友人
春筍節
春に咲く花を見る祭りらしい
木に咲くものも地面に咲くものも大庭園にあるものは見事だと聞いた
この世界に来て まだ満開の花を見ていないから
どんなものかと密かに楽しみにしていた
なのに
「………〜〜っ」
浼雨の身体になってから きてなかったから油断していた
当日になって朝から頭痛が酷い
私がそうだったように浼雨も頭痛持ちだったのかな
即効性の痛み止めの薬があれば良いけど
「残念ながら…」
思妤さんに訊きに行ってもらったけど やっぱり無いみたい
代わりに身体を温める効果がある漢方薬を貰ってきてくれた
申し訳なさそうに言う彼女に お礼を言った
休むことも考えたけど今日は絶対 出なくちゃいけない
殿下に迷惑がかかる
せめてもの抵抗で漢方を飲み上から分からない程度に服を重ねる
この世界 暖房器具あんまり無いから…
「…メイ? 大丈夫ですか?」
殿下がベールで顔を隠す私を覗き込んで言った
私は精一杯の明るい声で大丈夫と言う
結局 頭痛が和らぐことはなく祭りが始まってしまった
むしろ酷くなっている気がする
今の私は酷い顔をしているだろう
落ち着いて花も眺められない
顔を隠せて良かった
ベールを許してくれた思妤さんと梓晴さんには感謝しかない
殿下と私が席に着くと祭りが始まった
踊りやら歌やら続けて演じられる
お酒を飲みながら周りの官吏たちは楽しそうに喋っている
というか皆 花を見てないな…
周りと喋ってばかり…
いや花見なんて そんなもんか…
楽しければ良いもんね…
周りの景色も含めて綺麗だって元気だったら興奮していた筈なのに
今は全く頭に入ってこない
前を向いていることも辛くて下を向いた
注がれた お酒にすら口をつける気にもなれず
ただ水面に浮かぶ花びらを見ている
やばいな…気持ち悪くなってきたかも…
「ーーメイ」
早く終われと頭の中が それだけになっていた瞬間
殿下の声が聞こえて急いで顔を上げた
見えていないだろうけど精一杯 笑って答える
殿下は暫く私を見つめると立ち上がって
「今は私たちが居なくても問題ありません
少し散策しましょうか」
と言って手を差し出した
正直 歩くのもキツいけど断っては駄目な気がする
私は喜んでと言い殿下の手をとった
『あれ以上は貴女が倒れます
もう充分ですから休んでください』
そう言ってくれた殿下の声で私は目を覚ました
外を見れば夜になっているみたい
まだ頭が重い感覚がするが だいぶマシになっている
私は寝返りをうち あの後のことを考えた
殿下は散策しようと私を連れ出すと崔さんが居るにも関わらず
私を抱き上げて青惺殿に一直線に向かった
思妤さんと梓晴さんに事情を話すと私を寝台に降ろし
安心させるように屈んで私の肩に手を置いてくれた
まさか殿下に気づかれるとは思わなかったな…
しかも お姫様抱っこされた…!
