第八十七話 現実語る仕事なんですよ
俺が日誌の最後のページを見せると、菜穂さんは
深刻そうにうなずく。
それを見てた父親は朗らかに笑い、日誌の他のページもめくった。
「あの子はこういう文章を書くんですよ。ときどきふらっと
いなくなってしまうこともあった。
きっと今回もそういうことだと、思っているんですがね」
菜穂さんは日誌の他のページに目を通しながら、
PCも立ち上げてファイルを片っ端から開いてる。
恐るべきマルチタスクっぷり。
俺はアホみたいに突っ立ってるだけです。
「群道さん、実は彼、コーイチ君には隆君と同じ状況を再現して
もらっています。つまり、事故のです」
「そ、それは危険なのではないですか?」
「もちろん安全面での配慮をしたうえで、です」
配慮されてたっけ?
ややバランスを崩しながらも自信たっぷりにうなずいておく。
「今後のインシデント管理のためにも重要な検証です。
そこでお伺いしたいのですが、安奈はこの部屋から何か
持ち出したりしましたか?」
「ん~~、七海さんがしたこととほぼ同じです。日誌を読んで、
パソコンを開いて……何か横に差してましたね」
「USB?」
「たぶん」
「……ねえ、ちょっとちょっと、セナコー」
このひそひそ声はー……
シマナツだな。そういう声ほどよく聞こえるって知らない?
俺は電話がかかってきたみたいにさっとシマナツを取りだす。
「菜穂さん、お電話です」
「ありがと。はい、代わりました七海です」
俺はその間、群道さんの気を逸らすために会話。
隆君の行きそうな場所について聞いてた。
「あの、すみません、群道さん? できればいくつか、
ファイルをコピーさせてもらいたいのですが」
「構いませんよ。私が見ても何もわかりませんから」
「では失礼します」
菜穂さん、シマナツを直接繋げてる。
なるほど、シマナツにチェックしてもらったほうが早いよな。
あんなでも高性能AI。
まばたき一つの間に……
一呼吸の間に……
淹れてもらったコーヒー飲んでる間に……
終わらない!
なにやってんだ、まだ寝ぼけてんのか。
そろそろ隆君の思い出が中学校いきそうだぞ。
「あ、終わったみたいです。すみません、お時間を取らせてしまい」
「いいんですよ、七海さんと話していたら元気出ました。
ひょっこり隆が帰ってくるような気がしてくるんです」
「私たちにできることがあれば、何でも言ってください。
何かわかれば、こちらからも連絡します」
最後は俺と菜穂さん二人並んで深々とお辞儀。
車に戻るまで一言も喋らないでさ、んで座ってドア閉めて
ようやく喉元で止めてた息を吐いた。
菜穂さん頭くっしゃっくしゃにして上着脱いで、
汗びっしょりで下着透けてる。
み、見てない……ちょっとしか。
「きんっちょうした~。心臓がお尻から飛び出る」
「口からだな、言い回しとしては。
ずいぶん落ち着いてるように見えたけどな」
「コーイチ君がいたからね、私がうろたえるわけにはいかんでしょ。
でも最初、行方不明って聞いたときはヤバかった。
いろいろ頭からトんだ」
「そんな感じはしたよ。菜穂さんが怖いって言ってたの、
群道君のご両親に責められることじゃなくて、これ以上、
辛い思いはさせたくないってことだったんだな」
「さすがコーイチ君。私のことは私よりわかってる。
なんかあの二人の顔見てたら胸が詰まっちゃった」
「ああ、愛されてたな、群道君」
「うん、そうだね……そうだよ、ちゃんと何があったか解明しないと」
「菜穂さんはさ、群道君の自殺未遂、シマナツと関係あると思ってる?」
「ない……とは言えないかなあ」
「それなのに俺にシマナツを持たせた」
「ひどいよね。最初は一日か二日、何もなければいいと思ってたの。
群道君のケースは特殊なんだって、自分を納得させられるから」
「何かあったら、どうするつもりだった?」
「何も起こるはずないよ。群道君でさえ一週間かかった。
AIの研究者でもないあなたに何か起こるなんて──」
「たぶん、そういうところが怖くなったんだよ。人でもものでも
頭っから信じてしまう、信じようとする。自分の都合のいいように。
安奈さんもシマナツも、そういう菜穂さんが怖くなった」
責める気はなく、諭すように言ったつもりなんだけど、
まあ無理だわな。
菜穂さんは無言でしばらく車を走らせて、コンビニの駐車場に入った。
隅っこのほうでハンドルに両手を置いてうつむいてた。
ごめんなさい、って言いかけて首を振って。
そうだな、俺も謝罪が聞きたいわけじゃない。
「あのね、一番最初に杏奈と二人でコーイチ君の家に
行ったときのこと、覚えてる?」
「もちろん、二人ともバシッとスーツ着て、菜穂さんが
一番かっこよく見えたときだな」
「……あそこがピーク? そっから下がり続けてる?」
「下がってないよ、印象が変わったってだけ。
かっこいいから、かわいいにさ」
「ちょっとやめてよ、急に口説くな。その気になっちゃうでしょ」
「そうやってはぐらかすなよ。俺の家に最初に来たときだよな?
