第七十七話 ガスコイン神父はお前を殺そうとしてるんじゃない、導いてるんだ
喫煙所で俺の隣に座って足組んで、俺が何も
言わないのをいいことに、じっと横顔見つめてくる。
ちょっとでも目を向けるとスゲー覗き込んでくる。
なのに黙ってる。
俺から話をさせる気だ。
思いつく話題は三つ。
一つ、シマナツについて。
二つ、学校での仕事について。
三つ、二人の関係について。
さあ、どれを選ぶ?
「前から決まってたのか? 鳴高での教育プログラム」
すんごいため息だ。リディアより洗練されてないけど、
荒々しい失望がよく伝わる。
一番ダメな選択でした。
「教育分野への進出は前から検討してた。
候補の学校に鳴高の名前見つけて強引にねじ込んだ」
「いいのか、そんなことして。会社での立場、よくないんだろ?」
脛を蹴られた。
最近わかったんだけどさ、男は身体に痛みを与えないと
心の痛みが理解できないって、女は思ってるよ。
「もーちょっと、喜んでくれると思ったのにな……」
すまん、蹴られても相手の気持ちがわかってなかった。
すねてる……のか、これ。
「そ、そりゃ嬉しかったよ。菜穂さんみたいな有名人と
知り合いになれて嬉しくないやつなんていない」
「ホントに~? どうせまた私のことなんか忘れてたんでしょ」
「ああ、そのことなんだけど思い出したよ、カルメン。
フェアウエルでマッチングしてたよな?」
「う~ん、まだそこかあ。確かにマッチングで運命は
感じたけど、出会いはもっと前」
「あれ~? クリアしたと思ったらできてないやつ」
「そうでもないよ、あと一歩。残念賞をあげよう」
ラミネート加工されたネックストラップつきのカード。
俺の名前と写真が入ってる。
いつ写真撮った?
「教育……アドバイザー?」
「一応、うちの社員証。教育関連なら副業OKなんでしょ、教師って。
ちゃんと手当も出すから」
「アドバイスなんてできんよ?
俺がAIをうまく扱えたのなんて、ガンビットで指示するやつだけだ」
「ウソウソ、シマナツのプランで授業したって言った」
「シマナツのプランはそんな緻密でもなかったよ。
一緒に考えてやっと使える感じ」
「それだよ、コーイチ君。
それこそがシマナツをモデルにしたAIが目指してるものなの。
なんだよ~~シマナツ、コーイチ君と相性いいんじゃん?」
俺のポケットに手を突っ込むな。
まさぐってシマナツを勝手に出すな。
「違うよ、なんかボヤっとしてて見てらんなかっただけ。
あんまりやりすぎるとセナコーの授業じゃなくなるし」
「試験運用じゃ、そんな気遣いしなかったよね?」
「うっさいな、私にも気分ってものがあるの!」
「確かに、一人のプランを二人でブラッシュアップするより、
二人のプランを二人でマッシュアップってほうが、
やりがいも達成感もあったな」
「わお、共同作業だ。ねえねえ、シマナツ、今どんな顔してる?
