第四十七話 みんな大好き、護衛ミッション
寄せては返す、波の音。
浅い眠りと覚醒を繰り返してたせいで
意識が朦朧としてて、
音が大きくなったり、小さくなったりしてる。
なんだろ、これ。
人の声みたいにも聞こえるな。
薄く目を開けてみると光がやたら眩しい。
目の奥まで突き刺さってきてガンガン痛む。
「あ、起きた」
「そりゃ起きるでしょ。
エリン様、だいぶうなされておいででした。
起きられますか? 水をお持ちしますね」
メソスとモリーだ。
二人して俺の顔を覗き込んでた。
「なんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
「いや、エリン様も普通に寝るんだなって。
なんかさ、思ってたよりいろいろと普通だよね。
話しやすいけど」
「怖がれられるより笑われるほうがいいって
こないだ気づいた」
「わお、なんか名言っぽい」
「こら、このガキ、エリン様になんて口を」
モリーが水差しでメソスの後頭部殴った。
痛いよ、それ。
生活用品で人を殴るの、リディアの教えかな?
なるべく早くやめさせないと。
「いったいな、ガキはそっちでしょ。
夜中にエリン様が死んじゃうって泣きついてきたくせに」
「次それ言ったらぶっとばす」
「やってみろや、おらぁ」
「やめろ、二人とも。
心配してくれてありがとな」
エリン様の言葉には俺が思ってる以上の重みがある。
一言で二人を黙らせ、
何気ないお礼が胸を締め付けでもしてるかのように、
苦しそうに胸を押さえてる。
推し……か?
「エリン様、尊い」
「エリン様、ヤバい」
推しだ。
「リディアは外か?
メソスを他の場所に移さないとな」
「リディアなら様子を見に行きました」
「……様子?」
ドアがそっと開いてリディアが滑り込んできて、
その後ろからイングスがドアを全開にして入ってくる。
「そこでなリディアよ、わしの斧が
そのデカいトカゲの頭をかち割ってな──
あれ? ハンマーじゃったか?──
そんでそれを見てわしに惚れちまったのが
今のカミさんというわけなんだが、
その話をしてもあいつは知らんと……」
武勇伝、まだ続いてた。
年寄り特有の記憶が曖昧な昔話になってる。
リディアはもう完全に聞いてない。
虫の音ほどにも気にしてない。
俺が起き上がってるのを見て安心したように
表情が緩んだけど、すぐに厳しい顔に戻る。
やっぱりまだ昨日のことが……
「エリン様、厄介なことになりました」
……昨日のことどころじゃなかった。
「モリー、メソス、俺のマントを。
何があった?」
「メソスの遺体が発見されました」
全員の目がメソスに向いて、
メソスが自分の身体を見下ろしてる。
とっても元気、だよねえ。
「私、死んでるの?」
「そんなわけないでしょう。
何を言っているんです?
メソスが殺されたという情報だけが
一人歩きしているのです」
「なりふり構わずしかけてきたな。
なんか騒がしいのはそれか」
「アグニの寝所の近くで発見された、と。
遺留品もアグニの寝所に仕込まれていたようです」
「クソが。
ダーガも噛んでんのかあ、これ。
急いで城に戻ってアグニを絶対に外に出さない
ように通達してくれ」
ん? 二人とも困った顔してるね。
嫌な予感しかしないぜ。
「アグニの身柄はソニアが預かることになって、
早朝に移送されたと」
なんか投げつけたくなるのを必死にこらえた。
クソゲー四天王をはじめとして、
数々の試練で鍛えられたからな。
俺はぜったいコントローラーを投げない男。
いま女だけど。
だがクロム、てめーはダメだ。
アグニがリンチにでもあったら絶対に許さん。
「すまないメソス、一緒に来てくれるか?
君の力が必要になった」
「行かないわけにはいかないんでしょ?
