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第五十六話 結婚式

 なんであんなこと言ってしまったんだろう。


 俺たちのことってなんだ?

 リディアと何を話せばいいんだ?


 頭の中ずっとそれで、結婚式の間も上の空。


 花輪を直接メソスに渡しそうになってビビったよ。

 他にも絶対なんかやらかしてるわ。


 とはいえ、新婦メソスの希望で式はミルダルスの

 しきたりで行われた。


 俺はソニアの隣に立って、彼女の言うことにうなずいてただけだ。


 ガッチガチに緊張してるカシムが注目を集めてたおかげで

 俺の失敗になんて誰も気づかない。


 ……笑顔の溢れるいい結婚式だった。


 みんなが明るい話題を欲しがってたから、

 カシムとメソスの結婚はちょうどよかったんだ。


 主役そっちのけで周りがはしゃいでる。


「うかない顔だな、エリン」


 ソニアってなんでこんなにデカいのに足音がないの?


 いきなり声かけられて、振り向いたらジャンプしても

 頭に手の届かない巨人。


 ビビるっつうの。


「よう、ソニア、今日はごくろうさん。

上のほうの天気はどうだい?」


「晴れさ。今日ばかりは晴れ渡ってる」


 ソニアが指先でつまんで渡してくれたのは、

 ワインが注がれたビールジョッキくらいのゴブレット。


 自分は樽で飲むみたい。


 とりあえず、乾杯。


「方々を駆け回ってくれたんだってね。礼を言うよ。

あいつらも幸せそうだ」


「戸籍までは用意できなかったけどな。それに礼を言うのは

こっちだよ、ソニア。この国での初めての結婚が異種族の夫婦だ。

俺の理想だ」


「ミルダルスにとって人間と結婚するのは当たり前なんだが、

他からは異種族に見える。そういう視点、忘れていたな」


 ソニアは俺の隣に座り、

 焚火を囲んで騒いでる連中を眺めてる。


 遠くの火に照らされた彼女の毛並みはオレンジ色で、

 彼女自身が大きな火柱みたいだ。


 歌自慢に参加したミルダルスの意外な美声にみんなが驚き、

 グレイブンと人間たちが一緒に踊る。


「……悪くないな」


「今後はこれが当たり前になる」


 でも俺の目はずっとリディアを探してる。

 彼女と焚火の側で踊ってる自分を想像してる。


「ダーガのことは感謝するよ。あんなでも若い衆に慕われてる。

戦闘経験も豊富でね、必要な男だ」


「なんだよ、もうお堅い話か?

もうちょっとダラダラしたいんだけどな」


「ダラダラしてるときしかこんな話しない。

他は戦ってるか、寝てるかだ」


「ろくでもねえ族長だ。

ダーガは教会とは繋がってなかったんだろ?」


「ああ、ちょいと締め上げて問い詰めた。

あいつはヨナが執行した処刑を利用しただけだ」


「アエシェマの介入でだいぶ面倒になったがな。

でも、そのぶん大抵の罪をアエシェマに被せられる」


「どういうことだい?」


「ヨナを送り込んだ教会側の真意は教会法の適用だ。

適用すれば教化を迫り、無視すれば神の敵に認定。

向こうにとっちゃ、どっちでも有利になれる」


「なるほど、それでアエシェマか」


「そう。ヨナがアエシェマに操られていたなら、

そこに神の意志などない。

教会法に則った処刑は成立しないってわけ」


「屁理屈だな。

お前みたいな小賢しいやつが一番嫌いだ」


「そう言ってくれるソニアだから話してる」


「そもそもヨナとはハーパが契約していたのでは?」


「ああ、それは間違いない。

ヨナが纏っていた黒い羽根のローブはハーパの力だ」


「だろうな。生身の人間がアグニと渡り合えるものか」


「娘自慢かい、お母さん?

