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第四十九話 ファンタジーだからって無理にモンス来なくていいって

 ずいぶん余裕だな、ヨナ。


 処刑人の剣は砕け、片腕は使えない。

 あの黒いローブも身に着けていないのに、

 まだ笑ってやがる。


 ちょっと詰めとくか。


「セメンタリウスは処刑人の剣の所有者。

そしてお前の名前だ。

わざわざ名前通りの仕事まで受け継いだのか?」


「父はセメンタリウスが何を意味するのかさえ

知りませんでしたよ。祖父もね。

ただ与えられた名をありがたがるだけで、

僕が建築に携わることを庶民のやることだと

蔑んでさえいました」


 口の端が引きちぎれそうな歪んだ笑顔だ。


「本当に愚かな人たちだ。いくつ首を落としたって

地位の回復なんてしてもらえるわけないのに。

言われるままに働いて、老いて、子に業を継がせて……」


「なるほど、大工になることで父親の無知を

嘲笑ったわけだ」


「その通りです。やってみたら面白かったし。

ねえ、エリン様、全部なかったことにして、

僕を建築家として雇いませんか?」


「はは、二周目とかじゃねえと出てこない選択肢、

いきなり出してくんなよ」


「二周目?」


「気にすんな、投降しろ。

これ言うの何度目だ?」


「エリン様、ご自分の仰っていることの意味、

わかってますか? 僕はバシレイアの教会法に則って

処刑を行った。僕を捕らえるのは教会法の否定。

教会の権威、サルワトの教義を拒否することに

他なりません」


 わかってるよ、んなこたあ。


 人間だけじゃない。

 ミルダルスやグレイブンの中にもサルワト教徒がいる。


 だから教会の拒否って話になったとき、

 全体に動揺が走り、静まり返ったんだ。


 教会を拒否するのは神の庇護を拒否するに等しい。


 この怪物の溢れた世界で、

 それがどれだけ恐ろしいことか。


 わかってるよ、俺だって。


 結局、国境のときと同じだ。

 何を犠牲にするかの選択でしかない。


 教会法を拒否してバシレイアと対立するか、

 処刑を認めて関係の悪化を避けるか。


 殺されたのはもとから罪人。

 クロムあたりに言わせれば、

 最善はどちらか考えるまでもないだろう。


「なにを笑ってるんですか?」


 え? 俺笑ってる?


 そっちは怖い顔してるなぁ、ヨナ。


 でも俺はヨナの背後のリディアを見てる。

 リディアも俺を見ているから。


 その無表情が問いかけてるみたいに感じる。

 俺は彼女になんで怒ったんだっけ?


 殺されたのは確かに罪人だ。

 罪人で、メソスの父親だ。


 たとえどんな親であろうと、それを失った喪失感を、

 俺はわかってほしかったんだ。


 だからこれは選択肢じゃない。

 俺の覚悟の問題だ。


「ヨナ、おま──」


「エリンがやめろと言ったらやめろ。

それがこの国の唯一絶対の法だ。

教会法など知るか」


 呆然自失。


 俺だけじゃない、みんな。

 ヨナやクロムでさえ。


 すごい空気になっちゃったよ。


 ぜんぜんわかってない感じできょろきょろしてる、

 アグニさん。


「私、何か間違ったことを言ったか?」


 俺に聞かないでくれ。

 いや、俺が言ったんだけども。


 笑うなよ、リディア。


 くそ、どうしてこうキマらないんだ。

 仕方ない、先発はアグニに譲る。

 俺はクローザーだ。


「ヨナ、この地に教会法は適用されない。

従ってお前がやったことは法に則った死刑ではない。

殺人だ。きわめて残酷な。

それを許すわけにはいかない」


 クロム、ため息が聞こえてるぞ。


 もう後戻りはできない。


 天を仰ぐもの、許しを請うように祈るもの。


 思ったより反応がデカい。

 教会の庇護は当然あるものと考えていたんだな。


 けど……

 けどさ、後ろから控えめに俺の手を握った

 メソスの手が、国境の雪で冷えたままの俺の手を、

 温めてくれたんだ。


「国境での判断から、

もっと大人だと思ってたんですけど……

当てが外れたなあ」


「合わせて、お前がメソスの命を狙ったこと、

その死を偽装して対立を煽ったことも罪状に追加だ。

きっちり説明してもらう」


「必要ない。

マーパ、準備はいいかい?」


 マーパ? ここでマーパ?


 振り返ると満面の笑顔。

 興奮気味に俺を抱きしめ、目を合わせてうなずく。


 俺に感謝してるっぽい。


 えっと……何を?


「もちろんだよ。これで私たちの願いが叶う。

手筈通りならそろそろ……

あ、ほらアレ」


 マーパが指した先。

 国境のほうで細い黒煙が立ち上る。


 火事じゃない。

 狼煙? 合図?


 マーパとヨナが二人の幸せな明日でも

 迎えるみたいに並んで眺めてる。


「討伐軍ですよ。

あなたが教会法を受け入れないなら、

この国のサルワト教徒は信仰の危機、

すなわち魂の危機にさらされている」


「バシレイアは最初からその気だったけどね。

こんな騒ぎを起こすように指示されたのも、

討伐軍の動きを悟らせないため、だよね?」


「喋りすぎだよ、マーパ」


「ゴメン」


 ダメだダメだダメだ。

 もってくれよ、俺の余裕の表情。


「嘘だ。バシレイアにそんな余裕はない。

じゃなかったらピアースを暗殺に送り込んできたりしない」


「以前ならね。

でも今は、無理をしてでもトーレを攻める価値がある」


「大丈夫、抵抗しなければ殺さない約束だから」


 クロムが鼻で笑う。

「教会が悪魔との約束を守るとでも?」


 マーパは安心させるように微笑み、

 ヨナとうなずきあう。


 彼女が自分の角に手をかけ、少しひねっただけで

 簡単に外れて落ちた。


 焼き切った跡がある。


 聖化の儀式だ。


「ねえ、エリン様、こういうことでしょ?

