第八十九話 切り札らしいです
ドスッドスッドス……ガラッ
この味噌汁を作ったのは誰だあ⁉
ぐらいの勢いで菜穂さん追いかけたんだけど、
玄関先でタバコ吸ってるの見て勢いを削がれた。
悲しそうっていうか、痛々しいというか、
自分を傷つけたくて吸ってるように見えたから。
「タバコ、吸うんだな」
「イラついたときだけね。
あ、ゴメン、イヤだった? コーイチ君が嫌ならやめるよ?」
「生徒の前で吸わなきゃいいよ。好きで吸ってるんならね」
菜穂さんは不思議そうな顔で携帯灰皿に煙草を押し込み、
ため息と一緒に最後の煙を吐いた。
「……好きなわけないじゃない、こんなの」
「だと思った」
「うわムカつく。で、なに、説教しに来たの?
白石ちゃんをいじめんな~……って?」
「そうだ。なんであんなこと言ったんだ?
白石と張り合う気なんてなかっただろうに」
「ない……なかった。だいたい初めて会ってびっくりしたよ、
めっちゃかわいいじゃん。
このヤニ臭いだけのビッチが勝ってるとこ一つもない」
「菜穂さんはかっこいいよ。若くして起業して大きくしてきた
自信を纏ってる。知識が豊富で話が面白い。一緒にいたいと思うし、
一緒に何かしたいと思う。眩しい太陽みたいな人だ」
「……お、おおう、めちゃくちゃ褒められたぜ」
「白石は普通の高校生だよ。勝ち負けどころか、
同じ舞台にだって立ってない」
「だから気をつかえって? 好きな人も譲れって?」
「菜穂さん、ほんとに俺が好きなの?」
思ったよりショックを受けた顔しててビックリした。
俺にそう言われたことと、即答できなかったこと。
菜穂さんはたぶん、自分の気持ちを遠ざけてる。
しゃがみ込んでうつむいて、自分の中に目を向けなきゃ
名前さえもつけられないくらいには。
「わかんない……でも、白石ちゃんがカレーなんか作って、
可愛いエプロン着て、いかにも本妻ですって顔してるの見たら、
無性に腹が立った」
「そんなんじゃないって言ってんのに」
「でもただの教師と生徒の関係じゃないよね?」
「いろいろあったんだよ。それこそ二人で、あ、いや、
村瀬とカリンも助けてくれたけど、俺と白石は互いに
命を救ったんだ」
「ゲームの話?」
「それならこんなことになってない」
菜穂さんが下から非難六割、疑惑四割くらいの目で見上げてくる。
う、嘘は言ってないぞ?
「ねえちょっとなんなのそれ? そんなの早く言ってよ。
私が入り込む余地なんかないじゃない。私、ピエロじゃん」
「確かに余地はないな。俺が白石を受け入れる余地はない」
隣にしゃがみ込んだ俺に、菜穂さんが肩をぶつけてくる。
「なんでー? 卒業まで待てばいいだけの話でしょ?
見た感じ、卒業どころか十年でも二十年でも待ってくれそうだよ?」
「白石が好きになったのは、厳密に言えば俺じゃない」
「どうゆうこと? コーイチ君は厳密に言わないとコーイチ君で
ないときがあるの?」
「はは、まさしくそうゆうこと」
「ちょ、ちょっと待って、もしかして私と初めてリアルで会った
あの日も……?」
「なんだ、リアルでって?」
唐突に玄関で物音。
誰か蹴つまずいて転んだな。
菜穂さんがちょっと心配そうに玄関のほう見てる。
「白石ちゃん?」
「だな。カリンならつまずかないし、村瀬なら気配はない」
「聞かれちゃったねぇ」
「そのつもりで話してた。情けないけど、こういう形でしか
伝えられなかったんだよ」
「ズルい大人だ。やっぱり私との相性のほうがいいよ」
「今まで付き合った男たちみたいに?」
「お、嫉妬かぁ~~?
そういうの話しながらスルと盛り上がるんだよね」
「白石がいなくなったからって急にギアチェンジすんな」
「先に振ったのそっちでしょうが。白石ちゃん傷つけて、
勝手に自分も傷ついて。いいよ~~、慰めてあげる……
っと思ったけどシュウちゃん来た。
お~~~い、こっちこっち」
は? シュウちゃんがなんでうちに来るんだ?
あと菜穂さん声デカい。
家の前に白いバンが停まる。なんかいろいろ積んでる。
どこの業者さん?
「うぃ~~~、ナビ使わないと迷うッスねえ。
菜穂さん、説明ヘタすぎッス。地図の読めない女スか?」
「うっせえわ。ここに運んだ記録残したくないんだから仕方ないでしょ、
あれでわかれや、わかったから着いたんだろうが。
ん? 他にも誰かいる?」
「あ、さすがに一人じゃきつかったんで、もう一人連れてきたッス。
まず謝りたいって言ってるんで、ちゃちゃっと済ましていいスか?」
「いいけど……誰?」
俺を置いてけぼりで進んでいく会話。
なんかもう、俺の家に運び込む気まんまんの荷物。
ここ、俺んち……。
「菜穂さん、すみませんでしたああぁぁぁ!