ちょっと出てきて見せてよ~」
「うるさいうるさい、もう寝る。話しかけないで」
「AI、寝るんだ」
「正確には夢を見るための機能制限ね」
「ゆめぇ⁉」
「そ、きっと今日はコーイチ君の夢をみるよ。
夢の内容、聞くの楽しみ。うん、やっぱりコーイチ君に
シマナツを預けて正解だった。私とも話してくれたしね。
怒ると長いんだよ、シマナツってば」
妙にテンション高いのは酔ってるってだけじゃない。
何かから逃げてるみたいな、目を背けるような無理した明るさ。
思えば菜穂さんにはずっとそういう雰囲気があった。
危ういんだ、彼女。
「菜穂さんはシマナツを夏実さんだと思ってる?」
「シマナツはシマナツだよ?」
「質問を変えよう。AIだと思ってる? それとも人間?」
黙ったな。
笑顔も消えた。
できればAIだと即答してほしかったよ。
「杏奈さんはシマナツを夏実さんだと思わないようにしてたけど、
苦しそうだった。俺から見た菜穂さんは逆だ。
シマナツを人間として見ようとしてるけど──」
「ずるいなあ、コーイチ君。距離を置いて、深入りしないように
鈍感なふりまでして、なのにすごいとこに手を突っ込んでくる。
そりゃ高校生の白石ちゃんなんか、秒でイカされちゃうよ」
「ヘンな言い方やめて? 俺はただ心配してるだけだ」
「ありがと、心配してくれるのは嬉しいよ。
でも、そういうことに口を出すなら私に本気になって」
黙らされた。
即答なんかできなかったよ。
彼女を寂しそうな笑顔にすることしかできなかったよ。
「社員証あったら入れるから、今度、会社に来てよ。
さっきみたいにシマナツと一緒に授業した感想をみんなの前で
……杏奈の前で話してほしい」
「こないだ言ってたプレゼンってどうなったんだ?」
「延期。先端教育プログラムの参加を優先させたの。
向こうにとってもいい実績にはなるからね」
「実績……ね。それで菜穂さんが有利に?」
「ふふん、それは授業でどんな成果を
上げられるかにもよるかな。よろしくね、瀬名先生」
菜穂さんは俺の手に社員証を残して喫煙室を出て行く。
俺が戻っても話しかけてはこなくて、竹本も菜穂さんに
取られちゃって、結局俺は一人になってた。
何がってわけじゃないんだけど……
へたくそだなあ、俺。
────────────
一つだけ褒められることがあるとすれば、
俺は最後まで一滴も酒を飲まなかった。
禁酒一日目。
ってほどもともと飲んでないんだよな。
ビールは苦手だし、ワインはジュースで割って飲む外道です。
人生からなくなってもそれほど困らない。
それで白石に少しでも誠意を見せられるなら、躊躇はない。
自宅に入る前に今日の自分を褒めるのは大事なルーティン。
「もう会わないって決めて、なのに白石に許してもらおうって努力して。
なんなんかね、俺……なんか鍵開いてる~、誰かいる~」
いつから俺の家はオープンハウスになった?
しかもこれ白石の靴だ。
靴見ただけで誰かわかるのってキモイ? 愛情?
いや待て待て、落ち着け。
村瀬もカリンもいない、二人きり。いい機会だ。
深呼吸だ。別れの文言を改めて確認だ。
俺は攻略対象以外には目もくれないタイプなんだよ。
よって数多のヒロインをフってきた経験がある。
おっまえ、そこまでイベントこなしといて付き合わないとか
マジでクソだな。刺されて死ね、とか思ってきた。
だって仕方ないじゃん!
好感度上げないと使えないスキルとかあるのが悪いんじゃん。
ああいうのヤメて! マジで!
落ち着けって。ゲームじゃないんだから、
白石もちゃんと話せばわかってくれる……はず。
なんでもないって感じだ。いつも通りフランクな感じだ。
「なんだ、来てたのか? 今日遅くなるって言ったのに」
「ね~~せんせー、この神父さんマジで殺しに来てウザいんだけど。
これ倒さないと進めないの?」
「うおっ、ブラボやってんのか。名作中の名作だよな。
お前、死にゲーとか好きなの?」
「なに言ってんの? せんせーがこれやってるとこ見たいって
言ったんだよ? 怖いしグロいし、何が楽しいの?」
エリン様、ゲームを見る目があるじゃないか。
まだ自分で遊ぶまではできなかったんだな。
「何が楽しいって、その全てさ。ガスコイン神父はお前を
殺そうとしてるんじゃない、導いてるんだ」
「ムリ、代わりに倒して」
「いや~、先生としては自力でクリアしてほしいな。
神父からは狩人としての大事なこと全て、
いや、もはや人生において大事なことを学べるんだ」
「えぇ~~、ヲタクめんどくさ。
じゃあさ、私が一人で倒せたらちゃんと付き合ってよ」
あれ? 俺なにしようとしてたんだっけ?
いつの間にか白石の隣に座っちゃってる。
ガスコイン神父に見惚れちゃってる。
んで、白石なんて言った?
付き合って?
いやいや違うだろ。
そもそも部屋着で俺と同じシャンプーの匂いするとか、
殺しにきてるのはお前だろ。
ああ、コントローラー放り出して俺の腕掴んでる。
上目遣い。
獣化ガスコインのラッシュで狩人が死んでる。
すまん、今は助けてやれない。
おかしい。ゲームで培った攻略法が使えない。
お別れなんて切り出せない。
誰か、ここんとこの検証動画、オナシャス。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。




