第五十話 トーレをみんなの国にするために
俺だけじゃない。
この場にいる誰もが、
もう一つ状況を飲み込めていない。
クロム以外は。
「クロム、これってつまり最初からアエシェマが
全部仕組んでたってことなのか?」
「あの女にそんな知能はありません。
あれがやるのはガーデニング。
争いの種を見つけて水と肥料をやり、育てる。
今回は種族間の対立に付け込まれたかと」
「討伐軍ってのは?」
「アエシェマに取りつかれたものにとって、
現実の全てが争いを大きくするための道具です。
自分で作った嘘を、自分で信じる」
「バシレイアじゃなくてよかった……
とならないよな。
ちなみにあの黒煙だと、どのくらいの規模だ?」
「ざっと数百体?
アエシェマの育てた争乱に引き寄せられた、
ゲヘナの怪物どもがね」
おいそれは言うな。
ああ……ほら、パニックだよ。
とくに人間たち。
難民たちの多くは怪物たちによって
故郷を破壊された人々だ。
戦うなんてできなくて、でも逃げ場もなくて。
災害だ。
地震、竜巻、モンス。
災害時の基本は自助、共助、公助。
信じらんねえけど、俺が公助を提供する立場だね。
「みんな、落ち着いてくれ。
城を避難所として開放する。
クロム、どれくらい収容できそうだ?」
うっわ、イヤそうな顔。
狭い橋に殺到して、まとめて
湖に沈めばいいのにと思ってんのダダ洩れ。
「全員は不可能でしょう。ごく一部かと」
「わかった。
まずは女性や子供、病人を受け入れる。
動ける人たちはあの黒煙からできるだけ離れてくれ」
避難はいつまでか、
あの怪物どもをどうするのか。
怒号とも悲鳴ともつかない声が問い詰める。
まるで全部、俺が悪いみたいに。
政治家の気分がちょっとわかるな。
わかりたくなんかなかったけど。
で、どうするんだエリン様?
クロムを見たって解決策は出てこないぞ。
たとえここが異世界だろうが、
怪物どもを消し去る魔法なんてないんだ。
「心配はいらない」
どの口が言ってんだか。
「俺がいる。俺が……戦う」
戦えるの? この腕で?
白銀の籠手もないのに?
「クロム、ヨナを診療所に運んで治療させろ。
それと避難の指揮を頼む。
自分で動けない、助けが必要な人を優先だぞ」
「お任せください。あのくらいの怪物ども、
エリン様なら指の一本でも動けば十分でしょう」
気楽に言いながらクロムは俺の側で声を落とす。
「怪我の具合はよろしいので?」
「問題ない。
この程度で俺が戦えないと思われるほうがマズい」
「なるほど、武力あっての外交ですからな」
「そういうこと」
なにがそういうこと、だよ。
へたなウインクまでかまして余裕ぶって、
内心では避難していくみんなの背中に、
待って、て叫びたい。
助けて。
言葉が胸につかえて息ができない。
身体が痛くても腕が動かなくても、
戦えないなんて言えない。
だって……
少し安堵し、俺に感謝しながら家族を迎えに行く、
そんな人たちの顔を一つずつ見ていく。
だって、他に誰が戦うんだよ?
他に誰が、死ぬんだよ?
「待ってください、みなさんにお話があります」
あんまり大声あげるタイプじゃないんだけどな、
リディアって。
慣れないから声が上ずっちゃって、
だからかな?
すごい必死に聞こえたんだ。
「エリン様は怪我のせいもあって今は、
イーライ・デウと戦ったときほどの力が出せません」
「ばっ──」
否定しようとしたけど、噛みつかれた肩を
思い切り掴まれて声が出せなかった。
「どうかみなさんのお力を貸してください。
エリン様と一緒に戦ってほしいのです。
このトーレに、サンクチュアリに、少しでも
未来を感じているなら、どうか……」
反応なんてわかりきってる。
ふざけるな、だ。
気持ちはわかるよ。
俺だって本当なら向こう側だから。
守られる側だから。
交渉不可能な相手で、逃げ場もなくて、
戦う以外に手段がないのだとしても、
戦える?