私はとっくにエリン様に命を預けてるよ」
「頼もしいね。
でも命だなんて簡単に言ってくれるな。
こいつは君をおびき出す罠ってことも考えられる。
君が死ねば嘘が真実に変わる」
さすがに怯んだな。
もう一度、あの処刑人に襲われるかもってことだからな。
正直、その可能性は低いと考えてる。
やり方が雑すぎる。
目的は別にあると思ったほうがいい。
でも、ほんの少しでも危険があるなら、
彼女を傷つけるわけにはいかない。
白石みたいには。
「ご安心を、エリン様。メソスは私が守ります」
腰の両側に小剣を提げたベルトを身に着け、
リディアがメソスの隣に立つ。
急いで取ってきたんだろうな。
服は着替えず、革鎧もなし。
でもなんだろ、スカートで剣持ってるほうが
強そうに見えちゃうんだよね。
ソシャゲの影響かしら?
そもそも水着のほうが強いってのが問題なんよ。
「わしもおるんでな」
そしてイングスも参戦。
小ぶりなラウンドシールドと
……フレイルじゃん。
斧でもハンマーでもないじゃん。
ある意味メソスより心配だな。
んで戸板のつっかえ棒を構えたモリー。
鼻息荒い。
「お前は残るんだ。
けが人が出たときに備えてラースを
診療所に待機させておいてくれ」
見るからに不満そう。
でもダメ。返してきなさい。
「処刑人の剣は折れたが、
あいつが脅威であることは何も変わらない。
あの素早さでナイフでもあれば猛獣なみに危険だ。
周囲に十分な警戒を。
メソス、いいか?」
メソスは力強くうなずく。
緊張してるが、怯えてはいない。
俺は怯えてる。
えっと、これ、俺が先頭いく感じ?
「わしに任せろ、誰がきても一撃で頭を砕いてくれる」
イングスが飛び出してくれた。
一応、頭を砕く前に誰かは確認して?
「私がメソスの側につきます。
エリン様は後方の警戒を。
イングスさん、そっちじゃありません。
森です。アグニと合流しないと」
イングスが叫びながら方向転換。
メソスが笑っちゃってるよ。
一緒に笑いながらリディアが俺に視線を送る。
あなたこそ大丈夫ですか?
そう問いかけてる。
一人だけ、笑えてない俺に。
ずっと大きくなり続けてる。
胸の真ん中が重くなり続けて、
漠然とした不安が俺の気持ちを下へと引っ張る。
当然だよ。
俺は普通の教師で、他人より優れてると思ったのは
ソロでのルーン集めくらいだ。
人の命が失われるような陰謀に関わることなんて
生涯、ないはずだったんだ。
自分はエリン様だって言い聞かせてやってるけど、
俺が何をしたって結局は悪い方向へ向かってるって、
どうしても思ってしまう。
こういうことなのか、リディア?
押し潰されるっていうのは。
あんまり必死な感じにならないよう、
そっと自分の胸を叩く。
だからこそだろ。
目の前のこと、今できることに集中するんだ。
護衛ミッション。
アホAIが敵に突っ込んで失敗する。
護衛対象の移動力が高すぎて追いつけずに孤立、
失敗する。
護衛対象のすぐ側に敵が湧いて失敗する。
みんな大好き、護衛ミッション。
悪いけど面白いと思ったこと一度もねーわ。
だってこんなに緊張するんだもん。
皮膚がヒリヒリして喉が渇く。
自分に危険が迫っているのとは違う怖さ。
「メソス、何かあってもむやみに動かないで。
私の声に集中して、私の指示に従ってください」
あ、やべ、メソスと一緒にうなずいちゃった。
そうだよな。
メソスはこっちの話を聞いてくれる。
指示通りに動いてくれる落ち着きがある。
なんてこった、現実のほうがゲームよりイージー。
セーブとリトライと復活がないだけ。
あと難易度調整もないな。
楽勝じゃん。
……楽勝じゃん。
だからさリディア、そんな顔しなくていいよ。
SRPGは得意分野。
任せとけって。
俺、がんばるから。
きっと、がんばれるから。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
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