腹でも顔でも両方でも、一発ぶん殴ってください!」
鳥坂君だ。
頭下げてるせいでみごとなトサカが俺に突き刺さりそうだ。
「バ~カ、なんも怒ってないよ。あんたも他の社員も、間違ったこと
なんてひとっつもしてない」
「でも俺、安奈さんに騙されて……あんな、身売りみたいなこと。
どうして、俺たちみんなの居場所だって言ってたのに……」
「それ言うならあたしらも同じッス。こんなことになるなら、
最初から菜穂さんについてたッス」
「杏奈は騙してない! あいつはそんなこと絶対にしない!
あいつには何か考えがあるって、あんたらが信じなくてどうすんの?
でもあいつが何考えてるかはわかんないから、
私らは私らでできることをやるんだ。いいね?」
「はい」
声デカいな、鳥坂君も。
そしてなぜ俺の前で立ち止まるんだ?
その無駄にまっすぐな瞳で何かを訴えかけるのはやめて?
「瀬名先生、失礼な態度をとって申し訳ありませんでした。
先生はずっと菜穂さんとシマナツを守ってくれてたんですね。
本当は俺たちがやらなきゃいけないことなのに。
これからは俺も全力を尽くしてお手伝いします」
なんだよ…………いい子じゃん。
こんな真摯に謝れる子なんてそうそういないよ?
普通に瀬名先生って呼んでくれるの好感度UP。
トサカは校則違反じゃありません! 個性です!
「いや、いいんだ鳥坂君。一緒にがんばろうな」
「はい。んじゃ、失礼しまっす」
「うん」
うん?
バンから二人でバカでっかいPC出してきたんだけど。
そんで我が家に当然のように運び込んでるんだけど。
なんか三面モニターを持たされてるんだけど。
菜穂さん、コードしか持ってないのズルくね?
「あの~~、菜穂さん、これは……?」
「ああ、いいのいいの、気にしないで。あ、鳥坂!
仏壇の部屋には入れないで、おばあちゃんビックリするから」
何が起きてるんだ?
築数十年の木造家屋に大学でしか見たことないような巨大PC。
白石たちが呆然としてる。
村瀬だけは目を輝かせてる。
テーブルには俺と菜穂さんのカレーも用意してあって、
菜穂さんがちょっとウルっときてる。
あんなこと言われた後でも優しくできる白石。
採点できるなら満点つけてやりたい。
「あの……一つ聞いていいッスか? あれ、どれか一人なんスか?
それとも三人全員?」
「あ? 全員に決まってるだろ」
全員、俺の生徒だ。
「全員⁉ うひょほほほほ、聞いたッスか、トサカ。
全員、先生のだから、物欲しそうに見てもだめッス」
「見てねえよ」
「あれ? 俺何か間違えた?」
「う~ん、床に直置きはマズいし、やっぱり大きなテーブルいるかな。
しばらく台所が狭くなるけど、ごめんね」
「何を謝られてるのかさえわからん。俺に拒否権はないの?」
「まあまあ、座ってカレー食べよう。茄子とひき肉のカレーとか神。
白石ちゃん、もう二人分、ある?」
「カリンが我慢すれば……てかなんなのこれ? 私たちの家、
どうなっちゃうの?」
「しれっとお前の家にするな」
「これ、パーソナルAIコンピュータを複数連結したものですね。
データセンターに頼らずにAIの開発、実験ができる。
貰えるなら貰っておきましょうよ、先生」
「カレー我慢しなきゃダメなん?」
「いっせいに喋るとカオスだな、お前ら。菜穂さん、先に説明してくれ、
マジでそれなんなんだ、俺の家で何するつもり?」
「しょうがないなぁ」
やれやれって首を振りながらPCの上に手を置く菜穂さん。
「杏奈がシーマを開発してるのに、私が何もしてないと思った?
それは私を舐めすぎだよ、コーイチ君……あ、舐めるって
そういう意味じゃないからね?」
「白石、そんな目で教師を見るのはやめなさい」
「これはねぇ──」
「カリン、そのバットは傘立てに戻せ、てか持って帰れよ」
「私たちの開発した──」
「……ヘンタイ」
「お前が言うな村瀬。白石、セーブデータ消さないで!」
「私たちの──」
「カレー食べていいッスか? トサカ、スプーン取って」
「あ、それ俺の、こっちのやつ使って」
「聞いてよおぉ! コーイチ君、こっち見てよおぉ!
興味持って、すごいから、これすごいんだから」
「はいはい、それ何?」
「んあ? えと、うん、私たちの切りふでゃ……」
菜穂さんが噛んで泣きそうになってたんで、牛乳とカルピスで
作る即席ラッシーで慰めた。
補足すると、なんか切り札らしいです、あのPC。
読んでいただき、ありがとうございます。
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