バレた
「貴女、誰ですか?」
真っ直ぐ見つめられ言われた言葉に一瞬 目を丸くした
けど すぐに冷静になれた
契約について話し終わった後の彼を思い出したから
あの時点で浼雨ではないと気づいていたんだろう
まさか正面から確認されるとは思ってなかったけど…
「…そう思ったのは何故ですか?」
「……私は一度だけ浼雨に会ったことがあります
その時の彼女は俯いてばかりで目線を合わせようとしなかった
貴女みたいに真っ直ぐ相手を見ることはありませんでした」
なるほどね
「それから…貴女みたいな強い意志を感じる目をしていなかった」
契約の変更の話の時も思った
殿下は真っ直ぐ視線を逸らさなかった
理不尽な要求をされるかもしれないのに聞く姿勢をとってくれた
良い意味で相手をよく見ている
だから気づいたのかな
変わらず殿下は私を真っ直ぐ見る
浼雨自身が心を入れ替えたとは思っていないらしい
簡単には人は変わらないと分かっているのか全くの別人だと認識しているみたい
つまり彼に嘘や冗談は通じない
そう本能的に悟った
私は一度 目を瞑ると深く息を吐いた
そして目を開け真っ直ぐ殿下を見て
「ご察しの通り、私は浼雨ではありません
ですが身体は浼雨なんです」
胸に手を当て答えた私を見て殿下は怪訝な顔をする
私だって混乱していたんだ
殿下の気持ちは よく分かる
私は自分のことを包み隠さず話すことにした
「まず私は この世界の人間ではありません
私の世界ではゲームという物語の一種として此処は存在していました」
ゲームという単語に殿下は首を傾げる
会話などを中心に現れる選択肢を選んでいくと登場してくる人物と交際できる
もちろん現実の人間ではない
疑似体験できる娯楽の一種だ
続けて そんなことを言うと殿下は眉を寄せた
自分の住んでいる世界が現実ではない
そう言われれば怒りたくもなるだろう
だから この人は凄いと思う
怒りに任せる行動をしないから
でも私にとっては もうここはゲームの世界じゃない
「仮にそうだとして貴女は何故ここに来たんですか?
というより いつから彼女の身体に居るんですか?」
「ーー元の世界で死んだからです
ここに来る馬車の中で目を覚ましました」
私が冷静に答えると殿下は今まで以上に目を丸くした
帰る場所は私には もう無い
殿下は訊いてはいけなかったという顔をしている
「誤解のないように言っておきますが私はゲームをやったことないんです
だから殿下のことも浼雨のことも知りません
今まで何が起きたのか
これから何が起きるのか
何も知らない
分からないんです
それに私には もうここは現実世界です
殿下も浼雨も私も ちゃんと生きているんだって思ってます」
ちゃんと息をしているし温かい
生身の人間だと実感している
私は前のめりになって殿下に説明した
殿下は若干 後退る
そして溜息を吐き私を元の位置に戻らせると
「分かりました
貴女の話を信じましょう」
そう言われて目を丸くした
現実味が無い話を信じるなんて本当だろうか
帰る場所が無いから私にとっては ありがたいけど
「嘘を吐いているようには見えませんから」
殿下は そう言って私から視線を外した
そのまま腕を組み暫く動かなかった
考えを まとめているんだと思う
下手に何かを言うのは止めておいた
「ちなみに本物の浼雨は今どこに?」
暫く待つと殿下が視線だけ私に向けた
私は胸に手を当て
「おそらく中に居ると思います
先程 頭の中に声が響きました
実は契約変更の話も浼雨の許可を得て話を出させていただいたんです」
返答を聞いた殿下は溜息を吐いた
溜息をするのが癖なんだろうか
そんなことを考えていると
「詳しいことは明日から話しましょう
貴女にとって今日は色々あって疲れたでしょうから」
そう言って殿下は立ち上がる
この世界のことを何も知らないと言ったからか明日 教育係を呼んでおくと言ってくれた
その人から色々教えてもらおう
「……そういえば貴女の名前を訊いてませんでした」
そう意気込んでいると出て行こうとした殿下が振り返って言った
そういえばと私は頭を下げながら
「芽生と申します」
「私は浩然と言います
それと…浼雨と話す機会があれば訊いておいてくれますか
こんなことになった理由を」
最後 殿下は眉を寄せ苛立ちを見せてから出て行った
………こわ…
気づくと真っ暗な中に立っていた
身体を見ると死んだ時の服装だった
傷ついている感じは無い
痛みも無い
また別の場所に飛ばされてしまったのか
そんなことを考えていると ぼんやりと明るい場所が見えて
なんとなく そっちに歩いていった
「…… 浼雨?」
そこに居たのは本を読んでいる漢服を着た若い私だった
直感で名前を呼ぶと浼雨は ゆっくりと顔を上げる
表情が抜け落ちてて
目に光が無くて
正直なところ不気味だった
何をされたら こんな表情になるのか
そんなことを考えながら静かに私を見つめる浼雨の目線に合わせ屈んだ
「…はじめまして、私は芽生って言うの」
そう言うと浼雨も頭を下げ挨拶をした
何を読んでいるのか覗いてみると
「…私の写真?」
浼雨が見ていたのは私の子どもの頃の写真だった
後ろに本棚もあることから私の記憶らしい
記憶を見られるって恥ずかしいと思っていると もう一つ本棚が現れた
どうやら浼雨の記憶らしいが本棚の大きさが私のより小さい
国の歴史など教育や作法に関するものばかりだった
「…家族との思い出というものは無いから…」
そう呟いた浼雨の言葉に拳を握る
あの男やっぱり殴っとくべきだったと
だけど怒りに震える私とは違い浼雨は静かに座っている
その横顔が無表情の筈なのに何故か悲しそうに見えて
私が浼雨のところに来た理由と
入れ替わっていると気づいている筈なのに何もしない理由を率直に訊いてみた
「分かりませんけど…私が呼んだかもしれません…
……なんだか疲れてしまって…
私じゃなくても殿下は困らないでしょうから」
私の顔を見ず俯いたまま浼雨は答える
夜に殿下と話していた時間は知らないらしい
「でも殿下 怒ってたよ?」
私が そう言うと浼雨は顔を上げる
殿下が怒ったのが本当に分からないって顔だ
そういえば浼雨を指名してたって言ってた
理由は訊いてないんだろう
殿下にとって誰でも良かった訳じゃないらしい
愛を必要としていないって言ってたことと関係があるのか
「…身体に戻る気になった?」
私が そう訊くと浼雨は再び俯いた
首を縦にも横にも振らない
戻りたいと思っているのか分からないのだろうか
疲れたと言っていたから これは重症かもしれない
何より浼雨のような目を私は知っていた
それならと
「まぁ私としては暫く身体を貸してもらえると助かるかな
せっかく第二の人生 貰えたから謳歌させてほしい
この世界のこと何も知らないし
これから私は どうなるのか分からないし
短くても良いから代わってくれない?
