表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/86

第七十三話 なななッズ

 それからシマナツとは言葉を交わさなかった。


 俺がエリン様だった間に授業がどうなったか、

 トラブルは起こしてないか、とかをチェックしてた。


 学校からとくに連絡はきてないから、出勤はちゃんとしてるらしい。


 授業、どうしてんだ?


 あとネットの検索履歴がすごいことになってる。

 フリージャーナリストみたい。


 ゲーム攻略サイトばっかだったのに。


 あ~あ、日曜の午前中はソファから動かずにずっとゲームってのが

 ルーティンなのに。


 最近の俺、たるんどるぞ。


「ん~、エリン様からのメッセージはなし。

パソコン使ってるみたいだし、俺からメッセージ残しとくかあ。

……どうして俺を呼ぶんですか?

……俺に何をさせたいんですか?」


 返事くれるかな?

 これがうまくいけばエリン様と対話ができる。


 互いの意思のすり合わせができれば、

 どっちの世界でもやりやすくなるんだけどな。


 もうちょっとなんか書いとくか。


 ……と思ったら呼び鈴。


 意外と早かった。

 でもまあモノがモノだからな。


 まだ顔を見せないシマナツを持って玄関へ。


 政府の人とか一緒に来てないよね?

 官公庁の人って日曜日働かないよね?


 ヤバい、緊張してきた。


「は、は~い、いま開けさせていただきますぅ」


 無意識にへりくだっている。なんという生存本能か。


「なんだカリンか。おいその恰好どうした?」


「ついにやっちまったな、セナコー」


 やっちまってんのはそっちだね。

 黒い革ジャン着て、有刺鉄線巻いたバット持ってる。


 後ろに村瀬もいる。


 ハイウエストワンピースでお嬢様風。

 やたら腹黒く見える。絶対にこいつが黒幕。


「紹介するぜ、こいつはサリーだ」


「危なっ、こっち向けるな。

その革ジャンどうした? 高いのだぞ」


「姉ちゃんに借りた」


「バットは?」


「姉ちゃんに作り方教えてもらった。材料は姉ちゃんが持ってた」


「お前の姉ちゃん何してる人?」


「安心してください、先生。

ちゃんと専用のケースに入れて持ってきたので」


「専用のケース⁉ 有刺鉄線巻いたバットの?

DCMとかで売ってる?」


「こいつはサリーだ」


「それさっき聞いた」


「えっと、なんだっけ……もちろん一番好きなのは歌うことだが、

その次くらいに脳みそをぶちまけるのが好きだ」


「逆ですけどまあいいでしょう。カリンらしくて」


「やっぱり糸を引いてんのは村瀬か……

何しに来たか知らんが、日曜日だぞ? 思いっきり遊んでこい。

高校生の時間ってお前らが思ってるよりずっと貴重なんだ」


「とぼけんなよ、セナコー。

あんたがサリを泣かせたのはわかってんだ、このチート野郎」


「いつかやるとは思ってましたけどね。普段からサリちゃんだけでなく、

私たちを見る目のいやらしさといったら……。

どうせ三人一緒に、とか考えてたんでしょう」


「考えてんのはお前だろ。サリとはちょっとした行き違いだ。

そもそも付き合ってもいないんだからな」


「でた! 相手の好意を都合よく解釈する最低の大人。

イキチガイって言葉使うやつはみんなそうだって姉ちゃん言ってた」


「先生はそのつもりでもサリちゃんはそうじゃない。

それはわかってますよね?

そのうえでその言い方は卑怯ではないですか?」


 うぐぅ……


 情動のカリン。

 理詰めの村瀬。


 気づいたときには逃げ場なし。


「それもきちんと話をする。白石が納得するまで。

だからお前たちもここには来るな」


「否定しないんですね?」


「何を?」


「浮気したことだよ。してないならはっきり言えよ、してないって。

そしたらサリーはひっこめる」


 言えない……

 言ったら嘘になるから。


 俺の意思じゃないとはいえ、この二人にも白石にとっても、

 俺がしたことには変わりない。


 自分が情けなくなる。二人が怒らなくて、驚いたのを見てさ。


 こいつらは俺を信じてたんだ。


 浮気が白石の勘違いで、ただの痴話げんかだって、

 そんなふうに期待してたんだと思う。


 だから言葉を失ったんだと思う。


「……マジかよ」


「ちょっと……信じられないですね。

先生はそういうこと、できる人じゃないって思ってました。

大人って怖いですね。お酒ですか?」


「……それを理由にはできない。

理由があれば傷つけていいことになる」


 一瞬、カリンがバットを持つ手に力を込めた。


 でもさすがにそれは思いとどまって、バットを投げ捨てる。


 それを玄関先に転がすのやめて?

