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第五十二話 バランスブレイカー

 最初の一人ってのはよく見えるもんだ。

 見るのもイヤな相手でも。


 腕が太くて長くて、顔は猿っぽかった。


 肺のあたりが捻じれちゃってて、体外にはみ出て

 呼吸のたびに苦しそうに軋んで。


 俺に助けを求めるみたいに尖った爪を

 まっすぐに突き出してくる。


 何の汚れだかわからない黒ずんだ爪を

 手に取っちゃいそうだったよ。


 その爪が指の付け根から切り落とされなかったら。


 指の次は手首、肘、肩、首、ついでとばかりに

 ねじくれた肺。胸が裂けて腹から背骨ごと切断。


 全部が一呼吸にも満たない間だ。


 恐ろしく速い斬撃。

 エリン様の目じゃなきゃ見逃がしちゃってるね。


 リディアの強さは予想以上だ。

 赤い精液みたいな血の一滴も飛んでこない。


 アグニもだ。

 アグニの強さは知ってたけど、武器を持つとさらにヤバい。


 熊みたいな相手の首に斧の一撃を打ち込むと、

 頭に噛みつき、傷に手を突っ込んで頭をもぎ取った。


 俺の後ろにいる全員が震えあがる咆哮。

 見方をビビらしてどうすんだ。


 どっちが怪物だよ。


「もうちっとドラクエチックに倒せないかな?

ピロリ、ズガガ、みたいな」


 ゴメン、バカなこと言った。

 気にせず続けてくれ。


 二人のおかげで船の舳先が波を割るみたいに、

 防衛線に到達した敵は分かれ、圧力も弱まる。


 構えた長槍でその動きを止められる。


「イングス、出ろ」


 俺の合図で家屋の中に隠れていたグレイブンたちが

 飛び出してくる。


 身長の低い彼らなら長槍の下でも存分に動ける。

 怪物どもの足を砕き、下がった頭を叩き潰す。


 ひとまずは順調。


 ただ怪物どもの身体から出てる黒煙が

 徐々に視界を奪いつつある。


 あと俯瞰視点が欲しい。

 LとRで戦場をぐりぐりと動かしたい。


 ミルダルスたちはどうなってる?


 唐突だけど、ミルダルスって他の種族から

 働かないって言われてたよね?


 理由がわかった。


 彼らは常に三、四人で一つの戦術単位、

 パックを形成する。


 でもそれは固定されたものではなく、

 状況によって流動的に入れ替わりながら戦う。


 相手の形、大きさ、動きに合わせて最適な連携を

 その都度、生み出す創意が全員にある。


 将棋やりながらサッカーやってるみたいなもん。

 頭も身体もフル回転。


 要するにミルダルスはいつもその分を残してる。

 いつ戦闘になってもいいように生活してる。


 朝から晩まで頭のどこかに戦うことがある連中……


 嫌いだな。


「アグニ、あのままじゃミルダルスが孤立する。

包囲される前に森の衛兵と合流するよう、伝えてくれ」


「バカを言え。

せっかくまとめた敵を散らしてどうする?

まあ見てろ、我らの戦いはここからだ」


「なんだその自信? 増援でもあるのか?

頼むよ、ミルダルスが瓦解したら終わりだ。

あの数はここでは支えきれない」


 アグニは、飛び上がって防衛線に突入しようとする

 バッタみたいなのを空中でキャッチ。


 子供が虫で遊ぶみたいに八つ裂きにするのに夢中。


 仕方ない、いなくなると不安だけど

 ここはリディアに頼むしか。


 リディアは俺たちのやり取りを聞いていたのか、

 あきれ顔で空を指してる。


 上?


 ミルダルスたちの中心から戦場を切り裂く

 雷のような遠吠え。


 なんだこの声? ダーガ?


 すぐさま返事の遠吠えが返ってくる。

 同時にミルダルスたちが微妙に位置を調整した。


 空自の戦闘機が低空で

 アフターバーナーした音って聞いたことある?


 音っていうか、空気の震え。

 マジで戦闘機が飛んできたのかと思った。


 黒煙を吹き散らして戦場に突入してきたのは、

 両端に刃を埋めた巨大な丸太。


 凄まじい勢いで回転して怪物どもを

 切り裂き、圧し潰す。


 俺が最初に考えたのは投石器のような兵器だが、

 そんなもの即席で作れるわけがない。


 となると考えられるのは一つ。


「……ソニア?」


「ソニアです。噂には聞いていましたが、

これが『聖獣の裁き』」


 技名あるんだ。

 今後の参考にします。


 にしてもマジでソニアが投げてる?

