第八十話 言うなればハデデス
そして俺は何もわからないまま、みんなの前に立つ。
なんとなくはわかるよ?
菜穂派と杏奈派で会社自体が分裂しつつあるって。
よくある話さ。創業者一族が経営方針を違えて、互いに
経営から追い出そうとやっきになるやつ。
経営を健全化して銀行から融資を受けるんだよな。
だが俺は半沢直樹じゃない。自分の立ち位置がどこで
何に利用されてるのかもわかりません。
信念もありません。
よって自信もありません。
広いフロアに集まった十数人のちょっとアレなカッコした人たち。
上弦とか下弦とか、
あるいはレフトナンバーとかライトナンバーとか、
そういう雰囲気に呑まれて汗ダラダラ。
俺が前に出て拍手してくれるのは菜穂さんとシュウちゃんのみ。
みんなの前に置かれたシマナツは擦り切れたロックなシャツと
ジーンズ姿で全員の視線を堂々と受け止めてる。
おかげで誰も俺を見てないのが救いか。
「えー、ただいま紹介にあずかりました瀬名と申します。
このたびは先端教育プログラムへの御社のご助力に感謝を
申し上げますとともに──」
「いいからシマナツとのこと話せよ」
トサカ頭君が俺の挨拶を遮ると、菜穂さんが無言で詰め寄ろうと
したので必死に止めました。
作画が変わってバトルマンガの顔になっとるやんけ。
しかもすげー舌打ちするし。
「おい鳥坂ぁ、コーイチ君は正式なアドバイザーなんだよ、
敬意を払え。できないなら叩き出すぞ、わかったか?」
「集めたの、菜穂じゃん」
シマナツの正確無比のツッコミに、剣呑な空気が和らぐ。
普通に笑う人もいるのね。
格好にばかり目がいきがちだけど、真面目そうだったり、
真剣に菜穂さんやシマナツの言葉に耳を傾けてる人も。
ちらほらスーツ姿もいるじゃん、なかまなかま。
いや、半袖半ズボンのスーツのお前は違う。
「せっかちなんだね、鳥坂君は。タイパって言うのかな、今の人は。
いいよ、みんなが聞きたいことから話そう。
僕がシマナツに授業をサポートしてもらったのは一回だけだが、
とても興味深い体験だった」
『僕』ってとこで笑いやがったな、シマナツ。
キャラ作るくらい許してくれよ。
「簡単な授業プランを出してもらったんだが、これがまあ
ひどいものでね。なんて使えないAIなんだと思ったね」
「あなたに合わせてあげたのよ」
皮肉かよ。
そいつはあんまりウケないみたいだぜ?
顔を強張らせてるやつもいる。シマナツ……
お前、ほんとに何したんだよ。
「けど二人でプランを詰めていくと、印象が変わった。
面白いんだよ。なんていうか、視点が斬新でね。
こうしたらいいんじゃないかっていうのがどんどん出てくる。
熱意ある新人教師と一緒に仕事してるみたいだったな」
「先生はそれが正常だと思われました?」
おっと質問が飛んできた。
学校の授業と違って遠慮がない。
「異常だとは思わなかったよ。もしその質問が、僕の面白いって
気持ちを引き出すように操作されていたかというものなら、
それはありえないと言っておく」
「なぜです?」
「もともと教えるのが好きだからだよ。熱意さえあるなら、
誰と授業プランを練っても面白いって思うだろうね」
「その熱意が本物でなくてもですか?」
「見た目のわりにはすいぶんナイーブなことを言うじゃないか。
生徒がどれほど世界史に興味があるのか悩んでたころの僕みたいだ。
僕から本物に見えればいいんだよ、主体性こそ真実さ」
「わかった、こいつがシマナツと一緒にいられるのは、
何も考えてねえからだ。主体性? そいつを失ってんのに
気づけないだけだろ。客観的に自分を見れないやつはアホだ」
「素晴らしいよ、鳥坂君。君は客観性こそ真実と提示してくれた。
それこそが熱意だ。シマナツと同じものを感じた」
「ふざけんな! てめえの授業を受けてるわけじゃねえ。
菜穂さん、こいつじゃ比較対象にならねえ、シマナツの
安全性の証明には不十分だ」
「比較? 安全性?」
菜穂さんは腕を組んで黙ってる。
シマナツも何も話しちゃくれない。
二人とも話してくれないこと多すぎじゃない?
「やっぱり話してなかったのね。それはフェアじゃないわ」
いつの間にか安奈さんがみんなの後ろにいた。
普通のスーツ姿。怖いけど安心する声。
彼女一人いるだけで、ここって会社なんだって思い出す。
「瀬名先生、あなたシマナツを受け取ってから何日経った?」
安奈さんが俺を挟んでちょうど菜穂さんと逆の位置に立つ。
「えっと、四……五日?」
「日常生活でも会話してる?」
「ああ、ゲームの話とかよくしてるよ。
おすすめのゲームはくっそつまんないけど」
「つまんなくない、趣味が合わないだけ」
「まあね、俺、国家の興亡とかあんまり興味なくてさ」
「歴史いぃぃぃ! あんた世界史の教師いぃぃぃ!」
「ふふ、ほんとに仲がいいのね、精神的に幼いのかしら?
