第八十一話 ただのイベキャラじゃないの⁉
シマナツは俺が連れて帰る……
なんてかっこつけてやっぱ返しますってわけにもいかないし、
シマナツはご機嫌で鼻歌うたってるし。
シマナツに気づかれないようにため息つくコンテストを
一人でやって、エレベーターから降りたら杏奈さんがいた。
ふん、俺を止めようってのか?
止められちゃいたいぜ。
「って、え? あれ? なんで俺より先に下に来てるの?
階段? ラぺリング? 懸垂下降?」
「後の二つは一緒だわ」
「ありがとうシマナツ、俺、微妙に違うと思ってた」
「カナン専用のエレベーターがあるのよ。バカなの?
バカよね、あれだけ言ってもシマナツ返さないなんて。あなた死ぬわよ」
「そんなこと真顔で言われる日が来るなんてな。
こう見えてもそれなりに死線はくぐってる……
な、なんだよその顔は? ゲームの話じゃないんだからね」
「ゲームでしょ」
「ゲームよね」
「神龍とオメガ、攻略情報なしで倒すのは、当時の俺には
死線だったんだよ~~」
「くっだらない。あなた菜穂とお似合いよ。
いいからちょっと付き合いなさい、話をするだけよ」
シマナツは、まあいいんじゃない? て顔。
いいの?
なんていうか、シマナツと杏奈さんの距離感がわからん。
「……んじゃあ、そこのおしゃれカフェでいいか?
苺のやつ食べたいんだけど一人で入る勇気がない」
「シマナツを頑なに手放さない人の言葉とは思えない」
「コーイチ君!」
カフェの客から従業員まで振り向く声だ。
かなり焦ってる感じの菜穂さんに呼び止められた。
二人でカフェに入ろうとしてる俺たちを見て、
ショックを受けておられるご様子。
ここはわかりやすさを重視し、あえて例えるなら彼氏が別の女と
ラブホに入るのを見てしまったご様子。
おしゃれカフェもラブホと同じくらい俺と縁のない場所……
って言えばまあそうなんだけど。
何か覚悟を決めた目でまっすぐ俺に向かってくる。
パンチか? キックか? あるいはその両方?
「待ってくれ、これは違うんだ。杏奈さんから誘われて仕方なく」
「なんで不倫の言い訳してんの?」
シマナツのツッコミに言い返す間もなくネクタイ掴まれ、
引っ張られ、頭下げられ……
頭が一つの感覚で一杯になるってのは、何も見えなくて
何も聞こえなくなるもんだと思ってた。
けど違うんだ。わりとちゃんと見えてるんだ。
めっちゃ見られてるな、とか
スマホで撮ってるやついるな、とか。
安奈さんが呆れて何か言ってるのも聞こえる。
シマナツが見せろと喚いてるのも。
その全部が、どうしても思い出せない夢みたいに曖昧。
菜穂さんにキスされてるってこと以外は全部、遠くだ。
もちろん俺にはキスを返すなんてできないし、
かかしみたいに突っ立ってるだけ。
菜穂さんが満足して離れるまで数秒。
でもその数秒前とはもう、別の世界。
菜穂さんの占めるウエイトが大きく変わった世界。
ただのイベキャラだと思ってたらプレイアブルキャラだった、
てくらいの衝撃だよ。
「さっきの超カッコよかったよ。コーイチ君を信じてよかった。
私もコーイチ君に信じてもらえるようにがんばるね」
そう言って菜穂さんは笑った……
そこからおしゃれカフェの前で顔隠してうずくまってるとこまで
記憶が飛んでます。
俺、何してたの?
