第九十話 アザラシの鳴き声がグレゴリオ聖歌になった
カレー食べ終わっても誰も帰ろうとしない。困る。
せめて高校生の三人には帰宅してほしいんだけど……
白石は俺の隣で皿洗いしてる菜穂さんを射抜くような目で
睨んでて、他の二人は第二ラウンドを期待してる。
菜穂さんがカレーおいしいって食べてるときはうれしそうな
顔してたのに。
んで菜穂さんはその視線に気づいてるのかいないのか、
皿洗い中に妙に肩を寄せてくる。
触れないように離れると詰めてくるから確信犯。
「こうやって並んで洗い物してるとさ、新婚夫婦って感じしない?」
「しない」
「もっと寄れって? 洗い物できなくなっちゃうよ?」
「やめんか! またややこしくなるでしょうが」
「あいつらなら気にしなくていいって、マリカー始めたら
他はなんにも見えなくなるから」
「白石が見てんの!」
「いいじゃん、見せつけてやろうよ」
「退場。あとは俺一人でやるから菜穂さん、マリカー行って」
「ヤダよ、白石ちゃんがここに入るからヤダ」
「その手があったか、白石、ちょっと代わってくれ」
「も~~しょーがないなー先生は。すぐ私に頼る……
すぐ私に頼る。じゃ、わたし食器拭くね、菜穂さん♡」
互いの足を蹴り合いながら洗い物してる。仲良しだ。
まあすぐに終わるだろ。
「あのさ、セナコー、ちょっといい?」
「お、シマナツ、まだ起きてたのか」
「子供じゃないんだから、そんなすぐに寝ないよ。
そんで、聞きたいんだけど──」
「おい見ろよ、四人でマリカーやってるのなんてCMでしか
見たことなかったよ、壮観だな~~」
「ボッチ自慢って周りから引かれるだけだよ?」
「村瀬さん、やることエグすぎて無理ッス。先生と代わって
くんないッスか?」
「ダメダメ、村瀬は勝てる勝負はとことん勝つまでやめない」
「うわ、ひでえ、腐ったゾンビみてえな性格」
「ゾンビは腐ってます」
「あのさ!」
シマナツが大声出してシンってなった。
「あのさ、切り札が何なのか気になってるの私だけ?」
シュウちゃんの面倒くさそうな顔ときたら……
まあ気持ちはわかるよ。みんな疲れてて、カレー食べて、
もうなんにもしたくないよね。
「明日じゃダメッスか?」
「ダメに決まってるでしょ! 安奈は今こうしてる間にも、
シーマを実用化しようとしてるんだよ? 危機感持ってよ。
菜穂も、白石ちゃんで遊んでんじゃないわよ」
「え~~、だってコーイチ君、話聞いてくれないしぃ」
「そんなんですねるな! セナコー、気になるよね⁉
切り札ってなんなのか」
「まあ、ね」
「マリカー、ちらちら見ない!
なに? これも四人でやったことなかったの?」
なかったです。でも我慢します。
「シマナツの言うことももっともだ。菜穂さん、
そろそろそのPCがなんなのか教えてくれないか?」
「さっき言おうとしてたんだけどねー」
「あ、せんせーってそういうとこあるよ。勝手に喋って
授業脱線して、範囲間に合わなくて、ここ説明が難しいんだよな~
とか言ってる」
「そういうのはちゃんと聞いてるんだな、お前」
「最近はせんせーのおかげで歴史にも興味でてきたよ?」
「お、そうか。じゃあこんど授業で──」
「シャット・ファック・アップ! 学校ネタで私を締め出すな!」
シャット・ファック・アップで笑ったのは村瀬だけだよ?
「はいみんな聞いて~~、これはね、私が極秘に開発を進めてた
AIを補助するAIです」
「まあ、おおむね杏奈さんの予想通りッスね」
「AIが人とコミュニケーションを取る上で、ヒトの感情の理解を
サポートできるツールのようなものっつってたけどな」
「なるほど、自動翻訳機みたいなものか。
AIを人間のように捉えてる、菜穂さんらしい発想だ」
「気になるのはスペックッスね。ぶっちゃけカタコト翻訳じゃ、
ないほうがマシなんで」
「そういやAI同士を対話させてたら独自の言語を作って
会話を始めたって実験が…………
いたっ、白石、なんで俺いま白石に蹴られたの?」
白石がすごい怒った顔で菜穂さんの肩を抱いてる。
菜穂さん、なんか震えてて泣きそう。
これどういう状況?
