第五十五話 悪魔城……
あれから数週間、だいぶ忙しかったが、
ようやく落ち着いてきた。
しばらくはほんとにクロム無双だったな。
家屋の修繕と破壊された施設の補修の手配、
負傷者とその家族への見舞い、
領内外の監視体制の強化、などなど……
数えだしたらきりがないくらいで、
みんな黙々とクロムの指示通り動いてた。
俺も見舞いを持って走り回ったよ。
おかげで顔と名前がわかる人が増えたけど、それも狙いか?
「それで、エリン様、居住区画再開発の書類の間に、
面倒なことのついでにさらっとサインさせてしまおう、
みたいに混ぜてあったこれはなんです?」
「そこまでわかってんなら、サインしてくれ。
わざわざ俺の部屋まで来るなよ、暇なの?」
「嫌です。戸籍の作成などどこで覚えましたか?」
「いやほら、国民も増えるわけだし、登録と一緒に
やったほうが手間が省けるかな~って」
「あれは葬儀の場でエリン様が勢いで言ったこと。
私はまだ承認していませんよ」
「いい葬儀だったよな。
人間、ミルダルス、グレイブン、まさか悪魔たちまで
あんなに出席してくれるなんて」
「はっ、肉体が失われる現象に興味があっただけでしょう」
「お前もちょっと泣いてたじゃん」
「あれはエリン様のスピーチに感動したのです」
「みんなにトーレの国民になってほしいってのは、
そのスピーチの中で言ったんだが?」
「それとこれとは話は別です。
私は感情でものごとを判断しない」
「ずっりぃ~、そういうのずるいだろ。口約束
だからって破ってもいいのかよ、契約の悪魔さんがよぉ」
「くぅっ、小生意気なエリン様がかわいすぎる」
「なに遊んでるんですか、一番忙しい二人が」
よかったな、クロム。
リディア登場時に殴られなかったぞ。快挙だ。
「リディア、エリン様がいじめるっ」
しかも調子こいて泣きつきやがった。
「エリン様にいじめてもらって何かご不満でも?
兄さまらしくないですよ」
クロム、正論で追い込まれた顔してるけど、
今どこかに正論ありました?
「いや、あの、そうなんだがそうじゃない。
最近、エリン様はスキンシップをしてくれない。
かわりにメンタル削ってくるんだよ。悪魔だよ」
「あら、かわいらしい小悪魔」
「着ないからな。小悪魔系」
二人ともがっかりしてる。
バカなの?
「そんなことより兄さま、ミルダルスより陳情です。
新しい住居の設計が、あれでは家畜小屋だと」
「充分だろう。まとめて詰め込んでおけ」
「クロム~、ちゃんと意見交換しろっつったろ」
「……めんどくさい」
「こいつ、本音はボソッと言うタイプだな。
さっさと行け。後で俺が確認するからな」
クロムは六秒数えて笑顔になる。
悪魔のセルフコントロール術か?
「わかりました。その代わりと言ってはなんですが、
戸籍の件、マーパのいち早い恩赦が条件です」
捨て台詞のように言ってクロムが出て行くと、
リディアはドアに耳をつけて様子を伺う。
「行ったようですね。
二、三回殴ってもよかったんですよ?」
「クロムはよく働いてる。
そんな人を殴るなんてありえないな」
ジト目だ。
そういう話じゃないって目だ。
「わかってるよ、エリン様らしい振る舞いだろ?」
「本当にわかっているんだか……
戸籍ってメソスたちのためですか?」
「ああ、結婚するけどカシムはサルワト教徒じゃない。
そうなると教会の記録に残らないんだと。
二人が夫婦だって法的に証明する制度がほしいだろ」
「トーレの国民として結婚させたい、と。
なるほど、この国に生まれて……ですね」
「ナショナリズムは侮れない……
っておい、国策アピールに利用する気はないぞ。
二人を祝福したいのは本当だ」
「そういうところが悪魔より悪魔ですよ、メガテニスト」
なんか真顔で言われると恥ずかしい……
「とはいえ、交換条件はマーパの恩赦か。
恩赦ぐらいいくらでも出すけどな……
クロムのヤツ、わかってて言ってんのか?」
「さあ。でも一つ言えるのは、
マーパの建築知識は今後も有用ということです」
「マーパを使えるようにしろ、ていう命令にも聞こえるな」
「兄さまだってそこまで人が悪くは……ありますねえ」
すっごいしみじみ言ったな。俺の知らない
クロムの悪魔エピソードがたっぷりありそうだ。
「あるよなあ……二人はどんな様子?」
「会いに行ってみます?」
「どうかな……
また俺の顔見たら黙っちまうんじゃねえの?」
「諦めるんですか?」
ふいにリディアの声が冷たくなった気がした。
表情にも、
俺に触れようとしない手にも、
どこか俺を遠ざけてるような壁を感じる。
この数週間、たまにこんなことがあった。
スピーチの作成を手伝いながら、
見舞いを俺の代わりに持って走りながら、
ときどき感じた距離を測るような視線。
「……いや、諦めないよ」
「ではご一緒します」
俺に気づかれてないと思ってる?