契約しなくてもできることがあるって。

私、サルワト教徒になったの。

ヨナと一緒にサンクチュアリに聖堂を建てるんだ」


 夢見るような表情。

 哀れなのは恋を知らないからじゃない。


 どこまで行っても悪魔の本質から逃れられずに、

 恋さえもそれに置き換えてしまう、

 固定化された存在理由。


 契約し、人の願いを叶える。

 ただそれだけ。


 俺は彼女から目を背けてクロムを見る。


 否定する材料がほしい。

 バシレイアの侵攻を嘘にしてしまえるような。


 でもクロムは小さく首を振るだけだ。


 本当なのか?

 バシレイアと戦うか降伏するか、

 その選択しか残されてないのか?


「おいエリン、何かヘンだぞ」


 アグニの目線を追うと、

 国境付近の黒煙が増えている。


 俺が見ている間にも増え続け、

 強風に煽られでもしたかのように揺れ動く。


「煙が……近づいてきてる」


 狼煙が動くなんてありえるか?


 いまや無数の黒煙が柱になって、

 曇り空を支えてる。


 畑も家屋も湖城の城も、

 みんな飲み込まれてしまいそうだ。


 そして焼け出されたみたいに煤だらけの馬が

 走ってきて、首にしがみついていた兵士が叫ぶ。


「怪物どもが、サンクチュアリに侵入しています」


 怪物?

 バシレイアの討伐軍じゃなくて?


「入ってこれないんじゃなかったのか?

あのハンマーの破片のおかげで」


「それが、自分たちの身体が焼けるのをものともせず、

まるで何かに導かれるように……」


「何がどうなってる。

ヨナ、これもお前らがやったのか?」


 ヨナとマーパは呆然となって黒煙を見つめてる。


 おいおい、お前らも知らないのかよ。

 だったら他に誰がわかるってんだ、これ?


 完全に俺のキャパ超えてる。


 せめて人来いよ、ヒューマン。

 ファンタジーだからって無理にモンス来なくていいって。


「エリン様、落ち着いてください。

今の地上で怪物どもを操れるものがいるとしたら、

それは争乱の女主人アエシェマしかいません」


 急にどうしたクロム?


 マーパから俺を守るみたいに前に出て

 周囲の連中を下がらせてる。


 弱いんだからムリすんな。


「クロム様? どうしてそんな目で見るの?

私は契約はしてないよ。そんなものもういらない。

信仰と約束で私たちは新しく生まれ変われる」


「愚か者が。角を焼き切ったりするからだ」


「愚かなのはクロム様。

そんな人でも悪魔でもない小娘に、

いったい何を夢見てるの?

ねえ、みんなもそう思うよね?

エリン様と教会、どっちがみんなを守ってくれる?

どっちがみんなを救ってくれる?」


 クロムが舌打ちして眼帯に手をかける。


 たったそれだけで、マーパが顔を

 焼かれたみたいに背け、悲鳴を上げた。


「やめてよ、危ないなあ。わかったからその目は使わないで。

そうだよ、アエシェマだよ。久しぶりだね、クロム。

でももう少し付き合ってくれてもよかったんじゃない?

血が流れるくらいみんなが争ってくれたら、

もっと大きいのを連れてきてあげられるのに」


「マーパじゃない。

君は……君は誰だ?」


 マーパがヨナの首を掴み、顔の前に引き寄せる。


 気持ち悪い。

 マーパはヨナに謝り続けていて、

 声帯を無理やり使って別の誰かが喋ってる。


 似てるな。

 アモンが取りついた斎藤先生と。


 悪魔が悪魔憑きかよ。


「ヨナ、お前がもう少しがんばってくれたら、

私もクロムももっと楽しめた。

偉大な二人の悪魔を楽しませたなら、

それ以上の名誉なんていらないだろうに」


 ヤバい、ヨナの首折られる。

 大事な証人で交渉材料だ。


「ヨナを放せ。遊びたいなら俺が相手になってやる」


「エリン……ん? エリンだよね?」


「エ、エリンだが?」


「うん、そうみたいだ。

お前は悪魔でも動物でも手なずけるのがうまいね。

でも、あいつらはどう?

私よりうまく操れるかな?」


 マーパはヨナを投げ捨て、

 黒煙のほうへと歩き始める。


 マーパ自身の声が悲痛に助けを求めてる。


「やめろリディア、行かせろ」


 クロムが剣を構えたリディアを制止する。


 マーパは軽くお辞儀してリディアの前を通り過ぎた。


 上から掴んでひねるみたいにマーパの首が回り、

 俺たちに錆びたブリキのウインクをよこす。


「この子は本当にヨナのためを思ってやったんだ。

サルワト教徒になって、新しい聖堂を建てるんだってね。

だから許してあげてね。

これからこいつのせいで、何人死のうとも」


 青いローブの下で筋肉が波打って、

 遠ざかっていくマーパの背中と、


 近づいてくる巨大な壁のような黒煙と、


 哀れなマーパの声が、


 俺の思考を奪っていた。


 さっきまで俺何やってたんだっけ?

 もうなんもわかんねえや。


 ああ、でも、ずっと助けてって言ってるな。

 哀れなマーパ。


 冬の寒風に吹かれた、

 うらさびれた廃屋のドアが軋むみたいな声で、

 懇願するんだよ。


 ヨナを助けてって。

読んでいただき、ありがとうございます。

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