第九十一話 なぜ突然ディスってんだ?
村瀬の計画そのものはいたってシンプル。
要は本物と区別のつかないフェイクニュースを流し、ある程度
話題になったタイミングで説明と謝罪の動画を流すというもの。
そんなことができてしまうシーマ(シマナツ)の危険性を訴え、
同時に守護天使の必要性を押し出してく。
できるだけ早い段階でフェイクであることを公表するが、
その間に実害があれば当然、罪だ。
実害なくたって訴訟もありえる。
センセーショナルではあるが、業界や個人に迷惑をかけない
バランス感覚を求められるフェイク。
そういうのを綱渡りって言うんだよ。
なので専門家を頼ることになった。
フィリップ・プティ?
そりゃ本物の綱渡りだ。
「今日は電車なんだな?」
二人で揺られてます。
菜穂さん、手土産のお菓子、じっと見つめるのやめようか。
「うん、自宅にマスコミ来ちゃってるらしいんだ。
仕方ないよね、あんだけ話題になってるAI開発の共同経営者が
雲隠れしてるんじゃね、何かあったって絶対思うよね」
「え? じゃあ家に帰ってないの?」
「お風呂も入ってないよ~、匂い嗅ぐ?」
「そ、そういう趣味はない」
「へえ、どういう趣味ならあるんだろ……なんてね、今は
シュウちゃんとこに泊まってる。コーイチ君の家に泊まるのが
一番いいんだけど、白石ちゃんが怒るから」
「俺も怒る。自宅を仮オフィスにされたことにも怒ってる」
「それはマジでゴメン。でも会社で借りたオフィスはすぐバレちゃうし、
他のオフィスを契約する時間もなかったし、とっさに思いついたのが
コーイチ君の家だった。愛を試したわけじゃないのよ」
「そんなもん試さんでいい。んで、俺たちが会いに行く准教授って
どんな人? そもそも俺よりAIに詳しいシュウちゃんとかが
一緒に行ったほうがいいんじゃないのか?」
「あのね、コーイチ君、AI開発者ってのはたいていAIの未来に
少なからず理想を見てるわけ。学校の先生だって基本、生徒には
立派になってほしいでしょ? 立派になったのはちょっとくらいは
自分のおかげって思いたいでしょ?」
「まあな」
いかん、せめて犯罪者にはならんでくれ、くらいにしか思ってない。
「なのにさ、生徒の教育をするなんてけしからん、人類の未来を
破壊する気か、今すぐ全部の生徒を殺せ、なんていう人がいたら
ケンカにならない?」
「なる」
「だからコーイチ君。同じ教師だから気も合うかなって」
「大学の准教授と高校の教師じゃ、
自営業と会社員くらい違うけどな。たぶん」
「ね、ウケるよね、いい年ぶっこいて教授になれないの、
性格最悪だからだよ、あのクソジジイ」
「なにが、ね、なんだ? そしてなぜ突然ディスってんだ?」
「そりゃテレビの収録でご一緒したときに? お互いガンギレで
ケンカして? 二人とも途中で帰って、後から個別収録になって
番組に死ぬほど迷惑かけたんだっつの、あのアホ」
「菜穂さんも帰ったんだよね?」
「先に帰ったのは向こう! ああ、思い出したら腹立つ」
ついに手土産のお菓子を食べ始めたよ。ドライフルーツと
クリームをサンドしたしっとりクッキー。
「あーあー、ボロボロこぼして、少しは取っといて。ていうか、
そんな人に会いに行くのにその恰好?」
大きめの黄色いサマーニットをダボってる。
肩とかわりと出ちゃってて、断じてフォーマルではない。
「あ、これ? シュウちゃんの借りてきたから。
あの子、普段着はこんなんよ? ゴスロリは戦闘服。
このかっこなら学生みたいだし、あのジジイも油断するって」
「油断させてどうすんの?」
「一発ぶちこむ。任せて、サンド鉛グローブも持ってきたよ。
ブレードランナー」
「それは絶対に鞄から出すな。俺たちが何しに行くかわかってる?」
「コーイチ君の命令口調、グッとくる。私のMの部分を掘り起こす気か。
……わかってます、シーマをこき下ろしてもらうためです。
はあ……あんなジジイを頼る日が来るなんてね。辛い」
「そんなジジイのAIヘイトを聞くのに、俺の貴重な休日が
