第八話 困ってる生徒に助け船を出すタイミングって難しいんだ
もちろんクロムは猛反対した。
そりゃそうだ。
休廷して弁護人と裁判長が二人きりになるっていうんだ。
公平性を疑われる。
でも、そうするしかなかった。
リディアは取り乱していたし、
俺も整理する時間が必要だった。
エリン様が死んでいるかもしれない。
不在の事実は同じだが、
ただいないのと死んでいるのとでは話が違ってくる。
去ったのなら、戻ってくることだってあるのだから。
英雄は死んだのではない、いつか帰ってくる。
そう思うことがどれほどの希望になるか、
リディアを見ていたらわかる。
「私は……私はエリン様が死んだことにさえ気づけなかった。
いつも側にいて、あの方のために生きてると思っていたのに」
テラスの手すりに拳を打ち付ける彼女を止められなかった。
死んでるかもしれないってなって初めて気づいた。
俺だって心のどこかでエリン様が戻ってくるのを期待してた。
戻ってきて、全部うまくやってくれるって。
でも、今はリディアだ。
自分のことは……だよな。
たとえ、後悔するのだとしても。
「やめろ、リディア。
まだ死んだって決まったわけじゃない。
本当に神に死を与える呪いなら、
この身体だって死んでなきゃおかしいだろ」
「だからこそだ。
身体を殺すことができないから、心を殺す。
アモンの呪いとはそういうものだ」
「じゃあ俺はなんだ?
エリン様の心が死んだならただの抜け殻になってるはずだ。
でも、俺がいる。
エリン様がそうしたからだ、違うか?」
「ではエリン様はいまどうしているのだ?
なぜ戻られないのだ? 言ってみろ」
「わかんねえよ。
俺だって自分がなんでここにいるのかわからない」
リディアがいつ俺の胸ぐらをつかんだか見えなかった。
目の色も変わってる。
怒りと疑念。血の色だ。
「お前がアモンのよこしたものでないとなぜ言い切れる?
今この瞬間も、
その身体のうちでエリン様を苛んでいるのではないか?
そうだ、お前が、お前そのものが呪いなんじゃないのか?」
俺の首にかかった手の力が尋常じゃない。
足が床から離れ、
首に体重がかかって気道が圧迫される。
呼吸困難で死ぬのが先か、首が折れるのが先か。
ほれ見ろ、やっぱ後悔するでねえの。
「落ち着け、リディア。
悪魔の呪いが天使と戦えるか?
イーライ・デウを破壊できるか?
お前は俺に、エリン様と重なるものを見たんじゃないのか?」
ちょっと目の色が薄くなった。
て思うのは希望的観測?
首を絞める手を引き離そうとするのはやめだ。
どうせ力じゃかなわない。
代わりに彼女の頭に手を置いた。
俺が呪いだっていうんなら、いいぜ、俺を殺せ。
でもなリディ。
呪いがお前にしがみついて泣くのか?
呪いがお前にカーテシーを教えるのか?
呪いが、お前の頭を撫でるのか?
彼女が手を放したのはブラックアウト寸前だった。
俺を投げ出し、うずくまって頭を抱え、
なんとも言えない悲しそうな声で呻いている。
咳きこんでいる俺より苦しそうだ。
「私……違うんです、私、こんなことするつもりじゃ……
ああ、どうして、もうなくなったと思っていたのに」
リディアが自分の目に指を突っ込もうとするのは止めた。
抱きしめるみたいな形になっちゃったけど、
これはしょうがない。
「いいんだ、リディ。
エリン様が心配なんだよな、いいんだ。
俺が生きてるなら、エリン様もどこかで生きてる。
今はそう信じよう」
「ええ……はい……」
俺はしばらくリディアの背中をさすって落ち着くのを待った。
なんか背中がすごい熱い。
でも汗とかはかいてないな。
いやいや、そんなじっくり触ってるってわけじゃないんだ。
ただ、服の上からでもわかる。
薄くて華奢だけど決して筋張ってない背中。
力を入れれば指が沈み込んでしまいそうに柔らかくて、
指でなぞれば俺だけの絵が描けそうで、
俺だけのものにできそうで、
ずっと手を置いていたくなる。
でもさ、ちょっと思ったんだけど、
やっぱリディアって他のやつらと違うよな?
