第六十一話 存在自体が罠だよ
愚かな人間どもの口論から問題点を抽出してみよう。
ギルド……職工組合のほうがいいか。
ギルドっていうと冒険者ばっかりみたいだし。
いないんだよね、冒険者。
ダンジョンもないし……
ふう、ハクスラしてえ。
ともかく、組合長たちは身分による議員の選出に否定的。
かたや貴族のみなさんはお隣のティルダ領での
権力構造を維持したい構えだ。
「俺が指名してもダメだろうなぁ、これ」
「一度こうなってしまえば、禍根を残すでしょう。
人間はいいですねえ。自身の利益の最大化を
臆面もなく主張できる。たとえ明日世界が滅ぶのだとしても」
「社会性が高いと言ってくれ」
「社会性が高い。言いましたよ」
ソニアは興味ないってさっさとテントに引っ込んだし、
イングスはティータイムだって帰ってった。
俺の相棒はクロムだけ。
明らかに口論させて楽しんでる外道だけ。
こいつってほんといいのは見た目だけだよな。
「お前、こうなるのわかってて連れて来たな?」
「ふふ、もう少しやらせてみましょう。
興奮してバカなことを口走るかも」
「もういいよ。悪魔の国に来てまで旧体制の維持を望んでる。
それだけでも明白だろ」
「おお、なんということでしょう。
エリン様の成長が止まりません。ではご自分でなさいますか?」
「まあ見てろ」
中身、三十六のおっさんだから。
誤情報、怪情報乱れ飛ぶゲームの世界でファクトチェックを
磨いてきたんだよ。
情報リテラシーには自信ありだ。
俺は口論してる男たちを呼び寄せる。
自分からは行かない。
向こうから来させる。これが大事。
「貴様らに俺から一つ提案がある。
言い争うのをやめて話を聞け。
私の中では、人間たちの議員の一人はもう決まっている」
いい感じにざわついてくれるぜ。
誰かが抜け駆けしたと思って互いに牽制しあってる。
「静まれ。
その一人とはお前たちティルダの民が待望する領主、ボネだ」
おっほ、静まり返った。
いいね、たまんないね、この全能感。
今の俺のロールは悪魔の首領だ。
ヒャッハー!
「エ、エリン様、お言葉ですがボネ様の所在はいまだに知れず、
生きておられるのかも……」
「いま喋ったやつ、前に出ろ」
前に出る必要なかった。
みんなが一歩下がってくれた。
彼は裏切り者を見るように後ろの連中を睨み、俺の前で膝をついた。
そんなに年でもないのに白いヒゲが特徴的で、
着てる服も高価な感じではない。
いかにも文官って佇まい。
「名前は?」
「サージと申します。
先々代より、ティルダが王国だったころからお仕えしております」
「なるほど、ならボネを支持するのもやぶさかではないな。
ネルガルの顔色をうかがう必要はない。トーレに呼び寄せろ」
一応、整理しておこう。
ボネは先々代のティルダ領主の血を引き、
先代が領主に指名した長女のアンナから継承権を簒奪してる。
黒幕はルイス卿っていうシスみたいなのだけど。
んで、キレたアンナがネルガルと取引しちゃった。
そういやルイス卿はどうなった?
「エリン様、先ほども申し上げました通り、ボネ様の所在は未だに……」
「だが生存は確信してる。
そうでなきゃティルダの宮廷を俺の目の前で
再現しようなどとは思うまい」
サージを中心に数人が集まって何やら小声で話し始める。
複数人の口から同じ名前が出てるな。
「エリン様、一人だけボネ様と連絡を取り合えるものがおります」
「この中にいる?」
「その前に一つだけ、お約束ください。
ボネ様のティルダ奪還を助けてくださると」
ま、そうくるよな。
クロムをちらっと見てみるけど特に反応はなし。
俺への信頼か、それともボネなんかどうでもいいのか?
「ボネにその意思があるなら、彼女を助けよう」
確約はしないが、拒絶でもない。
そのギリギリのラインだ。
サージとその取り巻きにも不満のある顔と妥協する顔。
仕えてる相手がルイスかボネか、それでわかる。
サージはボネ派だ。
「その言葉、どうかお忘れなきよう。
エリン様の仰る通り、我々はボネ様の生存を確認しております。
しかし、このサンクチュアリにもアンナに通じているものがいて、
ボネ様の所在についてはあえて明らかにしてこなかったのです」
「なるほどな。
じゃあボネはどこかに隠れてるわけだ」
「ええ、我々には支援者がいます。
その方がボネ様をお守りくださいました」
「支援者ってのはバシレイア?」
サージが観念したみたいに笑ってうなずく。
「バシレイアにとってもティルダを失うのは痛手でしたからな。
アンナはすでに破門されましたし」
「なのに俺を頼ってきた。
バシレイアの支援も全面的にってわけじゃないんだろう?」
「まさしく。エリン様に隠し事は意味がありませんな。
しかし、これからお会いになる方のことは
できる限り内密にお願いしたいのです」
「うん? うん、構わないよ」
なんか微妙な間。
クロムが俺に耳打ちしてくる。
耳にかかってる髪をカーテンみたいに開くのやめろ。
首筋がぞわぞわするわ。
「一人で会えと言ってますよ」
「え? ああ、そうなのか。
もちろん、会うのは俺だけだ」
なに、今のクロムのわかってないなってため息。
リディアのため息はお前の真似だったんか?
