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第九十三話 コーイチ君はウーンディッドヒーラー

 救急車にパトカー、鑑識車両までやってきて現場は一時騒然。


 と言っても俺たちはすぐに病院に運ばれたから、

 それを見たわけではないんだけどね。


 菜穂さんの腕は骨をまっすぐにするのに手術が必要で、

 まあわりと大変だった。


 麻酔なしでも手術できちゃうぜってイメージだったから

 意外だったんだけど、菜穂さん、手術が怖くて大騒ぎ。


 ほっとけば治る!


 って逃げようとするもんだから、医者と一緒になって捕まえた。


 かわいらしいところもあるもんだ。


 俺のほうはと言えば、重めの打撲。

 内臓のダメージはなかったけど、安静に。血尿出るかもよ。


 入院の必要はなかったから一度、帰ろうとしたら看護師さんに

 呼び止められて、菜穂さんの病室に連れていかれた。


 半強制。ほぼ連行。


「精神的なショックがあったようで、お連れ様に会いたいと

ずっと言ってるんです。ご家族でいらっしゃいますか?」


「いえ、友人です」


「申し訳ありませんが、付き添いをお願いできませんか?

その……ずっと泣いていらっしゃるので」


 後ろのほうはすごく小さな声だった。

 別に恥ずかしくないよ?


 あんなことがあったんだし、気弱になっていても仕方ない。

 大人だって泣くのを俺は知ってます。


 ……と思ったんだけど、やっぱり恥ずかしいやつだわ。


「菜穂さん、その飴は子供しかもらえないやつだ」


「私がちょうだいって言ったんじゃないもん。

子供みたいに泣いてたら看護師さんがくれたんだもん」


「子供みたいって自覚あるなら我慢しなさいよ」


「だって麻酔しててもけっこう痛かったし、手握っててって

言ったのにコーイチ君はどっか行っちゃうし」


「俺にも診察くらい受けさせてくれ」


 看護師さんは生温い笑顔でフェードアウト。


 あ、これ面倒だから押し付けられた感ある。

 だってこう……菜穂さんが頭をちょっと傾けてるというか。


 ぶっちゃけ撫でろっていう無言の圧。


 ベッドの側の椅子に座ってよしよしってしたら、

 くすぐったがって笑ってる。


「よかったね」


「うん、そうだな。二人とも無事でよかった」


「骨、折れたんですけど~~?」


「ああ、命はって意味」


「……だね。関谷先生、身寄りがないんだって。

葬儀は私たちでなんとかしてあげられないかな……」


「警察の人が来たら遺体の引き取りを申し出てみたら?」


「来るかな? 警察」


「来るだろうね。派手な事件だし、現場にいたし」


「なんだったんだろうね。

あそこにいたのは群道君と杏奈……だったと思う。

でも冷静になって思い返してみて、あれがあの二人だったって

確信が持てない。顔だけ同じ別人みたい。

もしかしてクローン戦争とか、もう始まってる?」


「それならあそこにいたのは俺と菜穂さんのクローンにするね。

そのほうがインパクトがある」


「確かに。私もそっちの脚本を選ぶ」


「映画かよ」


 二人とも笑いたかったけど……

 声が掠れただけだ。


 菜穂さんはどんどん落ち込んで、飴も噛み砕いちゃって。

 マズいぞ、また泣きそうだぞ。


 話題……何か別の話題……ハッピーなやつ。


「いや~~、にしても驚いたよ。

まさか菜穂さんがカーマインだったなんて」


 わっかりやすく表情が明るく!


「でしょでしょ。運命って言ったじゃん」


「運命かどうかは知らんが、すごい偶然だ。

まだWoWやってんの?」


「やってないよ。コーイチ君がいなくなって、しばらくしてやめた。

私、コーイチ君と話したくてやってたから」


「そんなに話してたっけ?」


「どっちかってーと、私が一方的に喋ってた。

しんどい時期だったのよ。夏実が死んで、安奈とも疎遠になって、

大学もほとんど行ってなくて引きこもり。ボロッボロよ。

コーイチ君がいなかったら死んでたかも」


「なんか思い出してきたわ。死にたいだの、学校に火をつけたいだの、

ずっと言ってたなあ」


「そーなの。黙って聞いてくれたのはコーイチ君だけなの。

他はみんなすぐどっか行っちゃう」


「当然だ」


「コーイチ君だけ……コーイチ君だけが黙って受け入れてくれた。

カルメンを愛してくれた」


「カーマインな。うるさいけど落ちても文句言わずにすぐ

戻ってきてくれるからありがたかったよ」


「ほら、相思相愛」


「どこがだ。頭は打ってないよな?」


「なのに! ある日私を捨てて出て行った。何も言わずに。

なんで? 他の女(新作ゲーム)ができたから?」


「目が怖えよ……あのときは俺もしんどかったんだって。

周りに八つ当たりしちゃいそうだったし、何より、ゲームを

やってて楽しくないのが嫌だった」


「……なるほど、コーイチ君はウーンディッドヒーラーだったんだ」


「どこで覚えた、そんな心理学の用語」


「いいよ、聞くよ。傷のなめ合い大好き」


「話す気ねんだわ。もうだいぶ前に終わったことだし」


「え……? 話すまで帰れないのに?」


「じゃ、そろそろ帰る。明日また来るよ、シュウちゃんとか連れて」


「待ってよ~~、行かないで! 一人になったら痛くなりそうで嫌なの。

あとコーイチ君、自分のこと話さないじゃない?