無理だよ。
怖くて震えて何もできない。
「無理なお願いをしているのは承知しています。
あなた方を国民として認めてこなかったのに、
命を差し出せと言うようなおこがましさも。
でも、それでも、エリン様と一緒にこの国を守って。
トーレを悪魔の国ではなく、みんなの国にするために」
言葉を重ねるほどに距離が開く。
虚しいね。
誠意だけじゃ人の心は動かないって現実が、
目の前にあるってのは。
でも、やっぱりそれも、俺はわかる。
だからリディア、もういいよ。
ありがとう、俺の気持ちに気づいてくれて。
そんなリディアなら、
あの日の俺の気持ちにだってきっと──
「さっきから何言ってるんだ?
私は最初からそのつもりだ。
むしろ戦わないやつがいるのか?」
でっかい欠伸。
退屈だったんだね、アグニさん。
虚しいね。
空気読まない子に誠意なんか意味ないって現実が、
目の前にあるってのは。
「いや、お前たちは聖地であいつらと戦って、
でもその……ダメだったんだろ?」
うわ怖え。
鼻にしわ寄せて歯を剥いてる。
「だからだ。
二度も聖地を穢させはしない」
「わしらも戦うぞ。
戦争は嫌いじゃが、臆病なわけじゃない。
自分の居場所を守るのにためらいはせんぞ」
「イングじいちゃん……」
おとなしく避難の列に並んでいたメソスが
意味不明の叫び声をあげ、泣きそうな顔で列を離れる。
「カシム。あんたもこっち来なさいよ。
偽証なんかしてないでエリン様と一緒に戦うの。
私はあんたが来なくても戦うからね」
ダーガの隣で縮こまってたカシムは
許可を求めるように彼の顔を見てる。
「カシム! こっち見なさいよ、自分で選べ!」
カシムはうつむいてぎゅっと目を閉じると、
そのままメソスの声のほうへと走った。
よっぽど臆病なのかね、カシム。
カシムがこっち側に来ると、
ミルダルスの若い連中や人間たちの中からも
戦列に加わるものが現れる。
「待ってくれ、みんな、よく考えてくれ。
リディアの言っていることは本当だ。
今の俺に君たちを守る力はないんだ」
「なら余計に俺たちの力が必要だろ」
誰かが言って、誰もが笑った。
変にテンション高くて、お祭りみたいで、
やっぱりみんな怖いんだろうなあ。
「エリン様、時間がありません。ご決断を。
彼らが戦うなら武器が必要です。
城の武器庫を開放しますか?」
「やけに乗り気だな、クロム。
嫌いな人間たちの力を借りるんだぞ?」
「あいつらが何人死のうと私には関係ありません」
こいつは本当にときどき、
最低の形で現実突き付けてくるよな。
そうだよ。
みんなが一緒に戦ってくれるのを、
俺は喜んでる。
誰も死なせたくないと思いながら、すがってる。
クソだ。
「……希望者だけだ。強制はするな」
「お言葉ですがエリン様、強制してでも
数を揃えたほうが結果的に犠牲は抑えられます」
正論で間違った選択をカモフラージュしやがる。
騙されないよ。
アライアンスに関わる選択には敏感でね。
「言う通りにしろ」
「仰せのままに、エリン様」
頭を下げるその瞬間、クロムは笑ってた。
エリン様が思い通りの人形でも、
言うことを聞かないお転婆でも
クロムは嬉しいんだろう。
こいつはエリン様の成長を楽しんでる。
プリメでもやってるつもりか?
「リディア、戦える人たちの選別を任せていいか?
さすがにメソスたちとかは……
っておいどうした? 震えてるぞ」
なんかぶつぶつ言いながら震えてる。
声ちっさ。
みんなが協力してくれることに、
さすがのリディアも歓喜に震えてる……
わけねえよなあ。
「なんで……どうして先に言うんですか?
エリン様と一緒に戦うって言うの私が最初でしょ?
私が言わなきゃでしょ?
なんで先に言うんだよ、お前らぁぁぁ」
まさかの半泣き。顔真っ赤。
こいつはエリン様のことになると、
ほんとに自制心を失うな。
アグニ、イングス、メソス、カシム、
さらにクロムさえ、
このとき確かに俺たちの気持ちは一つだった。
慈しむような、憐れむような、
ちょっと面倒な家族の処遇について、
家族会議が一瞬で完了するような。
みんなはほとんど声を揃えて、
やや棒読みでこう言った。
「ああ、うん、なんかゴメン」
読んでいただき、ありがとうございます。
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