ただ、それだけにそろそろシマナツから離れたほうがいい」
「依存とかの心配ならいらないよ?
たまにこいつちょっとムカつくし」
「お互い様ですぅ~~」
「それはシマナツが距離を調整してるのよ。
群道君のことできちんと学習しているようね、偉いわよ」
「グンドー君?」
「杏奈、それは私から話す。コーイチ君にはまず
シマナツとの生活について話してもらって──」
「自殺未遂。シマナツと一週間、一緒に過ごした後でね。
いまだに意識不明よ」
これは……まいったな。
予想よりちょいとキツかった。
菜穂さんもシマナツもうつむいちゃってるし。
二人が俺を騙してた、とは思わないよ。
なんとなく、言い出せなかったんだろうなって。
シマナツと一緒でも無事な俺を、むしろ楽しんでる俺を見て、
菜穂さんが嬉しそうだったから。
シマナツは菜穂さんにそのままでいてほしくて、そして何より
二人とも、シマナツが危険だなんて思いたくなくて。
「瀬名先生、あなたを同意もなく危険な実験に巻き込んだこと、
私から謝罪します。そしてお願いします。シマナツを返して。
この二人は、あなたが群道君と同じになるまで、決して
その危険を認めようとはしないから」
その場にいるほとんどの人が杏奈さんの言葉に同意するように
うなずいていた。
なるほどな。ここにいるみんなが
安奈さんに付いていくと決めたのは群道君がきっかけだ。
群道君の話が出ると菜穂さんに厳しい目が向けられる。
彼女が責任を取るべきだと考えている。
あとみんなの好奇の視線だと思ってたのの中には、
俺を心配してくれる気持ちもあったんだな。
……助けようと、してくれてたんだ。
鳥坂君とか。
「ありがとう、安奈さん。部外者に話すようなことじゃないのに。
それとここに集まってくれたみんなにもお礼を言いたい。
菜穂さんに声をかけられただけじゃない、
俺が心配で来てくれた人もいるんだってわかったよ」
俺は菜穂さんに目を向ける。
「残念だ。職業柄、生徒に嘘をつかれるのなんてしょっちゅうで、
何も感じなくなってると思ってたんだけど……」
「ウソはついてない」
そんな後悔してる顔で言われてもな。
なんなら俺は笑っててほしかったかな。
こんなのどうってことない。シマナツが危険でないことに、
絶対的な自信があるんだって顔で。
俺はシマナツを手に取る。
「大事なことを意図して黙っているのは嘘と同じだ。
これも何度も生徒に言ってるけどな。
つまり今の菜穂さんは宿題忘れた生徒と大差なし。
そんなんじゃ、まだシマナツは渡せない」
安堵して手を差し出す安奈さんにもゴメンナサイ。
「安奈さんもだ。菜穂さんが群道君のことを俺に話さないの、
わかってて黙ってたろ? そういうのには敏感なんだ。
イジメがないかビビりまくって生きてるからな」
「正気? あなたまだシマナツを手元におくつもりなの?」
「どうなんだろ? 正気じゃないのかもな。杏奈さんの話を
聞いても、シマナツを返そうって気にはならないんだ」
「コーイチ君……」
なんか感動してるっぽい菜穂さんには悪いけど、
俺はマジでイカれてる。
なんせ異世界ででっかい天使と戦ったり、
フェアウエルの終わる日を回避したり、
処刑人に殺されかけたり、怪物どもと戦争したり。
あげくにアエシェマと取引までしちまった。
それ全部、ホントにあったことだと思ってるから。
だからさ、シマナツが危険じゃないと思うんじゃなくて、
危険だろうと構わないって思ってる。
「あれ? シマナツ泣いてる?」
「そんなわけないでしょ。目がなんかシバシバするの。花粉だわ」
「え~~、目薬さしなよ。
まあ、そういうわけだ二人とも。俺、言ったよな?
シマナツが帰りたいっていうまで返さないって。
シマナツ、どっちかのとこに帰りたいか?」
「ううん、まだ帰りたくないかな。ゴメンね」
「なら決まりだ。俺が連れて帰る」
まだ何か言いたそうな連中のど真ん中を堂々と
突っ切ってエレベーターに向かう。
異世界でエリン様やってなかったらこんな態度とれなかった。
要するに、俺は今エリン様っぽく振舞ってるだけ。
言うなればハデデス。
絶対に後で泣くほど後悔……
いやもう泣きそうだわ。
読んでいただき、ありがとうございます。
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