第九十八話 共感
おいお前ら、そんなに笑ったら失礼だろ。
白石は布団にくるまってまんじゅうになって震えてるし、
カリンはその布団をぼかぼか叩くし。
俺は笑いはしないけど直視できなくてうつむいてる。
だってさあ……
制服だよ? 二十ウン歳が。
レトロポップな部屋の内装も相まって、
令和の時代に平成黒ギャル降臨! みたいな雰囲気になってる。
菜穂さんも、ノリノリで自撮りしまくるなよ。
死んだ魚の目でツーショ撮らされるほうの身にもなってよ。
あーーっクソ、スカートかわいいな。
「なあ、菜穂さん、やっぱりやめよう。こんなの逆に目立ってるだけだって」
「なんでよ? 変装しようって言ったのコーイチ君じゃん」
「まあそうなんだけど、よく考えたらいきなり俺の家にまで警察が
来てることもないかなって」
「そんなのわかんないよー。相手はあの杏奈だよ? 油断大敵」
「油断しまくってるよね、その恰好は」
「どこがよ? カンペキ現役っしょ。うしっ、私もまだまだイケる!」
「カリン、笑ってないで菜穂さんを止めてくれ」
「いいじゃん、本人が喜んでるんだから。セナコーも着る?
学ランなら確か姉ちゃんが持ってる」
「お前の姉ちゃん何してる人?」
「はいはい、私も着る。えへへ、せんせーと制服デートだ」
「別件で逮捕だな。もう二度と会えんぞ」
「好きな人と好きな服着て歩くのの、何が悪いのよ⁉」
「俺にキレるな。菜穂さん、シマナツのほうを移動するんじゃダメなのか?
菜穂さんは動かず、こっちにシマナツを運ぶのは」
「それこそ悪手だよ、コーイチ君。横領の証拠品を移動させるんだからね。
隠そうとしたって見られるだろうね、絶対」
「そりゃわかるんだけどさー、
そもそも菜穂さんがいないとフェイク動画って作れないの?」
「ううん、シュウちゃんとトサカ、それとシマナツがいれば作れる。
おおまかな指示は出してあるし、あの二人なら完璧にできるよ」
「んじゃ、うちに隠れてなよ。うちは隠れるには最適。森だから。
それに菜穂さんなら大歓迎だよ。
姉ちゃんも『なななッズ』好きだったし」
菜穂さんが見せた微笑みは子供相手のものじゃない。
カリンへの感謝と優しさへの敬意に満ちてる。
シュウちゃんがこの人となら何でもできる気がするって言ってたの、
こういうことなんだろうな。
誰に対しても距離も熱量も変わらない、太陽みたいな人。
「ありがと、カリン師。でもね、シーマの危険性を訴えるためでも、
私は今から多くの人を騙す。その責任は私がとらないといけない。
私が、そこにいなくちゃいけないの」
これにはカリンと白石も黙って顔を見合わせる。
あ、心に響くってそういう顔なのね。覚えとこ。
「ならさ、菜穂さん、ちゃんと変装しよーよ。そんなコスプレじゃなくて」
「地味に傷つくこと言われた……」
「まあまあ、悪だくみに関してはカリンは頼りになる……たぶん。
何か考えがあるんだよな?」
「もち。人に見つかりたくないときの二十二のやり方、
姉ちゃんから教わってるんだ。半分以上、忘れたけど」
頼もしいような、頼もしくないような……。
でも、人に見つかりたくないときの方法とか……
なあカリン、お前の姉ちゃん、ホントに何してる人?
────────────
ってなわけで今、助手席にはカリンが乗ってる。
菜穂さんの服着てキャップをかぶってるから、仕事帰りに球場に
観戦に行くOLみたいになってる。
カリンの言った見つかりたくない方法ってこれ。
要するに入れ替わりだ。
確かにカリンは背格好が菜穂さんに似てるから、遠目なら菜穂さんを
よく知ってる人でないとわからない。
しかし、ここでも入れ替わりか。
俺の人生で入れ替わりって言葉がこんなに重い意味を持つとはねえ。
「サリと菜穂さん、うまくやれてっかな?」
「うまくやるも何も、普通に電車に乗って帰るだけだろ。
なんだお前、心配してるのか?」
「そりゃね、作戦立案者としては進捗が気になるものですよ」
「問題ないよ。さっきも言ったが、まだ逮捕状が出てるような
段階じゃないんだ。こんなのは不安を紛らわすレクレーションだよ」
「そんなもん?」
「そんなもんだ。だからなんの心配もいらない」
「なーんだ、んじゃ心配しない。しっかし笑えたよね、サリが
菜穂さんと二人で行くってなったときの顔。
前に飼ってたブルドッグ思い出したわ。ああいうのがあるから
サリって面白いんだよな」
「菜穂さんも髪黒くしたらそれっぽく見えたな。
お前は何を着ても大人には見えないが」
「うっせ。でも菜穂さんは確かにそう。昔、動画で見てたときのまんま。
年取らないの、あの人?」
「以前の菜穂さんは知らないからなあ……。
動画の配信やってたんだっけ? 前からあんな感じなのか?」
「『なななッズ』知らないとか、どうやって教師になったの?