迷惑をかけたという罪悪感
男性に抱えられたという羞恥心
それが混ざって頭を抱え重い溜息を吐いた
「…メイ? 起きてるんですか?」
すると突然 殿下の声が聞こえた
返事をするとカーテンの中に入っても良いかと訊かれる
私は起き上がって どうぞと言った
「具合はいかがですか?」
「だいぶ良くなりました
すみません、ご迷惑をおかけしてしまって…」
私が そう言うと殿下は持っていた大量の果物を差し出す
食べるかどうか訊かれ咄嗟に肯定した
昼も夜も食べずに寝ていたから かなりお腹が空いている
殿下は慣れた手つきで りんごの皮を剥いていく
「慣れてるんですね」
「……母が体調を悪くすることが多かったんです
そういう時りんごしか食べられず私が剥いていました」
そう言いながら殿下は綺麗に皮を剥いて切っていく
どうぞと渡され お礼を言いながら受け取り口に運んだ
すると殿下が私を見ていることに気づいた
寝癖でもついているかと思ったが
「…女官たちから聞きました
朝から体調が悪かったそうですね」
頬杖をついたまま殿下が目を細める
説教だと思って口の中の物を飲み込んだ
「妃としての役割をしてほしいと お願いしましたが無理に出る必要はありません
それで貴女が倒れたら元も子もないんですから
それに もし倒れてしまえば酒か食事に毒を入れられたと騒ぎになっていましたよ
関係の無い者が罰せられていたかもしれません」
そういう注意が必要なんだと殿下の話を聞いて気づいた
私は本当に迷惑をかけようとしていたのだと
殿下から もっともな注意を受け小さくなる
「…責めてるわけじゃありません
貴女の役目は全うしてくださったんですから
私も浼雨も助かりました
ただ…
心配するでしょう
貴女が元気なかったら」
そう言われた言葉に顔を上げる
殿下は腕を組み眉を寄せたまま私を見ていた
私は咄嗟に謝りそうになった口を塞ぐ
「…ありがとうございます、心配してくださって」
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メイの様子がおかしい
祭りがあることを知らせてから楽しみにしていた気がするのに
今朝 会った時は顔を隠しているからか沈んでいるように見えた
祭りが始まってからも前を見ず酒も飲まず下を向いている
やはり こういう場は嫌いか
そう思いながら官吏たちの席を見る
実質 世間話に混じらせて交わされるのは家の探り合い
相手を蹴落とすことしか考えていない人たちの集まり
楽しさなんて微塵も存在しない
食事も冷めた物ばかりだし つまらないだろう
そんなことを考えながら再びメイを見る
ふと光が差し込んで隠れていた彼女の顔が見えた
真っ青だった
まさか体調が悪いとは思わなかった
何故 言わないのか考えたが妃という立場を思い出し口を噤む
俺のところに来て初めての催しだ
欠席すれば周りから何を言われるか分からない
それを ふまえてくれたのだろう
『迷惑はかけたくありませんから』
そう言った時の彼女の顔が浮かぶ
力強い目だった
それに基づいた行動なのだろう
だが先日 貴女は言ってくれたじゃないか
『間違う、失敗する、誰にでもあります
それは殿下にも言えることです
生まれた時から完璧な人間なんていません』
少なくとも私は責めたりしませんから
そう思って俺はメイを連れ出した
戻った後 貴女のことを悪く言おうとした連中は黙らせた
そして夜も更け月が真上にいった頃
祭りが終わり今日の書簡の確認分が終わった俺は青惺殿に向かった
昼間よりも顔色が良くなっていたメイに軽く説教をする
心配していたことを伝えると謝罪ではなく礼を述べた彼女は何故か
嬉しそうに笑っていた
本当に分かっているのか訊くと笑ったまま頷く
笑う要素が分からず何を笑っているのか訊くと
「嬉しいんです
殿下と仲良くなれた気がするから」
俺は目を丸くした
愛など必要としていないと言っていたのに仲良くなれて嬉しいということは
メイは必要とし始めたということなのかと
だが彼女からは違った答えが出てきた
「上に立つ人間の責任や苦労や悩みとか
働く上で守ることや大切なこととか
私も色々あったので殿下とは話せる気がしてて…
勝手に殿下とは友だちになれる気がしてたんです」
そう笑顔で言ったメイは
これからは友だちだと思って良いかと訊いてきた
俺は目を丸くしたまま
「…話せないこともありますよ?」
「ご心配なく
一から十まで全部 知りたいわけじゃありませんし
私も働いていた身です
社外秘は重々承知しております」
メイは気にした風もなく腰に手をあて自信満々に言った
彼女にとっては何気ない言葉だっただろう
それでも俺にとってはーー