 遠隔マップ兵器とか、とんだバランスブレイカー。


「やはりすごいな、母さん……

私とはぜんぜん違う」


「あれに憧れるのはやめましょう」


「何も違わないと言ってくれるんだな、エリン。

わかった、いつか私もあれをやってみせるよ」


 そういう意味じゃないけど。

 前向きね、この子。


 けど、戦局は大きく動いた。


 ソニアのマップ兵器が制圧したスペースに、

 ミルダルスたちがすかさず入っていく。


 敵陣深く、さらに深く。

 そのまま突き抜けてしまいそうだ。


 いや、それでいい。突き抜けろ。


「アグニ、頼みがある。

その虫さんはもう死んでる、捨てなさい」


「今度はなんだ? 止めるのは無理だぞ。

母さんの支援がある限り、あいつらは

どこまでも行く」


「それでいい。お前、あのバカどもを連れて、

敵の後背まで突き抜けろ。それができたら

森の衛兵とで敵の背後に展開するんだ。

できるか?」


「それなら簡単。

あいつら、私に負けたくないからな。

私が先頭を走れば勝手についてくる」


「よし、行け」


 て言う前から嬉々として走ってった。


 何度もミルダルスたちのほう見てたし、

 やっぱり一緒に戦いたかったんだな。


 先に言ってしまうとこれが判断ミスだった。


 一気に決着がつけられると思って焦ったんだ。

 リディアにもそう言われた。


 アグニの参加でさらなる突貫力を得たミルダルスたちは、

 ソニアの支援と突撃の波状攻撃で

 一気に敵群を切り裂いたわけだ。


 でも防衛線との距離が開いたせいで、

 こっちに来る怪物どもが増加。


 アグニを失って戦力が落ちた防衛線に

 面と面でぶつかる衝撃を受けた。


 怪物の死体の上に怪物どもが折り重なるように

 突進してきて、拒馬が乗り越えられた。


 俺を含めてだけど、みんな戦士でも兵士でもない。


 悲鳴が士気を下げ、

 目の前の怪物どもをより大きく、恐ろしく見せる。


 逃げ出すやつがいなかったのは救いだが、

 明らかに槍が下がる。


 怪物どもの動きを止められず、

 グレイブンたちが直接、攻撃にさらされる。


 これ、突破される……


 失策、俺の責任、

 どうなる? 何人死ぬ?


 何をすべきか、何ができるかなんて欠片もない。

 不安に囚われてるだけの俺の頭の横を、

 何かが高速で掠めていく。


 耳が千切れるような痛みと耳鳴りを残して。


 拒馬を乗り越えた一体とそれに続こうとしてた

 二体を巻き込んで、真上に高く跳ね上がった。


 花火会場みたいにみんなが見上げてた。


 上? 上に飛ぶの? 対戦車ライフル?


 いや小剣です。

 リディアが投げた。


 目の色が変わってる。


 暗闇の中でもないのに血のように赤い光を放ち、

 額の皮膚を突き破って角の先端が覗いていた。


 リディアは俺の視線に気づくと角を手で隠す。

 片手で、剣一本で怪物どもと戦う彼女の背中は

 傷が開いて染みが広がってる。


 怖かったら背中を見てろって?

 今は怖くて見てられないよ。


「そうだ、剣、剣を拾って…」


 投げた小剣の回収に行こうとする俺の足元に、

 小柄な影がジェネラルばりの

 高速スライディングで滑り込む。


 マリスだ。

 ドヤ顔で予備の小剣を俺に差し出してる。


 対戦車小剣で怪物を除去された戦列には

 後方で控えてた女性たちが入って槍を構える。


 周りの男たちを口汚く叱咤しながら。


 士気が下がったって?

 そんなの俺だけだよ。


 誰も諦めてなんかいない。


「リディア、これを」


 小剣を受け取るとき、彼女はこっちを見ない。

 きっと、角を見せたくない。


 でもちょっと手に触れるくらい、いいだろ?


 リディアが要だ。

 俺にとっても、この防衛線にとっても。


 そのことは背中を見てるだけじゃ伝わらない。


 俺は突破されかかった戦列に加わり、

 女たちが構える長槍を一緒に掴む。


 折れた手を上に向け、

 興奮で紅潮した顔から顔へと笑いかける。


「こいつら軽いぞ。押し返せ!」


 男たちの雄たけびと黄色い歓声。

 再び躍動を始めるグレイブンたち。


 立て直せる。


 俺は引きずられていく負傷者から目を逸らし、

 軽微、と口の中で呟き続ける。


 損害は軽微だ。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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