菜穂さんと杏奈さん、それと夏実さん。三人でやってたんだ。
安奈さんは技術担当であんまり顔出さなかったけどさ」
「高校生のときだろ?
動画っつってもできることなんて限られてるだろうに」
「まあね、最初は病室からほとんど出られない夏実さんのアバターを
作って、着たい服を着させて楽しむ。見てるほうより、やってる人の
ほうが楽しいって感じだったんだ」
それを聞いて、シマナツが自分を着せ替え人形だって
言ってたのを思い出した。
「……そうか、そのアバターがシマナツなのか」
「はあ? んなわけないじゃん。最初のころなんか四頭身くらいで、
喋ったりしないし、いくつかのポーズを取るだけ。
それがちょっとずつ夏実さんに近づいてくのは面白かったけどね」
「完全に内輪ノリじゃねえか。本当に人気があったのか?」
「そりゃもうね。面白いつまらないとかじゃなくてさ、あの三人を
見てると、自分もそこにまざりたくなるんだ。そしたら三人みたいに
笑えるんだろうなって、そう思えるわけ」
「共感」
「つまんない言い方するよね、セナコーって」
「端的と言ってくれ」
「うわ、姉ちゃんみたいなこと言い出した。あ、そこ右。
レンタカー返しに行かなきゃ」
「そうだったな……と」
「……おおおおお!」
「なんの感嘆符だ、今の?」
「いや、男の人がハンドルきってるとき、カッコよく見えるってホントだ。
セナコーでさえ」
「気を付けろ、お前ぜったい周りからチョロいって思われてるぞ」
「だからそういうヤラシイ目で私を見んなって。
浮気してサリを怒らせたばっかだろー?」
「見てねーわ。ていうか、生徒をそんな目で見たことないからな」
「ほんとにぃ~~? サリも一般女子生徒?」
そう言われるとはっきりと答えられなくてもごもごしてしまう。
俺にとって白石はもう、たんなる生徒じゃない。
なくなってしまった。
きっかけはエリン様だけど、その後は俺自身の責任だ。
くそ、カリンのやつ、にやにやしやがって、完全に俺を舐めてるな。
大人の怖さ、教えてやろうか。
「さっきのなななッズの話だけどさ──」
「うわ、すげー骨も露わに話を逸らした。なさけなっ、サリとも
私とも向き合ってないの、なさけなっ」
「辛いことからは逃げていいんだぞ?」
「しかもなんか私に素敵な指導をしてる感まである⁉
学校でもそんな感じなら、もっと人気出ると思うよ?」
「ヤダよ。生徒と仲良くなりたくなんかない」
「心からの本音だコレ」
「まあな。それよりなななッズだよ。なんでそんなに人気だったんだ?」
「あーね、初期のころは確かに、応援してる側も小さなコミュニティーって
感じだったよ。私はそのころからのファン。でも、一気に広がったのは、
ちょっと有名なデザイナーが服のデザインを提供してくれたときからかな」
「へえ、なんて人? おしゃれ最下層民の俺でも知ってる?」
「なんつったかなー、すぐ名前忘れちゃう。でもアレだよ、ニグ……
じゃわかんないか。『Nail・it・Girls』の創設メンバーの一人。
会社の名前もその人がつけたんだ」
ここで『Nail・it・Girls』に繋がるのか。
十年前なんだよなぁ。
どう考えたってありえない。
ありえないんだけど、関谷さんのことがあってから、
あのメッセージを受け取ってからだと見方が変わってくる。
ネイル・イット・ガール……
なんだか誰かの名前みたいに聞こえてきやがった。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
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