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第五十九話 隠修士の微睡み

 自室に戻ろうとする俺を、

 リディアが自分の部屋に誘ってくれた。


 クロムとの会話が頭の中をぐるぐる回ってて、

 何でもいいから話したいって気持ちを察してくれたのか。


 あるいはリディア自身もそうだったのかも。


 そういやリディアの部屋って初めてだ。


 寒い季節にはエリン様の部屋で一緒に過ごすそうで、

 あんまり使われてない。


 それなのに部屋の暖炉には火が入れてあった。

 二人で、ここで話す予感があったのかもしれない。


「どうぞ、椅子は使ってください」


 そう言うと彼女は暖炉の薪を崩して火鉢に移し、

 ベッドの側に持ってくる。


 あんまり見るもんじゃないんだけど……

 見回してしまう。


 簡素な部屋だ。

 私物っていえるようなものがほとんどない。


 部屋の隅には集めてきた古着が積まれ、裁縫道具は充実してる。

 ソーイングが趣味の女の子って感じだ。


「ここで一人で過ごすことはあまりないので、

大事なものはエリン様の部屋に置いてます」


「クロムの部屋とはだいぶ違うな」


「ええ、兄さまはいくつも部屋を持ってます。

いろんなところに、いろんなものを隠してる」


「あんな話をしたあとだと、

持ち物のことを言ってるようには聞こえないな」


「そうですね……

兄さまは私にも多くを隠してる」


 リディアは火鉢の中の、

 薪の表面を這うような火をじっと見つめてる。


 なんだろう、こんな呆然としてるリディアは初めて見るな。


「すみません。私から話したいと言ったのに、

何を話したいのか、よくわからないんです」


「いや、俺もだ。

話したいことがあるのに、それをうまく言葉にできない」


「あなたもでしたか……」


 二人の間に火鉢を置いたのはいいアイディア。

 なぜだか火はずっと見ていられる。


 そのうち、火の中から誰か語りかけてくるみたいに

 言葉がすうっと口をついて出るんだ。


「リディアってクロムと本当の兄妹じゃないのか?」


「本当、とは?」


「人間みたいに同じ親から生まれた?」


「私たちはそもそも親から生まれません。

私が兄さまの妹になったのは、兄さまが自分の一部を使って

この形を与えてくれたときからです」


「あいつ、そんなことできんの?」


「ひどく稀な事例ですよ。人間の感覚で言えば兄妹より

親子が近いかもしれないですね」


「えっと、じゃあ今のリディアの姿は本当のリディアじゃない?」


「前の姿に戻ることはありません。

この私が、今の私なんです……どうしました?

あからさまにほっとした顔をして」


「いや、まあ、なんていうか……

俺にとってはわりと大事というか……」


「ふふ、隠れて見惚れてるんでしたっけ?

人間の基準では美しいらしいですからね、私。

遠慮はいりませんよ、存分に御覧なさい」


「……うん」


 俺がじっと見つめると、得意げに微笑んでいた

 リディアはちょっとずつ、二ミリくらいずつ目を逸らしていく。


「あの……冗談ではなく?」


「……うん」


「やっぱりさっきのはナシ。見るな」


 リディアが炭を火箸で突いて、火の粉と煙を舞い上げる。


 俺は笑って煙を追い払い、マントに飛んだ火の粉を叩きながら、

 それでもこっそり、リディアに見惚れてた。


「そんな親子みたいな相手なのに、怒ってくれてありがとうな」


「あなたの代わりに怒ったつもりはありません。

どうしてあなたがあの酔っ払いに一撃を加えて

酔いを醒ましてやらないのかと、疑問には思いましたけどね」


「怒ってないからだよ。俺はクロムが正しいと思ってる。

あいつがいてよかったってな。

俺の望む場所は、俺の望むやり方だけではたどり着けない。

それはわかってるつもりだ」


「エリン様の顔であまり大人ぶったことを言われると困ります」


「何が困るの?」


「かわいいとかっこいいが……止まらない」


「なんだろう、お前には怒ろうって気持ちがすごい湧いてくる」


「構いませんよ、そっちも好物です」


「推し活って手に負えねえな」


「兄さまもですよ? 好きにさせれば手に負えない。

あの人はあなたよりずっと犠牲を軽視する。

何を言っているのかわかりますよね?」


 六人だ。


 きっともっと増える。


 それでも俺は自分が戦うという選択ができないことを、

 間違いだと思いたくない。


「好きにさせる気はないよ。

いざとなったらリディアが怒ってくれるしな」


「何度も言いますが、あなたのために怒ったわけではありません。

兄さまのせいであの戦いが、無意味な犠牲が生まれたのでは

ないかと思うと、なんというか……」


「リディアってそんなに人間大事だった?」


「そうではありません。

そうではありませんが……

あなたがまた落ち込んでしまうのでは、と」


「それは俺のために怒ってくれたでいいんじゃ……

いや、すんません。でもそれなら大丈夫だよ。

前のときほど引きずっちゃいない」


「そうなんですか? 数が少ないからですか?」


「そんなドライじゃねえよ。

ただ遺族の人たちに会って頭下げて、なんなら泣きそうだったけど、

そしたらさ、逆に励まされたんだ。サンクチュアリを、

家族が命を懸けて守った価値のある場所にしてくれって。

それが何よりの弔いになるって」


「……なるほど。

無理に元気に振舞っていたわけではないのですね?」


「いや、それもちょっとある」


 リディアは最高のいたずらを思いついたみたいに笑う。


「またここで泣きますか?」


 膝をぽんぽん。


 それはずるいって。


「そこに世話になる気はない」


「残念ですね、とってもかわいい泣き顔でしたのに。

ね、エリン様?」


 楽しんでやがるなあ。

 そういう性格の悪さは兄妹そっくり。


 もう遅いし、リディアも(ついでに俺も)

