第五十四話 ダークキングダム、クリアしたときの気分だ
何時間たっても俺は答えられなかった。
信じられないけど、俺は誰でもなかった。
俺たちは台所のテーブルに腰かけ、
じりじりと上がってくる室温で汗をかいてる。
いや悪魔との戦いってもっとこう……
心を削ってくるようなもんじゃないの?
「穏やかだね。争いどころか怒りや憎しみさえ、
まるで自分とは関係ないとでもいうように。
なるほど、私には監獄同然だよ」
「自分では普通に怒ったり悲しんだりしてるって
思ってたんだけどな」
「お前の普通は普通ではなかったのかもね。
あるいは普通じゃないのは捉え方だ」
「捉え方?」
「自分の感情を自分のものとして捉えていない」
「それじゃ他人だ」
「お前にとって自分は他人。
その証拠に自分の外見を私に与えてる」
「こうして見ると俺も意外とイケてる」
「それは私だから」
「急にダメになったぞ。
なあ、これどうなるんだ? ずっとこのままなのか?」
「そうだな、私もお前とこうしてずっと自分探しを
しているほど暇じゃない。ようやく地上に出られたんだ。
もっと楽しいことはいっぱいある」
「出てってくれる?」
「一つ、約束してくれるなら」
「魔石も宝玉も手持ちがない。
一口齧るのはアリだ」
「なんのことだかわからないけど、
差し出す意思は受け取った。
要求は簡単だ、この部屋に入れる許可をちょうだい」
「ええ? ここって俺の根幹だよね。
それって大丈夫なの?」
「悪魔との取引が安全なわけないでしょう」
「そう開き直られるとな……
せめて何するつもりか教えてくれよ」
「お前は変わろうとしている。
人と関係を持とうとしている。
いつかこの部屋も広がり、
お前以外の誰かがここに入ってくるだろう。
そのときお前は何者かになる」
「おい、それってつまり……」
ひでえ顔だ。
人間の顔ってここまで歪むものなのか?
人の苦痛で愉悦を得る。
そういうのって骨格から変えちまうんだ。
「今日の続きを楽しみにしてるよ、エリンの中の人」
声優みたいに言うな。
「要求を飲んでもいいが、こっちからも条件がある」
「そんな権利があると?」
「あるさ。お前は協定を破ってる。
その埋め合わせはしてもらう」
「今回のことが協定破りだって?
ものは言いようだね。でも確かに、お前にとっては
そうなんだろう。いいよ、言ってみて」
「そのときがくるまで、俺の大切な人には手を出すな」
「大切の定義がされてない」
「俺はこれから変わるんだろ?
なら大切の定義も変化する」
「口だけの大切じゃあ、適用されないよ?」
「……と、とーぜん」
「なら構わない。
お前にはそんなに大切な人はできないからね」
「言ってくれる」
アエシェマは席を立つと、出口を探して台所をうろつく。
もの珍しそうにトースターや電子レンジを見てる。
ゲームなくてよかった。
あったらやりたいとか言い出しそう。
「楽しみだねぇ、
この穏やかな世界がどんなふうに争いに満ちていくのか」
「玄関はあっちだよ」
俺が指した方向に引き戸の玄関が現れる。
さっそく世界が広がった。
アエシェマ用の出入り口。
「ありがとう、今後はちょくちょく見に来るよ。
その魔石? ていうのもあると嬉しいな。
こんな珍しいものがある世界の貴重品なんでしょ?」
「友達になったつもりはないんだがな……」
アエシェマは笑って顔に爪を立て、
印をつけるみたいに引き裂く。
「この顔、他人とは思えないでしょ?
仲良くしましょう、あなたが何者かになるまで」
「ダーク悪魔め。やっぱお前らとは交渉できねえ」
ちゃんと玄関から出て行ったな。
俺の世界だ。最低限のルールは守ってもらう。
にしても、リアルで悪魔と交渉しちまった。
メリットなんかぜんぜんねえぞ?
解除不能のバステくっつけられただけだ。
あと俺という存在を貶められた。
覚えがあるぞ、この気分。
なんだっけ? 記憶の底に封印した……
あ~、ダークキングダムクリアしたときの気分だ。
落ち込んだな。中学生だったし。
今の俺はもう大人。
あのエンディングもアリだと思ってるよ。
もちろんアエシェマとの交渉も。
……大丈夫だよね、俺?
