしている者かもしれません」
真っ直ぐ私を見つめたまま馬中書令は言った
私は微笑んだまま
「貴方が国の予算に手を出したという証拠があるのよ」
殿下たちは彼に調査中の情報は一切 流していない
だけど私は さっき確かに今回だけ書簡が見つかったと言った
証拠は巧妙に処分していたから出てくると思ってなかったんだろう
馬中書令は気づいたらしく目を見開いた
「…証拠や書簡が見つかったからと言って私が偽造した物だとは限りませんよ」
それでも冷静に彼は笑みを作る
まだ抜け出せる道があると思っているらしい
確かにあるかもしれないけど
「確かに今回 見つかった書簡には殿下の署名があったわ」
私が そう言うと馬中書令は何か言いかける
最後まで聞くように言って彼の発言を封じた
「だけど その署名は写されたものだと殿下たちは判断しているわ
殿下には覚えのない内容のものだったらしいしね
そして注目したのは署名の部分ではなく内容の部分よ」
「…内容…?」
「明らかに殿下の筆跡ではなかったのよ
もちろん崔でもないわ
考えられるのは中書省の誰か
だから過去の書簡から筆跡を判断させてもらったの」
人によって筆跡は違う
もちろん素人判断にはなってしまうけど
それでも彼の筆跡は分かりやすかった
署名のように ぴったり重なる文字があったと崔さんが言っていた
そう説明すると馬中書令から笑みが消えた
取り繕う余裕がなくなってきたらしい
「あと もう一つ
馬中書令、指紋ってご存知?」
「……しもん…?」
「指の腹にある螺旋状のものよ
誰でも持ってるもので貴方にも私にもあるわ」
私が自分の指の腹を指差しながら説明すると
馬中書令は怪訝な顔をしながら自分の手を確認する
指紋は一人一人 形が違い身体から出る脂で触れる物全てに残る
肉眼で確認するのは難しいけど
「確認できるようにする方法、私は知っているの」
私が微笑みながら言うと彼は眉を寄せ険しい顔をし始めた
微笑みを崩さず
「ここでは まだ認知されていないものね
そんな確認方法があるとは思ってなかったから素手で触ったでしょう?
書簡のあちこちに残っていたわ」
私は そう言いながら馬中書令の手を見る
彼は咄嗟に自分の背に手を隠した後しまったという顔をした
青ざめる彼に私は手を差し出し
「馬中書令
貴方の指紋、調べさせてくださいな?」
今まで以上に微笑んで そう言った
彼は しばらく無言で私を見ていたけど
諦めたように息を吐くと
「……黒或殿の裏に埋めてあります…」
小さく そう言った
予想してはいたが最悪の展開に
私は微笑みを止め崔さんを呼ぶ
物陰に潜んでいた彼が出てきて
すぐに確認すると言って走っていった
黒或殿も滅多に使われることのない場所
しかも寂れてる不気味さ故からか堰赤殿よりも人気がない
馬中書令が東屋の柱に背を預け項垂れると
気づけば周りに兵たちが並んでいた
私の隣に殿下が静かに立つと
「……仕方なかった…なかったんだ……
あいつが嘘を吐くから……」
ぶつぶつと馬中書令は そんなことを言い始めた
言い訳にしか聞こえない内容に殿下も私も目を細める
しかも横領についての反省は一切ない
「追って沙汰を下す
それまで牢の中で反省していろ」