「なんで……」
「ん?」
「なんでぜんぶ言っちゃうのよぉ~~、私が言いたかったのにぃ。
しかも全部杏奈に見透かされてるし、
うああぁぁ、ドヤってた私、死ね」
「大丈夫だって、菜穂ちゃんかっこよかったって。
こっから! こっから菜穂ちゃんのターンだから、ね?」
菜穂ちゃんになっとる……。
蹴り合って友情が芽生えたんか?
そんで、なぜみんなして俺が悪いみたいな目で見てくる?
ノリノリで考察ぶっこんできたの、シュウちゃんとトサカだろ。
俺がフォローする流れなの?
「いやでも、本当に凄いよ菜穂さん。これってつまり、シマナツが
シマナツのままで人と話せるようになるってことだろ?」
「うん……ぐすっ……そうなの。人とAIの橋渡しであり、
防壁でもある。そういう設計。守護天使よ」
「ちゃんと群道君のこと、答えを出してるじゃないか。
これを搭載すればもしかしたらシーマも安全になるんじゃ?」
「どうッスかね。扱いやすくはなるけど、ある種の制限をかける
システムでもある。シーマの危険性を認めることにもなるし、
ニグのほうは喜んで受け入れる、とはならないッス」
「俺もシュウ先輩と同意見だ。それにこの守護天使、どのくらいの
試験を通過してますか?」
「実用試験は……一度も……」
「それじゃあダメッス。残念だけど切り札ってほどではねッス」
「で、でもでも聞いて⁉ コーイチ君とシマナツの会話を
学習させてたんだけどね──」
「「え?」」
あ、これシマナツも知らなかったやつだ。
思わず目を合わせた俺たちの間で、恥ずかしい会話の数々が
無限ロールバック。
やめて、九十年代エロゲトークで盛り上がったの、封印して。
「大丈夫だよ? 会話の内容を誰かが見たわけじゃないから。
データとして直接、送っただけ」
「どうでもいいッスよ、どうでもいい会話の内容なんて。
二人の会話なんか盗聴しても、たいして変わらんでしょ」
「盗聴って言うな♡ それなんだけどね、二人の会話を学習してたら
急にスコアが伸びたのよ。
アザラシの鳴き声がグレゴリオ聖歌になったみたいな」
「はあ⁉ ありえねえよ、進化って言っても説明がつかねえ。
なあ瀬名先生、いったい何を話してたんだ?」
九十年代エロゲトーク、とは言えない。
「私も知りたいッス。内容にヒントがあるかも」
Kanonにエロはいらんだろって激論はヒントになりますか?
「こらこらー、プライベートに立ち入るなー。
今はとりあえず結果だけでいいだろ。それより、明日から
本格的にシマナツで実験したいの。いい?」
「……私はいいんだけどさ、
いつまで白石ちゃんに抱きついてんの? 仲良し?」
「うん、白石ちゃん、予想以上にいい匂いして柔らかいのよ」
「離れろ、ババア」
「なんで⁉ さっきまで優しかったのに」
コントローラーをテーブルに置いて、村瀬が立ち上がる。
なんだ、静かだと思ったらずっとマリカーしてたのか。
カリンが拷問でも受けたみたいな顔してるな。
どんだけ一方的に痛めつけたんだよ。
「話は聞かせてもらいました。ただ、守護天使がどんな性能で
あろうとも、問題は解決しません」
「コンサルタントみたいなこと言い出したぞ」
「でも言い分は正しい。さっきも言ったように、
あれだけ大々的に発表したシーマの危険性をわざわざ認めるようなこと、
ニグは絶対に許さないわ」
「杏奈さんも守護天使の存在は想定してるッス。そのうえでシーマを
発表したなら、たんに守護天使をぶつけても無視されるだけッス」
村瀬が腕を組んでみんなの間を歩いてる。
ついでって感じで白石と菜穂さんを引き離してる。
ときどき漫画の主人公みたいだよな、村瀬って。
「無視できないようにすればいいじゃないですか」
「わぁ~~、村瀬が悪いこと考えてる顔だ。久しぶりに見た」
「こいつは普段から悪いことしか考えてないだろ」
「それ、生徒に言っていいの? 教育委員会案件じゃない?」
村瀬がPCの横に立つと、みんな黙って村瀬に注目。
そのタイミングで村瀬はみんなを安心させるみたいに笑う。
こいつのムーブはエリン様やるときに役に立つかもな。
話を始める前に、相手を話を聞かせる状態に持っていく。
目と耳が集まったらズバッと本題だ。
「フェイクニュース、作りません?」
とまあ、こんなふうにだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。