早く帰って誰かに大丈夫って言ってもらおう。
「誰か……って、誰にだ?」
俺は台所を見回してる。
さっきのアエシェマと一緒だ。
でも俺はすぐに一点に目が留まる。
誰か、座ってる気がするんだ。
いや、そこに座っててほしいのか。
誰だ? もっとよく目を凝らせ。
きっとそれは、俺が誰かより大事なことだ。
「エリン様!」
違う、そんな名前じゃない。
「エリン様、目を覚ましてください」
だから違うって。
「みなさん、集まって、
エリン様をお守りするのです」
「そうじゃない、俺が側にいてほしいのは
エリン様じゃない」
目の前にリディアの顔。
まだ煤だらけのままだ。
まだ、ここは戦場だ。
「エリン様、よかった……
アエシェマに打ち勝ったんだね」
横から声をかけてきたマーパの口に、
リディアが小剣の切っ先を突っ込む。
「どの口が。アエシェマが消えたかのように
振る舞っても騙されはしませんよ。
あの悪魔の支配から逃れるなど不可能です」
リディアの手を取って、
ゆっくり小剣をマーパの口から離した。
「そいつは間違いなくマーパだ。
アエシェマはもういないよ、俺が追い払った」
半信半疑って顔だね、リディア。
他の連中と違って、
俺がエリン様じゃないって知ってるからな。
でも、そんな俺の言葉を補強するように、
俺たちを囲んでいた人々が歓声をあげる。
「逃げてくぞ。怪物どもが燃え尽きてく」
一塊の悪意としか思えなかった怪物たちが、
散り散りになって逃げていく。
身体から発する黒煙が激しくなり、見えない炎に
纏わりつかれるみたいに焼かれながら。
折り重なっていた死体も一緒だ。
激しく黒煙を発し、みぞれ交じりの雨に崩され、
一握りの灰を残す。
俺たちが呆然と見ている前で黒煙は白煙に変わり、
雪解けの朝のように靄が立った。
人間たちは肩を抱き合い、
グレイブンたちはもう座って休んでる。
ミルダルスは戦場でなんかそわそわしてて、
アグニなんかは俺の周りをうろうろしてる。
「えと、どうなった?」
「エリン、大事な仕事があるだろ。
それしないと、いつまでも戦いが終わらないぞ」
ああ、勝鬨?
リディアを盗み見ると、まだアエシェマ撤退を疑ってるお顔。
そろそろ信じておくれな?
でも勝鬨ね……どうしよっか?
脳内ゲームアーカイブ、検索。
……これかな~?
俺は右手を高々と掲げる。
「俺たちの……(溜め)勝ちだ」
こんだけ湧いてくれるとネタが通じたみたいで嬉しいね。
遠吠えと、地面を踏み鳴らす音と、
互いの肩を叩き、抱き合う人々の涙と笑顔。
みんながカタルシスを感じてるとこ悪いけど、
俺にあるのは疲労感だけだ。
水を差さない程度に一緒に笑ったりはするけど、
頭の中は次の心配事でいっぱい。
確かにエリン様の力なしに怪物どもを撃退できたのは
快挙だが、政治的問題は何一つ解決していない。
「エリン様、雨が冷たくなってきました。
みなさんを屋内へ誘導しましょう」
「そうだな。最低限の監視を残して休息を取らせよう。
それ以外の事後処理は……」
「兄さまにお任せしてよいでしょう。
そのために戦いから遠ざけているのですから」
「クロムにも活躍の場を、か。優しい妹だ」
「それほどでも」
二人一緒に笑うと、同じことを考えてるのがわかる。
クロムがぶつぶつ言いながら書類と格闘し、
嫌いな人間たちをまとめ、指示を出している。
余裕のないクロムってなんか面白い。
本当にいつ、どうやって回収してくれてるのか、
リディアが脱ぎ捨てたマントをかけてくれた。
距離が近い。
みんなから俺の顔を隠すみたいに立ってる。
まだ勝利の余韻の残る戦場で、
彼女が悲しそうな顔に見えるのは雨に濡れてるせい。
きっと俺も同じ顔をしてるんだろうな。
後ろを振り返ると、
戦闘が終わって負傷者の収容が始まっていた。
まだ生きている人間が優先だ。
死者たちは一枚の布をかぶせられただけで、
冷たい雨に濡れていた。
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