 大丈夫そうだし、もう寝るか。


 そう思って自室に戻ろうとしたら、

 リディアが焦ったように俺の手を掴んだ。


「どうした? まだなんかあったか?」


 リディアの目がなんかのコマンドみたいに上下に動いて、

 それからごまかすように笑う。


「いえ、その……もう戻られるのですか?」


「うん。ベッドはアグニが温めてくれてるし」


「それならこっちのベッドも温まってます。

私が座ってましたので」


「ここで寝ろと?」


「毛だらけですよ、向こうは」


「何を張り合ってんの?

俺がここ使ったらリディアはどこで寝るんだよ」


「一緒に?」


「断る!」


「そんな……やましい気持ちはわりと、

けっこうそれなりにほんの少ししかありません」


「けっこうあるだろ、それ」


「待って、もうちょっと、もうちょっとだけ話しませんか?」


 なんだ? えらい引き止めてくるな。

 何か企んでるのか?

 なんか着せようってか?


 そういう意味じゃ、こいつはクロムの数倍は怖い。


「話って?」


 警戒モード、オン。

 不用意に近づくな。やつは力が強い。


「えと、なんでしょう……何かありませんか?」


「なんだそりゃ? おいどうした、

そういう感じのポンコツじゃないだろ、お前」


「誰がポンコツですか。本当に話したいだけです。

エリン様はその、あなたに面倒ごとを押し付けてばかりの

ような気もするので」


「ああ、エリン様のフォローしてくれてんのね。

確かに、俺もちょっとそう思ってた。

頭にくることもあった。でも、そういうときにお前やみんなと

一緒にいられてよかったとも思う」


「そうですか。それならよかった……

じゃなくて、そんなことは心配してません」


「じゃなんだよ、はっきり言ってくれ」


「はっきり言わないとわかんないんですか、このポンコツ」


「わかるか! お前こそ俺のこのわからんって気持ちわかれ」


「ムチャクチャですね、あなたは。

もう帰っちゃうのかって聞いてるんですよ」


「帰る? 帰るって向こうにってこと?」


 リディアがぶぜんとしてうなずく。

 そんな不機嫌になることか?


「それは、エリン様次第だろ。

俺の意思で行き来できるわけじゃないんだから」


「前のときは騒動がひと段落したらさっさと帰りやがりましたよね」


「なあに、その言い方。

でもその流れでいくなら確かにそろそろか……」


 ちょっと待てよ、リディアは俺がいつ帰るか気にしてる。


 んで話がしたいと言ってきてる。


 あれ? なんか繋がりそう。

 頭の片っぽピリピリしてる……


「あ! 俺が帰る前にもっと話したいってこと?」


「調子に乗るな、勘違いするな、そんな顔するな。

あなたがいない間どうするのか、指針くらい残していきなさい」


「指針ね、あーはいはい、いいよ適当で。

どうせ俺の思い通りになんかいきっこないんだ。

エリン様にだって考えはあるだろうし」


「いいんですか? 自分の首を絞めるかもですよ」


「少なくとも、リディアは俺の考えをわかってる。

それだけで十分だ」


「次に来たとき、あなたがどんな顔をするのか楽しみにしておきます」


「せいぜい期待して待ってろ。

それより、帰る前に一つお願いがあるんだ」


「どんな服が着たいんですか?」


「なんで服に限定だよ」


「だって、エリン様は最近、私の作った服を着てくださらないので」


「それ、お前のお願いだよね?」


「交換条件です」


 ……この悪魔。


「わかったよ、好きなのいっこだけな」


「チョロい。そちらの条件をどうぞ」


「簡単だよ、歌だ」


「歌?」


「『隠修士の微睡み』 好きなんだろ?」


 深く、長いため息。

 本当にイヤそうな顔するね。


 頼んだかいがあった。


「人間というのは厄介ですね。

そんなに他人の嫌がることをして楽しいですか?」


「そっくりそのまま返す」


「……歌ではないので歌詞はありません」


「じゃあ得意の鼻歌で」


 一瞬、火を吐いてるときの顔したね?


 そんなに?

 機嫌いいときに鼻歌くらいでるよ?


 でも、さすがは契約の悪魔の妹。ちゃんと約束は守る。

 鼻歌っていうかハミングっていうか、メロディーを口ずさんでくれた。


 すぐに森の景色が瞼の裏に浮かんだ。

 苔むした、みずみずしい空気の森。


 木漏れ日。

 小動物の影。

 木陰に隠れる、静かな寝息。


 寒くはない。

 でも、森の中でうたた寝する季節でもない。


 どうしてそこで寝てる?

 この微睡みはただの午睡じゃなくて……


 ふいに意識が途切れる。


 歌声が心地よくて、眠ってしまったんだ。


 あ~あ、どうせ目が覚めたら元の世界に戻ってるんでしょ?

 約束守れなくて、リディアが怒るだろうな。


 今度はもっと早く戻りたい。

 もっとリディアと一緒にいたい。


 どうして俺は、それをちゃんと言わなかったんだ。

読んでいただき、ありがとうございます。

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