「お心遣い感謝いたします。
後ほど、ご案内いたしますので、少々お時間をいただいても?」
「ああ、構わない。ランチタイムだしな」
ようやく人間たちの集会も解散。
議員の選出はボネの動向がわかり次第、再び協議だ。
「疲れたな。城に戻って昼飯を──」
「エリン様は一度、暗殺未遂にあわれたのに、
まったく警戒なさらないのですね?」
「暗殺? おい急にどうした、クロム」
「エリン様一人で誰とも知らぬものと会う。
しかも場所は向こうが指定。
サージがそのような愚行に走るとは考えにくいですが、
少しは警戒していただかないと」
「お前じゃないんだからそんなこと……」
いやでも確かに、さすがにちょっと警戒心なさすぎか?
日本で同じ状況だったら会いに行く?
行かねえよ、絶対。
「状況分析は見事でした。
しかし、それゆえに相手の考えを想像の範疇に収めてしまう。
人を……特に地位のある人間を相手にするときは
決して油断なさいますな」
「相変わらず人間が嫌いだな……
って今のダーガかよ、クロムと言ってることが変わらん。
ずっとそこにいた?」
「いましたよ。ソニア様からできる限り
エリン様のサポートをせよと命じられています」
ダーガとクロムは目線を交わし、
首を振ったりうなずいたりして、同時ににやりと笑う。
きっと気が合うよ、お前ら。
インボウカーどもめ。
「あれ? そういやダーガは敬称使うんだ?」
「ええ、私は人間社会で生活していましたので。
奴隷も戦士も商人もやりましたよ。鍛えられております」
「なんかすげえな、オデュッセイア?
クロムより頼りになりそうだ」
「なんですと?
私がこんな使い古しの毛皮に劣るものなど一切ございません」
「ふん、ずいぶん角の軽い悪魔だ」
こいつらはケンカしてるくらいでちょうどいい。
それよりさんざん脅かされたせいで、
お昼ご飯がおいしく食べられなかった。
リディアの作ってくれたクリームシチュー(得体の知れない肉入り)
もっと食べたかったのに。
午後になって薄汚れたフード付きのローブを着せられて、
連れていかれたのはヨナが建設途中だった教会。
リディア、俺が一人で行くって聞いて発狂寸前だったけど……
頼むから付いてくんなよ~
「どうぞこちらへ、中でお待ちです」
「サージ、お前は一緒に来ないのか?」
「私がいては、あの方はボネ様のことをお話しくださらないでしょう。
誰かを心から信用することができないのです」
「それって俺に話してくれるの?」
「それはエリン様次第です」
なんか詐欺にあった気分。
ダーガの箴言が身に染みる。
教会は屋根と壁はできてるけど、内装はほぼ手つかず。
祭壇もなく、資材が置きっぱなし。
それでも教会として利用してるのか、数人並んで座れる長椅子が三つ。
仮窓が外されて光は入ってくるけど薄暗い。
で、誰が待ってるって?
いねえじゃねえか。
あれ、これマジでヤバい流れ……
椅子の下でなんか動く音して、
喉がキュウってなってヘンな声が出た。
そしたら椅子の下からもヘンな声。
「おい、まさか……」
しゃがんでみたら誰か手足丸めて隠れてる。
しかも震えてる。
俺よりダサいやつ、おる。
「えっと、はじめまして、エリンです」
「何も知らない、話すことなんてない。
ここにも無理やり連れてこられた。
僕のことは放っておいて、お願いします」
くっ、先にビビられるとやりにくい。
かわいそうになっちゃうじゃん。
「落ち着けよ、俺はボネのことを聞きたいだけだ。
彼女をこの国に迎え、彼女を手伝いたい」
「嘘だ。悪魔がそうやって優しくするのは
人間の魂を食らうためだ。食べられたくない」
「そんなことしないし、俺は悪魔じゃない。
とにかく、出て来いよ。名前くらい教えてくれ」
俺が椅子の下に手を差し込むと、
じっと見つめて指先に鼻を近づけてくる。
捨て猫かな?
「……ジョージ」
「いい名前だ。きっとドラゴンを退治できる」
「できないよ、兄さんならできるかもだけど」
「へえ、兄貴がいるのか。仲いいのか?」
「たぶん兄さんは僕のことが好きじゃない」
「そうか?
俺にはお前を好きじゃないのはお前自身に見えるけどな」
暗闇の中できらりと目が光る。
初めてこっちを見た。
「エリン様は、ボネみたいなことを言うんだね」
「呼び捨て? ボネと近しいのか?」
「ボネは義理の姉。彼女は僕の兄さんと結婚したんだ」
んん~~~?
確かボネはルイス卿の息子と結婚したはず。
てことは、こいつは……
「僕はルイス卿の次男だ」
ようやく手を掴んでくれたけど、引っ張り出すか迷うな。
ルイス卿……
アンナ派から見てもボネ派から見ても簒奪者には変わりない。
で、こいつはその次男。
存在自体が罠みたいなやつじゃん。
読んでいただき、ありがとうございます。
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