その微かなため息。
でも表情も俺にマントをかけてくれる手も、柔らかい。
もう怒ってるって感じではないんだけどな。
……君の心がわからない。
君ってキモイか。
─────────
ヨナとマーパはアグニが囚われていた
向かい合わせの牢に入れられている。
牢番のベルフェはトイレに行ってるか考えごとしてるかで、
ほとんど機能してない。
俺の顔見たら一応、扉は開けてくれたよ。
鍵なんかかかってないけど。
「ちがうよ、ヨナ。
そこは飛び梁で重量を外に逃がさないと」
「ああ、そうか、教えてもらったばかりだから、
まだイメージしにくいんだ」
楽しそうな声と空気が溢れてくる。
ヨナとマーパは鉄格子越しに、ずっとイマジナリー建築してる。
朝から晩までずっと。
通路の真ん中に二人だけに見える荘厳な聖堂があるらしく、
ヨナの視線はそこに固定。
一瞬でも俺を見るのはマーパだけだ。
「マーパ、恩赦を与える。
外に出てトーレのために働いてくれないか?」
「ヨナも一緒ならいいよ」
「ダメだ。ヨナの扱いは教会と協議して決める。
アエシェマに憑かれたサルワト教徒を救ったって体裁を
整えれば、可能なはずだ」
「ヨナを利用して教会と対話しようって?
無駄だよ、そんな甘い連中じゃない。
ヨナだってとっくに見捨てられてる。
それに、取りつかれたのは私でしょ」
「開示する必要のない情報だ。
お前たち二人でやったことに変わりはないんだしな」
「じゃあ二人とも処刑すれば?」
俺はわざと二人の間に入って聖堂のあるはずの場所に立つ。
ヨナは大きな塔が建ったみたいに俺を見上げて笑った。
マーパは目を閉じて唇を引き結んでる。
ヨナと一緒に笑わない。
「そんな顔できるなら、お前だって諦めてないんだろ。
俺はお前の気持ちが間違ってたとは思わない。
必要なのは断罪ではなく、償いだ」
「どう償えって? 私はみんなが死んだって構わない、
そう思ってヨナに協力したんだよ」
「それはお前が古い悪魔の体質に囚われていたからだ。
変わるんだ、お前たちも。
この国と一緒に」
「変わる必要なんてない。私は今のままでいい。
ヨナのために生きられればいい」
「ヨナのために生きるな。自分のために生きろ。
自分のために生きて、ヨナを想え。
誰も死なないやり方でこの国に聖堂を建てるんだ」
「ヨナも一緒に?」
「それは……教会との協議次第だ」
わかってるよリディア、そんな目で見るなよ。
だって他にどう言えと?
何を言っても嘘になるでしょ?
「……そこ、どいて」
「ヨナがトーレに残れるように努力する。
建築士として生きていける道を必ず──」
「そこ、どけよ! 聖堂が見えないだろ」
怒らせちまった。
不安になるよ。
こんな俺の言葉が、ちゃんと生徒に届いてるのかなって。
リディアが首を振ってる。
これ以上はやめておけってことだろう。
言葉を重ねるほど、マーパの怒りは募る。
「エリン様は人の弱さに目を向けるようになったね。
その人の欲しい言葉で、その人と同じ目をして、
その人の夢みたいに自分の夢を語るんだ。
ホント、最近のエリン様は人が変わったみたい」
「……大人になったんだよ」
「私は悪魔だから大人になるってわからないけど、
きっと邪悪になるって意味なんだね」
リディアが何かを断ち切るみたいに扉を閉めた。
俺以上に焦ってて、動揺してて、
安心させようと微笑んだら、睨まれた。
「気にしてねえよ、あんなの」
「私もです。気にしてません」
そうは見えないんだよな。
「やっぱり失敗だったな。
話してさえくれれば、説得できると思ってた」
「誠実なだけでは伝わらないものもあります」
「やれやれ、こいつは長引きそうだ。
にしてもマーパはあのままで満足だなんて、本気かな?
互いに見つめ合うだけでってやつか?
健気だねえ」
「悪魔の性質です。執着心が強い。
あの牢、もしかたらああやって悪魔と
その契約者を閉じ込める目的があったのかも」
「まさか、悪魔が地上に出てくるずっと前だろ?
何のためにそんなもの作るんだよ」
「いえ、それが、これは人間たちから聞いたのですが、
この城は昔、こう呼ばれていたそうなのです。
悪魔城……」
「……ドラキュラ」
「はい?」
「すまん、なんでもない。
でも、なんだってそんな呼び方。
異端の城で悪魔崇拝者って烙印を押されただけだろ」
「さあ。でも地上に出た私たちが導かれ、ここにエリン様が
いたことも事実。これがただの偶然でないとしたら、
あなたがここにいることも……」
まただ。
なんか俺なんか見えてないみたいな目だ。
ドラキュラにもリアクション薄かった。
吸血鬼なのに。
死神が配下でもはや魔王なのに。
蹴ってもいいから、俺を見てほしいのに。
「なあ、リディア」
リディアがびっくりしてる。
俺もびっくりしてる。
なんかすごい、必死な声でちゃってる。
「大きな声出してすまん。
その……二人で話がしたくて……」
「何をです?」
何をだろうね?
「その……これからのこととか?」
「明日は結婚式です。
スピーチの練習をしてはどうですか?
私も準備が忙しいので、これで……」
「違うんだ、これからのことってのは
明日どうするとかじゃなくて、なんていうか、
俺たちのことっていうか、さ」
すごい早口になってる。
リディアが訝しげに眉をひそめたぞ。
「まあ、わかりました。
結婚式の後、お部屋にいらしてください。
後からお伺いしますので。いいですか?」
「うん? うん、うん、それでいい。
俺の部屋ね、うん、待ってる」
声が聞こえてから頭の中で文章になるのが遅い。
空気が俺に入ってくるのを嫌がってるみたいな息苦しさ。
リディアはまだ眉をひそめたまま軽く頭を下げ、
自分の用事に戻っていった。
俺はそのほっそりとした後ろ姿を見送りながら、
告白のために呼び出したみたいに、
ドキドキしてた。
読んでいただき、ありがとうございます。
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