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第五十八話 こっそり見惚れてるんだぜ?

 リディアはまっすぐにクロムの部屋に向かった。


 背筋が伸びてて、つま先から足が降りるいつもと同じ歩き方。

 なんだけど、一歩一歩が重い。


 怒ってる?


 でもまあ、しょっちゅうクロムを殴ってるし、

 その延長みたいなもの……


 いきなりドアを蹴破ったよ。


 クロムは式場からもらってきた酒を片手に読書中。

 俺たちのほうを見もしないね。


「夜食を頼んだ覚えはないぞ、リディア」


 リディアは挨拶もなしに部屋を横切り、窓際の布を被せた

 鳥かごに歩み寄る。


「リディア、私の部屋のものに触れるなと言ったが?」


 無視だ。


 リディアは鳥かごを引き倒して床に叩きつけ、

 被せてた布はクロムに放り投げた。


 鳥かごの蓋が開いて鳩が飛び出……さない。

 優雅に降り立ったのは見覚えのある黒いローブ姿。


「……マーパ?」


 名前を呼んだら不機嫌そうに顔をしかめた。


 でもマーパと同じ顔だ。

 髪で隠れてる目が逆なだけで。


「どこを探しても見つからないわけです。

ハーパはずっと兄さまが匿っていたのですね?」


「バーカ、ちげーよ、匿われてやってたんだよ。

クロム様の悪だくみに付き合ってやってたの」


「……悪だくみ?」


 俺とリディアの視線が同時にクロムに刺さる。


 クロムはため息をついて本を閉じて杯の酒を飲み干した。


「私はただ、自分の責務を果たすには力が足りないと嘆き、

悩んでいた青年に助言をしただけだ」


「それはヨナのことですか?」


「名前など忘れたね」


「兄さまはヨナが処刑人だったことも、

アエシェマのことも知っていたんですか?」


「バシレイアや他のレグルスが、

何かを仕掛けてくるころ合いだとは思っていたよ」


「はっきり答えてください、兄さま」


 詰め寄るリディアの前にハーパが立ちふさがる。


 一触即発どころの空気じゃねえ。

 目が合った瞬間に始まってた。


 リディアは腕以外どこも動かしてない。

 それなのに風圧を感じるほどの裏拳がハーパの頭を薙いだ。


 エリン様の目でやっとで追える拳を、

 ハーパは身体を曲げて避けながら回し蹴り。


 リディアが蹴りを受けると、

 ハーパの逆足の踵がリディアの頭頂部に落ちる。


 リディアは最初に受けた蹴り足を掴み、

 ハーパを軽々と振り回して窓に投げつけた。


 あの……ここ城の上階……


 ローブから黒い羽根が舞ったと思ったらハーパの姿が消え、

 瞬時にリディアの前に出現。


 と同時に腹に一発。


 吹っ飛ばされたリディアは壁にぶつかって床に倒れ込んだ。


「リディア!」


「あたしは契約してんだよ、ボケクソ女。

クロム様の妹だぁ~? お前にそんな資格ねーよ、残りモノが」


 クロムがうんざりした顔でデスクを離れ、

 リディアに駆け寄ろうとしてた俺を止める。


「エリン様はこちらへ。

なに、この程度、悪魔同士ならじゃれ合ってるようなものです」


「あれが?」


 立ち上がったリディアは吐息が火になってる。

 心なしか周囲の空気も高温で揺らいでるような。


「おいクロム、今ヤベッて顔しなかった?」


「何をおっしゃいます。超クールですとも。

リディア、それはやめなさい。何をそんなに怒ってるんだ?」


 声がぜんぜん届いてない。

 お兄ちゃんの威厳も形無しだ。


 まあ、俺にも止められないんだけど……


 リディアの身体からは俊敏さが消え、鈍重というか、

 ゆったりとした緩慢な動きになってる。


 でもなんでかな?

 目で追うと、追いつけないんだ。


 見るという行為そのものが、

 視界から彼女を押し出してしまうような感じ?


 気味が悪いよ。


 正面に立っているハーパにはどんなふうに見えたんだろう?


 ぜんぜん近づいてもいないタイミングで、

 ぜんぜん違う方向に全力で蹴りを繰り出す。


 リディアがゆっくりと手を伸ばすとハーパが焦って逃げる。

 後方三回転ひねりとかそういうやつ。


 で、降り立ったとこはリディアの手の先。


 はたからだとアホにしか見えん。

 派手に動きまわってわざわざつかまりにいってる。


 しきりに舌打ちしてるクロム。


 うん、俺もなんとなくだけどわかる。

 これはあまりやっちゃいけないことだ。


 黒い羽根が舞ってハーパが姿を消すが、

 リディアの手には一つかみの羽毛。


 そいつを握りつぶすと激しく燃え上がり、

 悲鳴を上げたハーパが天井から落ちてきた。


 掴み取られた部分も燃えていてハーパは躊躇なくその部分をえぐり取る。


 いってえ。


「ハッ、そんなにエリンが大事かよ。

いーぜ、そっちがそのつもりならこっちも手加減なしだ」


 ローブの羽根が刃のように逆立つ。

 や、やいばのローブ。


 二人が同時に動き出そうとしたとき、

 クロムがちょっと空気読めてない感じで間に割って入る。


 死んだな。


「そこまでにしろ、二人とも。掃除が大変じゃないか。

リディア、今すぐそれをやめろ。ハーパ、鳥かごに戻れ」


 意外だな。

 クロムの一言でハーパは鳥かごに戻った。


 一瞬だ。

 文句も意見もなし。


 少なくともハーパにとっては、クロムが絶対の存在なんだ。


 エリン様ではなく。


「さてリディア、これでいいか?

