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第四十八話 犯人はこの中にいる

 何がすごいってやっぱり回復力だよね。


 一晩寝たら歩けるようになったし、

 折れた手首の先で手が動かせる感触があるんだ。


 痛いけど。


 あ、エリン様の身体の話です。


 メソスを気遣いながら進むリディアになら

 問題なくついていける。

 イングスがちょっと早すぎるくらいだ。


 ……いや、リディア、わざと先行させてるな。

 完全に弾避けだ。


 エンドレス武勇伝で相当、頭に来たか。

 けどそれでリディアも同じ考えだとわかる。


 ここでの襲撃はたぶんない。


 冬の曇天を焦がす、肌が焼けるような空気感が、

 朝の冷たい風に混じって漂ってくる。


 半歩遅れて怒号、言い争う声、女たちの悲鳴。


 映画でしか見たことないような混乱と暴力。


 それが昨日まで普通に話していた人々によって

 生み出されているのが、何より怖かった。


 アグニが首や腕にロープをかけられ、

 大勢の男たちが同時に引っ張る。


 身動き取れないアグニはそれでも暴れてて、

 もがいてて、それがなんだか溺れてるみたいだった。


 ピッチフォークや鎌などの農具だけじゃない、

 槍や剣で武装したやつまでいる。


 アグニの解放を訴えている女たちは取り押さえられ、

 それに反発したミルダルスたちに槍が向けられる。


 怒りと興奮が伝播して一塊の敵意になって

 向かい合ってる。


「エリン様、この状況では……」


 リディアが身体でメソスを隠す。


 言いたいことはわかる。

 すでに事態は決定的な対立へと発展しかかってる。


 もはやメソスの死はきっかけにすぎない。


 彼女が生きていることを伝えても

 即、事態の収束とはならないだろう。


 これが処刑人の目的なのか?

 こんな偶発的な騒動が?


「あの女性たちは?」


「ミルダルスに嫁いだ人間たちですな。

ソニアがアグニを迎えに寄こしたのでしょう。

男どもよりは狼憑きへの恐れがない」


 イングスが理性的になってる。


 なるほど、周りが荒れてると冷めちまうのか。

 ゲーテ的だな。

 戦争が嫌いなわけだ。


「よし、まずは女性たちの解放。

それとアグニを落ち着かせよう。

アグニのほうは俺が行ってみる」


「あの中に割って入るのですか?」


「誰も傷つけずにな。

誰かの頭を踏みつけるのとかナシだ」


 リディアが舌打ちして剣の柄から手を離す。


 二、三人斬っときゃおとなしくなるだろ的な?

 おっそろしいメイドだな。


「イングスはメソスの側に──」


「おい、メソスが生きてるぞ」


 誰かが叫んだ。


 誰だ?

 誰もこっちなんか見てないぞ。


 知ってるやつがいる。

 俺たちがメソスを連れてきてるのを。


 こいつはいわゆる……

 犯人はこの中にいる!


「おいバカ、手を離すな」


 怒鳴っても遅かった。


 ロープを持つ男たちの手が緩み、

 引きずり倒されていたアグニが起き上がる。


 狼憑きのアグニ。

 激昂しやすいアグニ。

 全身の毛を逆立ててるアグニ。


 誰の声も届いてない。


 ただ自分を傷つけようとする相手を、

 目についた順番に引き裂くだけ。


 ここで一人でも犠牲者が出れば、

 メソスの生存も意味を持たなくなる。


 対立は決定的かつ、

 長期的にサンクチュアリに影を落とす。


 そうなった場合の解決策は一つしかない。


 どちらかの勢力を徹底的に排除する。


 俺は誰を、何から守るんだっけ?

 俺はなんのためにここにいるんだ?


 序盤のボスキャラみたいな暴君やるためか?


 ……ふざけろ。


 こんな速さで動けるんだね、エリン様。

 俺が近づいてるっていうより、

 アグニのほうが俺に近づいてるみたいに感じた。


 近づいて思ったけど、

 アグニの上半身、デカくなってない?

 スーパーアグニ2?

 ならスピード落ちろよ。加速すんな。


 アグニの腕を左手で受け止める。


 俺の新たな力、白銀の籠手でちょっと弾けば

 アグニをほとんど傷つけずに止め……


 引っ込んでる。

 籠手。


 まってまって、それは聞いてない。

 どうやって出したっけ?


 なんか叫ぶ?

「ガイば──」


 衝撃で頭が揺れて舌噛んだ。


 なんとか吹っ飛ばされずに踏みとどまったけど、

 規格外品は出てこない。


 押し返そうとしたら肩に噛みつかれる。


 赤ずきんちゃんが狼に一飲みにされるの、わかる。

 鎖骨と肩甲骨がアグニの口の中。


 板チョコ割れるみたいな音してる。


「エリン様をお救いしろ、槍のやつら全員こっちに来い!」


 はは、人間たち、みんな焦ってる。

 誰を救うって?


「動くな!」


 おお、一発で静まり返った。

 あの騒ぎがだよ?


