第六十三話 亡命王女なんてろくなもんじゃない
男にしてくれって、もちろんそういう意味じゃなかったよ?
ジョージは紳士だ。
皮肉でも何でもなく。
臆病なこと以外はちゃんと騎士のイメージ。
強くなりたいと本気で願ってる。
泣きながら告白してくれたから。
「この間の、サンクチュアリに怪物たちが侵入してきたときも、
ほんとは戦いたかった。
エリン様と、みんなと一緒に。
そうすれば僕も変われると思った。でもサージが危険だから行くなって、
ボネとの繋がりを途絶えさせてはいけないって。
理由を与えられたら、僕はもう……怖さに屈して……」
エリン様の涙腺、ザコなんか?
もらい泣きしそう。
だってわかるもん、ジョージの怖いって気持ち。
勇気が、どうしても勇気が出てこないときの自分への失望感。
リディア、咳払いうるさい。
また余計なことに首突っ込むなって言うんだろ?
ムリ。年長者が若者を育てなくてどうすんだ。
身体の年齢ではジョージのほうが上だけど……。
ジョージの丸めた背中に手を乗せる。
「ジョージ、聞いてくれ。
俺もあのとき、怖かったんだ。逃げちまいたい……
そう思いながらみんなの前に立ってた」
ジョージが首を振ってる。
ただの慰めで言ってると思ってる。
「ホントなんだ。俺はいつも怖がってばかりだ。
お前と変わんないよ。
でもな、あのときはこのリディアが一緒に戦ってくれた。
さっきのアグニも一緒に戦ってくれた。
みんなが一緒だから戦えたんだ」
「で、でもエリン様は強いじゃないか。
イーライ・デウを一人で倒したって……」
「言ったろ、俺もお前も変わらないって。
なあ、ジョージは弱くなんかない。ただ、一人なだけなんだ。
一人じゃなくなれば、お前もきっと自分の強さに気づく」
ジョージはしばらく鼻をすすりながら子犬みたいに泣いていた。
リディアが三回くらい口を開こうとしたけど、
そのたびに俺は彼女を止めた。
泣かせてやってくれ。
お前の膝で俺が泣いたときみたいに。
……て感じで微笑んでみたけど、ぜんぜん伝わってないな、これ。
めちゃめちゃイライラしてる。
おい、早く泣き止め、ジョージ。
お前は強い子だろ。
俺の願いが通じてジョージは短めの動画一本くらいの
時間で戻って来た。
立ち上がり、改めて俺の前で膝をついたジョージは
曲がりなりにも騎士って感じだ。
いいよー、愛があれば使えるくらいのキャラにはなってるよー。
「エリン様、ボネはあなたに会いたがっています。
バシレイアの支援者はずっと反対していましたが、
ピアース・ブランの生還とサンクチュアリの発生が状況を変えました」
「よかった、ボネに会う意思はあるんだな」
「はい。僕が信用できると判断したなら連れてきてほしいと」
「なんか……信用されてるんだな、お前。
助けられずに逃げたのに」
「そ、そうですよね。なんででしょう?
一緒に育ったからかな?」
「は? お前ら血縁?」
「いいえ。
でも、父さんは子供のころからボネを家に住まわせていたので」
「子供のころから囲ってたわけだ」
「でも、楽しかったですよ。
僕と遊んでくれるのはボネだけだったし、ボネも僕と二人のときは
同い年のちょっと気の強い女の子って感じでした」
少なくともジョージにとっては幸せな思い出のようだ。
あの日に帰りたいって顔してる。
「なるほど、現状、生存が確認できているルイス卿の縁者は
ジョージ様だけ。頼らざるを得ない……と。
バシレイアの支援者も存外、
ボネではなくルイス卿に付いているのかもしれませんね」
リディア~~
情緒~~
こいつには今度、絆って漢字の書き取りを百回くらいやらせよう。
ほら、ジョージ考えこんじゃってるじゃん。
自分とボネの関係に疑問を持っちゃってるじゃん。
「つ、つまり家族同然ってことだよな。
いや、義姉だから家族だ。きっと誰よりもジョージを信頼してるさ」
「私とエリン様も家族ですよ!」
「いちいち張り合うんじゃねえ。
ややこしくなるからちょっと黙ってようか」
「あ、はい、僕なんか黙ってたほうが……」
「ちげーよ。なんだお前らめんどくさいな。
で、ジョージ、どうなんだ?