 回覧板とか持ってくる人いるし。


 慌てて拾おうとしたら腹パンくらった。


 痛くなかったけど、

 後からぎゅうって腹が締め付けられて息できない。


「おま……教師にぼうりょく……」


「うるせえ、教師ヅラすんじゃねえ」


「教師ですよ?」


「サリ呼んでくっから、家中の酒、全部並べろ。

目の前で捨てるんだよ。んで謝る。あたしらも一緒に謝ってやる」


「え? なんで私たちが? やらかしたのは先生ですよね?」


「村瀬! これはアレだよ、通過儀礼ってやつだよ。

ここを乗り越えて深まる愛……見たくない?」


「見たいかも」


「はい、はい、私も見たい。私も謝る。

あ~、でもセナコーには菜穂と付き合ってほしいんだよな~」


「「ん?」」


「あ……」


「今の声、先生じゃないですよね? その手に持ってるの、なんです?」


「ああ、これ?」


 持ち上げた瞬間、カリンに取られた。


 嘘だろ……

 俺は処刑人の剣も避けたんだぜ?


 二度目なのにカリンの動きに反応できん。


「なんだこいつ、こそこそ聞いてやがったのか?

はは~ん、さてはお前がセナコーの浮気相手だな」


「いい度胸ですね。気に入りました。

そこどこです? すぐにお邪魔しますよ。どうやって先生を誘惑したか、

何をどうしたのか、細部まで正確に聞かせてもらいます。

とりあえずサイズ感などを──」


「村瀬、個人的興味が先走りすぎだ。

それ渡しなさい、カリン。それはこれから持ち主に返さないといけない」


「ちょっと待って、なんかこの人どっかで見たぞ?」


 家の前に黒塗りの車が停まる。

 後部座席からさっそうと降りてきたのはスーツに身を包んだ二人の女。


 ああ、もう来ちゃった……

 菜穂さんと杏奈さん。


 二人並ぶとベンチャーとかスタートアップとか、

 カタカナむっちゃ並んだ企業の人だな。


 そんな二人に同時に愕然とされると、

 自分のやってることが全部とんでもない間違いだと思えるよ。


「え? なに? 修羅場? なんか二人いるんだけど。

コーイチ君は生徒相手に二股かける外道なの?」


「いえ、二人とも最初に見た子と違うわね。

彼、少なくとも三人の女子生徒を家に連れ込んでる」


 いやまあ、シマナツを取り返そうとカリンに掴みかかってる姿は

 外道っぽいかな。


「誤解だ。確かに生徒が教師の家に来るなんてヘンな話だが、

事情があるんだ。決してやましい関係じゃない」


「やましい、の解釈にもよりますね」


「やめんか、村瀬。お前、真顔で冗談言うからわかりにくいんだよ」


「おいセナコー、どっちが浮気の……ん? んんん⁉」


 なんだ、どうした?

 カリンが菜穂さん見て固まってる。


 驚きっていうか、憧れっていうか。

 お前のそんな顔見たことねー。


「えっとー……そんなに見ないでくれる?

メイクのやり方なら後で教えてあげるから。

その、あなたはコーイチ君の生徒さんでいいの?」


「カリンです」


 です?


「カリンちゃん。

とりあえずそのシマナツを返してほしいんだけど、いいかな?」


「はい、えと……その、七海菜穂さん、ですよね?」


「そだけど、私のこと知ってるの?」


「もちろんです。

『なななッズ』のころからファンです」


「なっつかし、十年前じゃん。

そんときカリンは生まれてないんじゃない?」


「どう見ても高校生よ。生まれてるに決まってるでしょ」


「あの……ではそちらは木島杏奈さん、ですよね?」


 今度は村瀬だ。

 村瀬が心から敬意を払ってる。


 そんなことできたんだ。


「おっと、こっちは杏奈のファン?」


「ファンっていうか、以前『人工知能の個我の獲得』

を読ませていただいて、感銘を受けました」


「あらうれしい。見どころあるわね。

高校なんかやめてうちに来なさい。才能はいくらでも欲しいの」


「高校教師の前でそれ言う? いやそれより、なんなの?

なんでこの二人のこと知ってんの?」


「はあ? セナコー知らねーのかよ。

菜穂さんは高校んときに『なななッズ』ていう動画配信でバズって、

大学生で起業したんだよ。テレビにも出まくってたろ」


「私のはブーム。ホントに有名なのは杏奈だよ。

でも……なななッズかぁ。懐かしいな、

あのころがやっぱり一番楽しかったかな、ねえ杏奈?」


「私はいつでも今が一番楽しい」


 イメージとは真逆の回答。

 意外と杏奈さんのほうが刹那的なのか。


 ……にしても、そんな有名人だったとは。

 エリン様、わかってて近づいた?


 カリンと村瀬が声かけられ待ち。


 そこまでとは言わんけど、授業でもその五分の一くらい……ね?


「私は今が一番苦しい」


 カリンの手の中でシマナツが言った。


 首を絞められてるような、悲痛な声だ。

 誰も無視できなくて、でも目を背けたくなる。


「あ、あー、ゴメンってシマナツ。

ちょっと気晴らしになるかと思ってコーイチ君に持たせたんだ。

ほら、ちゃんと迎えに来たんだから、許してよ」


 菜穂さんが明るく言って手を差し出すと、

 カリンはオートでシマナツを渡そうとする。


 正しい持ち主のもとに帰る。


 それだけのことだ。


 でも、一瞬見えた画面に映るシマナツが泣いてるみたいで、

 助けを求めてるみたいで。


 なんでかな?

 こんなわけのわからんもの、一秒だって手元に置いておきたくないのに。


 気づいたらカリンの手から奪っちまってたんだ。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