 まあ、アグニに噛みつかれてる俺にみんなの

 視線が集中してるからだけど。


 肩に噛みつかれてるから左手動かすと指先まで

 痺れるような痛みが走る。


 けど俺は、その痺れごと届けるみたいに

 アグニの頭を撫でてやった。


「もう大丈夫だ、俺が来た。安心しろ、

誰にもお前を傷つけさせない」


 板チョコが割れる音から氷が砕ける音になった。

 意識が遠のく。


 でもさ、蒸気みたいな鼻息で、

 顔をめちゃくちゃに歪めて、

 血走った目で俺を睨んでるアグニをさ、


 元に戻してやりたいんだよ。

 十二歳の女の子に。


「怖くない、怖くない。

俺がわかるか? エリン様だぞ。

お前の……友達だ」


 そのあと、数十秒くらいだと思うんだけど、

 長く感じたなぁ。


 肩に刺さってる牙の一本一本がまるで杭みたいでさ、

 息をするのも辛かった~。


 俺はずっとアグニの鼻息に耳をすませ、

 徐々に落ち着いていくその音に、


 緩んでいく口の力に、


 急にくりっとなって

 困惑したレトリバーみたいになった目に、


 アグニを感じてた。


 やっちゃった⁉ て感じでそ~っと肩から

 口を離すアグニを見たら、

 もう笑うしかないだろ?


「いい子だ」


 よっぽど気が緩んだのか、

 アグニの顔がくしゃってなったと思ったら、

 泣き出しちまった。


 さすがに声は挙げなかったけど、

 座った俺の腹に頭突っ込んで鼻すすってる。


 俺はその頭や背中を撫でてやりながら、

 周囲で呆然としてる人々に笑いかけた。


「甘えん坊で困るよ。

誰か、ロープをほどいてやってくれないか?」


 真っ先に動いたのはリディアに解放された女性たち。


 リディアの足元に二人ほど倒れてる気がするけど、

 死んでないなら許そう。


 ミルダルスの妻であり、母である女性たちは

 小刀でロープを切りながら、俺と一緒に

 アグニをなだめた。


 ほんとはずっと、アグニをかわいそうだって

 思ってたのかもな。


 さて、不満そうな顔してるやつはっと……

 ダーガと……

 リディアだな。


 リディアは納得がいかないって顔だけど。


 またエリン様の身体を傷つけてるもんな。

 怒って、当然だよな。


 アグニがおとなしくなって、武器や農具を

 気まずそうに上げたり下げたりしてた男たちが

 急にうろたえ始めた。


 武器捨てて逃げ出そうとするやつもいる。


「全員、その場を動くな。

囚人の移送妨害、ならびに暴行。

武器まで持ち出しているとなれば、

もはや難民同士のいさかいではすまされん」


 クロムのやろー、ずいぶんタイミングがいいな。


 衛兵連れて、メソスを傍らに立たせて、

 自分が救出してきたと言わんばかりだ。


 もともとダーガと共謀してるのでもなく、

 ただ状況を利用してただけ。


 族長交代劇がうまくいかなそうだから、

 あっさりメソス生存ルートに切り替えたってわけだ。


「まったくエリン様も無茶するね。

どうやったら一日でそんなにボロボロになれるの?」


「マーパ?」


 マーパが俺の肩の傷に布を当ててくれる。

 だいぶ走り回ったのか、彼女の衣服も汚れていた。


「ごめんね、

ヨナと一緒にみんなを止めようとしたんだけど……

結局、クロム様に頼るしかなかった」


「そっか、がんばってくれたんだな。

ヨナは? 一緒じゃないのか?」


「うん、たぶんそのへんにいると思うけど」


 俺がヨナの姿を探してると、

 クロムはメソスが生きていることをみんなに告げた。


「メソスの死を偽装し、扇動した首謀者特定のため、

一旦、この場にいる全員を拘束する。

心配するな、質問に答えればすぐに帰してやる」


「いや、その必要はない」


 俺はアグニをミルダルスの女性たちに任せ、

 立ち上がってクロムと向き合う。


「クロム、一つ聞きたいんだが、

セメンタリウスってのはどういう意味だ?」


「エリン様? なぜ今、そのようなことを?」


「教えてくれ」


「ふむ、なにか事情があるのですね。

セメンタリウスはバシレイアの前身である

レルムスの言葉で、『石工』あるいは『大工』

を意味します」


「……そうか、ありがとう」


 うん、思ったより驚いてないな、俺。


 たぶん心のどこかではそうじゃないかなって、

 でも残りの全部で、そんなわけないって否定してた。


 だからあのとき剣を向けられてても、

 友達になろう、なんて言っちまったんだ。


「ヨナ、いるんだろ? どこだ?」


 俺が呼びかけると農具を持った連中が左右に分かれ、

 真ん中に、腕を押さえたヨナが残される。


 ヨナはいつもの笑顔だ。


 腕を押さえて、暗い穴の底から切り取られた空を

 見上げるみたいに、目を細めて俺を見てた。


「腕を見せろ」


 命令口調で言うと、ヨナの周りにいた男たちが

 一斉に下がった。


「エリン様、なにか誤解なさっているようですが、

この腕は材木に挟まれて──」


「腕を切り落とすか?」


 ヨナの斜め後ろにリディア。

 両手に小剣を持っている。


 ヨナは彼女に気づくとため息をついて

 袖をまくった。


 肘から下が紫に腫れあがり、手首は黒く変色している。


 処刑人の剣が砕けたときに見た、

 火傷のような痣が腕全体に広がっていた。


「二度と、槌は振るえないかもしれません」


 俺が何も言えないでいると、ヨナが明るく言った。


 なんで笑うんだよ、バカヤロウ。


 喉に何か詰まったみたいに声が出なかった。

 俺はそいつを飲み込んで、

 胸が苦しくなるのを我慢した。


 一緒にいればできることがたくさん増えるだろうって、

 思ってた。


 人間たちのまとめ役にお前が最適だって、

 本気で思ってた。


「ヨナ、お前が……

バシレイアの処刑人だ」

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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