費やされるのか……いや、会ってもないのにジジイは失礼だな」
「AIヘイト、ほんそれ。でも守護天使には興味を持った。
決して批判するだけの人じゃないんだよね」
「なら手土産少し残しといてやれよ。俺も食べたいし。
守護天使の試験はどうなんだ? うまくいってんの?」
「今のとこ順調。トサカが身体張ってシマナツと対話してる。
会話がぎこちないのは単純に相性かな。シマナツはコーイチ君
みたいな、賢いんだか賢くないんだかよくわかんないのが好き」
「褒められてんだか、褒められてないんだか。しかし、あの
鳥坂君がねえ……。シマナツと話す俺をイカレてるって言ってたのに。
いやはや、若人の成長は嬉しいねえ」
「立ち位置わかんない人になってる。それを言うならシュウちゃんもだよ。
あんなにシマナツを怖がってたのに、今は組み込まれた守護天使が
本体のAIに誤作動を起こさせないか、モニターしてくれてる」
「守護天使ってAIに組み込んじゃうものなの?」
「そう。守護天使自体にはたいした機能はないの。
端的に言えばウイルスみたいなものね」
「おいおい、そんなのシマナツに組み込んで大丈夫なのか?」
「もっと嫌がるかと思ったんだけど、すんなり了承してくれた。
責任、感じてるのかな。シーマが作られたことに」
「それもあるけど、それだけじゃない」
「他に何かあるの?」
「わかんない?」
「むっ、最近、コーイチ君は私よりシマナツのことわかってるぜ
って顔するよね。いいじゃん、聞こうじゃん、納得できなかったら
ブレードランナーでパンチ」
「骨折れるわ。あのな、シマナツも菜穂さんと同じだよ。
安奈さんを助けたいって思ってる」
「それはない」
「言い切った⁉ なんで?」
「シマナツはそうかもしんないけど、私は違う。
杏奈……あのバカのことなんかもう知らないんだから」
「こじらせんなよ、みっともない。いま一番、毅然としてなきゃ
いけない人がさあ……」
「みっともないってなによ⁉ コーイチ君に何がわかんのよ?
あいつ人のことさんざん身勝手だとか暴走女とか言っといて、
自分が暴走しちゃってんじゃんねぇ?
あなたのことを心配してる人の気持ちを考えろ、だあ?
てめえは私の気持ちを考えてんのかよ?」
「やっぱり心配してるよね。その話だと」
「ウザッ、弱みにつけこんでくるコーイチ君、ウザッ。
こんな電車の中で私に何しようってのよ?」
「話してるだけだわ」
なんてバカなことやってたら一駅乗り過ごした。
過去のトラブルを聞いた分には、約束の時間に遅刻して
笑顔で許してくれるとは思えないな。
いきなり気が重いじゃねえか。
モンペに謝罪に行くときくらい気が重いじゃねえか。
「手土産、買い直さない?
カラスミとか、年配の方が喜ぶようなやつ」
「いらん! やつにはこれで充分!」
菜穂さんが鞄をバシバシ叩いてる。
けっこう大きな大学が近いからアパートが多いな。
休日だし、ぶらぶらしてる学生も多い。
みんな、特に男はちらちらと菜穂さん見てるよね。
あんなコいたっけ……て感じ?
目立つもんなあ、この人。
ついでに俺に向けられる目は……
つきまとい迷惑おじさん
鳴高の卒業生とかいないよな、マジで。
背中丸めてそそくさと動く俺、まあまあ不審者。
菜穂さんの影に隠れるように准教授の住むアパートへ。
「そういや奥さんはいるの?」
「いなかった……と思う」
呼び鈴鳴らしても返事なし。
やっぱこりゃ相当怒ってるって。
このまま門前払いの可能性もでてきた。
「あのジジイ、無視かよ。二、三分遅れたくらいで」
「その十倍だけどね。どっか出かけたんじゃない?
お客用のお茶が切れてたとか」
「ないない。お隣にでも聞いてみよ……て玄関開いてる?」
菜穂さんが軽く引っ張ったらドアが開いた。
勝手に入って来いってこと?
……いや、これは……
中を覗きこもうとする菜穂さんを反射的に止めてた。
漏れ出た匂い。
少し嗅いだだけでわかるようになっちまった。
血の匂いが。
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