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翌日 頭痛は落ち着き普通に動けるようになった
昨日は気持ち悪くて何も食べずに寝ていたせいか
朝は消化の良いものを用意してくれた梓晴さんと思妤さんに心配されまくった
そして本を読んで過ごしながら夜いつものように殿下を待っていると
「元気なら大庭園に行きましょう」
そう言って殿下は私を連れ出した
私は頭に はてなが浮かびながら殿下について行く
大庭園に着くと何故か今日 片づけられてしまった筈の灯りが点いていた
それに照らされて花が綺麗に灯されている
「碌に春筍節で花を見れてなかったでしょう
明日に片づけを延期してもらったんです」
夕方まで続く祭りは終わる頃 提灯が飾られて綺麗に彩られる
それも聞いていた私は楽しみにしていた
見られなくて密かに がっかりしていたんだけど殿下は配慮してくれたらしい
呆気にとられたまま殿下を見つめた
片づけを延期してまで見せてくれるとは思ってなかった
なんとなく浼雨とは契約結婚で愛はいらないと言っていたから想像できなかった
「……嬉しかったんですよ」
私が見続けていると殿下は話し出した
「私は皇帝の息子で将来は皇帝になるかもしれない者です
ですから周りに居るのは教育係である大人か部下
それから利己的な目的で近づいてくる人たちだけだった
…正直 架空の存在だと思っていたんですよ
悩みを聞いてくれたり助け合ったりしてくれる無償の存在というのは」
私は目を丸くしたものの何も言わなかった
殿下にとって それは当たり前で
一生 周りを信用してはいけない世界で生きていく
そう思っていたらしい
「それを恨んだことも悲しんだこともなかったです
……なかった筈だったんですが…貴女に言われて嬉しいと思った自分がいた
ぽっかり空いていた何かが埋まった気がしたんです」
だから そのお礼として今回用意したと殿下は言った
何気なく言ったことだったから お礼を言われるのはむず痒い感覚がしたけど
私は話を聞き終わると殿下の前に出る
照らされている花たちを眺めて振り向いて
「綺麗ですね、殿下」
笑って そう言った
そして殿下の手をとって庭園を一周しようと言った
せっかくだから殿下のことを知りたいと言っても
手を振り払われることも断られることもなかった
もちろん話したくないことは話さなくて良いと伝える
友だちにも礼儀はあるからね
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春筍節の日から数日
私は変わらず公務の日々を過ごしている
先日は驚いた
祭りの最中に殿下が妃殿下を連れ出したと思えば
周りに私しか居ないと分かった瞬間
殿下が妃殿下を抱えたのだから
後で訊けば妃殿下は調子が悪かったのだそう
だが それだけで殿下が行動したのにも驚いた
殿下が適度に休むようになったことや
休憩の際に聞いた二人の会話を思い出し
婚姻関係を結んだ経緯からすれば
良い関係を築けているのではないかと思った
「殿下、暗月国から催促が来ていますが」
故に金銭を要求してくる彼らに殿下の返答は変わらない
婚姻を結んだのは あくまで妃殿下
であるなら妃殿下の要望を優先すると殿下は返答している
今回も そう返答するように殿下から言われた
そう言われ殿下に呼ばれたらしく今は座って待っている妃殿下を見る
私の視線に気づいた妃殿下は
「私は既に輝星国に、殿下に嫁いできた身です
どうぞ私のことは お気遣いなく」
何故か背筋が冷える笑みを浮かべ そう言った
それ以上は突っ込んではいけない気がして妃殿下から視線を外す
持ってきた書簡の山を片づけると殿下は休憩をとると言った
確かに いつまでも妃殿下を待たせるのもいけない
すると妃殿下が茶の準備をすると立ち上がった
「頃合いをみて来てくれ」
「分かりました」
頭を下げて そう言って私は部屋を後にした
部屋を出る際に二人を横目に見る
穏やかな空気が流れている気がする
噂とは違くても妃殿下は優しい方だと女官たちは言っていた
それは私も思っている
それに殿下にとっても良い方なのだと思う
皇后が亡くなられた時から殿下は張り詰めていた
暗殺されそうになった過去もあるからか
周りを信用せず頼らず
独りを覚悟されていたように感じる
私に対しても心を許すことはなかった
だが妃殿下と一緒になってから柔らかくなった
真面目なのも厳しいのも変わってはいないが
ふとした時に微笑むことが増えた
私では外せなかったものを妃殿下は外してくださった
悔しさや寂しさよりも感謝と喜びの方が大きい
そう思いながら小さく微笑み廊を歩く
妃殿下に出会えて良かったですね、殿下