俺をボネに会わせてもいいって思ってるのか?」
「もちろんです。エリン様ならボネを守ってくれる。
今なら心からそう思えます」
よし、まずは第一段階クリア。
リディアとハイタッチしたい気分だが、まだそれには早い。
「それで、どうやってボネに会う?」
「ティルダ北部、サンクチュアリからそれほど離れていない場所に、
サルワト教以前に使われていた寺院跡があります。
僕がそこに行くと、それを確認して向こうから来てくれます」
「なるほど、とにかくジョージが鍵ってわけだ。
まるでお前をサージたちから守るようなシステムだな」
「だとすれば不甲斐ないですね。守るべき人に守られているなんて」
「お前への信頼あってこそだ。
確かに守られてるかもしれないが、お前も守ってるよ」
いいね、俺ノってるね。
どんどん好感度が上がってるぜ。
反面、リディアは見るからに機嫌が悪い。
エリン様の身体で男に優しくするのが気に食わない?
重い女か?
重い女だな。
「よし、すぐ出発できるか? 議員の選出にあまり時間をかけたくない。
議会の話が立ち消えになっちまうからな」
「ボネなら引き受けてくれますよ。聡明で人望もある。適任です」
「なに他人事みたいに言ってんだ。お前もやるんだよ」
「ぼ、僕も? でも僕は……
みんなの意見も聞かないとだし……」
ジョージに肩をぶつけ、ぐいっと正面から目を覗き込む。
「いいか、ゆくゆくは議会に権力を持たせるつもりだ。
信用できるやつで議員を固めたい。今、お前の持ってる武器は信用だ。
ボネを守るんだろ。
サージだとか、アンナと通じてる連中だとかに舵を取らせるな」
ちゃんと聞いてんのか?
なんかぼーっとした感じで顔が赤い。
ダメかも……
て思ってたらリディアが俺を強引に引き離す。
「エリン様ぁ~、距離感気を付けろって言いましたよね?
言ってない? 言ってなくても気を付けろ」
ご無体な。
リディアは文字通りジョージを部屋から放り出し、
素早く俺を着替えさせた。
いつものバカみたいな露出の服じゃない。
丈の長いワンピースみたいな服。
「こんな服あったの?」
「エリン様とジョージが揃って外出すれば、
ボネ様と会いに行くと喧伝するようなもの。
変装し、二手に分かれた上で後ほど合流します」
「お、お前、ちゃんと考えてくれて……」
「少々、前のめりな気はいたしますが、時間がないんでしょう?
あなたがこちらにいる間に、議会のひな型くらいは作りましょう」
こんなに協力的になってくれるなんてなぁ……
感無量。
ご無体とか思ってゴメン。
表情を崩さずにクールに言うのがまたかわいい。頼もしい。
「ああ、そうだな。さっそく出発だ。
目的の場所はわかるのか? どれくらいかかる?」
「一日半くらいでしょうか」
「いち……歩いて?」
「馬車で」
こっちに来ると、新幹線とか飛行機の偉大さがわかる。
現代日本の感覚だと移動に一日とかヘタすりゃ海外だもんな。
「途中でエリン様に戻ったらどうしよ?」
「考えても仕方のないことです。
そのときのために優先目標を設定しましょう」
「なんか秘書っぽい。リディア、眼鏡も似合いそうだな」
「眼鏡が優先目標……と」
「待て待て、ただの冗談だよ。
優先させるのはボネを議員にすることだ」
「会ってさえいないのに、ずいぶん信頼しますね。
ジョージにあなたの品定めをさせた女ですよ?」
「意地悪な言い方すんな。クロムみたいだぞ。
人間たちを納得させたうえで、
議会から派閥争いの影響を排除するにはそれしかない。
今の段階ではボネがどんな人間かは重要じゃない」
「ひどい言い方しますね。兄さまみたいですよ。
では、どんなブサイクでも構わないんですね?」
「誰が見た目の話をしたよ?」
「あれ、違いました?」
リディアの冗談、わかりづらっ。
真顔で言うから余計ね……
こうして俺はトーレ初の首脳会談のために
今までで最も遠くへ出かけることになったわけだ。
その先に待つ嵐のことを知りもせずに……
て感じの流れだよな、これ。
だいたい亡命王女なんてろくなもんじゃない。
ユグユニとか死にまくりの殺しまくりよ?
あんなのはヤだなぁ。
読んでいただき、ありがとうございます。
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