それとも私にもそれを使うかい?

私たちが出会ったあのときみたいに」


 リディアの目がヤバい。

 瞳孔が溶けたみたいに滲んで広がってる。


 身体の中からは鉄を高熱にさらしたような、

 パキパキッて音が聞こえてる。


 別の生き物が彼女を割って出てきそうな、

 そんな恐怖を孕んだ音だった。


 でも、滲んだ瞳の色は俺には悲しそうな色に見えて、

 泣き崩れそうな身体を必死に支えてるみたいに見えて、


 だから今だって思ったんだ。


 俺が彼女を支えるのは、今だって。


「リディア、もういいよ」


 目で追うと視界の外に出ちゃうから、

 俺は彼女の名前を呼んで、彼女の頭の高さに手を上げた。


「クロムとは俺が話す。兄妹だろ? そんなに怒んなって」


 ちゃんとそこにあったよ、リディアの頭。


 撫でてやったら滲んだ瞳が元に戻って、

 口から漏れ出た火は蒸気に変わった。


 アグニと変わんないね……

 なんて言ったら怒るんだろうな。


「よかった、いつものリディアだ。

その顔がいいよ。いつもこっそり見惚れてるんだぜ?

あ、これ本人には内緒な」


「……はい」


 なに言っちゃってんだろ、俺。

 リディアもリアクションに困ってるよ。


 クロムはゆったりとした拍手で悪魔ムーブの完遂を狙ってきた。


「ほぅ、驚きました。

まさかエリン様との絆がここまで深くなっているとは。

いやはや、兄として嫉妬してしまいます」


「俺もお前のクロマクぶりには嫉妬しそうだ。

どうしてこうなるとわかっててヨナとハーパを契約させた?」


「わかってはいません。期待しただけで」


「そーいうのはいい。リディアがまた怒るだろ」


「もう冷めましたよ。というか最初から怒ってなんかいません。

へんな勘違いはやめてもらえますか?」


 ……それはそれで、なんかさみしい。


「おかしなことを仰いますね。

私の記憶ではエリン様はこう仰いました。

トラブルには積極的に介入し、頼られる存在になれ、と」


「トラブルを作れとは言ってない」


「遅かれ早かれ、ですよ。ならば早いほうがいい。

それに、予期せぬときにみまわれても厄介です。

最後に侵攻してきたのが怪物でなく本当にバシレイアの軍隊だったら?」


「今頃、大聖堂の建設が始まってるよ。

俺が皆殺しにでもしない限りな」


「皆殺しって言葉、私は好きです」


「俺は嫌いだ。そうならないよう、努力してる」


「ずるいですねえ、努力だなんて。

私にこう言わせたいんでしょう? 努力だけでは足りない、と。

だから私が補ってさしあげたのだ、と。

悪意を否定しながら私は悪役だ。悪魔なんですがね。

クックック、あれ? 笑いが止まらない」


「兄さま、もしかして酔ってますか?」


「少し……飲みすぎたかも。

だってみんな結婚式楽しんでるのに、私は仕事だし。

お水……リディア、お水持ってきてぇ……」


「自分で取りに行きなさい。

エリン様、こうなった兄さまは他人の嫌がることしか言いません。

処罰は後日がよろしいかと」


「処罰? 私が? 冗談でしょう。

苦楽を共にすることが大切なのですよね?

見たでしょう、リディアの言葉で奮起する人間たちを。

エリン様の背に栄光を追い求めた人間たちを」


 クロムは疲れたみたいに椅子に座り、

 なんで俺たちがいるのかわからないって顔してる。


「認めますよ。私は人間たちを誤解していた。

彼らは家畜よりだいぶ上等な生き物です。

エリン様に命を預けている限りはね。その点については過ちを認めます。

処罰もなんなりと……」


「全部、俺の望みだったってわけだ」


「私、何か間違ってしまいましたか?」


「いいや、お前は正しいよ。俺が戦わないなら、誰かが戦う。

そういうことだよな?」


「最初からそう言えばよかったですね」


 かっこつけるんなら、ここで一発、クロムをぶん殴るとこだ。


 でもできない。

 だってクロムが正しいって思っちゃってる。


 戦わないと戦えないは違う。


 そんなわかりきったことでも、

 こうして突き付けられて初めて思うんだ。


 わかってなかったんだなって。


 リディアが怒ってくれてよかった。

 俺には、怒る資格なんてないから。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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