アグニに言ってやれよ。転げまわって喜ぶ」


「茶化すな。あの子は正真正銘の化け物だ。私以上のな」


「いんや、化け物は契約者のほうだよ。

ハーパの意思が宿って、処刑した相手を食っちまった」


 おっと、樽からぐいぐいいってた手が止まったね。

 酒の肴にはならん話だよな。


「酒がまずくなる話だ」


「ひでえ現場だったよ」


「そうじゃない。納得がいったのさ。ダーガのアホが

アグニを犯人に仕立てたとき、あんたらがそれを黙認した理由にね。

ハーパのことを隠したかったんだ」


「俺は黙認なんかしてない!」


「あんたは……ね」


 しまった。

 知ってたこと自体は認めちまったようなもんだ。


 こういうのもうまいのか、レッドソニア。

 優しい笑顔が素敵だぜ、ちくしょう。


「名前は出さなくていい。

でも気を付けな、あいつはあんたにとってのダーガだ」


「……つまり必要な男だ」


 ソニアは元気づけるように俺の背中を叩く。

 いや、吹っ飛ばされっから。


 カシムとメソスがこっちに挨拶に来る。

 余計なこと言うなって?


 りょ。


 俺たちはずっと楽しい話をしてたみたいに陽気に

 新郎新婦に乾杯した。


「今夜の主役だ。すまないね、そっちに行けなくて」


「いえ、ソニア様、エリン様。どうか私たちからの

感謝の気持ちをお受け取りください」


 二人は俺たちにそれぞれ盃を渡した。


 そんなのソニアにとっては小さじ一杯。

 ペロッと舐めてしまうとカシムが

 ギリギリ立っていられるくらいの力で肩を叩く。


 そしてメソスにはゆっくりと頬を寄せた。


 メソスは熊の毛皮から作った伝統衣装を着ていて、

 なんだか親子の熊みたいだ。


「メソス、ミルダルスに嫁いだなら今日からお前は私の娘だ。

何かあったら私に言うんだよ」


 母系社会なのかな?

 あ、でも族長が女とは限らないのか。


「じゃあ、早速ですけど聞いてください」


 物怖じしないね、メソス。

 カシムのほうがおろおろしてる。


「カシムはまだ子供はいらないって言うんです。

私はすぐにでも欲しいんですけど」


 ソニアは俺と顔を見合わせると耳が痛くなるくらいの声で笑った。


「こいつは頼もしい嫁だ。

カシム、人間の女を見る目があるじゃないか。

安心しな、メソス。

春になればカシムのほうが我慢できなくなるさ」


 ソニアは二人がかわいい言い争いをしながら、

 他の焚火を回るのを愛おしそうに眺めていた。


 メソスを娘だと言った言葉がまったく

 そのままの意味だって、わかるような眼差しだった。


「なあ、エリン。教会は決して手を引かないぞ。

経験から言うと、教会の連中は傲慢と強欲の権化だ。

そこに利益があるなら躊躇いはしない」


「わかってる。手は打つよ」


「エリンよ、我々はここを第二の聖地と決めた。

お前は聖地を守るためにどこまでやれる?

手を打つとはどういうことだ?」


「マーパに言われた。俺が邪悪になったってな。

俺が正しいと思ったことをやると、たぶんそうなっていくんだろう」


「ならば正しくあれ、エリン。お前が聖地のために正しくあるのなら、

それがどれほど邪悪であろうと私はお前のために戦おう」


「正しくやれないなら頭をかち割る……

って言われてる気もするね」


 ソニアはでっかい拳を握って見せると、

 ちょっとふらつきながら立ち上がった。


「飲みすぎじゃないか?

ソニアが倒れたらそれだけで大事故だ」


「迷ってばかりの小娘が、お前より前はしっかり見えてるよ。

気分がいいんだ、どれか催しに参加してやろう」


「力自慢はやめろ」


「なら歌自慢だ。

喜べ、エリンの勝利を祝ってやる」


 ミルダルスは歌がうまい。

 これは今日、新しく得た知識。


 ソニアの歌は声量が段違いでオペラ歌手みたいな伸びがある。


 正直、何を言ってるか半分もわかんないけど、

 ずっと言われてる気がしたよ。


 がんばれって。


 みんな、その歌に耳を傾けて静かになって、

 なんとなくバカ騒ぎは終わっていった。


 いくつかの焚火が消され、徐々に人が減っていく。


 結局、式の間はリディアに一度も会わなかったな。


 料理の準備を仕切ってたし、

 それ以外のときはメソスにつきっきりだったし。


 今は……

 どこにも見当たらないな。


 もう約束の場所へ行ったんだろうか。

 俺もそろそろ行ったほうがいいかな。


 相変わらず何を話せばいいかわからない。


 でも幸せそうなカシムとメソスを見て、

 ソニアの歌を聴いてたら、


 準備はできてるって気がした。

読んでいただき、ありがとうございます。

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