ズルいよ。あんな……命がけで守ってくれるのに、もう終わったことさえ

話してくれないなんてさ……」


 確かに俺は他人に迷惑をかけるのを気にしすぎる傾向がある。


 ばあちゃんにも言われた。

 気をつかいすぎると相手は避けられてる気がするんだよ、って。


 それで心配までさせてりゃ世話ないな。

 菜穂さんは誰にも話せなくて、一人なのが辛いと知ってるから余計に。


「……そうだな、もう終わったことだもんな。話してもいいか」


「やった! コーイチ君の弱み」


「弱みって……そもそも俺は弱いよ。だからいじめを受けてる生徒を

守れなかったんだ。いや、守ろうともしてなかったな」


「おおう、いじめかあ……。重いなあ。

ニュースとかで見ると腹立つんだよね。加害者をバットで殴りたくなる」


「はは、講習で、そういうのはダメだって言われたよ。

いじめに加害者も被害者もない、常に公平性を保つようにって。

いじめは条件が整うと発生する現象なんだと。

雲ができれば雨が降る。雲は加害者か? 被害者か?」


「そんなのむちゃくちゃだよ。被害にあった子やその家族が

それで納得する?」


「いじめに納得なんかない。ただ、俺はあのときどっちかっていうと、

加害者の気持ちがわかってしまったんだ」


「シュウちゃんに電話して。お見舞いはバットをお願い」


「話、聞いてくれるんだよね? バットで黙らせるの?

違うんだよ、俺は別にいじめを肯定してなんかいない。

ただ、被害者の子が……まあ、その、怖かったんだ」


「いじめられてるのに?」


「ヘンな話だとは思うよ。でも、その子の目つきというか雰囲気

というか、とにかく一目で異質だとわかる。大人の俺でも

そう感じたんだ。同年代の子供たちにはもっと怖かっただろう」


「だからって!…………いっつうぅぅ」


 菜穂さんが折れた腕を押さえて半泣き。

 興奮してちょっと動かしちゃったみたい。


「ほらほら、安静にしないともっかい手術だぞ。

結末から言えば、その子は学校をやめて、加害者の子たちは

その後はいじめなどもなく、平穏に卒業したよ」


「そ・れ・が! 納得いかないの! なんで被害者が追い出されて、

加害者がのうのうと卒業してんのよ。正義はどこ?」


「ただの雨だよ。みんなが雨宿りしてる間に、一人だけが傘を

差して帰った。俺が用意した傘で」


「どんな傘?」


「ことと次第によっちゃブレードランナーって顔だね。

エデュケーショナル・スクール。大学の同期が運営してたんだ。

両親を説得してそっちに行ってもらった」


 温度調整のために蒸気を噴出するみたいなため息。


 俺は笑うしかなかった。

 あのときも今も、俺は変わらず薄ら笑いだ。


「情けないよな。でもそのときはそれ以外の選択はないと思った。

とにかくあの子が学校に残っている限り、いじめは続くって。

あとはその結論ありきの調査、謝罪……最低だよ」


「私はそうは思わないよ。少なくとも見て見ぬふりはしなかった。

そこはえらかった。褒めてあげよう」


「……優しいな。もっと怒るかなって思ったけど」


「こっちから聞いといて怒るのは違うでしょ。逃げてるけど、

逃げてない。コーイチ君らしいなって思ったよ」


「逃げられなかっただけだ。教師にできることには限界があるって、

自分に言い訳して。本当は面倒だって心の底では思ってて……」


「辛かったんだね」


「あの子の気持ちを考えれば、俺が辛いなんてとても──」


「辛かった?」


 頬に手を添えられ、間近で目を覗き込まれて、

 俺は子供みたいにうなずいてた。


 そんなの、ばあちゃんが死んでから一度もなかった。


「彼女がいなくなった後、俺は周りからいじめを適当に処理したって、

同僚からも生徒からも、そう思われてて、それが……」


「違うよ。コーイチ君はがんばったんだ。誰も傷つかないように、

雨上がりの空気みたいに、したかったんだよね」


 いつの間にか俺は菜穂さんの肩に顔をつけて、頭を抱かれていた。


 髪の毛をつまむみたいに頭を撫でてくれて、

 そうしてると胸に知らない感覚ができてた。


 ざらっとしてて、息苦しくて、

 最後に見たあの子の後ろ姿を思い出した。


 それが辛いっていうことだなんて、菜穂さんに話さなかったら……


 きっと気づかなかったよ。

読んでいただき、ありがとうございます。

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