「あなた、菜穂の家に泊まったのよね?」
「……うん」
「なのに何なの? その中学生男子みたいな反応」
「……高校の教師です」
「さっさと立ってよ、恥ずかしい。ここに入るんでしょ?」
「ムリっす……。別のとこでおなしゃす」
顔上げられない。
安奈さんに手を引いてもらわないと歩けない。
俺のファースト・キスは公開処刑でした。
ただ、やっぱり俺、ヘンなのかなぁ……
公開処刑が学校に知られたら本気の処刑になるのに、
嫌じゃなかったかな、とか、不快じゃなかったかな、とか。
菜穂さんの心配をしてる。
それを話したら杏奈さんもシマナツも笑い合って、
二人して俺に感謝したんだ。
「瀬名先生は本当に菜穂を大事にしてくれてるのね。
あの子、ちょっと自虐っていうかね、自分を軽んじるとこがあるから。
付き合う男もろくなのじゃなくて、そこだけはずっと心配してたの」
「そんなに菜穂さんが大事ならもっと仲良くしろよ。
会社から追い出したりせずに、話し合えない?」
「それはできない。群道君のことは決定的だったの。
それまでシマナツの分析において危険性はないとされてたのに、
あんなことになってしまった……コーヒー、冷めるわよ」
薄暗い喫茶店。音楽なし。
メニューはコーヒーとシフォンケーキのみ。
薄暗いのに本読んでる人とかいるし、奥まった席じゃないと
話もできないくらい静か。
「うんまぁ、なにこれ? ブラックで飲めるの初めて」
「一人で考えごとしたいときによく来るの」
「秘密の場所?」
「ってほどでもないわ。ただ話は静かにね。
うるさいと容赦なく追い出されるから。シマナツもよ?」
「ふん、気取っちゃって。杏奈って昔っからこういうの好きよね」
シマナツが昔っていうと、顔をしかめるんだよ、安奈さん。
なんか……シマナツにそれを見せたくなくて、
シマナツをテーブルに伏せて置いた。
「聞かせてもらえるか、群道君のこと」
「そのつもりで声をかけたのよ。
群道君はカナンのAIのコミュニケーション開発を担当してた。
彼はシマナツに心酔してると言ってもよかったわ。
『言葉の計算機』とは次元の違う存在。それが彼の口癖」
「シマナツはどれくらいの社員と交流してたんだ?」
「ほぼ全員。以前はこんなふうにテーブルにシマナツを置いて、
みんなで会話してた。みんな楽しんでた」
「そのころは何も問題なかったんだ……」
「まったく。だからみんな止めるなんて考えなかったのよ。
群道君がシマナツを預かりたいって言いだしたときも」
「菜穂さんはそれを了承したのか? 俺は今の菜穂さんしか
知らないけど、シマナツをそう簡単に他人に……
あ、いや、俺に預けてるか」
「あなたは特別。なぜかね。群道君のとき、菜穂は拒否したわ。
シマナツを誰かに預けるなんて考えられないって。
あのころは今とはまったく逆ね。菜穂は片時もシマナツから
離れようとしなかったし、まだ私の話にも耳を傾けてくれた」
「シマナツ自身はどうだったんだ?」
「構わないって。群道君とは菜穂と私を除けば、いちばん
話をしていたし、シマナツも信頼してた。そうよね?」
シマナツは答えないけど、じっと聞き耳をたててる。
隠れてる小動物みたいな気配だけは感じられた。
「でもそのころはまだ菜穂さん中心に会社は
まとまってたんだろ? 菜穂さんが首を縦にふらなきゃ──」
「私が説得した。群道君は私が連れてきて、高く評価してた。
センスがあったのよ、彼はAIにも魂が宿ると信じるロマンチスト
だったのよ、私と同じでね」
少し安奈さんの声が大きくなって、カウンターの向こうにいる店主が
一瞬、でも当事者にはわかるくらいに視線を送ってくる。
元傭兵みたいな店主だな。怖え。
「責任……感じてるってわけだ」
「当たり前でしょ。彼のご家族に泣いて土下座したわよ」
「菜穂さんはそのこと、どう考えてるんだ?」
「正直なところ、わからないの。あの子が何を考えてるのか、
群道君のことをきっかけにわからなくなった。
あの子は事件なんかなかったみたいに、シマナツの構造をそのまま
使ったAIの開発を推進したの。発案は私だけど、シマナツの検証が
終わるまで延期すべきだと思っていた」
思わず唸っちまった。
これはあくまでも杏奈さんサイドの視点だ。
見方が変われば話も変わる。
ただ、安奈さんが安全を優先したことに嘘はないと思うし、
それには俺も共感する。
俺の中でも構図がだいぶ変わってきた。
会社が分裂したのは経営方針の違いとかじゃない。
シマナツをどうするか、だ。
そう考えたとき、まともなのは杏奈さんと菜穂さん、
どっちになるんだろうな?
少なくとも俺は、安奈さんにシマナツを返すって可能性を
排除すべきじゃないと思い始めてる。
読んでいただき、ありがとうございます。
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