すぐに手元に戻すつもりだったシマナツを、
どうして連れて帰らなかったんだ?」
そんな恨めしそうな目で見られても……
俺は素直な疑問を口にしてるだけだぞ。
「……ホッとしたの」
「何に?」
「あの子、カリンだっけ? あの子が私にシマナツを渡そうとして、
コーイチ君がそれをピャッて取り上げたじゃない?」
「なんであんなことしたかな?」
「かっこよかったよ。でさ、そのとき私、ホッとしちゃったの。
シマナツが手元に戻ってこなくて。
そう、怖かったんだよ。群道君のことでシマナツが怖くなってた。
それに気づいて、軽く死にたくなった」
「なんで? 怖いのは仕方ないことだろ。シマナツに未知の
部分があるのは事実なんだし」
「コーイチ君って事実をあげつらうのが好きだよね。
だからってどうにもならないのにさ」
「現実語る仕事なんですよ、教師って」
「そういうコーイチ君はどうなの? 群道君のこと知ってからも、
シマナツと一緒にいるじゃん」
「怖いに決まってるだろ。けど安心もしてる。
俺はシマナツが怖いけど、シマナツが俺の怖いって気持ちを
わかってるっていうのも感じてるんだ。
それでもシマナツは俺のそばにいることを選んだ」
「なにそれ? 頭っから信じてるのはコーイチ君のほうね」
「お互いを知ったんだよ。だからお互いの気持ちをわかりたいって
努力する。それは菜穂さんも同じだろ?」
「どうかな……少なくともシマナツは私が努力してるなんて
認めてはくれないと思うな」
「そんなことない。シーマの発表の後、うちまで飛んできて
シマナツに寄り添ってた。怖いだけなら、あんなことできない。
そうだよな、シマナツ?」
突然、声をかけられてあたふたしたあげくテーブルに
突っ伏して寝たふりするシマナツ。
安定のポンコツぶりよ。
「んなことしなくても、聞いてるのわかってて話してるよ。
ねえ、菜穂さん」
「へ?」
「え?」
見つめ合うこと数秒。
シマナツが聞いてないと思ってたの?
シマナツがひとしきり笑うこと十数秒。
「菜穂の気持ち、ぜんぜんわかってないじゃん、セナコー。
ちなみに私の気持ちもね。私はセナコーには、怖くなんかないぜ、
てかっこつけてほしかった」
「ゴメンムリ」
「ヘタレ」
「あーあー、いいなー、ねえシマナツ、私にもそれちょうだいよ」
「ちょうだいって、何をよ?」
「ヘタレ」
「ヘタレ。菜穂が私を怖がってどうすんのよ」
「ほんとだよ。ほんとバカ。高校生のころからなんにも変わらない。
だから見ててね、怖いのに負けたりしないから」
「うん、そういうとこ菜穂らしいよ。菜穂は、私なんかが
菜穂らしいって思うの、許してくれる?」
「シマナツの気持ちはシマナツのものだよ。
気をつかいすぎなんだよぉ。でもそういうとこがシマナツらしい」
シーマの発表以降、この二人の距離はどんどん縮んでる。
お互いに支え合う相手が必要だから。
でも俺には、やっぱり不自然に思えるんだ。
二人がどんなに互いを笑顔にしても、寂しさがつきまとう。
安奈さんがいない空白がいつも二人の傍にあるから。
読んでいただき、ありがとうございます。
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