力も強いし、角もないし。
事情がありそうだけど、聞くタイミングは今じゃない。
難しいんだ。
困ってる生徒に助け船を出すタイミングって。
「すみません。私はもう大丈夫です。
あなたこそ、怪我はありませんでしたか?」
リディアが身体を離すのに
ちょっと名残惜しさを感じながらうなずいておく。
ほんとは喉が痛いけど。
「戻れそうか?」
「もちろん」
バカにするなって感じだ。
顔が赤いのは怒ってる? 照れてる?
どっちにしてもいい表情だ。
「よし、じゃあ戻る前に聞いておくけど、
アモンってやつの名前が出たな?
まずい状況か?」
「兄さまは聖堂騎士をアモンと関連付けるつもりです。
こちらがそれを否定しない限り、死刑は免れません」
「そんなにヤバいの、アモンって」
「ゲヘナ・レグルスは誰もが危険ですが、
中でもアモンは我々と深い敵対関係にあります。
恨みを持つものも多い」
「リディアもその一人だったり?」
あ、目を逸らして無視した。
なるほど、取り乱した理由はエリン様だけじゃないみたいだな。
「しかし、兄さまも分別がないというか……
どうしてもあの聖堂騎士を殺したいみたいですね。
ご自分の提唱する恐怖による守護に固執しすぎの気もしますが」
「それだけ守りたいんだろ、この国を。
必死なやつほど視野が狭い」
「その点、あなたはだいぶ視野が広いですね。
もう少し狭くされては?
エリン様がすぐに帰ってくるということはなさそうですよ」
俺が必死じゃないって?
必死だよ。必死に冷静さを保ってる。
そういうのを悟らせないのがいい男なんだ。
今の俺、女だけど。
「何度でも言うぞ。
あの聖堂騎士は殺さない。
俺がここにいることに意味があるとするなら、これがそうだ」
「ではもういっそ無罪を宣言してしまえばいいのです。
兄さまだってエリン様の決定を覆したりはできません」
「それは最後の手段だ。
できれば公正な裁判で救いたい。
この国の根幹に法があることを示さないと、
他の国から信用を得られないからな」
「他国の信用、ですか。
わかってますか? 我々は悪魔ですよ」
「地上に地獄の怪物が溢れてるんだろ?
そんな世の中に人も悪魔もあるかよ。
人ってのは追い込まれれば悪魔とだって手を組むんだ。
俺の世界じゃよくあることだ」
「あなたの世界もずいぶん過酷なようですね」
「その通り、平和って過酷だ」
リディアは肩をすくめる。
俺が何を言ってるかわからないときは
そうやってやり過ごすことに決めたらしい。
「まあ仕方ありませんね。
あなたを手伝うと約束しましたし。
いいですよ、私が嫌われ役を引き受けますよ」
「そう……なるのか?」
「見方によっては私はアモンに与して
聖堂騎士を守るわけですから」
「う、なんか申し訳ない。
アモンなんてのが出てくるなんて思わなくて」
「言い訳しない」
リディアは丸くなってた俺の背中を叩く。
「エリン様としてできることがあるんでしょう?
ならそれをやりなさい。
アモンのことなら私に考えがあります。
私たちが描いた筋書きの中に無理なく組み込んで見せますよ」
よっぽどヘンな顔しちゃったみたいだ。
リディアが眉をひそめて身構えてる。
「なんですか、その顔は?
エリン様の身体で妙なことはしないで」
「あ、いや、今リディア、『私たち』って言ったからさ。
なんか、ちょっと嬉しくて……」
「な、バ……えと、これはそういうんじゃありません。
私はあくまでエリン様としてのあなたに言ったのです」
そこは俺でよくない?
まあツンデレの素養あり、てことで。
「わかったよ、じゃあ戻りますか」
「痺れを切らした兄さまが聖堂騎士を殺してしまう前にね」
「怖いこと言うなよ。
でもアモンのことなんとかするって言うけど、
俺は何もしなくていいの?」
「お任せください。
兄さまがアモンを出してくるなら、
こちらはより強大な力を借りるまで」
リディアは手を腰の後ろで組んで
くるっと回りながら片目をつむる。
ウインクってあんなにきれいにできるんだね。
しまった。
見惚れてんじゃねえよ。
ほんとに任せていいのか?
だってあれだぞ、犬と猫だぞ。
ああ、なんかマズい気もするけどもう行っちゃった。
しょうがない。ADVパートは終わり。
あとは戻って逆転するだけ。
ちょっとくらい不安が残るほうが
ドラマティックな展開になるってもんだ。
しかし、裁判で逆転……
逆転する……裁判、ねえ……
あいつら証拠出すときに、くらえ!
とかって言ってくれないかな。
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