殿下も私が相手で大丈夫っぽいしね
どう?
…浼雨はこの機会に目一杯 休んだら?」
そう言って浼雨に許可を求めた
すると むしろ良いのか訊いてきた
逃げることも休むことも本当は良くないと分かってるみたい
だけど彼女には今は休息が必要だ
言ったことは嘘じゃないから私は全然良い
「…では…暫くの間よろしくお願いします」
頭を下げ浼雨は そう言った
長年の重荷が取れたのか
それとも別の理由か
安心したような顔をしていた気がする
「…それで暫く貴女が代わることになったと?」
次の日
朝ご飯を食べた後 殿下が青惺殿を訪れた
昨日 言っていた教育係を紹介される
私が作法やらを復習しておきたいと言っていたから連れてきたと殿下は うまいこと言って誤魔化していた
そして今後について話そうと殿下が一言 言うと流れるように崔さん達が部屋から出ていった
腕を組み聞きモードに入った殿下に寝ている間に浼雨に会ったことを話す
理由は定かではないが浼雨が私を呼んだのではないかと
案の定 殿下は眉を寄せた
「契約上 放棄するのが許せないのは分かります
ですが充分に休ませた方が良いと思いますよ
浼雨と同じ目をした人を私は元の世界で何人も見ました
その誰もが
自殺寸前まで追い込まれてましたから」
そう言うと殿下は目を丸くした
さらに眉を寄せ何かを考えている
元の世界はストレス社会
あんな目をしている人が大勢居た
あの状態は本当に危ない
何か文句があるなら来いと思っていると
「…一度 浼雨に会ったことがあると言ったでしょう
その時あちらの家族全員に会っているんです」
殿下は眉を寄せたまま話し出した
「向こうが出迎えてくれた形だったんですが一言で言えば異様でした
浼雨には兄と姉二人が居るんですが彼らは充分すぎるほど着飾っていました
暗月国王たちもです
対して浼雨は全くと言っていいほどだった
それに対しても誰も何も言わなかった
全員が彼女を居ないものとしている感覚でした
不気味でしたよ」
昨日の真っ赤な衣装は殿下に嫁ぎに行くから用意したんだと分かった
みすぼらしい格好で行かせられないから
一発ずつ ぶん殴ってきて良いか
怒りから私がそう言うと殿下は少しの間があった後 首を横に振っていた
一瞬 迷ってたな
「今回の話で彼らと繋がりができるのは避けたかったんですが…
利益が一致したのが浼雨だけだったんです
だから来てもらったんですが彼女には良くなかったんでしょうね」
そう言って殿下は眉を寄せたまま目を閉じ溜息を吐く
浼雨に怒っていたというよりは彼女の家族に苛立っていたらしい
だから昨日 不機嫌だったのかと納得した
今は殿下自身にも怒ってるみたいだけど
浼雨! 起きて!
何も心配することないよ!
殿下 優しい人だよ!!
心の中で叫んでみたけど答えない
多分 届いていない
もどかしい
殿下の優しさを伝える為に今すぐ寝たい
「…ひとまず契約上 貴女でも問題はありません
苦労をかけるとは思いますが…
暗月国の民の移住も引き続き受け入れます
…ゆっくり休んでください、と伝えておいてください」
やっぱり優しい
そう思いながら私は頷いた
「それと確認していただきたいことですが
私と浼雨が お互いの利益の為に契約上の夫婦になったのは知っていますね?」
私は無言で頷く
「私は愛なんてものを現段階で必要としていません
なので私は貴女を愛することはありません
貴女も そうしてください」
何を言われるかと思えば
「ご心配はいりません
私も誰かに恋をするという気持ちが分かっていませんので
現段階で それは無いと思います」
この世界に来て一番焦ったのが結婚の話だった
愛が無いものだと聞いて どれだけ安心したことか
というか出会って一日で そんなんなるか…?
疑問に思ったが殿下は攻略対象というやつだと思い出した
今まで苦労してきたのかもしれない
私には縁が無い話だな
そんなことを ぼんやりと考えた
「他に何か聞いておきたいことはありますか?」
改めて訊かれたが今は思いつかない
何か要望があれば呼ぶように言われた
よっぽどのことじゃなければ叶えると言ってくれる
それで改めて殿下に頭を下げる
「これから よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ゆっくり休んでね、浼雨